とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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クリスマスに投稿しようと思ってたら過ぎてた。


恋路

 

 

 今日の佐天涙子はやたらとテンションが高かった。

 

 理由は、最近どことなく元気が無かった友人。もしかすると何かしらのトラブルに巻き込まれているのではと心配していたが、少なくとも問題は解決したようでいつも通りに戻っていて一安心したかと思えば、そんな彼女が“クッキー”を作りたいから教えてくれと頼み込まれたのだ。

 

 訊けば、手作りクッキーを渡したい相手が居ると。それはつまり──。

 

「いやぁ御坂さんにも春が来たんですねぇ」

 

「えっ!? ち、違っ……そ、そそそそそそういうんじゃないわよっ!?」

 

 実のところ当初から男の影を疑っていた佐天。自身の予想がずばり的中し、己の優れた推理力を自画自賛する。頑なに否定していたツインテールが絶叫している姿が脳裏に思い浮かぶ。

 

 御坂は顔を真っ赤にして必死で否定しているが、図星というか照れ隠しにしか見えない。

 

「はいはい。今度紹介してくださいね?」

 

「だ・か・ら! 違うってばぁ!」

 

「ふふ、またまたぁ……」

 

「そ、それよりも! この後はどうするの?」

 

「うん? ああ、型を取ったらオーブンで焼いちゃいましょう。バター塗ると綺麗に焼き上がりますよ」

 

 そんな初々しい反応をからかいつつ、アドバイスする。流石は常盤台のお嬢様と言うべきか。まだまだぎこちないものの覚えは早く順調であり、菓子作り初心者としては及第点だろう。

 

(けどまさかあの御坂さんがな~。少なくとも相手が男であることは間違いないし、どんな人なんだろ?)

 

 それとなく異性に渡すのかと尋ねれば否定せずにはぐらかされたのでまず間違いなく、華の女子高生としてはそういった話題への興味は尽きない。白井は論外として自分や初春にはそういった浮いた話は皆無なため余計にだ。

 

 相手が誰であれ、佐天は友人の恋路を応援するつもりだった。

 

(そういえば霊夢さんはどうなのかな? 美人だからさぞモテることだろうし。うーん……けど全くイメージが湧かないなぁ)

 

 恋愛とか面倒臭い、と呆れ顔で吐き捨てている姿が容易に想像が付く。否、意外とこういうのには純真な可能性も無きにも非ず。

 

 ふと、脳裏に過ったのは盛夏祭で会ったツンツン頭の少年。記憶の限り佐天が知る霊夢と関わりのある男性といえば彼女と同級生だという彼くらいだ。

 

(上条さん……だっけ? インデックスちゃんの保護者って言ってたけど……もしかして一緒に住んでいるのかな?)

 

 思春期の男女二人が同居している、となるともはや()()()()関係としか思えないが、あの光景はどちらかと言えば親子或いは兄妹のようであり、保護者という自称に相応しい。

 

 霊夢とも親しげに見えた。否、上条の方はどこか他人行儀というか余所余所しい態度だった。

 

 その際の霊夢の表情は心なしか切なげで──。

 

(──うん、わりと()()かも!)

 

 確定情報は皆無。しかし、だからこそ想像の余地があり、上条が記憶喪失であることを知らない佐天は勝手に妄想を膨らませる。

 

「……どうしたのよ佐天さん? さっきからにやけちゃって」

 

「御坂さんも応援してますから!」

 

「だから本当に違うんだってばぁ!」

 

 目を輝かせ、エールを送る。よもや今しがた思い浮かべた少年が御坂がクッキーを渡そうとしている相手と同一人物だとは夢にも思っていない。

 

 一方、御坂は必死になって勘違いを解こうとするも、内面に秘めたる自覚すらしていない淡い恋心が滲み出ており、結局最後まで全く信じてもらえないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「まったくもう……佐天さんったら、面白がっちゃって……」

 

 その後、時刻は昼下がり。クッキーの入った紙袋を片手に御坂は病院へと向かっていた。

 

 クッキーは手作りがいい。見舞いに来た際、デパ地下でそれなりに考えて選んだ高級品を前にそのようなことを宣った上条へと渡す為に。

 

「別に好きで作った訳じゃないんだから。ただのお礼よ、お礼」

 

 誰へのものか。ぶつくさと言い訳を並べる。

 

「ったく……この私に手作りさせといて受け取らなかったらただじゃ──」

 

「何がタダだって?」

 

「うぇっ!?」

 

 あれやこれやと渡す際のやり取りをイメージしていると、そこへ入院しているはずの上条が姿を現す。

 

「な、何であんたがここに居んのよ!?」

 

 思わぬアクシデントに驚く御坂。咄嗟に紙袋を尻の後ろへと隠してしまう。

 

 先程の独り言を聞かれていたのではと御坂は赤面するが、上条は貧乏であるが故にタダという単語だけは聞き逃さなかっただけで話自体は全く聴こえていなかった。

 

「まだ入院中のはずでしょ?」

 

「いやぁ入院費も馬鹿にならないし、インデ……ひもじい思いをしている同居人が日増しに凶暴になっていくしな」

 

 後半はぼそぼそ声で聞き取れなかった。そんな理由でカエル顔の医者が退院を許可するとは思えないので怪我自体はほぼ回復しているのだろう。まだ松葉杖を突いている状態とはいえあれだけ酷い怪我だったのに、とんでもない回復力である。

 

 あの一方通行の能力さえ打ち消してしまう右手。無能力者扱いされていることから恐らく生まれついてのものなのだろうが、霊夢といい原石というのは皆、頑丈な肉体を有しているのだろうか。

 

「つか、お前こそこんな所で何してんだ?」

 

「ふぇ?」

 

「あ、もしかしてまた俺の見舞いに来てくれたのか? なーんて……」

 

「ち、ちち違うわよっ!」

 

「そんな……全力で否定しなくても……」

 

(馬鹿~! 何やってんのよ私~!)

 

 反射的に否定の言葉を口走ってしまった。単なる見舞いだというのに、何故自分はここまで羞恥心を抱いているのだろうかと御坂は自問自答する。

 

「み、見舞いとかじゃなくて……その……えっと……今回は色々と助けられたから……」

 

 顔が熱くなる。改めて礼を述べようとするも段々と尻すぼみになっていき、顔を見ることが出来ずに俯いてしまう。

 

「あり……ありが……」

 

「? 蟻……?」

 

「礼くらいちゃんと言いなさいよ」

 

「で、でも……え?」

 

「うん?」

 

「あ?」

 

 その時である。上条以外の第三者の声に反応して後ろを振り向くと、紅白の巫女が呆れた様子でこちらを見据えていた。

 

「は、博麗さんっ!?」

 

「おー、博麗。お前は見舞いに……来てくれたんだよな?」

 

「ええ。その様子だともう退院したのね」

 

 驚く御坂を他所に、上条と霊夢は会話し始める。

 

「ところで礼って?」

 

「ああ、多分だけど美琴(こいつ)はあんたにお礼がしたくて来たのよ。そうでしょ?」

 

「えっ!?」

 

「そうなのか?」

 

「あ、いや……う、うん……」

 

 霊夢にそう言われ、小さく頷く御坂。ここで上条も先程彼女はありがとうと言いかけていたのだと理解し、照れ臭そうに頬を掻く。

 

「別に自分の為にやったことだ。礼を言わせるようなことした覚えはねぇよ」

 

「っ……なら、筋を通すってのも私の勝手だし!」

 

 予想していた通りの言葉。これに御坂はやはり野暮だったのかと思うも、すぐにその思考を振り払って言い放つ。

 

「だから……ありがとね。色々と」

 

「……おう。確かに受け取ったぜ、その感謝の気持ち」

 

 恥ずかしい。けれど、それ以上にちゃんと面と向かってお礼が言えたことへの安堵と嬉しさが強かった。

 

「けど一番礼を言うべき相手なのは博麗なんじゃないか? ぶっちゃけ俺なんかボコられて気絶してただけだし」

 

「なっ、博麗さんにはもう散々お礼したわよ! いやそれでも全然足りないんだけど! それと、あんたが居なきゃあの子は助かってなかったんだから、そう自分を卑下するんじゃないわよ!」

 

 そう、一方通行を倒したのは霊夢だが、上条が駆け付けていなければミサカ10032号は彼女が到着する前に殺されていたに違いない。

 

 故に、妹達によって上条が恩人であることは、何ら変わらない事実なのだ。

 

「……そうだな」

 

 これに上条は安心したように笑う。役に立てなかったと思っていたが、己が救った命は、確かに存在していた。

 

「ありがとな、ビリビリ」

 

「えっ」

 

 逆に感謝の言葉を述べられ、御坂は戸惑う。

 

「じゃあ、そろそろ行くわ。あの腹ペコシスターも首を長くして待ってるだろうし」

 

「それなら早く行った方が良いんじゃない? スフィンクスだっけ? あの三毛猫、部屋の中で好き勝手暴れてるみたいよ」

 

「マジでっ!? あいつ、ちゃんと躾けとけって行ったのに……」

 

 何となしに告げられた霊夢の言葉に顔を青くして上条は松葉杖ながらも急いで自宅へ帰ろうとする。

 

「ビリビリじゃなくてっ!」

 

「?」

 

 しかし、御坂の言葉に足を止める。

 

「御坂美琴っていう名前があるんだから。いつもいつも……いい加減に覚えなさいよね。まあ、あんたに言っても無駄かもしんないけどさ──」

 

「──ああ。またな、御坂」

 

「!」

 

 そう言って上条は去っていく。その後ろ姿を見送る御坂の顔を霊夢は訝しげに覗き込み──。

 

「……惚れた?」

 

「は、はぁっ!? 違っ……」

 

「お姉様! 大変ですの!」

 

 ポワポワしていると、霊夢のその一言に現実へと引き戻される。慌てて否定しようとしたその時、空間移動で白井が現れてこちらへ駆け寄ってきた。

 

「あ、黒子」

 

「げっ な、何故貴方がここに……」

 

 露骨に顔をしかめる。

 

「居たら悪い? この前の公園でのことなら気にしてないから大丈夫よ」

 

「うっ……貴方が気にするとかそういう問題では……というか気にされないのもそれはそれで……」

 

「?」

 

「ところで何が大変な訳?」

 

 また何かしらの事件でもあったのか。内心先程のやり取りの余韻に浸りつつ、御坂が尋ねる。

 

「あ、それが……一連の無断外泊が寮監の知るところとなったようで……」

 

 瞬間、御坂の表情が固まった。

 

「納得のいく説明をせよとのお達しが」

 

「まずいわね……何か言い訳を──って、でもどうしてここが?」

 

「えっ? 蛇の道は蛇ですわ。お姉様の在るところに黒子在り、ですの」

 

 半目で顔を逸らす白井。本当はGPSで探知してきたなどとは口が裂けても言えない。

 

「そ、それよりもお姉様こそ博麗霊夢と一体何を……おや? その紙袋は?」

 

「え? あ……」

 

 白井に指摘され、そこで御坂はクッキーを渡しそびれていたことに気付く。

 

 また今度渡しに行くべきか。否、礼を口にするだけであそこまで動揺するとなるともはや無理なように思えてきた。

 

「……これは、博麗さんへのお礼よ」

 

「え?」

 

「はい。これクッキー。佐天さんに教わって手作りしたのよ」

 

 唐突に手渡される紙袋。これに霊夢は首を傾げた。あの流れからして、恐らく渡そうとしていた本当の相手は──。

 

「……良いの?」

 

「良いのよ。また後で味の感想を聞かせて」

 

 察しながらも御坂の意を汲んで有り難く受け取る。食蜂といい、こういう年頃の女子は素直になれないものなのかと、同年代なのにおっさん臭いことを考えてしまう。

 

「………………」

 

 一方、白井は何も言わない。先程とはうって変わってその顔から表情が抜け落ちており、まるでエラーを起こして機能停止した機械のようだ。

 

(お、お、おっ、おっおおおおおおおお姉様の手作りクッキーィッ!? しかもそれを博麗霊夢にィィイイッ!?)

 

 しかし、内心は混沌である。

 

(そ、それってつまりお二人はそ、そそそういったご関係……ってコト!? いやいやいやイヤお姉様とあの人に限ってそんなことがあるはずが……ッ!! けどあのお姉様がクッキーを手作りして渡す理由など……うう、そんなことが──)

 

 そこで白井は想像してしまう。自らが敬愛して止まない御坂美琴とかつての己の指針であり、未だに憧憬の念を抱く博麗霊夢。

 

 その二人が──。

 

「……アリですの」

 

「「え?」」

 

 何がと二人が問うよりも先に、視界が赤く染まる。

 

「ちょっ!? 黒子っ!?」

 

 そして、白井は興奮のあまり鼻血を噴き出しながら倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「……ってなことがあったんだ」

 

 一方その頃。御坂が立ち去った後、佐天は別室で寝ていた妖夢の元へと訪れ、談笑していた。

 

「成程。で、これが例のくっきーという洋菓子ですか」

 

「うん。もしかして初めて食べる?」

 

「ええ……恐らくは」

 

 皿に盛られた先刻作った余り。妖夢は物珍しげに見つめながらその一枚を手に取って口にする。

 

「どう?」

 

「ふむ、甘い……煎餅とはまた違う食感ですね。食べやすくて美味しいです」

 

「でしょー? 今度妖夢ちゃんにも作り方教えてあげるねー」

 

 煎餅は知っているということは、知識に関する記憶である意味記憶は残っている。にも拘わらずクッキーは知らないということは親の好みか、地域の特徴か、あまり洋菓子が馴染みの無い場所で暮らしていたのだろうか。

 

 どちらにせよ、初めての物に驚き、興味を示すその姿はとても微笑ましかった。

 

「でもごめんね。なんか隔離するような真似をして……御坂さんに知られたら変に詮索されてまずいかなって。白井さん……風紀委員の人とも相部屋だし」

 

「別に構いません。こちらとしても、その方が都合が良いので助かりました。それから、居候の身である己にここまで配慮してくれる時点で有り難い話ですので、そんな申し訳無さそうにしないでください」

 

 二度も助けられた。しかも一度目とは違い、己が如何に危険な存在であるかを理解していたにも拘わらず。既に彼女への恩義は到底返し切れるものではなかった。

 

 だからこそ、全身全霊で報いなければならない。

 

「この恩は、いつか必ず」

 

「そんな大袈裟な……あ、体調の方はどう? 少しはマシになった?」

 

「はい。未だに剣を振るえぬ身ですが、歩けるようにはなりました。回復までそう時間は掛からないと思います」

 

「そっか……良かった。けどまだ安静にしててよ? ついこの間まで寝たきりだったんだから」

 

 あの後、自宅で看病してから先日まで妖夢は立つことさえ儘ならない有り様だった。本人曰く“慣れぬ環境で無理をした反動”とのことだったが、医者に診てもらった方が良いのではと何度も悩み、心配したものだ。

 

 一体何があったのか。気になるが、それが自分が踏み込んで良いような領分ではないことも何となく予感していた。

 

(でも寄り添ってあげないと……)

 

 ふとした拍子に消えてしまいそうな、そんな儚さが今の妖夢にはあった。放っておくことなど出来やしない。

 

 故に、佐天は決めた。己に出来ることを精一杯やるということを──。

 

(……“奴”の言っていた通りだ。ここの環境は、私達にとっては毒に等しい)

 

 “半霊”の動きも鈍い。力の大半が失われた。回復したとして、存分に振るうことはもはや不可能。恐らく肉体が無意識にリミッターを掛けてしまう。

 

 幻想無き世界。そこに居場所は無く、故にこそ世界は存在するべきではない“異物”に対して容赦無く牙を剥く。

 

 分かっていたことだ。散々警告されたし、本能でも理解していた。

 

 けれど、それでも──。

 

 己はあの空を舞う紅白の巫女を斬りたかった。

 

(挙げ句に無様に敗走したのだから、笑えない……)

 

 あの乱入してきた()()()()()()は上手くやったものだ。他者の死体に憑依することで世界を誤魔化し、反動を恐れること無く思うがままに力を行使していた。

 

 単なる憑依でもない。恐らく死体にも細工が施されている。肉体と亡霊の性質・能力も似通っているのだろう。でなければそんな理屈が罷り通るはずがないのだから。

 

(──()()()()

 

 脳裏に過る単語。意味は知らず記憶には無いが、けれども己は確かにそれを知っているからこそ、今ここで思い浮かべた。

 

 肉体への反動とは裏腹に、記憶への鍵はどうにも緩くなっているようである。

 

(駄目、ですね……どうにも難しいことを考えるのは苦手です。本当に嘆かわしい)

 

 だからこそ、覚えていた師の教えを愚直に守ってここまで突き進んだ。

 

 失われた記憶に関してもどうでもいいと思考放棄し、今の今までは気が楽だったが、ここに来て妖夢は己のそんな性分を忌々しく思う。いざ思い出そうとしても未だに何よりも大切なはずの主の顔は靄が掛かったように朧気なまま。かといってこれからどうすれば良いのかすら思い付かない。

 

 力無き今、己には主どころか目の前で笑う恩人を守ることさえ危ういというのに──。

 

「そういえば……佐天さん。先程来られていた御坂という方について訊ねたいことが」

 

「ん? 何?」

 

「彼女の……姉妹、或いは親類はこの街に居ますか?」

 

 ちらりと一瞥してその姿を確認し、酷く驚いたものだ。何せあの佐天の友人だという茶髪の少女の顔は、あの乱入者と瓜二つだったのだから。

 

 本人ではないことは明白。ならば考えられるのは肉体との血縁だろう。

 

「え? うーん……姉妹は居ないって言ってたし、親戚が学園都市に来てるって話は聞いてないなぁ……どうして急に?」

 

「……いえ、以前に似た人物を見掛けただけです」

 

 関係者か、或いは。どちらにせよ、妖夢はあの御坂という少女が佐天がトラブルに巻き込まれる要因であるのではないかと懸念していた。

 

 そして、あの忌々しき紅白の巫女も。

 

(奴が、度々話題に出ていた“霊夢さん”だったとは。因果なものですね)

 

 妖夢は自分が居ない間、佐天を守るために残った僅かな力を使用して己の“片割れ”を彼女に憑かせた。その際に自分を二度も打ち負かした巫女が彼女の友人の一人だと知ってしまった。

 

 感付かれなかったのは幸運と言う他ない。本当にどうしたものかと頭が痛くなるくらい悩んで、結局問題を先送りにしてしまっている。

 

 少なくとも弱体化しているこのタイミングで顔を合わせる訳には行かないので佐天にはより強く口止めしておく必要があった。

 

(佐天さんには悪いですが……彼女は、斬らなければならない。何がなんでも)

 

 敗北したからではない。その事実は悔やまれるが、恩人の友が相手だとしても構わず切り捨てんとする程に拘りがある訳ではなかった。

 

 ただ、失われたはずの過去が想起されたのはあの巫女と斬り結び、命のやり取りをした後ばかりだった。

 

 それは断片的であまりにも曖昧な追憶。

 

 けれど、だからこそ、妖夢は予感するのだ。

 

(──斬れば、わかる

 

 その教えに間違いはない。ならば今までもこれからも何も変わりはせず、そう在り続けることをひたすらに望む。

 

 然りとて、もはや単なる剣鬼には戻れない。此度は思い出さなければならない理由が出来た。

 

 己が何者であるかを、己が剣を振るう理由を、己が斬り、守るべきものを。

 

「願はくは……」

 

 幽玄の間、桜の下で詠う、あの方を──。





カプ厨かな?
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