とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

68 / 77
短め


御使堕し

 

 

 霊夢は後悔する。

 

 絹旗の誘いに乗り、彼女がオススメする怪しげなタイトルと明らかに人が少ないがらがらの館内に若干の不安を覚えながらも指定席に座り、大画面のスクリーンと対峙した。

 

 そうして二時間近くもの時間を浪費した結果、得られたのはゴミのような情報だけだった。

 

「何このクソ映画」

 

 シンプルかつ直球。映画を観た感想は、その一言に尽きる。あまりにもチープでつまらないというレベルではない。

 

 霊夢は映画というものを殆ど観たことがないし、知識も皆無だ。精々一話完結の少し長いドラマやアニメ、といった程度の認識である。それに加えて、こうして映画館の大スクリーンで観たことなど一度も無かった。

 

 しかし、それでも少なくともこんなレベルが一般的に普通(ノーマル)ではないということだけは分かった。

 

 貴重な時間とチケット代を溝に捨てたような気分。くだらなさすら感じず面白味が全くないので入口前で買ったLサイズのポップコーンが開幕十数分で尽きてからはもうただただ苦痛な虚無の時間だった。

 

「それが超良いんですよ、霊夢さん」

 

 完全に目が死んでいる霊夢とは対照的に絹旗は実に満足した様子で笑っていた。

 

 ハリウッド映画に挑んだにも関わらず結果的にC級になった天然ものが好みという感性が終わってしまっている彼女からすれば、この絶望的な内容にも拘わらずそれなりの予算を費やしているであろうこの作品は期待を裏切らないものであった。

 

「最愛ちゃん。やっぱりあの実験で脳が……」

 

 研究員からは比較的まともな人格で優等生なんて持て囃されていたが、相応の犠牲を払っているようだと霊夢は同情的な視線を送る。

 

「超辛辣ですね。お気に召しませんでしたか? なら、気分転換に他のを梯子しちゃいます?」

 

「私に死ねと?」

 

「またまたー、映画で鬼巫女が死ぬならこの街の連中も超苦労しませんよ」

 

「言うわね。……クソ映画にしてもっとこう、なんかあるでしょ。ほら、妙ちくりんな化け物とかと戦う奴? あれなら飽きはしないと思うけど」

 

「スプラッターモノとかホラーパニック系ですか? それなら丁度オススメするシリーズの新作が出てますよ。ヒロインが派手に死ぬのが超恒例です」

 

「じゃあ、それで」

 

 ヒロインが死ぬとネタバレされたが、少なくとも今観た虚無よりはマシだろう。

 

「では、“サナエさん4 人喰い鮫襲来! 勝手に戦え! ”を超観るとしましょう」

 

「……やっぱり帰ろうかしら」

 

 今度はポップコーンのサイズをLLにしようと思いながら霊夢は絹旗の引っ張る手に促されながら映画を梯子するのであった。

 

「やっぱりクソ映画じゃない」

 

「1作目は普通に好評でそれなりに話題になったんですけどね……あっ、ちょっと、私のポップコーン食べないでくださいよ」

 

 どことなく見覚えがあるようなないような、一昔前に流行った都市伝説だという湖に落ちたとかイジメで自殺したとかで失踪した女子高生の悪霊が、何故か飛行能力を得た巨大な鮫と戦う映像を冷めた眼で眺めながら霊夢は呟く。

 

 シナリオは支離滅裂で最悪。しかし、主演の悪霊の演技力とアクション面はそこそこなのでまだ観れる映画だった。

 

「あ、死んだ。ヒロインどころか全滅じゃん」

 

「これも超恒例ですよ。在庫処分って感じで雑過ぎて超笑っちゃいますよね」

 

「失笑の方ね」

 

 巻き込まれた人間サイドの大半は悪霊と鮫に派手に虐殺され、生き残った数少ないメンバーも最後にやっぱり殺されてそのままエンドロール。こんなアクション以外面白味が殆どない作品が四作も続いているとは、映画業界というのはよく分からない。

 

「因みに最愛ちゃんはこれのどこが面白いと思ってるの?」

 

「そうですね……超調子に乗ってシリーズ化したは良いもののマンネリ化してそこから抜け出そうとして結局抜け出せない超カビの生えたお決まり展開もそうですが、一番は四作目にして鮫と戦わせるなんていうウケ狙いの超安直さ! ですかね」

 

「ふうん……やっぱりよく分かんないや」

 

 趣味は人それぞれ。さっぱり理解出来ない絹旗の感性に霊夢はそう結論付けて考えを放棄する。

 

 そんなこんなで上映終了し、映画館から出ると外はすっかり暗くなっていた。

 

「映画って長いのね」

 

「今日は付き合ってくれて超ありがとうございます。霊夢さんには合わなかったみたいで、申し訳ありません」

 

「良いわよ別に。映画なんて滅多に観ないし……映画はあれだけど、ポップコーンは美味しかったし」

 

 この映画の評価する点:ポップコーンが美味しかった、はなかなか他に類を見ない最低レベルの評価だと思われるが。

 

「とりあえず最愛ちゃんが楽しくやれているようで良かったわ。麦野……だっけ? この前はぶっ飛ばしちゃったけど感謝しないとね」

 

「! ……そうですね。怖い面もありますけど、超優しいリーダーです」

 

「…………」

 

「その、今日は本当にありがとうございます。霊夢さんと映画観れて超楽しかったです」

 

 真っ直ぐな礼を言われ、霊夢は照れ臭そうに、ばつが悪そうにそっぽを向く。

 

(……てっきり恨んでいると思ってた。私のこと)

 

 暗闇の五月計画。あの狂った科学者共に対して、霊夢は何もしなかった。その気になれば一切合切を無茶苦茶に出来るというのに。

 

 連中は霊夢が来る時は外面を良くして実験の内容も甘くしていたが、その程度で彼女を誤魔化せる訳がなく、何となく察してはいた。

 

 それでも何もしなかった理由は、単にどうでも良かったから。当時の霊夢は風紀委員に所属していなかったし、この街に対して何の価値も見出だせず、ただ現状を憂い、悲観し、何もかも投げやりだった。

 

 今も然して変わらぬが……。

 

 そうして霊夢が何かするよりも先に、暴走した黒夜海鳥の手によって暗闇の五月計画は壊滅した。本当は暗部の襲撃という話もあったが、どちらにせよ、狂った科学者共が自分達の悲願を叶えることはなく、呆気無い幕切れであった。

 

 霊夢はふうんとしか思わなかったが、散り散りとなったらしい置き去りの子供達の事は少しだけ気になった。

 

 ついぞ何もしなかった自分に対してきっと、悪意や憎しみを抱いているのだろうと勝手に考えていたが、少なくとも絹旗最愛は違ったようだ。

 

(ハァ……どいつもこいつも)

 

 自分は上等な人間ではない。心の中でそう卑屈に吐き捨てる霊夢だが、実のところ彼女の方こそ気付いていなかった。

 

 ただ悲観してばかりだった己が、そう思考している時点で、既にかつてとは()()()()()()()ということに──。

 

「んじゃ、またね」

 

「はい。またいつか、出来れば仕事中以外で──」

 

 二人が別れようとした、その時である。

 

 霊夢に悪寒が走った。

 

「!!」

 

 神掛かった第六感。それは何の脈絡も無く、あまりにも唐突で、然りとて彼女は本能的に裾から札を取り出し、周囲へと張り巡らせる。

 

「ッ!? なっ、霊夢さん──」

 

 これに絹旗は身構える。霊夢のあまりにも突然の行動に動揺するも敵意は向けられておらず、しかし真剣な眼差しに尋常ではない事態なのだと即座に理解した。

 

 同時に、結界が二人を覆い尽くす。

 

「超何が起こるんですッ!?」

 

「──んなこと私が知る訳ないでしょうが」

 

「はぁっ!?」

 

 そして、天から光が降り注ぐ。

 

 誰にも見えぬそれは万物を透過しながら学園都市を、日本列島を、地球全土を呑み、霊夢が展開した結界へと衝突する。

 

「ッ──」

 

 この日、世界がひっくり返った。

 

 多くの人々は、それに気付かず、然りとて“異変”は確実に起きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 翌日。

 

 その日は、雲一つ無い快晴だった。

 

「……良い天気ね」

 

 目覚まし時計が鳴り響くほんの少し前に目覚めた霊夢は柔らかな布団に名残惜しさを感じながらも起き上がり、洗面所へと向かう。時刻は早朝で彼女は自堕落であるものの意外と規則正しく休日でも早起きであった。

 

 顔を洗うと今度は朝食の準備。その片手間にBGMとしてテーブルの上にあるリモコンを手に取ってテレビを点ける。

 

 実に優雅なモーニングであった。

 

「………………」

 

 自然とテレビに釘付けになってしまう。液晶画面に映るのはごく普通のニュース番組である。

 

 キャスターが、自分の担任であるはずの子供先生であること以外は。

 

「………………」

 

 無言でコンロの火を止める。驚きのあまり固まって料理を焦がすことがなかったのは、この光景を予期していたからだった。

 

 ピンポーン。

 

 玄関のチャイムが鳴る。はいはいと扉を開ければ、そこには昨日共にクソ映画を鑑賞した絹旗が汗を流し、ゼェゼェと息を切らしながら立っていた。

 

「おはよう。随分と早いわね」

 

「おはようございます。良かった、霊夢さんは超霊夢さんのままです……!」

 

「そりゃ私は私だからね」

 

「朝早くにスミマセン。超早急に状況を共有したくてっ……」

 

「そう……とりあえず上がりなさい。丁度朝餉ができたとこだから食べてく?」

 

 絹旗が招かれる。二人は椅子に座り、テーブルを挟んで向き合う。

 

「で、どうだった?」

 

「……麦野がロリっ娘に、フレンダがおっさんに、滝壺が金髪のヤンキーになってました」

 

 差し出された冷たい麦茶をがぶ飲みし、絹旗は自分が体験したことを語る。

 

 一方、霊夢はやはりかと同情的な視線を送りながら焼きたての目玉焼きを白米と共に口に含んで咀嚼し、視覚はともかく味覚に関しては問題無い事に安心した。

 

「ついでに私は別人に見えているようで、しかも麦野に因縁がある相手なのか殺されかけました。超頭がおかしくなりそうです……」

 

「中途半端に防いだ影響ね、きっと。私は知り合いの根性根性喧しい熱血馬鹿が居たかと思ったらですのですのお嬢様口調で吐きそうになったわ」

 

 昨日の出来事を思い出し、霊夢は顔をしかめる。彼……恐らく中身は彼女が絹旗の時とは違い、自分を博麗霊夢だと問題無く認識していたのはやはり咄嗟に“夢想天生”も発動して完璧に防いでいたからだろう。

 

 あの後、確実に何かが起きたにも拘わらず二人に特に影響は無く、酷く困惑した。念のため連絡先を交換し、その日は一旦別れたが、暫くして異常はすぐに判明する。

 

 世界は気が付かぬ内にがらりと変わった。外では赤子が働き、老人が通学し、子供が医者をやっている。知り合いは軒並み違う姿で、しかし中身は確かに本人そのものであった。

 

 ──()()()()()

 

 それも認識の操作や肉体の変異ではなく、魂の交換。老若男女問わず他人が別人の姿となって、皆がそれを当たり前のように受け入れている。影響外に居る者からすれば、あまりにも異様な光景だった。

 

非科学(オカルト)……ですよね? こんな超出鱈目な現象。そうとしか超考えられません」

 

「ええ。規模は不明だけど、こんな事を出来るのは相当な使い手だと思うわ」

 

 少なくとも学園都市全域は影響下にある。魂の入れ替わりだけではなく、個人の認識すらも歪めているのだ。アウレオスの黄金錬成(アルス=マグナ)のような世界の改変に等しい規模の大魔術が行使されたとみて良いだろう。

 

「超最悪過ぎます。これなら私も影響を受けた方が……いや、自分が知らぬ内に汚いおっさんになってるとか想像するだけで超ゾッとします」

 

 とんでもないことに巻き込まれた。頭が痛くなったのか絹旗は額に手を当て、溜め息を吐く。

 

「それで……どうやったら元に戻せるんです?」

 

「そうねぇ……術者を叩きのめす、って感じで簡単なら良いけど、他には術式の核を見つけて破壊する、とかかしら」

 

 そもそも動機が不明だ。入れ替わりを行ったところで黒幕に何のメリットがあるというのか。余程のことがない限り無いに等しいだろう。

 

 ならば、入れ替わり自体は単なる副作用に過ぎず、本来の目的は別にあるのでは。その結論に行き着くのはごく自然のことである。

 

「入れ替わり……魂の移動……もしかして、何かを召喚した?」

 

「はい? 超どういうことですか?」

 

「玉突き事故みたいなものよ。肉体の無い存在を喚び出し、人間の身体に宿す。通常なら共存するかどちらかが塗りつぶされるんだけど……元の魂を弾き飛ばすってパターンがあるとすれば……」

 

「その魂が別の肉体に入って、また追い出して……という感じですか?」

 

「ええ。にしても無理矢理が過ぎる。仮にそうだとしたら、一体何を喚び寄せたのやら──」

 

 恐らく高位の存在。このような混沌を生み出すような輩だから、ろくでもないのは確かであった。

 

「……さて、どうしましょうか」

 

「? さっき言った通り、術者を倒すか術式とやらを破壊するのでは? それに、出来るかは知りませんが召喚したやべーやつを超ぶっ飛ばすってのも……」

 

 手段は豊富だというのに、何故手をこまねいているのかと絹旗は首を傾げる。

 

「それが出来たら楽なんだけどねぇ……場所が分からない。少なくともこの街には、それらしき気配は微塵も感じないわ」

 

 あの時は霊夢も防ぐので必死で位置を特定することは出来なかった。

 

 もしもこの術式が学園都市だけでなく日本、延いては世界にすら影響を及ぼしているとなれば、その術者や術式の核がどこに存在するかなど分かるはずがない。

 

「けどまあ……近い内に向こうから姿を現すわよ」

 

「何故です?」

 

 楽観的に思える発言だった。

 

「術者からすれば、私達のような異変を認識している存在は目障りなはず。排除しに来ると考えるのが自然でしょ」

 

「……私、霊夢さんの傍を離れません」

 

 下手人と対面したらぶん殴ってやりたかったが、こんなことを仕出かすような出鱈目な相手にまともにやり合えるとは微塵も考えていない絹旗はすべて霊夢に任せるつもりだった。

 

「とりあえず……影響を受けていない奴にもう一人心当たりがある。食事を終えたらそいつとも合流しましょう」

 

「そんな人が……誰です? 岡崎ですか?」

 

「あいつも平気かもしれないけど違うわ。今頃不幸だと嘆いている馬鹿よ」

 

 優れた魔術師ならばこの異変を防いでいる可能性は高い。それ以外となれば、霊夢が知る限りではありとあらゆる異能を打ち消す“幻想殺し”を有する上条当麻一人しか居なかった。

 

 但し、こちらにも問題がある。

 

(あいつ……今、学園都市の“外”に居るんだっけ?)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。