とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
博麗霊夢VS一方通行。
学園都市とその外すらも巻き込んだ災害にも等しきその戦いは多くの噂をもたらし、暗部といえど到底隠蔽し切れているものではなかった。
その中にこのような話がある。一人の
そして、それが上条当麻であると。
無論、事実は異なるが、そもそもかの鬼巫女が戦ったという話ですら真実か定かではない与太話であり、情報が錯綜していた。
噂は噂を呼び、形を変えて誰か、また誰かへと伝聞され、ウイルスが媒介するかのように瞬く間に広がっていく。これは単純な権力や情報統制でどうにか出来るようなものではなく、この科学の街でも例外ではない。曲がりなりにも法治国家である日本国に属しているし、そもそも強硬手段を取った時点でその噂が真実であると言っているようなものであるのだから。むしろあれだけの被害と混乱に対して事実を隠蔽し、眉唾物の都市伝説が広まる程度で済んでいるのは流石と言えよう。
賢しい者は真意が定かではない情報のみでは動かない。けれど、いつの世も愚者が多数派であり、そういった者は己にとって都合の良い情報のみを耳に入れ、歪める。
そうして支持されるようになるのは、無能力者が学園都市最強を倒したという与太話。たちの悪いことにその話の中で出てくる無敵であるはずの一方通行を殴り飛ばしたというのは紛れも無い事実であり、確かに一方通行が入院したということもあって、どんどん尾鰭が付いて彼らの中では完全な真実となっていた。かの恐ろしい鬼巫女よりも誰かも知らぬ無能力者の方が夢があり、都合が良いのだ。
彼らの目的はただ一つ。最強を下した存在を討ち取り、自らが最強の座へ名乗りを上げること。
あまりにも無知蒙昧で短絡的であるが、残念ながらそのような思考に至る連中が学園都市にはありふれていた。
故に、上条当麻は学園都市中から狙われた。どういう訳か海胆のようなツンツン頭という特徴まで広まってしまっており、過去に成敗された彼に個人的に恨みがある連中を含んだ多くの不良共が道行く先々で襲撃してくるようになる。
この事態に統括理事会も問題視し、ある程度ほとぼりが冷めるまで情報操作に邪魔でしかない上条を一時的に学園都市の外へと隔離することを決定した。
「とのことで……」
「……正気?」
通達された内容を聞いた霊夢は溜め息交じりに呟く。それなりの騒ぎになるとは思っていたが、このような馬鹿馬鹿しい展開になるとは。
因みに霊夢に対しての襲撃者は極少数である。災厄の如く恐れられる鬼巫女に挑もうなどという命知らずはそうそう現れない。
「ハァ……じゃあ、マジで帰るの? 実家に」
「……そうなる」
「記憶喪失なのに?」
「……記憶喪失なのに」
上条としても昼夜問わず追いかけ回される日々から逃れられるのは願ってもないことであったが、一つ致命的な問題があった。
それは彼が記憶を失くしているということ。外部へ行くとなれば身元引受人は当然親族となる訳だが、つまり上条は親の顔も知らぬまま里帰りしようとしているのだ。
友人知人ならいざ知らず、血の繋がった両親相手に果たして誤魔化し切れるかどうか……。
「いや、無理でしょ」
「ぐ……俺もそう思うが、もう腹を括るしかないだろ」
ばっさりと切り捨てる霊夢。とはいえ統括理事会の通達に異議を申し立てようものなら正当性を示す為に記憶喪失であることを告白しなければならない。
つまりどうすることも出来なかった。
「というか、インデックスも一緒に行くの?」
「ああ。海に行きたいって駄々を捏ねられて仕方なく……」
「ふうん……けどまあ、その方が良いでしょ。私は面倒見るのは嫌だし、小萌先生に押し付けるのも申し訳ないでしょうし」
居候の銀髪シスターを家族にどう説明するつもりなのやら。かといってあの暴食の権化を預かるなんて真似は真っ平御免である。
「……一応尋ねたいのですが、私のご両親について何か知っていたりしないでせうか?」
「逆に訊くけど、知ってると思う?」
「だよなぁ……」
頭を抱える。上条はただただ不安だった。
顔も、性格も、思い出も、何も知らぬ家族。どんな人物なのか、どのような顔で会って、接すれば良いのか──。
「バレたくないのなら、精々頑張ることね」
完全に他人事な様子で霊夢は投げやりに言うものの思うところが無いと言えば嘘になる。
上条の記憶喪失は他ならぬ己が咎。彼を無責任に死地へと招きながら守り切れなかったが故の末路であり、恨まれるだけの道理はあるのだから。
全てを知らされた場合、彼女はそれを打ち明け、あらゆる叱責も報復も当然の罰として受け入れるつもりだった。
「ま、何かあったら連絡でも寄越しなさい。と言っても流石にこの街の外じゃあ出来ることなんて無いに等しいけど」
「おう、分かった……ありがとな。博麗」
そんなやり取りをしたのが二日前。思い返しながら霊夢は玄関のチャイムを鳴らすも、一向に応答は無い。
「……やっぱりまだ帰ってないわね」
溜め息を溢す。電話しても出なかったので学生寮まで足を運んだのだが、無駄足だったようだ。
「これから超どうするつもりですか?」
同行している絹旗が尋ねる。現在、彼女はフードを目深に被り、そこら辺の売店で買った安物のカラフルなサングラスという完全なる不審者スタイルであった。
麦野に襲われた時のように見知らぬ誰かと間違われて揉め事になるのを未然に防ぐため。本当はマスクで口元も隠したかったが、真夏なので蒸れるわ息苦しいわで耐えられなかった。
「さっきも言ったように、元凶が向こうから来るのを待つしかないわ。先にどっちに行くか分かんないから合流しておきたかったんだけど……」
「……もしも元凶が来なかった場合は?」
「……世界中の魔術師を片っ端からしばくことになるわ。何十年掛かるのかしらね」
「えぇ……」
ほぼ同時に二人で溜め息を吐く。術者がこの街、この国に居るとは限らず、海外に潜伏しているとなれば特定は不可能に等しいだろう。
せめて大まかな発生源が何処か分かればまだやりようがあるのだが……。
「しばらく超雲隠れするとして……麦野達にどう説明しましょう。声も変わっているでしょうから電話でも超怪しまれそうですし……」
「最愛ちゃんの声真似って簡単そうだものね。適当に超超言ってるだけで超それっぽくなりそう」
「喧嘩売ってます?」
「まあ、当てがないって訳じゃあないんだけど……」
じろりと睨まれるも、スルーして霊夢は素知らぬ顔でどうしたものかと顎に手を当てる。
魔術師達はきっと、この事態を把握しているに違いない。イギリス清教に連絡を取れば少なからず情報が得られると思うが、何となく嫌な予感がし、そうしようとする気になれなかった。
霊夢の勘は当たる。しかし、現状を打開する策は未だに思い付きそうにないため神掛かるそれを裏切るべきか否か思案してしまう。
「ん?」
その時である。着信音が鳴り響く。
「噂をすれば……ね」
画面に表示される名前と番号を確認し、霊夢はそう呟いて電話に出る。
『よう博麗っち! 調子はどうだぜい?』
「良いと思う? 何が起きてんのか教えてちょうだい」
電話の相手は、土御門元春。霊夢のクラスメイトにしてイギリス清教必要悪の教会の魔術師。そして、その顔すらも数ある一つでしかない多角スパイ……彼ならこの入れ替りの異変を把握していても不思議ではない。
『おお。その様子だと気付いているみたいにゃー? 流石だぜい。いやぁ念のため連絡してみて正解だったにゃー』
「御託は良いから、さっさと説明しなさい」
いつものふざけた口調に辟易しながら霊夢は問う。イギリス清教がどこまで把握しているか知らないが、腐っても魔術大国。自分よりは物を知っているはずだ。
『分かったぜい。何で世界が今こんなすっとんきょうな事態に陥っているのか簡潔に言うと──』
「──“天使”、だと?」
とあるバーにて。
店内の景観や雰囲気には似合わぬ日本酒の入ったお猪口を片手に女は聞かされた内容に眉をひそめて言う。
「ええ。言葉のままに
「異国の異教のことなど知る訳なかろう」
「あら左様で。では説明致しましょう。
クスクスと笑い、愉しげに語る。
「陰陽の式神のようなものか? その異教の神は、随分とけったいな物を作るのだな」
「唯一神らしいので人手が足りなかったのでは? 徹底して自我を有することを認めぬ辺り、同じ神としては扱わぬ傲慢さがありますが。……まあ、ともかく今回の
人呼んで、
世界全体を巻き込んだこの異変の正体を告げられた女は更に眉間に皺を寄せ、傍迷惑な話だと吐き捨てる。
「……それで、計画に支障は?」
「全く。予期せぬ事態ではありますが、降臨した天使自身が帰還の為に動いています。近い内に愚かな術者は消され、全ては元通りになることでしょう」
「なら良い……こんなふざけた事でご破算になろうものなら怨霊に転じてしまうところだ」
「それは恐ろしい。菅原道真の再来ですわ」
「はっ 私の方が先輩だ」
今回の事象に彼女達が関わるつもりはなかった。放置していれば勝手に終わるのだ。わざわざ藪をつついて蛇を出す必要などあるまい。
けれど、危惧することがあるとすれば──。
「天使とはいえ別位相の高次生命が降臨。
ぼそりと呟く。
十字教の魔術師の力の起源。故に、その神秘はあらゆる魔術に垣間見られ、然して珍しくはない代物であるが、本物が顕現するとなればそれは何百年ぶりの邂逅となるだろうか。
まだ一波乱ありそうだと予感する。傍観に徹しながらも彼女は注目して止まない。
「どうした? またくだらぬ企てか?」
「そんな企てなどと酷い。何でもありませんよ。我々は計画を続行しましょう。我らがご同輩も目覚める当てが出来ましたのですし」
訝しげな視線にわざとらしく誤魔化しつつ、話題を変えようとそう言えば女は露骨に顔を渋め、複雑そうな表情を浮かべる。
「む、彼奴か。歓ぶべきか憂うべきか……どうであれ、また騒がしくなるな」
ちらり、と一瞥した先にあるのは壁に飾られた一枚の古い時代の物であろうひび割れた
それへと僅かに向けた女の視線はあまりにも歪で不可解極まりない。長らく会えていない、旧友に対するようなものであるのと同時に仇敵に対するようなものでもあった。
「ああ、そういえば──」
すると思い出したように女は問う。この異変を感知した時からずっと疑問であった事を。
「肉体の無い私はともかく……何故お前は入れ替わっていない? それとも私がそう見えているだけで実際には影響を受けているのか?」
どこぞの木っ端の魔術師が引き起こした矮小な術式であれば何ら問題無いのだろう。しかし、これは世界をも巻き込んだ、超大規模の召喚儀式。いくら目の前の者がありとあらゆる邪法、外法に精通し、こちらの理解の範疇を超えた化生の類いであろうと、果たして完全に影響下から脱することが出来るのだろうか。
そんな疑問に対し、彼女は微笑を崩さない。
「その事ですか。ええ。おっしゃる通り私は全く影響を受けていません。かといって何らかの防護を施したということもありません」
ならば何故か。理由など明白である。
「我らは幻想と成り果て、世界から見棄てられた異物。端から
場面は戻り、霊夢は土御門から事の詳細を訊いて首を傾げていた。
(……要するに、神霊みたいなもん、って認識で良いのかしら? その天使ってのは)
曰く神ではなく、その使いらしいが、然りとてその力の強大さを見れば神々の類いと然して違いはないだろう。十字教の世界観においてどのような存在でどのような立ち位置なのかなど霊夢の知るところではないし、至極どうでも良かった。
何せあちらでは神でもこちらでは妖怪や悪魔。その逆も然りというのはありふれており、神とそれ以外の区別や差異など遥か昔から曖昧なのである。
共通していることがあるとすれば、そのどれもが神と崇められるだけの“力”を有していること──。
「で、そのエンゼルなんたらってのは術者はまだ特定出来てないのね?」
『ああ。発生源に関しては大まかな位置は分かってるんだがにゃー』
大体の予想は当たっていた。やはり今回の異変は何処かの馬鹿が大それた存在を喚び寄せたことによる余波だったようだ。
「ふうん……面倒ね。その天使ってのは?」
『そいつの居場所もまだ掴めてないぜい。恐らく魂の位を人と同格に落とされているだろうから、目に見えて分かるって訳じゃあないんだと思うぜよ。とはいえ術者に使役されている訳でもないからそこはまあ一安心ってところかにゃー』
「そ。死ぬほど面倒ね」
『……忠告しておくが、見つけ出しても挑むなんて真似は止した方が良いぜい。人と天使にはそれだけ隔絶した差がある。少なくとも十字教の魔術師では“絶対に”勝てない』
「安心してちょうだい。無策で神様クラス相手に喧嘩売る訳ないから……無策では、ね」
神にも千差万別。その天使とやらがどの程度の強さなのかは知らぬが、高く見積もっておいた方が良いだろう。
「ところでそっちは無事なの? 入れ替りを自覚してるってことはまあ、防げたってことなんでしょうけど」
『どうにか、な……と言っても見た目は変わっているように見えるみたいで生活には苦労するぜい。特に“ねーちん”はよりにもよってステイルの見た目になってるみたいで相当ストレスを抱えているみたいにゃー』
「ねーちん?」
『あ、神裂火織のことですたい。今一緒にこの“御使堕し”の調査をしているぜよ』
「ふうん……火織も一緒なんだ」
しかし、まさかステイルの見た目であの露出の多い格好をしているのだろうか。想像するだけで噴き出してそうになってしまう絵面だ。
「というか、あんた達も完全には防げてないんだ。私みたいに事前に結界を張っておかないと、難しいのかしら」
そこまで言って、よくよく考えたら自分は“夢想天生”という裏技を用いて影響下から脱しており、同じく結界に籠っていた絹旗は土御門らと同じような状態になっていることを思い出す。
この御天堕しとやらを完璧に防いでいる者は、割と少ないのかもしれない。
『……うん? もしかして博麗っち、誰とも入れ替わってないのかにゃー?』
「ええ。そうだけど」
『……マジで?』
「え、何?」
過剰なまでに驚く土御門に首を傾げていると、暫くして土御門の慌てる声と共に女の声が聴こえてくる。
『──博麗霊夢。今、どこに居られるので?』
「その声、火織? どこって……今は当麻の寮の前に居るけど」
挨拶も無しにそう問い掛けられ、不審に思いながらも霊夢は正直に答える。
『分かりました。今からそちらに向かうので一歩足りとも動かないでください』
「は?」
『おいおい! 待ちやがれってねーちん! 学園都市に入るには許可が必要ですたい!』
『ですが土御門……!』
「……何なのよ、一体?」
騒がしい喧騒に思わず携帯を耳から離し、困惑する。二人して様子が変であるが、もしかすると何かしらまずい発言をしてしまったのかもしれない。
思い当たるのは自分が入れ替わっていないということ。術式を完璧に防いだ場合、何らの不都合が生じるのだろうか。
『あー、博麗っち。大変言いにくいんだが……』
「ん?」
すると神裂をどうにか落ち着かせたと思われる土御門がそう切り出す。
『たった今、博麗っちが御使堕し実行犯の最有力候補に躍り出ちゃいました』
「──あん?」
眉をひそめ、そして理解する。
先程からしていた嫌な予感というのは、こういう事かと。