とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
「──ぐらびとん?」
その名に、霊夢は眉をひそめる。
「はい! その犯人の次の標的がこの店なんです!」
白井との通話を途中で打ち切り、初春は状況を説明する。要約すれば巷で話題の連続爆破テロの犯人の手によって、この店に爆弾を仕掛けられているということ。
そういえばそんな物騒な事件が連日ニュースで放映されていたな、と霊夢は思い出す。グラビモスだかグラードンだか知らないが、傍迷惑な奴が居たものだ。
「……いつ爆発が起きるとか、どこに爆弾があるのとか分からないの?」
「は、はい。衛星からの重力子反応の観測ではこの店のどこかということしか──」
「なら、急ぎましょう。さっさと客を逃がすわよ」
「──! はい! 御坂さんも避難誘導をお願いします!」
「ええ。分かったわ」
事態を把握するや否や即座に行動を起こす霊夢。普段怠惰な彼女であるが、人命が懸かっているとなれば話は別だ。どれだけの規模の爆弾かは知らないが、今日は休日なのもあってか客はかなり多いためどこで爆発が起きようとも少なからず被害は出るだろう。
しかし、銀行強盗のお次は爆弾魔ときた。本当にこの街は面倒事を呼び込んでくれる。お蔭で折角の人生初めてのショッピングが台無しになってしまった。
「佐天さんはすぐにここから避難してください!」
「え、うん……初春も気を付けてね」
協力を乞われた御坂。しかし、佐天の方は避難を促される。同じ一般人といえど、超能力者で自衛可能な御坂と違い、佐天は無能力者でごく普通の学生でしかない。
故にそれは至極当然の判断であるが、どうも佐天自身は不服なようで少し悔しそうな表情をしながら頷いた。
「………………」
その様子に霊夢だけが気付く。
力無き者の渇望は、見慣れたものであるが故に。
『お客様にご連絡いたします。誠に申し訳ございませんが、店内で電気機器の故障が発生したため、誠に勝手ながら、本日の営業を終了させていただきます』
店内の放送機器から、繰り返し同じ文言が流れる。パニック誘発を防ぐべく、緊急時用にあらかじめ用意されていた文言だ。
その放送と御坂と霊夢の誘導に従い、大勢の客は店の外へと出ていく。
「ふぅ……これで全員かしら」
店の外でざわめく客たちを見ながら御坂がそう言って一息吐く。初春の迅速な対応により避難自体は滞りなく完了した。後は
しかし、霊夢は神妙な面持ちだった。
「……嫌な予感がするわね」
「え?」
「ちょっと確認してくるわ」
「は? あ、ちょっと待ちなさい!」
ただそう言い、引き止めようとする御坂を無視して霊夢は再び店内へと入って行く。
「あいつ! 一体何考えて……!」
「おいビリビリ! あの子を見なかったか!」
その勝手な行動に苛立ちを露にする御坂。すると入れ違う形で避難していた上条が焦った様子でそう尋ねてくる。
あの子、とはあの鞄の少女のことだろう。しかし、二人は一緒に行動していたはずだ。それに誘導している際にも少女の姿は見なかった。
「は? 一緒じゃなかったの?」
「外に居ないんだ。もしかしたらまだ中に……!」
「ッ──何やってんのよ!」
どうやら目を離した隙にはぐれてしまったらしい。取り残されてしまっているという可能性に御坂は目の色を変えて店内へ駆け込む。
「あっ おい……!」
上条もまたその後に続く。
「全員避難終わりました!」
一方その頃。無人となった二階フロアにて。全員が店内から立ち去ったことを確認した初春は携帯で白井へと報告する。
『初春! 今すぐそこから離れなさい!』
「──え?」
『過去の八件の人的被害は
焦った様子の白井から告げられた驚愕の事実。その言葉の意味を噛み砕くより早く、状況は更なる加速を見せる。
「おねーちゃん!」
一人の少女が初春の元へ駆け寄ってくる。まだ避難していなかったのかと驚くよりも先に、彼女はその腕に抱えた大きな蛙のぬいぐるみをバッと見せた。
「これ、メガネのおにーちゃんがわたしてって」
「? これは……」
そう、例えばこのようなぬいぐるみの中などに。
「──ま、さか」
顔を青ざめさせる初春。少女が差し出したぬいぐるみが、その手に渡った次の瞬間。
──ボコッとその顔が凹む。
「!?」
重力子の急速的な収縮。その異常を視認した初春の行動は早かった。すかさずぬいぐるみを遠くへと放り投げ、自身の背を盾にする形で少女を抱え込む。
「逃げてください! アレが爆弾です!」
まだ誰か残っているかもしれない。故に、初春は出来る限りの大声でそう叫び、周囲へ伝える。
──それを丁度現れた上条と御坂が聴いていた。
(
消し飛ばす。即座にそう判断して御坂はゲームセンターのコインを構え、しかし焦りからか照準を合わせる前に手が滑り、床に落としてしまう。
「しまっ──!?」
あまりにも致命的な失態。コインを拾う時間は無く、単なる電撃では爆発を防ぐことなど出来やしない。
万事休すか。そう思われた矢先に上条がバッと彼女らの前へと出る。一か八か、その異能を打ち消す右手で防ぐつもりであり、ほぼ反射的な行動だった。
そして、ぬいぐるみだったモノはどんどん収縮していき、遂に爆発した。
「──封魔陣」
しかし、爆発は彼の右手に届く前に、突如として発生した
「なっ」
「えっ……!?」
「やっぱり確認しにきて正解だったわ」
何が起きたのかと騒然とする一同。そこにそう言いながら上から降り立つのは、紅白の巫女。
「は、博麗……!?」
「悪いわね、当麻。あんたの右手の範囲じゃどこまで打ち消せるか分かんなかったから、手柄を横取りさせてもらったわ」
「え? お、おう……正直俺も一か八かだったし、むしろ助かった。ありがとな」
呆気に取られながらも上条は礼を言う。
一方、御坂はその登場に驚愕していた。先に店内へと入っていったはずなのに姿が見えなかったが、どうやら能力でずっと上方を飛んでいたらしい。
いや、それよりも──。
「あんた、一体何をしたの?」
空中浮遊。それが彼女の能力であることはあの銀行強盗の件で確認済みである。しかし、ならばあの爆発を
実は
それに、少なくとも御坂の目には、あれは念動力にも空力使いにも見えなかった。
「……さあ、何でしょうね」
対して霊夢は彼女の疑問に答えるつもりは更々無いらしく、一瞥するだけで未だに少女を抱えて力無くその場にへたり込んでいる初春の方へと向かう。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「博麗さん……はい。大丈夫です。その、助けてくれてありがとうございます」
安否を確認され、そう答えながらも初春の表情は暗かった。自身の早計な判断が招いた命の危機。もしも霊夢が来なければ、来るのが少しでも遅ければ、最悪自分はおろか少女の命すらも失っていたかもしれない。
実際のところ彼女に非は無いのであるが、そう思わずにはいられなかった。
「しかし、どうしてここに……? もしかして博麗さんも
「勘よ」
初春の疑問に、霊夢はただ一言そう答える。
「か、勘……ですか?」
「そ。私の勘はよく当たるの。今回もなんか嫌な予感がしたから来てみれば案の定って感じ」
「は、はぁ……」
勘。即ち、第六感。あまりにも非科学的で学園都市では笑われそうな理由であるが、実際に初春の危機に駆け付けて回避しているのだから何も言えない。
「にしても……やるじゃない。少し見直したわ」
「へ?」
礼を言えば笑みを浮かべて突然そう返され、初春は間抜けな声を出してしまう。
「子供を守ろうとしたでしょ? 少し頼りないイメージだったけど白黒の相方なだけあるわね。そういう奴、嫌いじゃないわよ」
「────」
誉められた、そう理解するのにそれなりの時間を有した。そんな言葉を掛けられるとは夢にも思わなかったが故に。
ずっと冷たい人間だと、無感情だと恐れ、気味が悪いとすら思っていた。
しかし、こうして自分に笑い掛けてくるその姿はそんな今まで抱いていた印象とはあまりにも掛け離れていて、漸く初春は理解する。
結局のところ自分は彼女の一面しか見ていなかったのだと。
「……さて、と」
くるり、と霊夢は初春へ背を向ける。
「ちょ、どこ行くのよ?」
「決まってるでしょ。買い物を台無しにされた落とし前を付けさせるのよ」
ただそう言い、霊夢は飛んだ。
ふと顔を覗き込んだ御坂はぎょっとする。その表情は先程の優しさに満ちた笑みと打って変わり、どこまでも冷徹なものだった。
犯人の目星は付いている。あのぬいぐるみ爆弾から仄かに匂った異臭。それがアルミの金属臭であることを彼女は知らないが、それと同じ臭いを発する男が自分たちの近く──つまり初春の周りを彷徨いていたのを思い出したからだ。
然れど、確証は無く、しかし彼女にはそれだけで充分であった。
「どうして爆発しなかったっ!?」
セブンスミスト付近の薄暗い路地裏にて。眼鏡を掛けた冴えない少年が腹を立てた様子で喚いていた。
少年の名は、介旅初矢。
彼こそが、この
「不発? 有り得ない! 制御にミスは無かった、確かに起爆したはず。まさか未然に防がれた? 馬鹿な、あんな見るからに無能そうな風紀委員ごときに止められるはずが……!」
これまで数回の実験を重ね、その度に威力を更新してきた。前回は遂に風紀委員の一人に入院レベルの重傷を負わせることに成功した。
そして、今回のは過去の爆弾の比ではない。殺すつもりで能力を使い、会心の出来だった。にも関わらず待てど暮らせど爆発は起こらなかった。あの力作が何の問題も無く爆発すれば建物の一角を吹き飛ばす程の威力があるというのに。
つまり問題があったということ。子供に運ばせる過程で不備があったか、はたまたより高位の能力者によって防がれたか……どちらにせよ、今回ばかりは失敗と言う他無く、しかし介旅はその事実を認められない。
「次だ! 次はもっと威力の高い奴を! この力で無能な風紀委員も! あの不良共も! みんな、みんな纏めて──」
「ねぇ、そこの貴方」
「なっ!?」
喚き散らしていると背後から声を掛けられ、びくりと身体を震わせながら振り返る。
そこには見覚えのある少女が居た。
(こ、こいつは……!? あの風紀委員と一緒に居た奴じゃないか! まだ店の中に居るはずなのに何で……)
目に見えて動揺する介旅。もしも先程の独り言を聴かれていたとしたら知らず知らずの内に自白してしまったことになり、言い逃れは難しい。
「ちょっとこの辺でボヤ騒ぎがあったのだけど何か知らないかしら?」
「え……?」
しかし、そんな想像とは裏腹に霊夢はそう尋ねる。ボヤ騒ぎ……というのは十中八九自分が起こした爆発のことだろう。どうやら独り言は聴かれていないし、自分が犯人であるということも気取られていないようで介旅はホッと胸を撫で下ろす。
「さ、さあ? 知らないな……何のことやら……」
自分の爆発をボヤ呼ばわりされたことに苛立ちを覚えながらも作り笑顔を浮かべて惚ける。
「そう……」
すると少女は顎に手を当て何やら考え始めた。誤魔化し方が下手で怪しまれたのかと介旅は危惧するも例え自身のことを疑っているのだとしても証拠は無いはずだと心を落ち着かせる。
「えっと……じゃあ、僕この後用事があるからこれで──」
「うーん……推定無罪ってところだけど、別にいいか。間違ってたら災難だと思って諦めて貰うわ」
「は……?」
爆破は不発ではなかった。ならば誰か死者は……居ないにしろせめて怪我人くらいは出なかったかそれとなく尋ねようとも思ったが、これ以上怪しまれるのも嫌だったので介旅はこの場から立ち去ろうとする。
しかし、少女がぼそりと溢した言葉に呆気に取られ──次の瞬間には地べたに這いつくばっていた。
正確には、蹴り飛ばされた。
「がはっ……!?」
「ごきげんよう、爆弾魔のグラなんとかさん」
何が起きたのかも分からず、下腹部に伝わる鋭い激痛に大地をのたうち回る介旅。咳き込みながら視線を向ければ少女が冷たい眼差しでこちらを見下ろしていた。
「っ……い、いきなりなな何を……爆弾魔って僕はそんなこと知らな──」
「あー、そういうの良いから。どのみちボコるし。どうせあの子供に顔を確認させればすぐ分かる話よ」
有無を言わさぬ暴論に介旅は唖然とする。まさか単に怪しいという疑いだけで犯人と断定したというのか。
──見た目通り、頭のおかしい奴だ。
それに子供に顔を見られているというのは完全に失念していた。
介旅は顔を歪ませる。やはり納得が行かない。
「馬鹿な、あれは僕の最大火力だったはずだ! 一体どうやって……!?」
「あら、自白ご苦労様。けど最大火力ねぇ……あんなチンケな爆発なら即席の結界でも充分よ。感謝することね、私が居なかったら今頃あんた大量殺人犯なんだから」
本性を露にし、問い掛ける介旅。これに少女は心底呆れ果てた様子でそう吐き捨てる。
「チンケな爆発、だと?」
それは彼を虚仮にする発言だった。
「……けるな」
「あん?」
「──ふざけるなァ! お前らはいつもこうだ! お前らはいっつもそうだ! どいつもこいつも見下しやがって!」
激昂した介旅は隠し持っていた空き缶を投げ付け、能力を作動させる。
この距離ならば自分も巻き添えをくらってしまうのは明らかであったが、これまでの犯行で増長していた彼は培ってきたプライドを傷付けられ、完全に頭に血が上っていた。
故に、そんなことは頭の片隅にも存在せず、ただ目の前の少女を殺す為に全力で重力子を加速させる。
あまりにも短絡的な行動。しかし、追い詰められ、逆上した人間の行動は予想外なものであるのが、世の中の常だ。
「────」
単なる悪足掻きだろうと判断し、避けようとしていた少女は自身へ届く前にぐちゃぐちゃに凹んでいく空き缶に目を見開く。
──そして、誰にも止められることなく、空き缶は爆発した。
(初春……どうか無事でいてくださいまし……!)
白井黒子は焦っていた。
観測された重力子の爆発的加速。急いで同僚に連絡すれば何とその場に居合わせているというではないか。
つまり今回のターゲットは同僚──初春だということ。しかし、それを伝える前に彼女は避難誘導すると通話を切ってしまい、何度も掛け直してやっと犯人の狙いが初春だと伝えることができたが、またすぐに切れてしまった。
もしかすると手遅れだったかもしれない。最悪の事態を思い浮かべながら白井は
(もう少しで目的地に──!?)
そして、それらしき建物が見えてきた次の瞬間。凄まじい爆発音が響き渡る。
思わず白井は足を止め、音がした方角へ視線を向ける。だが、そこは次の爆破現場と目されていたセブンスミストではなく、近くの路地裏の一角だった。
「ど、どういうことですの……?」
目撃者たちの悲鳴や怒号が飛び交う中、白井もまた困惑するが立ち上る黒い煙の中から何かが物凄い速度で飛び出してくるのに気付く。
遠目で分かりづらいが、それは人の形をしていた。
「あれは……まさか……!」
白井には心当たりがあった。故に、その可能性へと至った瞬間にはそれが飛んでいった方へと転移し、追いかける。
「──随分と舐めた真似してくれるじゃない」
「がっ……」
しばらく滞空していたそれはやがて降下する。その地点へと駆け付けた白井は視界に広がる異様な光景に絶句した。
予想通り、そこに居たのは忌み嫌う紅白の巫女──博麗霊夢。未だに足を地面から宙に浮かせている彼女は、見知らぬ眼鏡の少年の首を締め上げていた。
か細い腕からは考えられない膂力。霊夢に持ち上げられる形になっている少年はその足をばたつかせながらもがき苦しむ。
その姿を霊夢は冷めた眼で見据えていたが、少年──介旅が呼吸困難により意識を失う寸前になると乱雑に投げ捨てた。
「があ゛っ……お゛ぇ゛……ごほっごほっ…………」
吐きそうになる程に噎せる介旅。高速で空へと持ち上げられたかと思えば首を絞められ、挙げ句に地面へと叩き付けられた彼は完全にグロッキー状態だった。
そんな彼に追い打ちとばかりに霊夢はその顔面に無慈悲に前蹴りを入れる。
「ごがっ!?」
白い歯が血飛沫と共に何本か飛んでいく。
「何で? って顔してるわね。簡単なことよ、ただ爆発するよりも速く飛んで逃げた、それだけ」
呻き声をあげ、顔を抑える介旅に何てことのないように霊夢は言うが、それがどれだけ異常で困難なことであるのは誰の目から見ても明らかであった。
完全に不意打ちによる爆破。それも作動して起爆するほんの一瞬の間に彼女は介旅を掴み、上空へ飛んで爆発の範囲外から逃れるという判断を下し、そして実際にやってのけたというのだ。
「ヒッ……」
理解不能。もはや介旅には冷徹にこちらを見下ろす目の前の少女が同じ人間とは思えず、化け物か悪魔にしか見えなかった。
「博麗霊夢……! 何をしていますのっ!?」
「あー?」
茫然としていた白井であるが、まるで嬲るように非力にしか見えない少年を痛め付けているのを見てハッと我に返ってその名を叫ぶ。
「……何だ、白黒か」
「白井黒子ですの! じゃなくて、これは一体──」
「ああ、こいつがあれよ、世間を騒がせてるグラードンって奴なの」
「グラードン? ……まさか
「そう、それ」
自分たちが追っていた連続爆弾魔。それが目の前で這いつくばる少年であると告げられた白井は驚愕する。
無論、本当のことかどうかは不明だが、先程の爆発や状況を見るに信憑性はかなり高い。何よりも白井は霊夢のことを嫌っているが、このようなことで嘘は吐く人間ではないということには確信を持っていた。
しかし──。
「ッ……だからといってやり過ぎではなくて? もうおやめになってください」
相手は戦闘不能。戦意もまた完全に喪失している。いくら相手が爆弾魔といえどもここまで暴行を加える必要は無いはずだ。
そもそも霊夢の蹴りは大の男を一撃で失神させる程の威力。介旅のような痩せた体つきの人間がまともに受けて意識を保っていられるはずがない。
単純に当たり所が良かったのか。否、霊夢がわざと手加減して蹴ったのだ。それは慈悲深いようでその逆。より長く痛め付ける為に弱く、しかし決して優しくない暴力を振るっているのだ。
少なくとも白井はそう判断した。はっきり言って彼女の知る霊夢らしくない行動であり、いつものように飄々としているように見えて、内心かなり気が立っている証拠である。
「こちとら買い物を台無しにされた挙げ句、危うく爆死するところだったのよ? 生かしてやってるだけ感謝してもらいたいわ」
実のところ霊夢一人が助かるつもりだったならば爆発から逃げる必要すら無かった。即ち、そのまま自爆してしまう介旅も助ける為だけに、わざわざ彼の首根っこを掴んで飛んだのだ。
睨むような視線を向けられるが、白井は毅然とした態度で対峙する。
「これ以上は正当防衛ではなく、私刑になりますわよ。風紀委員を免職になった理由をお忘れで?」
「ええ。とっくの昔に忘れた」
きっぱりと言い放つ霊夢に、白井の顔が歪む。
「風紀委員……風紀委員だと?」
ぼそりと、倒れていた介旅が吐き捨てる。二人が視線を送れば彼はこちらを睨み付けていた。
その眼に宿るのは嫉妬、侮蔑、憎悪、そして怨嗟の念。歯を食い縛り、怒りの形相を浮かべながらゆっくりと起き上がる。
これに霊夢は気にも留めず、白井は驚く。先程まで完全に戦意喪失していたというのに。
「いつもこうだ……何をしても……何もしていなくても……こうして僕は、いつも地面に捩じ伏せられるっ!」
「はぁ?」
嘆くような、訴えるような悲痛な叫び。これに霊夢は怪訝そうに眉をひそめた。
「遅いんだよ! お前たち風紀委員は! いつもいつも終わった後にのこのこやって来やがって! 学園都市の治安維持がお前らの仕事だろうが! だったら力の無い奴の盾になれよ! どうして僕ばっかりがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」
「っ、あなた──」
「……で? 何でそれが大勢の人間を巻き込んで殺していい理由になんの?」
あまりにも他力本願で自分勝手な物言い。逆怨みとしか言い様が無い犯行動機に白井が物申そうとするよりも先に霊夢は大した反応を示さず、そう問い掛ける。
「はっ! お前なんかには分からないだろうな! お前みたいな力のある人間に、僕の気持ちなんか!」
「そりゃ分からないに決まってるでしょ。自分より弱い奴の気持ちなんて」
「──は?」
あっさりと頷いてみせる霊夢。これには介旅も白井も呆気に取られてしまう。
「けれど、強者が弱者の気持ちを理解出来ないように、弱者も強者の気持ちなんか理解出来ないし、愚かさで言えば同じようなものよ」
「な、何を──」
「強者は弱者から、弱者はより弱い者から搾取するだけ。あんたはその典型ってこと。少なくともあんたが爆弾を持たせた子供は、あんたより弱いでしょ?」
「っ…………!」
その言葉に、介旅は何も言い返すことが出来なかった。どんなに理屈を並べようと、力で捩じ伏せられた者が、力を得て増長した途端、今度は力で捩じ伏せる立場に変わったに過ぎなかった。
それは霊夢からすれば腐る程見てきた光景。この学園都市では介旅のような人間は実にありふれている。故に、何も思うことはなく、肯定することは無いが、否定することもない。
「要するに、あんたの罪は一つ。この私の貴重な休日をふいにしたことよ」
──足が振り下ろされる。
白井が反応するよりも速く、霊夢の踵は介旅の頭に命中し、その意識を刈り取った。
「ッ──あなたって人は……!」
倒れ伏す介旅を転移して受け止め、拘束するとキッと霊夢を睨み付ける白井。彼女は何もする訳でもなく、相も変わらず涼しい表情を浮かべてこちらを見ていた。
カチャリ、とその手に手錠が嵌められる。
「!? ……逃げないのでして?」
手錠を嵌めた白井の方が驚く。てっきり回避されるとばかり思っていたからだ。
しかし、霊夢は一切の抵抗も無く逮捕を受け入れ、手首から伝わる冷たい鉄の感触を感じながら微かな笑みを浮かべる。
「そうね……毎回逃げるのも面倒だし、涙子の友達ってことに免じて今回ばかりは捕まってあげるわ」
「……分かりました。俄には信じ難い話ですが、一通り警備員の対応等が終わりましたら、うちの支部へ来てもらいま……いや、今何と?」
今まで頑なに逃走を続けていたというのに、一体どういう気紛れなのか。白井は警戒心を抱いていたが、霊夢の口から出た友人の下の名前に耳を疑う。
かくして、世間を騒がし、警備員や風紀委員が手をこまねいていた連続