とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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容疑者

 

 

 前提として、今回の入れ替わりの原因である大魔術、“御使堕し”を防ぐのは非常に困難である。

 

 あの“歩く教会”と同等以上の効力を有する城塞クラスの結界ですら約300秒ほど食い止める程度で結局は破られた。土御門元春と神裂火織はその堅牢な結界が張られた英国君主の公邸の一つ、ウィンザー城に居たため半ば難を逃れることが出来た。

 

 他にもウェストミンスター寺院とサザーク大聖堂の最深部に潜っていた人間も無事であったが、ウィンザー城よりはマシなだけで完全に防げた訳では無い。

 

 それ以外の者は当然術式の影響をもろに受けた。中には自力で防げるだけの実力者も居たが、何の予兆も無く突然発生した大魔術に対して事前に城塞クラスの結界を張って備えるなどまず不可能であろう。

 

 つまり、そんな中で全く影響を受けず、完全に防いでみせたのは現段階では幻想殺しを有する上条当麻以外には、博麗霊夢しか確認されていなかった。

 

『えっと、まずどうやって御使堕しの発動を察知したんだぜい?』

 

「勘よ」

 

『……真面目に答えてくれないか』

 

「真面目も真面目、大真面目よ。私の勘は当たるの。後は結界だけじゃなくて能力も使って……まあ、一時的に無敵モードになれるのよ」

 

『うーん……証拠が少ない。今のところ身の潔白は証明出来ないぜよ』

 

 土御門が悩ましげに言う。霊夢の言い分が正しいという証明は難しく、状況証拠から見れば彼女が犯人である可能性が非常に高い。

 

 サラッと無敵モードなんて発言しているが、今これに突っ込んで話が更にややこしくなるのは避けたかったので一先ずスルーしておく。

 

「ああん? 大体やるメリットが無いでしょうが。そもそも十字教の魔術とか畑違いにも程があるし」

 

『それはそうなんだが……博麗っちは神道の巫女。“神降ろし”だなんてのは遥か昔に失われた代物だが、別に再現出来ない程ではない。色々と理屈を捏ねて関連付けるには充分ですたい』

 

「神降ろしって……だったら尚更有り得ないわよ。修行してないからあまり得意ではないけど、少なくとも私がやればこんなふざけた入れ替わりなんて起きるはずがない。やろうとも思わないし」

 

『……何?』

 

 その発言に土御門が一瞬硬直する。

 

『まさか、出来ちゃうにゃー?』

 

「ええ。一応、()()()()()よ」

 

『おおう。そりゃまた面倒なことに……いや、博麗っちの言う入れ替わりの起きない“神降ろし”を見せて証明すれば……駄目だな。今度は異端の神を降霊させたことで魔女裁判とか別の問題に発展するかもしれないぜい』

 

「はぁ? 神の御業を行使するとか、あんた達が普段からやってることじゃないの」

 

『魔術で再現するのと、“本物”を喚んじまうのとは話が全然変わってくるんだぜい……』

 

 霊夢の言う“神降ろし”がそのままの意味であることを察した土御門は、この何気ないやり取りで爆弾が一つ増えたことに対してどうしたものかと額に手をやる。その隣で話を聞いていた神裂も驚きを隠せない様子だ。

 

 才覚と体質が物を言うため現代では衰退している超高等魔術にして禁忌。十字教は基本的に唯一神以外の神を認めていないためその業を見せてしまえば、霊夢を神の敵と見なして排除しようと動く可能性があった。少なくともそういった声は一つや二つは飛び交うだろう。

 

 果たして本当に神降ろしが出来るのか。という疑問は無く、博麗霊夢という人間の出鱈目さを知る身からすればむしろ納得してしまった。

 

「じゃあ、どうしろってのよ。まさか本当に私がやっただなんて思ってるんじゃあないでしょうね?」

 

『まさか。しかし、俺っち達が納得しても他の連中がどんなアクションを起こすのか分かったもんじゃないぜい。ねーちんみたいに問答無用で襲おうとしてくるかもしれないしにゃあ……』

 

『うっ……面目ありません。落ち着いて考えれば、博麗霊夢が、このような儀式を行うはずがありませんでした』

 

「ちっ……面倒臭い」

 

 世界全体を巻き込んだ大魔術なのだ。イギリス清教だけでなく、ローマ正教、ロシア成教も犯人探しに躍起になっている。世界中に情報網を有する彼らが霊夢という例外を知るのも時間の問題。或いは既に察知している可能性すらあった。

 

 不可侵条約が結ばれているこの学園都市内で白昼堂々仕掛けてくるとは思えないが、かといって追手を出さないというのは考えづらい。

 

 巻き込まれなかったから、犯人扱いされる。かなり必死で防いだというのに、その結果がこれかと霊夢は苛立った様子で頭を掻く。

 

「何より最悪なのが、この街から出られない以上、あんた達と合流して犯人探しに参加することも出来ないってことね。ぶっちゃけ無断で学園都市から出ることも可能っちゃ可能だけど……」

 

 そう、霊夢は学園都市から出られない。それは単に許可やらの手続きが必要という理由だけではなく、より明確な“契約”がそこにあるから。

 

 尤も、一方通行との戦いで太平洋まで移動したように霊夢は然してこの契約を重要視しておらず、必要であれば躊躇無く反故にできる。

 

 いよいよ“教授”の堪忍袋の緒が切れそうではあるが。

 

『それは勘弁してくれ。頼むから』

 

 これに土御門は真顔で待ったをかける。彼としてはただでさえ一方通行と学園都市を飛び越えて派手にぶつかり合った件で世界各地のあらゆる勢力から注目されているこの状況下でまた目立つ真似をしてほしくはなかった。

 

「分かってるわよ。仕方ないけど、あんた達に任せる。追手やら刺客やらは自力で何とかするわ」

 

「あの……霊夢さん。追手とか刺客とか超不穏な単語が出てきたんですが……」

 

「ん? ああ、後で説明するから待って」

 

 すると絹旗が不安げに話し掛けてくる。

 

『……誰か近くに居るのか?』

 

「たまたま術式発動時に私と一緒に居た子が。あんた達と同じで完全には防げてないけど」

 

『ッ! 最初に言ってくれないかにゃー? ペラペラと喋り過ぎちまったぜい。そいつは一般人か?』

 

「カタギとは言えないけれど、科学側よ。魔術に関してはそういうオカルトが存在するってことくらいは知ってるだけ。問題は無いわ」

 

『問題かどうかはこちらで判断するぜい。……ま、俺らと同じなら容疑者扱いはされないだろうが……事態が終わった後、記憶処理も検討する必要が──』

 

「私の前でそれを言う? 元春」

 

 声質が僅かに低くなる。ここで土御門は霊夢が記憶を消去・忘却させることに対して異様に忌避感を持つことを思い出す。

 

『……悪い。だが、こちらの身にもなってくれ。口止めだけは、絶対にさせろ』

 

「ええ。勿論よ、あんたも大変だものね」

 

 地雷を踏んだ。土御門は苦い顔をしつつも念押しする。最悪霊夢と敵対してでも魔術の存在を学園都市の住人の多くに知れ渡るのは避けたい。

 

(……やっぱり非科学……いえ、“魔術”でしたか。超秘密統制がされているみたいですね。ですが、その人……超普通に私達に教えてますよ)

 

 こっそり耳を傾け、聴こえてきた内容に絹旗は顔を知らぬ電話の相手に対して哀れみを抱く。

 

 霊夢は過去に絹旗は勿論、暗闇の五月計画の被験者達の中で才能のある者や興味のある者に子供騙しレベルではあるものの手解きしている。そして、絹旗は素人ながらもこれをある程度実用可能なまでに研鑽しており、他にも同じようなことをしている者は居るだろう。

 

 当時の霊夢は科学と魔術が不可侵条約を結んでいるなど知らず、そういった意識が低かったので仕方無いが、どうであれ彼女がきっかけで非科学(オカルト)の存在に気付いている者はそれなりに居た。つまり既に霊夢はやらかしてしまっているのだ。

 

「そうだ。当麻のことなんだけど──」

 

『カミやんなら、一緒に居るぜい』

 

「あ、やっぱり? そうだろうと思ったわ」

 

 ただ影響を受けてないというだけで見境無く疑うのだ。能力開発を受けているかつ“幻想殺し”を有することから魔術を逆立ちしても使えぬ上条当麻といえど、真っ先に接触していても不思議ではないと思っていた。

 

 そして、自分が最有力候補という発言から察するに、上条への疑いは既に晴れている。

 

『察しの通りカミやんに関してはきちんと確認して身の潔白が証明されてるぜい。まあ、幻想殺しがあるから俺は最初から無いとは思ってんだが……ねーちんが突っ走ってしまってなぁ』

 

『つ、土御門! それは言わなくても……!』

 

「火織……あなた、そんなに脳筋だっけ?」

 

 呆れる霊夢。禁書目録の件から思うに、一般的な知識面はわりとアレであるが。

 

『のうっ……!? 私も冷静ではなかったのです! 赤髪の大男が女のようなしなを作って歩いているなどと、言われる苦しみが貴方に分かりますか!』

 

「……そりゃ御愁傷様」

 

 そういえばステイルの姿で認識されているのだったか。この短い間に相当なストレスを抱えているようである。

 

『貴方は良いですよね……見た目そのままで』

 

「いや、そのせいで犯人扱いされてんだから良かないでしょ」

 

 ステイル姿の神裂を想像して笑いそうになった手前、罪悪感からか霊夢は微妙な表情で言う。そう考えると、異変を知る者達が犯人捜しに躍起になるのも当然と言うべきか。

 

「んじゃ、さっきも言った通りこの件はあんた達に任せる。さっさと解決してちょうだい」

 

『ああ。あまり目立つ真似は避けて、学園都市で大人しくしてくれると助かるぜい。くれぐれも頼むにゃー?』

 

「そりゃあんた達の頑張り次第よ」

 

『……成程。それはちっとばかし全力で捜査しないとにゃあ』

 

 解決するのが遅ければ、こちらで動く。暗にそう脅しを掛けつつ、霊夢は電話を切る。

 

 そして、同時に溜め息を漏らす。

 

「……結局どうなったか超説明してくれませんか?」

 

「結論から言うと、私がこれをやったって疑われてるみたい」

 

「は?」

 

「意味分からないでしょ? んで、犯人認定して襲ってくる連中が居るかもしれないって話」

 

「それって、超まずいんじゃ……」

 

 追手やら刺客やらの不穏なワードが出てきた理由をここで絹旗は理解する。

 

「ええ。しかも術者はこの街の外に居て私達に出来ることはなく、他所の連中が事態を解決するまでそいつらに対処しなきゃいけないし、この入れ替わりはそのまま……本当に最悪が過ぎるわ」

 

「……もしかして霊夢さんと一緒に居るのが超危なかったり?」

 

「どうでしょうね。今頃離れても手遅れかもね」

 

「ぐっ……」

 

 頭を抱えたくなる。狙われているのは霊夢一人だけなので自分は関係無い……と、言いたいが不完全ではあるものの影響下から脱している絹旗がどう見られるかは分かったものではない。

 

 そして、この事件の元凶が自分達の元へ現れるという可能性は無くなっていなかった。

 

「因みに襲ってくると思われるオカルト使い共はどのくらいの強さなんですか? 当たり前ですけど私、霊夢さんと岡崎以外とは会ったことありませんし」

 

「……そうねぇ。つい最近三人くらいと戦ったけど一人は炎使いでもしもこの街の能力持ちならレベル4……いや、5でもおかしくないわね。もう一人は魔術師として別格。軍覇よりも身体能力がヤバくて私でも結構手こずったわ」

 

「そ、それ程ですか……」

 

 超能力者に匹敵する強さ。霊夢の実力をよく理解しているが故に、彼女の見立てが間違っているとは思えない絹旗は戦慄する。

 

「最後の一人は……普通に死にかけた。もう二度と戦いたくないわね」

 

「……一方通行よりも?」

 

「ええ。まあ流石に、あんな出鱈目なのはそうは居ないと思うけど……」

 

 そんなのがつい最近までこの街に潜んでいたのか。信じられない言葉に絶句する絹旗を他所に、霊夢はアウレオルス=イザード戦のことを思い出しながら渋い顔をする。

 

 この街へ来て以来、霊夢が戦った相手の中で最も強かったのがあの錬金術師だった。上条、ステイル、宇佐見を含めた総力戦であったにも拘わらず、こうも評価されるだけ黄金錬成という術は霊夢の基準においても次元が違う。

 

「……ま、巻き込んじゃった以上、目の届く範囲に居るのなら守ってあげるわよ」

 

「それは……超心強いことで。分かりました。私もまだ死にたくありませんので」

 

 つまり離れた場合は自己責任。絹旗は悩みながらも自らの安全の為に霊夢に同行することにした。

 

「決まりね。──じゃあ、そろそろ出てきたら?」

 

「え?」

 

 唐突に霊夢が虚空へと投げ掛ける。

 

「問一、貴方が“御使堕し”の首謀者か」

 

 そこに居たのは、禁書目録と同じくらいの小柄な金髪の少女。半透明の下着の上から黒いベルトで構成された拘束具のような物を着用し、その上から赤い外套を羽織っている。おまけにリード付きの首輪と神裂を遥かに上回る奇怪で滅茶苦茶な格好だった。

 

 十中八九、魔術師。

 

「なっ……」

 

 絹旗は驚く。この瞬間まで、彼女の接近に全く気が付かなかった。

 

「随分と早いわね、監視でもされていたのかしら。質問に対する返答だけど、NOよ。というか電話の内容は聞いてたと思うけど?」

 

「解答一。それだけではまだ確証が無い。問二、貴方が“御使堕し”を引き起こしていないと完全に証明出来るか」

 

 再度問う少女。これに霊夢は意外と話の出来そうな奴が来て良かったと内心ホッとする。尤も、話が通じない相手であれば蹴散らすまでだが。

 

「完全に証明、となると難しいけれど……ある程度疑いを晴らすことなら……あら?」

 

 そんな絹旗を他所に、当たり前のように会話していると霊夢は何かに気付く。

 

 気配だけでは分からなかったが、よく見てみればこの少女……。

 

「──貴方、中身は()()()()()()わよね?」

 

「────」

 

 その問いに、少女は硬直する。絹旗は訳が分からず、戸惑うばかりだった。

 

「……問一、何故──」

 

「見たら分かるわよ。人間以外も入れ替わるのね。一体どこの妖怪……いや、どちらかと言うと、これは神力に近い」

 

 その力の性質に、霊夢は見覚えがあった。一方通行が行使した“黒翼”──ソレから感じ取った力と目の前の少女の内面から感じ取れるナニカは酷似している。

 

 まさか。脳裏に過った推測に霊夢は僅かに瞠目し、そしてすぐにそれが正しいと確信した。

 

「──もしかしなくても、貴方が“天使”って奴?」

 

「………………」

 

 ある意味では、今回の異変の元凶とも言うべき存在が姿を現した。

 

 予想外の展開に眉をひそめる霊夢に対し、正体を言い当てられた少女は沈黙したまま長い前髪で隠れた瞳でジッと見つめる。

 

 その心情は──。





☆「なんか入り込んでる……」
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