とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
「沈黙は肯定と受け取るわよ」
視線が交わる。
両者一歩も動かず、空気がひりつく。目の前の少女は既に臨戦態勢に等しく、いつこちらに牙を剥いてもおかしくはなかった。
「……再度問う。貴方が御使堕しの首謀者、
「勿論、違うわ」
「しかし、私にはそれを判断するだけの情報が無い。問一、貴方が御使堕しの首謀者でない証拠を提示してほしい」
「それが難しいってのは、さっきの電話を聞いていた貴方なら分かっているでしょう。私が影響を受けていない理由なら、証明出来るけど?」
一触即発。そんな状況下でも霊夢は落ち着いた様子で会話を続ける。
未だに襲い掛かって来ていない時点で、目の前の少女……天使が己を問答無用で処断することに対して迷い、揺れ動いているのが分かっているからだ。
「……それは?」
「元春には“無敵モード”ってザックリ説明したけど……」
あまり大っぴらには見せたくないが、こうなってしまっては致し方無し。霊夢は目を閉じ、自らの奥義を披露する。
「!」
「…………?」
霊夢が世界から浮く。天使は僅かに瞠目し、絹旗はその変化を感じ取れない様子だった。
「これで、私は術式を防いだ。試しに適当な攻撃をして確かめても──」
そう言い終わるよりも早く虚空から発生した無数の水柱が霊夢を貫く。
「ッ!?」
「……躊躇無いわね」
ぎょっとする絹旗。対する霊夢は水柱に串刺しにされているように見えるが、実際には肉体をすり抜けており、平然としていた。
代わりに背後の上条の部屋のドアが破壊されてしまったが。
「……真偽を明らかにするためとはいえ、刃を向けたことを謝罪する。私見一、視覚情報以外ではこちらからは貴方の存在自体を観測出来ない。この世界から消失していると考えられ、御使堕しの影響から逃れられたことに納得した」
霊夢の知らぬことであるが、彼女或いは
だからこそ、博麗霊夢の能力、そして
「………………」
俯き、再度沈黙する。得られた情報を咀嚼し、思考を巡らせている様子だった。
「……貴方の疑いが晴れた訳ではない。しかし、貴方が首謀者である確証も無く、よって現段階での判断は保留することにした」
「そう……ありがとう。話の分かる奴で助かったわ」
ふぅ、と霊夢は一息吐く。目の当たりにし、一触即発の空気になってよく分かった。アレはそこらの神霊よりもずっと純粋な力の塊。神だと判断して間違いなく上位に位置するレベルだろう。
こんなところで衝突することになれば、最悪この学園都市が更地になりかねない。
「では、問一……」
「あ、待って」
「?」
「とりあえず場所を変えるわ。人払いをしてなかったでしょう? 野次馬が来る前にさっさと退散しましょう」
「………………」
こくりと頷く天使。存外素直な奴だと思いながら霊夢は彼女を引き連れ、壊れたドアを放置して寮を後にする。
(超帰りたい……)
一方、絹旗は先程天使の放っていた重圧のせいで吐きそうになっていた。
いつものファミレス。
恐らく顔馴染みだと思われる廻しを付けた土俵入り前の力士の風貌をした店員に天使の格好を二度見されつつもテーブル席に案内される。
「何でファミレス……」
「丁度小腹が空いてたのよねぇ。あ、好きなの頼みなさいよ。立て替えておくから」
「そこは超奢るとこなんじゃ……」
「………………」
天使は無言のまま手渡されたメニューを凝視する。流石に急にファミレスへ連れて来られて困惑しているのだろうか。
(というか天使って……あの天使ですよね? 輪っかと羽の付いた)
どこからどう見ても人間。そりゃ入れ替りの影響で本当は別の姿なのだろうが、ただでさえ魔術というオカルトを漸く理解した段階だというのにいきなりそんな人外ファンタジーな存在と対面させられても、いまいち実感が湧かない。
しかし、ヤバい存在なのは本能で分かった。正直自分がこの場に居るのが酷く場違いに感じる。
「私は焼肉定食で。貴方と最愛ちゃんは? 別に頼まないならそれでもいいけど」
「じゃあ、自分はこちらのランチを……」
「……問一」
「ん?」
すると天使はメニューのある部分を指差す。
「これは甘味か?」
その先にあったのは、期間限定のジャンボストロベリーパフェ。初春が好きそうなデザートである。
「ええ。デザートよ、それにする?」
「………………」
天使は頷く。甘い物が好きなのか。何だか意外であるし、急に親近感が湧いてくる。霊夢は店員を呼んでそれぞれのメニューを注文した。
「さて……まずは自己紹介からしましょうか。ただ天使って呼ぶのもアレだし。私は博麗霊夢。見ての通り素敵な巫女よ」
「き、絹旗最愛です……」
「……ミーシャ。否、正体を知られている以上、そう名乗る必要も無いか。我が真名は、“
霊夢に促され、数瞬悩んだ後、漸く天使は神から与えられし自らの名を雄々しく告げた。
「ガブリエルね。よろしく」
「………………」
思いの外気安くそう言われ、ぴたりと硬直してしまう天使改め、ガブリエル。彼女としては本当の名を告げれば相応の騒ぎになると思い、今の肉体の本来の持ち主の名を捩り、“世界の歪み”によって自らの概念に混じっている
しかし、霊夢はそもそもガブリエルという天使の存在を端から知らない様子だった。
「ガブリエルって超聞いたことありますよ。映画でも何回か出てきたことあります。結構なビッグネームなんじゃないんですか?」
「そうなの? ごめんなさいね。十字教に関してはよく知らなくて」
「……問一、この国では、十字教は布教されていないのか」
「大半が無宗教よ。国教は一応神道だし、むしろ仏教の方が普及しているんじゃないかしら」
日本での十字教要素と言えば、精々クリスマスとバレンタインデー、結婚式での教会くらいであるし、それらも商業向けに改変され、十字教との繋がりすら知らぬ者も多い。過去には排斥されていた過去もあって日本の十字教徒はごく少数だろう。
それに加えて葬式や法事は寺院、初詣は神社とごちゃ混ぜであり、日本人の多くは特定の宗教を意識する場合などほぼ皆無であった。
「……奇怪だな」
「ええ。ま、信仰が廃れた結果ね」
理解不能。天使の発したぼやきに近い言葉に霊夢もまた同意する。
他ならぬ彼女も巫女を自称しながらも信仰には無頓着。然れど、そんな自分を棚に上げてこの国の、現代の有り様を憂い、嘆く。
「………………」
「そろそろ本題に入りましょうか。ガブリエル……召喚された天使である貴方は、このエンゼルなんたらとかいう儀式をどう見る?」
霊夢が問う。ある意味では、今回の異変の元凶。それが術者と共に行動しておらず、犯人捜しをしているのは予想外であり、また幸いであった。
「……解答一。御使堕しは、まだ未完成」
「未完成?」
「術者の目的は不明。天使の力を使役するつもりなのか、或いは自らが天使の位に到達する為か。どちらにせよ、完成すれば世界全体に神話レベルの厄災が振り掛かる」
「そりゃまた、厄介な代物ね」
半端な魔術だとは思っていた。全人類の魂が入れ替わるなんてふざけた副作用がある時点で。
しかし、未完成ときたか。ますます術者の目的が分からない。未完成の魔術でも安易に発動してしまうような余程の愚か者なのか、本来は完成するはずだったが、何かしらのアクシデントが生じたのか……どうであれ、肝心の天使をコントロール出来ていないというのは、あまりにも愚行と言う他無い。
「貴方の目的は? 術者を見つけてどうすんの?」
「解答一。無論、排除する。私の目的は私が本来
地上へと堕とされたことはガブリエルにとっては不本意なことであり、このままでは己が与えられた役割を遂行出来ない。
だからこそ、彼女は一刻も早くの帰還を願い、首謀者を捜索していた。
「……成程ね」
そして、霊夢にとってその解答は、何よりも正当性のあるものだと感じられた。
「お待たせしましたー」
「お、きたきた」
同時に、注文していた品が運ばれてくる。
「………………」
「? どうかした?」
「……解答一。想定よりも大きかった」
ドンッと目の前に置かれる通常の1.5倍ほどの大きさのパフェ。写真では分からなかったサイズにガブリエルは一瞬圧倒される。
「問一、これはどこから食すべきか」
「別にどこからでも。美味しそうな所から食べたら?」
パフェとは対照的な焼肉定食にがっつきながら霊夢は適当にそう言う。ガブリエルは暫し沈黙し、スプーンを手に取り天辺から掬って恐る恐る口へと含む。
そして、舌に伝わる強烈な刺激。
「────」
「どう? 初めての感想は?」
「解答一。情報の処理が追い付かない。甘味は良いな。糖の類は長寿の元とも言うし、神の恵みを思い出す」
「そ。気に入ってもらえて何よりだわ」
「とはいえ、これは些か強烈が過ぎるが……」
そう言いつつも二口、三口目と口へ運んでいく。当然ではあるものの天使にも味覚はあるようだ。或いは人間の肉体を有する影響か。
「……問一、他に容疑者を割り出しているか」
それはそれとして、本題に戻り質問する。
「いいえ。少なくともこの街には居ないと思うわ。さっき電話してた相手が発生源をある程度まで突き止めているっぽいけど。貴方の方は……私の前に現れた時点で何も手掛かりは掴んでいないか」
「………………」
再び無言。言葉に詰まっているのか思案に興じているのか。ガブリエルは時折黙り込む癖があるようだ。
「悪いけど、私はこの街から出られないから大した協力は出来ない。解決に動いているイギリス清教の連中に手を貸すのが良いかも」
「……解答一。理解した。であればここに長居する必要は無い。食事を終え次第、向かうとしよう」
そう言い、パフェを食べ進める。いとも容易く学園都市へ入り込んでいる以上、日本各地を瞬時に移動するなど訳無いことなのだろう。
「具体的な場所は後から聞き出すわ。貴方の正体は教えてもいい?」
「解答一。彼らは十字教徒だ。正体を明かせば警戒されるだろう。故に、可能であれば伏せてほしい」
「そ。じゃあ、説得出来た魔術師が協力したいと要請してきた……ということにしておくわ」
「感謝する」
ガブリエルとしても自分は強大な力を有する天使といえど、魔術師としては素人。ならばその方面に明るい相手が協力してくれるのは助かるし、手掛かりは僅かでも得難いものであった。
(……とりあえず話が纏まりそうで超何よりです)
一方、完全に蚊帳の外ながらも話を聞いていた絹旗はとりあえず目の前のヤバい存在が学園都市から去ってくれるらしいことに安堵し、コップの水を飲む。
本当に何故己がこのような事に巻き込まれているのか……元を辿れば霊夢が自分ごと術式を防いで中途半端に難を逃れたからであるが、そうでなければ今頃フレンダのように汚ならしいおっさんになっていたかもしれないと考えるとどちらがマシかは難しい話だった。
「あ、霊夢さんじゃないですか」
その時である。
聞き覚えのある声が、霊夢の名を呼ぶ。はて、この無性に腹が立つ声は誰のものであったかと絹旗は視線を向け、飲んでいた水を噴き出しかける。
(ぶふっ!? く、黒夜ッ!?)
視界に飛び込んだ黒髪黒目の少女。それは絹旗にとっては犬猿の仲である暗闇の五月計画の被験者の一人、黒夜海鳥だった。
「海鳥ちゃん? ……じゃなくて、涙子?」
「はい! お昼ですか?」
霊夢もまた驚き、しかしすぐにその正体が佐天涙子であると見抜く。理由は至極単純、柵川中学の制服を着用していて自分の事を霊夢さんと呼ぶ人物は一人しか居ないのだから。
「れ、霊夢さん。この黒夜、じゃなくてこの方は……?」
「佐天涙子。私の友達よ」
「へぇ、そうなんですか……友達ッ!? マジですかッ!?」
「……そんなに驚く?」
あの博麗霊夢が友達認定している。絹旗は信じられないといった様子で黒夜──改め佐天を二度見した。
「うん? そこの人は……え、妖夢ちゃん?」
「え?」
すると佐天が目を剥いて絹旗を見る。一瞬困惑するもすぐに今見えている姿が彼女の知り合いなのだと察した。
「あ、いや。自分はヨウムなんて鳥みたいな名前ではありませんけど……超人違いなんじゃないんですか?」
即座に誤魔化す。
「本当に? あ、ごめんね。知り合いに雰囲気が似ててちょっと吃驚しちゃった」
じろりと見られるも、フードとサングラスを外していなかったのが幸いし、多少怪しまれるだけで済んだ。
「佐天さん。何してるんですかー?」
「あ、初春、来て来て。霊夢さんが居た」
そして、呼ばれたことで完全に絹旗から意識が逸れる。佐天が手招きし、二つの人影がやって来た。
(げっ)
「奇遇ですねー」
「今朝ぶりですわね」
一人は常盤台中学の制服を着た、第七位。今朝早々に会って衝撃を与えた白井黒子である。隣に居る見覚えがあるようなないような茶髪長身の少年は佐天の言葉から察するに初春飾利だろう。
何と言うか、物凄い絵面。本当に目と精神に悪過ぎる異変である。霊夢はどうにかポーカーフェイスを保っているが、絹旗は既にプルプルと震えて限界のようだ。
「……博麗霊夢。そちらの方は?」
そんな霊夢達の心境など知る由も無い白井が尋ねる。その視線は絹旗ではなく、こちらに目もくれず無言で食べ進めるガブリエルに向けられていた。
「あー、友人の……えっと……」
「……ミーシャ。ミーシャ・クロイツェフ」
「そ。ミーシャちゃん」
「また友人、ですの……やっぱり露出同盟でも組んでるのでは?」
「何それ」
同じく霊夢の友人らしい神裂火織のことを思い出し、眉をひそめる白井。ミーシャ……という名らしい外国人は彼女を上回る露出度。というか自分が路上で目撃したらまず間違いなく補導するレベルである。
「けど本当に凄い格好ですよね。ミーシャさんはどこの国の方なんですか?」
「……ロシア」
「へーロシア人なんですか。道理で美人な訳ですね。あ、初めまして私は佐天涙子って言います!」
「………………」
初対面に対してグイグイとくる佐天にガブリエルは無表情。しかし、佐天は格好の割に大人しい子なのかな? と特に気にしていない。
これに霊夢は相変わらずねと呆れ、絹旗はあまり刺激しないでくれと焦る。
「あ、これから御坂さんも交えて勉強会兼鍋パーティーやる予定なんですけど、良かったら霊夢さん達もどうですか?」
「……悪いけど遠慮させてもらうわ。これから用事があるから」
霊夢は断る。普段ならいざ知らず流石に今の状態で彼女らと遊ぶ気分にはなれなかった。
「そうですかー。残念です。また今度やりましょうね!」
「ええ。それじゃ、もう行くわ」
丁度ガブリエルもパフェを完食した。霊夢は逃げるように伝票を持って席を立ち、絹旗とガブリエルもそれに続く。
「うーん……今日の霊夢さん……なーんか余所余所しかったですね」
「……やはり露出同盟の密会だったのでは?」
「白井さん、さっきから何ですかその露出同盟って」
容姿が違う。ただそれだけだというのに、想像以上にきつい。
霊夢は佐天達とのやり取りを思い出し、溜め息を吐く。一刻も早くこの地獄から脱け出したかった。
「という訳で、一先ずお別れね。さっさと解決してくれると助かるわ」
「解答一。貴方が首謀者ではない以上、次会うことは無いと思われる」
「そう。なら、良いのだけど」
先の宣言通りガブリエルは学園都市を後にし、土御門らと合流する。既に連絡は入れており、向こうも協力者は多い方が有り難いと歓迎していた。
幸か不幸かガブリエルの肉体の本来の持ち主はロシア成教の魔術師であり、その記憶もあるため口裏を合わせるのは容易いだろう。
「それじゃあ、帰るべき場所に帰れると良いわね。ガブリエル」
霊夢は心からそう思う。
ただひたすらに帰りたい。自分が居るべき場所に、ただ自分が居たい場所に。
それは同情ではなく、共感。そういった思いは好ましく、また霊夢はガブリエルの立場を己の境遇と重ねた。
「────」
対するガブリエルの感情は窺えない。しかし、何らかの変化はあったのだと思われる。
「──博麗霊夢」
彼女は口を開く。
地上に対しての興味が皆無であったが故に、伝えようと思っていなかった事を伝える為に。
「警告しておく。実は今回の御使堕しにおいて、地上に現出した天使は私一体だけではない」
「……何ですって?」
それはあまりにも予想外な事実だった。
「そして、その天使は恐らく儀式に便乗して
ガブリエルは淡々と告げる。
新たな脅威を。
「その名は、“
療養していたらみょんが現れた麦野の恐怖