とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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二か月ぶりの更新なのに短め


魔界

 

 

「……霊夢さん?」

 

 コトッと湯呑みが落ち、中に残っていた緑茶が溢れる。

 

 絹旗は茫然としてしまう。つい先程まで目の前に居たはずの紅白の巫女の姿が無い。

 

「ど、どういうことですか……?」

 

 瞬きした拍子に、唐突に、まるで最初から居なかったかのように消えた。霊夢が瞬間移動出来ることを知らない絹旗はその可能性に行き着かず、大いに戸惑う。

 

 実際、博麗霊夢という存在は、この世界から消え失せてしまっていた。

 

 ──ピンポーン。

 

「!」

 

 その時である。

 

 玄関のチャイムが鳴る。絹旗は身体をびくつかせ、恐る恐るそこへ向かう。

 

「……超どなたですか?」

 

 このタイミングでの訪問者。どうにか心を落ち着かせ、最大限の警戒を抱きながら絹旗は問いつつドアの覗き穴を確認した。

 

 そこに映っていたのは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ──やられた。

 

 何の脈絡も無く、豹変した世界を目の当たりにした霊夢は驚きながらも即座にこれが何者かによる攻撃であると判断する。

 

 単純な転移の類いではない。恐らくこの場の空間そのものを()()()()()ことで異界へと引き込まれたのだろう。霊夢は舌打ちし、下手人の次の行動を警戒すると同時に辺りを見回す。

 

 このタイミングでの襲撃。教授が仕留め損ねた魔術師の手によるものか、或いは──。

 

(禍々しい雰囲気に漂う妖力……まるで地獄ね。見てるだけで気分が悪くなる)

 

 同じ場所に居た絹旗が巻き込まれていないのは幸いだった。普通の人間や生半可な魔術師ならばただ存在するだけで死に至る。ここは人間にとっては猛毒にも等しい瘴気に満たされており、当然霊夢も少なからず影響を受けている。

 

 と言っても不快感を感じる程度で戦闘に際しては特に支障は無い。

 

 敵方も理解したのだろう。平然と空を漂い、現実離れした暗く禍々しい風景を眺めていたその時、無数の光が霊夢を取り囲んだ。

 

「──きたわね」

 

 殺気と共に迸る閃光。対象を焼き殺さんと放たれた光線の雨に対して霊夢は冷静に対処し、潜り抜けていく。

 

 その僅かな刹那に視認したのは、闇の中に浮かび上がる大きな“眼”だった。

 

「あんたが黒幕って訳?」

 

「………………」

 

 眼の数は一つではなく、五つ。血走った真っ赤な瞳はそれぞれ霊夢を睨むように見据えている。

 

 そして、その中央には黄色い光の糸で形成された人型。故に表情は窺えず、霊夢の問いかけにも答える素振りは見せることなく、再び光のシャワーが降り注ぐ。

 

「チッ──問答無用ってことね。というか、どっちが本体?」

 

 ギョロリ、と目玉が動き回る霊夢の姿を追う。その間にも光線と光弾が絶え間無く放たれており、辺り一面を焼き尽くす。

 

──夢想封印──

 

「!!」

 

 その時である。

 

 極彩色の光弾が光のシャワーを相殺しながら、しかし圧倒的な物量で目玉と人型の双方を纏めて押し潰す。

 

「訂正するわ。──黒幕にしちゃあ小物過ぎる」

 

 己をこうも容易く異界へと引きずり込んだ、世界そのものに干渉する程の大魔術。その規模からして下手人は相当な使い手と言える。

 

 加えて、今回の異変とこれまでの情報から察するに、恐らく黒幕は──。

 

「もうやられちゃったの? よっわー」

 

「…………!」

 

 瞬間、突如として背後に現れた気配。くるりと霊夢は回し蹴りを繰り出しながら振り返る。

 

 しかし、そこは星型の煌めきが散るのみで何も無かった。

 

「ッ──」

 

「キャハッ★」

 

 同時に先程のように背後に気配が現れ、そして幼子のような声とは裏腹に寒気が走る突き刺すような殺気が襲う。

 

 そして、即座にそれは明確な形となって霊夢へ振り翳された。

 

「!」

 

 流星群の如く降り注ぐ閃光。振り返りながら上昇し、身体を捻る。距離を取ることで弾幕から逃れ、再度霊夢は瞳を素早く動かし、“敵”の姿を探す。

 

「おお、凄い凄い! ()()で人間なのにこんだけ動けるなんて! ナザレの血筋だったりする?」

 

 やはり声は真後ろから聴こえる。しかし、今度は殺気も攻撃する素振りも無く、こちらが振り返る猶予を与えてくれるようだ。

 

 そうでなければ視認することさえ叶わなかったことに苛立ちを覚えながら霊夢は視界に捉える。

 

 愉しげに笑う少女の姿を。

 

「……吸血鬼?」

 

 長い金髪。後頭部に付けた大きなリボン。頬に赤い星型のタトゥー。手には星の意匠があるステッキ。

 

 ──そして、何よりも目を引いたのが背中から生える蝙蝠のような黒い翼。

 

 その姿は、霊夢の知る夜の帝王と共通していた。

 

「残念ハズレ♪ というか、あんな蚊擬きと一緒にしないでくれる? 連中と違ってこっちは由緒正しき? ()()()なのだから」

 

 嘲笑するように、しかしどこか不快げに少女はそう答えると共にステッキを振るう。

 

 それだけで無数の光弾が星空のように霊夢の視界を埋め尽くした。

 

「は、どっちも同じようなモンでしょうが」

 

 そもそも霊夢の知る吸血鬼は、自らを紅い悪魔(スカーレットデビル)などと名乗っていたような気がする。

 

 一斉に降り注ぐそれらを潜り抜けるように避け、或いは札弾で相殺し、霊夢は隙間と隙間を縫うように針を投擲する。

 

「えー酷い。ま、人間(あなた)達が勝手に定義付けた分類だから別に何でも良いんだけども」

 

 しかし、少女の眉間を真っ直ぐ狙い澄ましたその一撃は突き刺さることなく彼方へと飛んで行き、先程のような星型の煌めきが残滓のように霧散するだけだった。

 

「──芸が無いわね」

 

 弾幕としてはおざなり。霊夢は冷たくそう言い放ち、身体を捻って回し蹴りを繰り出す。

 

 それは少女に命中する寸前にステッキで受け止められる。

 

「あら?」

 

「生憎とそういう手合いは珍しくないのよ、別に」

 

 瞬間移動やワープといった転移系の能力。他ならぬ霊夢自身もそれを有し、白井黒子を筆頭に見慣れたもので戦闘経験も培われていたためほんの数度見ただけで既にそのパターンを把握し、対応してみせていた。

 

──八方鬼縛陣──

 

 そして、膨大な量の札が広範囲に展開され、霊夢と少女を取り囲んだ。

 

 相手の転移がどれ程の範囲かは分からぬが、少なくとも学園都市の空間移動能力者では到底逃げられぬ超無差別広範囲攻撃である。

 

「マジで?」

 

 これに少女は驚く。己が忌み嫌う神聖な魔力がこれでもかと言う程に練り込まれていることを感じ、本能的に身震いしてしまう。

 

 正しくそれは(Demon)すらも封じる神技。当然、悪魔(Demon)である少女にとっても猛毒に等しい。

 

「ちょ、やば──」

 

 余裕の表情を崩し、少女は逃走を試みる。

 

「逃がす訳ないでしょ」

 

「うッ──!?」

 

 そこに霊夢の足刀が腹に突き刺さった。その一撃にも魔力が込められており、触れただけで火傷するような熱が襲い、堪らず少女は呻き声をあげる。

 

 同時に、弾幕が一気に収束し、四方八方から降り注ぐ。

 

「────」

 

 しかし、それが届くことはなかった。

 

 突如として下から放たれたレーザーの雨によって弾幕を相殺され、また霊夢もレーザーから逃れる為に飛び退いたことで少女との距離を離される。

 

「ッ……生きてたのね、あの目玉」

 

 間に立つのは先程撃墜したはずのの五つの眼と人型の光糸。どうやら夢想封印を凌いでいたようだ。

 

(お祓い棒なら、さっきの一撃で仕留めるまでは行かずとももっと深傷を負わせられたはず……ほんと最悪ね)

 

 装備が整っていないこのタイミングでの人外による強襲。単体ならばそれでも事足りるが、二対一となればまた話も変わってくる。

 

 それに、敵が二人だけとも限らない。これ以上新手が現れるようなことになれば均衡は容易く崩れ、流石の霊夢も危うくなる程度には少女も眼も実力を有していた。

 

「………………」

 

「何? 別にちょっぴり油断しただけだし。むしろ生きてたのならさっさと手助けしなさいよこの目玉」

 

 無言で視線を送る眼と人型に対し、少女の方は悪びれることなくそう言ってのける。その様子を見る限りあまり仲は良好ではないようだ。

 

「そいつも悪魔ってヤツなのかしら?」

 

 霊夢が問う。彼女の知る悪魔というのは吸血鬼と同様、西洋の妖怪といった程度の認識であり、実際それだけで充分なのだが、この状況下においては少しでも情報が欲しかった。

 

「さあ? 言ったでしょ? 悪魔なんてのはそっちが勝手に定義付けただけ。神だって天使だって聖人だって、あなた達の都合が悪ければ簡単に悪魔と貶めることが出来る。全く以て便利な概念よね?」

 

 そう語る少女の口振りには、嬉々としながらもどこか恨みのようなものが混じっているように感じた。己が実際に経験したことなのだろうか。

 

「神、それに天使ね……じゃあサリエルってのがあんた達の親玉?」

 

 そんな少女の弁をどうでもいいと聞き流し、次は何となく予想していた少女達の裏に居るであろう存在の正体について尋ねる。

 

「何だ、知ってるの? 神の力(ガブリエル)辺りが教えてくれたのかしら。珍しい」

 

 あっさりと認める。これに霊夢は当たってほしくなかった予想だったこともあって顔をしかめた。

 

 この二人? を相手取った後にあのガブリエルと同等かもしれない存在とも戦闘する可能性が出てきたのだから。

 

「部下になったつもりはないけどここは“魔界”。力が物を言う世界だもの。強い者には従属するのが普通……互いに利害も一致してるしね」

 

「………………」

 

 “魔界”などという如何にもな単語まで出てきた。悪魔が住んでいるのは納得ではあるものの天使であるはずのサリエルが住まう地としては似つかわしくない名称のような気もする。

 

 先程から何も言わない眼と人型とは対照的に、少女の口は存外軽く、もっと情報を引き出せそうだと霊夢は言葉を続けた。

 

「で、あんた達も私がなんたらフォールの犯人だと思ってる訳? だとしたら誤解なんだけど」

 

 期待は出来ないものの一応弁明してみせる。

 

「まさか。どこの誰が何を喚び寄せたかなんて私はどうでもいい。にしても……ふうん。やっぱり自覚は無いのね」

 

「あん?」

 

 少女はおかしそうに笑う。こちらの無知を嘲るように。

 

 それがどうしようもなく、気に障った。

 

「気にすることはないわ。私達も知らないし、知りたいのだから。この不可解な状況の理由を──」

 

「……不可解な状況?」

 

「神の力が堕とされた。これにあの恐ろしい死の天使(サリエル)が便乗()()()()()()()。そして、何故か()()()()()だけが追従することが出来た……何の障害にも阻まれることなく。この位相の重なる世界でそれは普通は考えられない事象……らしいわ」

 

「……何が言いたいの?」

 

 霊夢には理解出来ない内容だった。神の命令(サリエル)は御使堕しを呼び水に地上に降り立ったという話ではなかったのか。

 

 少女は明らかに霊夢の知らぬことを知っており、恐らくそれは今回の異変の核心に触れる事であろう。

 

 少なくとも霊夢は、そう予想した。対して少女はそれを気にした様子も無く会話を続ける。

 

「私はよく知らないけど、それでも異常なことくらいは分かる。まあ、久々に娑婆で大暴れ出来るからラッキーではあるんだけどね。とはいえ知らないってのは気持ち悪いじゃない?」

 

「それが私を襲う理由になんの?」

 

 知りたい内容なのに、そこだけが不明瞭のままだった。或いはそれを察して少女ははぐらかしているのか。だとしたら、悪魔らしく性格の悪いことだ。

 

「ええ。少なくともサリエルはそう思っているみたい。ただの人間に一体何があるのかと疑問だったけど……今は私も同じ意見だわ」

 

 そう言うと共に、妖しい魔力が渦巻く。

 

 少女、そして眼と人型が再び臨戦態勢に入ったのだ。次の瞬間には無数の光弾とレーザーが霊夢へと襲い掛かった。

 

「!!」

 

「一緒に踊り狂いましょう? この“無邪気な悪魔(Innocent Devil)、エリス”とね」

 

「………………」

 

 先程までは様子見も兼ねていたのか、或いは霊夢の実力を過小評価していたのか。どちらにせよ、本気ではなかったのだろう。

 

 より殺意に満ち溢れ、熾烈となった攻撃の応酬を掻い潜りながら霊夢は両手に封魔針を構える。

 

 彼女にとって都合の良いことがあるとすれば、相手が人間ではないということ。

 

 それも明らかに人に仇なす魑魅魍魎の類い。つまり霊夢の専売特許であり、巫女として躊躇うこと無く退()()することが出来る。

 

「──上等よ。叩きのめしてから、ゆっくりと聞き出してやる」

 

 そうして、霊夢は迎え撃つ。

 

 体に蔓延る違和感に気付くこと無く──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ──深淵の底。

 

 ただ暗く、ただ深く、澱んだ闇と静謐だけが支配するその小さな世界で、彼ないし彼女は鎮座していた。

 

 選定を行う王のように。

 

 審判を下す神のように。

 

 そして、視ていた。

 

「……博麗霊夢

 

 ぽつりと、言葉を溢す。その声は小さく、しかしどこまでも広がり、沈んでいった。

 

 名を呼ぶ。縁や所縁など微塵も無いはずの、しかし確かに何らかの繋がりがあると思われる、空を飛ぶ少女の名を。

 

 得体の知れぬ化物かの如く。

 

「おまえは、なんだ?」

 

 ──その凶眼は、一体何を見通しているのか。





台詞も出番も無いから実質オリキャラみたいなもん
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