とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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お久しぶりです。

まーじで忙しくて。本当にすみません。気付いたら東方新作出てるし……。

投稿頻度は相変わらずですけど、ぼちぼち投稿していくので今後ともよろしくお願いします。


女神

 

 

 労苦を生み、

 

 忘却を生み、

 

 飢餓を生み、

 

 悲歎を生み、

 

 戦闘を生み、

 

 戦争を生み、

 

 殺害を生み、

 

 殺人を生み、

 

 紛争を生み、

 

 虚言を生み、

 

 空言を生み、

 

 口争を生み、

 

 不法を生み、

 

 破滅を生み、

 

 ありとあらゆる“災いの母”にして、不和と殺戮を司る存在。一度戦場に出れば誰の味方にも付かず見境無く殺して回る災厄。

 

 ──それは正しく“悪魔”と呼ぶ他無かろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 家の一画が吹っ飛んだのを見て、上条当麻は戦慄した。

 

 星々が降り注ぐ煌びやかな光景とは裏腹にそれは純粋な殺傷力のみが込められた暴風雨。もしも右手で防いでいなければ被害は自分や土御門だけではなく、近隣に住む市民達にも及んでいたことだろう。

 

「キャハッ★ なになに、雑魚かと思ったら面白いのが居るじゃない♪」

 

 そんな災害級の攻撃を一欠片の躊躇も無く行使した邪悪なる少女はただ無邪気に笑っていた。

 

「何なんだテメェは……!?」

 

「聴いてなかったの? だからエリスよ、エリス」

 

「名前なんか訊いてねぇ……! 何が目的でこんなことをするんだって聞いてんだよ……!」

 

「それもさっき言ったでしょ、まだここを壊されるのは困るから、死ぬまで踊ろうって。面白い力を持ってるけど、知能は猿レベルかしら?」

 

 怒気を孕んだ声で叫ぶ上条に対し、エリスはやれやれと肩を竦めながらそう言ってのける。彼女からすれば本当にそれだけの目的で近隣の家屋の一つや二つを容易に消し飛ばす攻撃を行使したに過ぎない。この儀式場が形を保っていれば良く、それ以外は至極どうでも良いのだ。

 

 否、むしろ嬉々として殺戮すべきだろう。それこそが己が存在理由に等しいが故に。

 

「ッ…………!!」

 

 それを上条は理解した。

 

 目の前の少女──エリスと名乗った魔術師は正しく人の皮を被った“悪魔”であり、いくら言葉を交わしたところで無意味。その暴虐を阻むには腕ずくによる方法しかないと。

 

 拳を握り締め、ダッと床を蹴る。こちらをせせら笑うエリスを睨み付けながら一気に距離を詰めんとする。

 

「向かってくるのね? キャハハ、猿でなくて能無しの猪だったみたい」

 

 無謀を嘲笑い、ステッキを振るう。それたけで先程の死の雨が再現され、上条へと襲い来る。

 

「──舐めんな」

 

 少しでも掠ればミンチにすらならず消し飛ぶ。にも拘わらず上条は一歩も退くことなく一つ一つを的確に殴り、打ち消していく。

 

 確かに威力は恐ろしい。だが、あの日、一方通行による猛攻に比べれば止まって見える速度。あの戦いで上条は敗北を喫したが、それでも彼を()()させるには充分だった。

 

「はぁ?」

 

 自身の攻撃スピードに適応されていることを瞬時に察したエリスは眉をひそめる。

 

 右手に宿る“祝福(ギフト)”。その性質が故にそれ以外はただの矮小な人間に過ぎないと判断していたが、よくよく考えてみれば、あのような“おぞましき願望に満ちた呪い”が宿るには、それ相応の資質が必要なのは明白。

 

 にも拘わらず元来からヒトという種を見下すエリスは侮り、見誤ってしまった。つい先程その人間相手に魔界という己がホームグラウンドで圧倒されていたというのに。

 

 そんな思考の間にも、上条は迫っている。

 

「!」

 

 振り抜かれた拳。それは咄嗟に勢いを増した光弾を容易く貫いてエリスの顔面へと導かれる。

 

「ッ──」

 

 が、その拳骨が触れる寸前でエリスの姿が霞のように掻き消え、上条の背後へと転移した。

 

「なっ……!?」

 

 当然のように無防備の背中へと放たれる攻撃。これを上条は拳を振り抜いた遠心力を利用しながら体を故意に転倒させ、受け身を取りながら右手を翳したことでどうにか防ぐ。

 

「チィッ……!」

 

 運良く吹き飛んだ周辺の瓦礫が当たることは無かった。間一髪であったことに肝を冷やし、同時に渾身の一撃を避けられたことに舌打ちする上条。

 

 その最中にも追撃に備えるも、エリスはまるで茫然としているかのように立ち尽くしていた。

 

「…………?」

 

 上条は首を傾げ、しかし警戒は怠らない。

 

「最近の人間って凄いのね。あの巫女といい、混種でもナザレの血筋でも無いのに」

 

 心底驚いたとばかりに、エリスは呟く。無意識に殴られかけた顔に手を当てており、そこには僅かな恐怖心があった。

 

 あの巫女が放った“有難い光”と同じ……否、それ以上にあの右手は自身にとって猛毒。この“人の器”に収まっている状態であろうとまともに受ければ無事で済むことはないことを本能的に悟る。

 

 ──何と、屈辱的だろうか。

 

「あの巫女……?」

 

 咄嗟の回避にかなりの体力を消耗したのか肩で息をしながら、上条はぽつりと漏らした呟きの中に出てきた単語に反応する。

 

 その人物には、心当たりがあった。

 

「テメェ……博麗のこと知ってんのか?」

 

「ん? ああ、そんな名前だったかしら……知り合いなの? そりゃまた驚きだけど、なら残念だったわね」

 

「……どういう意味だ?」

 

「もう死んでると思うから。恐ろしい死の天使様に八つ裂きにされて」

 

「────」

 

 思考が停止する。

 

 何を言っているのかと当惑し、故に上条は気が付かなかった。

 

 エリスからあの恐ろしいまでに無邪気な笑顔が消えてしまっていることに。

 

καλλίστῃ──」

 

 そう囁くように呟くと共に、無造作に彼女は左手にあった“黄金の林檎”を放り捨てる。

 

「ちょっとムカついたわ。残念だけど、踊り狂うこともなく死んでちょうだい」

 

「──ッ!?」

 

 瞬間、世界が変わった。

 

 まるで空間を侵蝕するかのように、黒い澱みのような物が蠢き、辺り一帯を呑み込んで行く。咄嗟に上条は右手を構えるも異能を打ち消す反応は無く、瞬く間に周囲が暗闇に包まれたかのように暗転する。

 

(何だこれ、どうなってやがる。幻想殺しでも打ち消せねぇのかよ……ッ!?)

 

 即座に床や壁を右手で触れるも、消えない。三沢塾に張られていた結界のようにどこかしらにある“核”を破壊する必要があるのだろうか。

 

「審判を告げましょう」

 

 そんな思考をしている間に、エリスと上条の間を阻むかのように何かが現れる。

 

 それは三つの人影。そこに貌は無く、生気は無く、ただ人の形を象っただけの、影法師のように見えた。

 

玉座(ヘラ)か、勝利(アテナ)か、美女(アフロディーテ)か……いずれかを選ぼうとも、災禍は解き放たれ、戦火は広がり、多くの殺戮と死と共に、私を称える祝宴は幕を上げる」

 

 まずい。

 

 それが魔術の“詠唱”であることを上条は知らなかったが、何かしようとしているのは明白であり、また本能的に危機感を感じ取ったことから目の前の影法師をはね除け、エリスへと殴り掛かろうとする。

 

「ぐっ……!?」

 

 しかし、逆にこちらがはね除けられてしまう。打ち消した感覚は確かにあったにも拘わらず。

 

「だからこそ──καλλίστῃ(最も美しい者にこの果実を)

 

 そして、次の瞬間にはただ存在するだけだった影法師達が牙を剥く。

 

 暗闇から、何かが這い出てくる。

 

「なっ……」

 

 剣が、槍が、矢が。

 

 上条は絶句する。瞬きする間も無く、上条の実家は影法師達の中から溢れるように現れた無数の兵士が雄叫びをあげ、殺し合う地獄のような戦場へと様変わりしていた。

 

「おいおいおいおい……!? 魔術ってのはこんなことも出来んのかよ……!?」

 

 現れた兵士達は映画でしか見たことのない古代の鎧を身に纏っており、大まかに二種類のタイプがある。かといって同じ装いの者が同陣営なのかと思えば、皆狂乱しているのか敵味方見境無く入り乱れ、傷付き、臓物が零れようとも構わず戦い続け、血の雨が降り注ぐ。

 

 吐き気を催す。実際アウレオルス=ダミーの死に様や妹達10031号の死体を目の当たりにした記憶が無ければ上条は即座に嘔吐していたことだろう。

 

 魔術による幻。そう断ずるには、あまりにもリアリティに溢れ、間違いなく一つの生命として彼らはここに存在している。

 

「私は、Elis、我が名は Ἔρις(エリス)──。ヒトよ、不和(わたし)の名を称え、畏れ、平伏しなさい」

 

 殺し合う軍勢。それは視界に入る全てに牙を剥くが故に、当然上条へも殺意を向け、襲い掛かる。

 

「マジかよ……!?」

 

 剣を殴れば砕け、兵士を殴れば消える。幻想殺しの効果は問題無く発揮している。

 

 しかし、その数は百、千、万……純粋な物量のごり押し、おまけに兵の体格や身体能力は上条を凌駕しており、雪崩れ込む人間の津波により瞬く間に押し潰され──。

 

「──五行ノ黒、(よおヤンキー)水龍ノウネリヲ以テ障壁ヲ取リ除ク可(ねぼけてねえでしごとをしやがれ)!!」

 

 ることはなく、膨大な“水”が上条を護るように現れ、軍勢を押し流す。

 

「!」

 

「俺を忘れてんじゃねぇよ、女魔術師」

 

 その水から幾つかの鉄砲水が射出され、エリスを襲うも彼女は驚きながらも空間転移でこれらを回避する。

 

「土御門……!」

 

「悪い、カミやん。回復に手間取ってた」

 

 魔術師、土御門元春はそう言って笑う。最初の攻撃に巻き込まれてから姿を確認出来ていなかったため上条は彼の無事に安堵し、また危機を救われたことに対して歓喜の声をあげる。

 

 一方、エリスは不思議そうに首を傾げた。

 

「さっきまで死に体のように見えていたのだけど……治癒魔術も使わずに、どういう絡繰かしら?」

 

「さあ? 何だろうな。にしても……これは“パリスの審判”、それに“トロイア戦争”を再現した術式か。“不和の女神エリス”を名乗るだけあって、随分と大層な魔術を使う」

 

 土御門は冷静に分析する。エリスという名前と黄金の林檎から予想は容易に付き、ブラフの可能性もあったが、どうやらそのままの正体だった。

 

「パリス……? トロイア戦争……?」

 

「……わりとポピュラーなんだけどな。アキレウスとかヘクトールとか聞いたことないぜい? 要するに、大昔の神話での出来事を再現している。それも神々の思惑によって起きた、大戦争をな」

 

 あまりの知識の無さに呆れつつも、土御門は上条へ簡潔に説明する。

 

「その戦争への引き金を引いた元凶、それこそが“エリス”……ギリシャ神話において不和の女神とされ、殺戮の女神エニュオとも同一視される“災いの母”だ」

 

「女神エリスって……じゃあ、あいつは神様の名前を名乗ってるってことか?」

 

「ああ、不敬にもな」

 

 物騒な異名の数々。そのどれもが目の前の邪悪なる少女に相応しいと上条は思った。

 

「だが、騙りとはいえ実際に名乗ることで魔術的要素を強めるなんてのはよくあるパターンだ。その場合、よりオリジナルに近い方が効力が上がるが……」

 

 ──これは度が過ぎている。

 

 そもそもの話、女神エリスはトロイア戦争の元凶ではあるが、審判を下したのは最高神ゼウスであり、戦争を引き起こしたのは唆されたヘラ、アテナ、アフロディーテの三女神のはず。

 

 影法師の中から際限無く這い出てくる軍勢、それも見立てだと一人一人が身体能力だけならば“騎士団”のメンバーに匹敵するかもしれない兵を生み出し、後の英雄達を多く輩出したかの戦争を再現してしまう程の魔術……相手は一体どれだけ女神エリスの造詣に深く精通し、模倣しているというのか。

 

「ギリシャ……地中海の魔術師か? いや、だとしたら妙だ。オリュンポスの神々ではなく御使堕し……お前達にとって異教であるはずの十字教の天使を降臨させるとは、一体何を企んでいる?」

 

 というか、今回の御使堕しは上条刀夜が収集した“お土産”の数々がたまたま効果と配置が合致し、偶然引き起こされた産物だと土御門は予想していた。

 

 しかし、ここにきて儀式場の破壊を妨害する魔術師の登場。推理は外れていたと考えるのが自然であるが……どうにも違和感があった。

 

「教える必要がある? これから死ぬのに」

 

 対する魔術師エリスは嗤う。あまりにも的外れな問いかけであったが故に。

 

 然れど、答えてやる義理は無く、嘲弄しながらステッキを振り翳す。

 

「ッ──カミやん! 俺が援護するから思い切り突っ込んで奴を叩け!」

 

 どうやら先程の星の雨は問題無く併用可能なようだ。土御門は舌打ちし、上条に向けてそう叫ぶ。

 

「おう、分かった……!」

 

 上条は即座に動き、降り注ぐ星々を殴り落としながら全速力で駆け出す。同時に、無から発生した膨大な水が濁流となって襲い来る兵士を押し流し、上条を護るように彼の周囲を漂い、荒れ狂う。

 

(能力者が使用する前提の魔術、か……見様見真似でやってみたが、支障は無さそうだ。現時点だと得意分野である“黒ノ式”くらいしか使えないが……)

 

 これだけの大規模の魔術を行使しながらも反動が起こる気配は無い。博麗霊夢が使用していた術式のシステムを解析し、その特異性を己が術式にも取り入れることで土御門は一部の魔術を反動無しで行使する術を獲得した。

 

 腐っても最高峰の陰陽博士。彼もまた、天才的な魔術師の一人だったのだ。

 

(しかし、これで証明されちまったな。博麗っちが特別なんてことはなく、術式次第では超能力者でも魔術を使えてしまうってことが……)

 

 こんなものが世に出れば不可侵条約そのものが破綻してしまう。少なくとも魔術サイドには決して知られてはならぬ情報であり、特に騎士団は今度こそ学園都市そのものを滅ぼさんとするかもしれない。

 

 あまりにも厄ネタの塊、そして今回それを使用したことでその関係者となった土御門は内心辟易とし、どうしたものかと考える。

 

 尤も、まずはこの場を切り抜けることが先決であるが──。

 

「へぇ……やるじゃないか。これだけの水を操るなんてな、是非とも参考にしたいぜ」

 

 ──その時、“魔女”が笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 人と天使には隔絶した差がある。

 

 それは十字教に属する魔術師にとっては、確認するまでもない一般常識レベルの事実。下級の天使でさえそうなのだから、最上級の熾天使(セラフ)など言うまでもないだろう。

 

 況してや、かの者が司るのは人類にとって根源とも言うべき恐怖──。

 

「成程ね。元春の奴がああ言うだけはある」

 

 今この瞬間、実際に対峙したことで彼女──博麗霊夢はこれを思い知った。

 

 襲い来る、荒れ狂う魔力の奔流。それは厳密には天使の力(テレズマ)、或いは神の祝福(ゴッドブレス)とも呼ばれる魔力とも異なる特殊なエネルギーであり、加えて通常よりも禍々しく呪いのように変質していた。

 

 否、正しくそれは“死”の呪い。ありとあらゆる生命を呪殺せんとする冷酷で無慈悲で暴力的な波動である。

 

「は。くだらない……“死の天使”だなんて大層な異名で呼ばれるけど、あんたは死を司ってるだけで()()()()()()訳じゃあないみたいね」

 

 それを目の当たりにしながら霊夢は笑い飛ばし、そう吐き捨てる。

 

 禍々しい魔力に対し、似ても似つかぬ()()を思い起こされる彼女だったが、記憶にあるそれよりも殺意の純度はずっと下。死の概念そのものではなく、ただ殺害に特化した呪いに過ぎないと冷静に分析する。

 

 尤も、だからといって目の前の天使が弱いなどということは到底言えるはずもないことであるが。

 

「………………」

 

 死の大天使──“神の命令(サリエル)”は、その恐るべき力を無造作に振るいながら、ただ無言で佇む。

 

 身に纏う、正確にはその肉体を構築する魔力に似た力はあの“黒翼”を発現させた一方通行が放ったモノに酷似しており、然れど彼を遥かに上回る莫大な量が存在していた。

 

 故に、霊夢も初めから全力だった。

 

ー夢想封印・瞬ー

 

 邪を祓う色とりどりの光弾が迫り来るテレズマの奔流を押し退け、神の命令へと炸裂する。

 

「………………」

 

 しかし、神の命令は微動だにしない。そもそも当たる前に周囲で発生する力場に阻まれ、届いていないように感じた。

 

 これに霊夢は舌打ちするも、攻撃の手を止めること無く次なる一手を打つ。

 

ー八方龍殺陣ー

 

 展開された結界が霊夢を攻撃から守る。

 

ー陰陽鬼神玉ー

 

 その隙に更にスペルを行使。巨大化した太極を頭上に構築していく。

 

「────」

 

 自身を圧し潰さんとするそれを見た瞬間、神の命令の不気味なまでの無表情が、僅かに崩れる。

 

「!?」

 

 刹那、太極が砕け散った。

 

 常に魔力が供給され、竜王の殺息を受けながらも損傷した部分を修復し続けたそれが、まるで風船を割るようにあっさりと。

 

「──こんなものか」

 

 瞠目する霊夢を冷たく見下ろす神の命令の両脇に禍々しい紫色に染まった“月”が出現する。

 

 そして、その中心に裂け目が開く。

 

 まるで眼のように。

 

凶眼の王(ザラキエル)

 

 双方の月の裂け目から光弾が渦を描くように放たれる。当然神の命令も絶えず攻撃を続けており、純粋に弾幕の密度が上がった。

 

「チィッ──」

 

 とことん相手を殺す為の()()()弾幕。然れど、あのエリスという悪魔が行使したそれよりもずっと洗練されており、余裕が無いというよりはただただ冷酷・冷徹と称するべきだろうか。

 

 そもそもこれは可視化された呪詛。通常ならば触れるまでもなく視認した時点で体を蝕み、死に至らしめる代物であるが、霊夢は生来の耐性と身体に施した抗魔の術式、そして“能力”によりどうにか戦いを成立させていた。

 

 とはいえ掠りでもすれば致命傷。そんな圧倒的な暴力の嵐を凌ぎながら彼女は模索する。

 

(私の攻撃の悉くは、全然効いてる気配が無い……おまけに微塵も本気を出してないわね、こいつ)

 

 陰陽鬼神玉を使った際に、やっと動きらしい動きを見せたが、それだけ。

 

 現在に至るまで見せた殺意に満ちた攻撃の数々は、しかしただ無造作に振るわれた力の片鱗に過ぎず、遊ばれている感覚が霊夢は非常に癪に障った。

 

(それに、このひりつくような感じ……()()()()()。あの隻眼変態女? いや、そうじゃない。私はどこかでこいつと……?)

 

 刀を持った女、狂った復讐者、地獄の女神、秘神──己が思い付く限りの“化け物”達が幾人も脳裏に過り、しかし違うと否定する。

 

 ありとあらゆる重圧をはね除ける彼女でも相応の緊張感を抱かせる濃厚な死の気配。それには確かに覚えがあり、だからこそ意味が分からなかった。

 

 思い至るのは、失われた記憶。アレもまた、あの切り裂き魔のような()()()()だとでも言うのか。

 

(──本当に?)

 

 であれば喜ぶべきだが、霊夢が感じたのは疑念。何となくアレは自分が思っているそれとはまた()()ではないかと思ってしまう。

 

 神の命令。エノク書に記述されている、死を司る天使。ガブリエルからその名を告げられてから脳裏にこびりついて離れなかった。

 

 恐らく己は、アレを知っている。以前に会ったことすらあるかもしれない。

 

 だというのに、この感覚は──? 

 

「何を迷う?」

 

 答えを出すよりも早く、弾幕の密度と速度が著しく向上したことで霊夢は思考を中断せざるを得なくなった。

 

「………………!」

 

 男とも女ともつかない中性的な声で静かに問いかけた神の命令の顔は、どこか呆れているように見えた。相変わらず閉ざしたその眼はこちらを視ているかどうか判然としない。

 

「ッ──上等。吠え面をかかせてやる」

 

 いずれにせよ、この場を切り抜けなければ思考する暇も意味も無い。

 

 一旦思考を停止して霊夢は周囲に高速回転する無数の陰陽玉を展開させ、針と御札を手に突貫する。

 

 攻撃が効かないことに関しては何かしら特別な絡繰がある訳ではなく、単純にダメージを与えるには出力が足りていないだけだと持ち前の第六感で判断した。

 

 故に、効くまで攻撃するまで。全く以て簡潔明瞭かつ脳筋が過ぎる手法──それこそが最適解であると霊夢は思うしかなかった。

 

 そうでないと、もう()()()()。霊夢の中には、とうに焦りが芽生えている。

 

「………………」

 

 一方、神の命令は霊夢──ではなく、彼女の周りに展開された“陰陽玉”をジッと見据える。

 

 そこに感じたのは、やはり既視感。紀元前から続く膨大な記憶の中には存在しないはずだというのに、どうしようもない程に焦がれるような感覚は堕とされたとはいえ唯一神が創造したシステムに過ぎないはずの天使が持つには不相応な代物であろう。

 

 いつからだったか、神の命令はそのようにして天使の枠組みから外れ、造物主から逸脱し、堕天した。それは同じ堕天使である光を掲げる者(ルシフェル)のような混線による不具合(バグ)などではなく、より明確な──。

 

「今ここに、答えを示せ。博麗霊夢」

 

 だからこそ、気になるのだ。

 

 知りたくて、識りたくてしょうがなかった。

 

 知らぬはずの、しかし知っている眼前の矮小なる人間のことが。己を地上へ降臨させる呼び水となったであろう、“神の領域”に近いヒトのことが。

 

 その結果、有象無象の如く朽ち果てるのであれば、所詮それだけの存在だったという回答を得るだけに過ぎない。

 

「あらゆる悲劇は我とあり」

 

 掲げる杖が、変化する。

 

 その形状は歪んだ大鎌──元々は農作業の道具でありながら、いつしか魂を刈り取る、“死の象徴”となった武器だった。

 

 ティファレトとネツァクを結ぶもの。タロットカードの十三枚目。三途川の渡し守。霊夢にはその武器を振るう者に心当たりがあったが、しかしそれは“死の神”だなんて上等なものではなかった。

 

 然れど、人々は恐れ、畏れ、信仰したのだ。

 

 冥府の神でも、地獄の裁判官でも、況してや大して記述の無い死を司る大天使でもなく、直接魂を刈り取り、死をもたらすとされるその概念を。

 

 そして、かのサーティーンデス、またはグリム・リーパーは、こう呼ばれることもある。

 

“Angel of Death”

 

 金色の収穫者(ゴールデンハーベスタ)という術式が存在する。それは古今東西ありとあらゆる神話において死を象徴とする神々の概念を補足することで“死神”としての術式を組み上げたものだ。

 

 人の手で再現可能なモノを、天使が再現出来ぬ道理は無く、また世界最大の宗教である十字教において死を象徴とする彼、或いは彼女こそが“死神”を名乗るに相応しい。

 

「なっ……」

 

 大鎌を、振り下ろす。

 

 これにて座興は終い。この世に蔓延る万物の死が、霊夢へと襲い掛かった。





うーん……今更ながらエリスもサリエルも台詞もねーし攻撃もスペルもねーならオリジナル要素ばっかになっちまう……。

尚、東方のエリスとギリシャ神話のエリスは綴りが違うから実際には無関係かも。多分ね。
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