とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
あれだけ捜査が難航していた連続
これまでの八件と違い、負傷者はゼロ。爆発の被害も
……しかし、どうやらこれにて一件落着とは行かないようだ。
「一体どういうことですの? 固法先輩」
「どうもこうもさっき言った通りよ。博麗さんについては厳重注意のみに留めて事情聴取が終わったら釈放するように」
第一七七支部にて。眼鏡を掛けた女性──同じ風紀委員の先輩、固法美緯から告げられた内容に、白井は不服そうに顔をしかめる。
「ですから納得の行く説明をお願いします。犯人の男は顎を骨折し、全治一ヶ月以上の重傷。これは明らかな過剰防衛ですの」
「こちらとしては
「それは……そうですが……」
結論から言えば、博麗霊夢は一切の罪に問われなかった。
まず犯人の介旅が凶悪な能力者で明確な殺意があったことに加えて、事件現場において避難誘導に協力していたこと。更には爆発による被害を食い止めたという証言等々を考慮して警備員は今回の彼女の行動に目を瞑ることにしたのだ。
風紀委員もまた同様の方針。ある程度罪が軽減されるのならばまだ分かるが、全くの無罪放免というのは白井としては到底受け入れ難い話である。況してや相手が普段から目の敵にしている問題人物ならば尚更だ。
罪を犯したのならば、然るべき罰則が必要。それは如何なる理由があろうと、揺るがぬルールでなければならない。
「既に決まったことよ。あなたの気持ちも分かるけど今回ばかりは組織の人間である以上、我慢してもらうしかないわ」
「そんな……!」
白井は歯噛みする。上層部の判断である以上、いくら意見具申したところで無意味だろう。最悪、霊夢が介旅へ暴行を働いたという己の証言が揉み消される可能性すらある。
「何? 要するに、お咎め無しってこと?」
一方、当の霊夢本人は客用のソファーに腰を下ろし、寛いでいた。その手には既に手錠は嵌められておらず、完全に自由の身であった。
「なんか拍子抜けしちゃうわねぇ……」
「っ……やっぱり納得行きませんわ! 全く反省の色無しじゃあありませんの!」
折角、逮捕されてあげたってのに……、と言葉を続ける霊夢の姿を白井はキッと睨み付けながら声を荒らげる。
「まあまあ落ち着いて。博麗さんもナチュラルに人を煽るのはやめなさい。昔からあなたの悪い癖よ?」
「……あ、スケベ眼鏡か。今思い出したわ」
「今思い出したのっ!? それにスケベ眼鏡ってなにっ!? え、あなた私のことそういう風に思ってたのっ!?」
大人な女性を振る舞いながら両者の間に入って宥めようとする固法だったが、霊夢の思わぬ呼び名に一瞬でキャラ崩壊してしまう。
「だってあなたのクリアボインボインっての、服の下とかお風呂場とか透視するんでしょ? 凄いスケベな能力って青ピが言ってたわ」
「何その偏見にまみれたデマ!? そんな破廉恥なことしないし、私の能力名は
意外だったわー、なんて宣う霊夢の言葉に慌てて否定する固法。まさか久しぶりに会ったかつての同僚にスケベ眼鏡呼ばわりされるとは夢にも思わず、唖然とする。
完全に出鼻を挫かれてしまった。
「ハァ……相変わらずなようね、博麗さん」
「……あなたの方はでかくなったわね、色々と」
「え?」
覚えられていなかったのはショックであったが、元より彼女はそういう人間であったことを思い出し、昔と変わらぬ姿に安心すべきなのかそれとも全く改善されていないことを憂うべきなのかと固法は溜め息を吐く。
対する霊夢はそんな彼女へ訝しげな視線を送る。どうも記憶の中の彼女の容姿と食い違いが生じていた。
主に胸部が。
「やっぱり牛乳ばかり飲んでるからかしら? いつか牛になるんじゃない?」
「ちょ、どこ見ながら言ってるのよ」
その言葉の意味を理解すると固法は胸を腕で隠し、少し顔を赤らめる。
「もしかして僻み? あなたも毎日飲めばいいじゃない、ムサシノ牛乳」
「生憎と緑茶派よ。朝昼晩ね」
「……そうだった。あなたってそういうの微塵も興味無かったわよね」
「ええ。当たり判定が大きくなるだけだし、むしろ無い方が良いわ」
「当たり判定って……あとその発言は一部の女性を敵に回すかもしれないからやめておきなさい」
強がりでも何でもなく、本気でそう言っている霊夢に固法は苦笑いする。
そこも昔と何ら変わっていない。彼女は誰しもが認める美貌を持ち合わせながら自身の容姿に関して酷く無頓着だった。
尚、霊夢は別に貧乳という訳ではなく、年相応に持ち合わせているため二人の会話を聞いていた
誰とは言わないが、彼女の敬愛する先輩である電撃姫もこの場に居たら同様の反応をしたことだろう。
しかし、霊夢にとってはどうでも良いことだ。
「で? 何もないならさっさと帰りたいんだけど、どうせそういう訳にも行かないんでしょう?」
気だるげにそう問えば、固法は笑みを浮かべる。霊夢は彼女が風紀委員らしく規則に厳しい真面目な人間であることを知っているためこのまま手放しで解放されるとは微塵も思っていなかった。
それが白井よりも利口であるのならば、尚更だ。
「ええ。察しが良くて助かるわ」
「? 固法先輩、それはどういう……」
「ほら、このままだと白井さんは納得出来ないでしょ? 私も流石に無罪放免なのはどうかと思うし、上に掛け合って条件を付けてきたわ」
「条件……ですの?」
首を傾げながらも白井は安心する。どうも固法はかつての部下である霊夢のことを贔屓している節があった。
それ故に、今回の一件にも消極的な態度を見せるのではと疑っていたが、むしろ意見してくれていたらしい。そして上層部の決定を一部覆して条件を加えたというのだから流石と言えよう。
しかし、彼女が語ったのは、思わぬ内容だった。
「今回の件について博麗さんが一切の罪に問われないのは変わらないけれど……その代わりに、彼女には今日から二週間、風紀委員の臨時隊員として奉仕活動をしてもらうわ」
「「は?」」
二人の言葉が重なる。白井は耳を疑い、霊夢はあからさまに顔をしかめた。
「あー、面倒臭い」
渡された腕章を玩びながら霊夢は心底げんなりとした表情で吐き捨てる。
固法の発言が冗談ではないことを理解するや否や霊夢は即座に誰がやるものかと抗議した。しかし、強制的であり、拒否するならば本当に逮捕して刑罰を与えなければならなくなると半ば脅迫紛いなことを言われ、従わざるを得なかった。
元より何かしらの罰則が課せられるのは白井の逮捕を受け入れた時点で覚悟していた。以前と違い、期限付きでしかもたったの二週間だけだと考えればむしろ想像よりもだいぶマシと言えよう。
だが、やはり面倒臭いものは面倒臭い。況してや風紀委員など、向こうからクビにしておいて今更都合が良過ぎる話だ。
「へぇー、そんなことがあったんですねー」
そんな彼女の嘆きに、相槌を打つのは佐天涙子。彼女らの居る場所はとあるファミレスのテーブル席であり、お互いが向かい合うように座っていた。
「ええ。本当に勘弁してもらいたいわ」
「凄く心配したんですよ? あの後、急に居なくなったかと思ったら逮捕されたなんてメールが送られてきて……死ぬほどビビりました」
「そうなの? なら、悪いことしたわね。連絡だけはしておこうかと思ったんだけど」
「簡潔明瞭過ぎですよ。にしても犯人をボコボコにして捕まるなんて……そんなに酷いことしたんですか?」
「まあ……あの時はかなり頭に来てたから。ちょっとばかしやり過ぎたかもしれないわね。白黒の奴もそれが気に食わなかったみたいだし」
「なんか今更な気もしますけどね……」
あのスキルアウトたちを全滅させた夜のことを思い出しながら佐天は言う。
話を聞く限り白井の言うことは尤もではあるのだが、それを言うなら御坂だって不良に容赦なく電撃を浴びせている。加えて、相手は無差別爆破テロを何度も引き起こしているような凶悪犯だ。
些か過剰な暴力があったのかもしれないが、犯人の特定と逮捕に一役買ったのだからそのくらいは別に大目に見ても良いのでは、と少なくとも佐天はそう思った。
「それじゃあ霊夢さんは今、風紀委員なんですね」
「あくまで臨時らしいけどね。んで早速とばかりに駆り出されているわ」
「え? ってことは今は……」
「ええ。仕事、もとい捜査中よ」
あっけらかんと言ってのける霊夢。ということは今このファミレスで駄弁っているのはサボりになってしまうのではないだろうか。
しかも初日から。霊夢ならやりそうではあるが。
「捜査……ですか?」
「そ。あの爆弾魔のグラビモスだっけ? そいつの能力のレベルと事件の規模が違ってるらしくてね」
霊夢は固法から聞いた話を思い返す。
いくら捜査しても容疑者が絞り込めないはずだ。爆発の規模は明らかに
しかもこのように書庫とのレベルが合致しない事例は過去にも幾つかあったのだという。それが今の今まで疑問視されていなかったのは介旅と違い、本来のレベルとの格差がそこまで大きくなかったからであった。
これに霊夢は驚かず、むしろ納得する。介旅の言動は力に溺れた者の典型ではあったが、同時に虐げられた弱者のような物言いでもあり、力を持つ者に対する憎悪があった。
高位の能力者ではそのような歪な思考には至らない。ならば弱者が何らかの手段で力を得たと考えるのは自然だろう。この学園都市の常識や理屈に縛られない霊夢は当然の如くその事実を受け入れられる。
問題は、どうやったのかということ。
「その手掛かりになるかもしれない情報、あなたが持ってるんでしょう? 涙子」
「はい? ……あ、もしかして“
「それ。悪いけど私にも詳しく教えてくれないかしら?」
「構いませんけど……私もそんな詳しくは知りませんよ? ただそういうものがあるっていう噂がネットで流れてるってだけで」
──
ここ最近、まことしやかに噂されている、使うだけで能力のレベルが上がる代物だという。
俄には信じ難い話だが、こうも立て続けに急激にレベルが上がったような症例が見つかれば、眉唾物とは思えなくなるもの。何かしらの関係性があるのではと疑うのは必然だろう。
「ふーん……便利な代物ねぇ。興味ないけど」
「あははは……そりゃ霊夢さんは能力が無くても強いですもんね……」
「あなたはどうなの?」
苦笑いを浮かべているといきなりそう問い掛けられ、佐天の表情がぴしりと固まる。
仮に察したとして、こうもストレートに切り出すものなのか。少なくとも霊夢はそういう人間だった。
「興味あるの? そのレベルアッパーってのに」
「そ、それは……まあ……多少は。私、
嘘だ。本当は物凄く興味がある。
「良いんじゃない? 別に」
「──え?」
言い淀む佐天。しかし、そんな彼女を霊夢はあっさりと肯定する。
「取り締まってる訳じゃないし、能力なんて結局のところ才能だもの。手っ取り早く強化出来るのならそりゃ使うでしょ」
「で、でもそんなのズルじゃ……」
「能力にズルもへったくれも無いわよ。この街がやってる能力開発とやらと何ら変わらない。それが薬か何かを使ってるのか知らないけど私からすれば同じようにしか見えないもの」
そもそも人工的に能力を獲得している時点で、霊夢のような天然の能力者からすれば充分にずるのようなものだろう。
無論、霊夢はそのようなこと微塵も考えていないし、ただただどうでも良かった。
しかし、この時は
「大半の奴らは能力に憧れたり、そういう力が欲しかったりしてこの街に来たんでしょ? だからレベルとかに拘る。それで能力が使えるようになるのなら良いけど、弱かったりそもそも使えなかったりするような奴からしてみれば、能力を得られる手段があるなら手を出して当然じゃない」
「────」
言葉を失う。さも当然のように、霊夢は佐天やその他の力無き多くの者の羨望を肯定していた。
「つまり霊夢さんは……私が幻想御手を使っても良い、とおっしゃるんですか?」
「ええ。
「使い方、ですか?」
「そ。何事も使い方次第よ。涙子は仮に能力を手に入れたとして、あの爆弾魔みたいに誰かを傷付けたりする?」
「い、いいえ! しませんよそんなこと!」
「なら、別に良いと私は思うわ。尤も、そう気を付けていても力に溺れるような奴はごまんと居るけど」
「そう、ですか……」
使い方次第。確かにその通りであり、しかし超能力に憧れ、羨むばかりでそんなこと頭の片隅にも無かったことに気付いた佐天の表情は曇るばかりだ。
力に溺れる、誰かを傷付ける、そんなことは絶対にしないと思っていても、いざ力を手に入れた時、自分がそうならないと言い切れる自信が無かった。
「まっ、もしも何かの間違いで道を踏み外すようなことがあれば……友人のよしみで止めてあげるわよ」
「……ありがとうございます。霊夢さん」
「? 何か感謝されるようなこと言ったかしら?」
だからこそ、その励ましに心が熱くなる。
強者でありながら弱者に寄り添う。きっと本人は大したことなど言っていないように思っているのだろうが、自分のことをどこまでも肯定してくれる霊夢の言葉は常日頃から思い悩んでいた佐天にとって何よりも救いであった。
「あ、けどもし入手の仕方が分かった時は教えてちょうだい。風紀委員の連中はそれの出所を調べてるみたいだから」
「はい。分かりました。……で、この後はどうするんですか? まさかネットの書き込みを片っ端から調べたりするなんて……」
「そうねぇ……一応知ってそうな奴らから訊いて回って、それで駄目だったらそうなるかもしれないわね」
「うわあ……大変ですね」
そもそもネット上でも噂の域を出ておらず、本当に存在しているのかどうかすらも怪しい代物だ。書き込みの中には当然デマも混在しているのだから虱潰しに調べるとなれば一体どれ程の時間が掛かるのだろうか。
「本当。相も変わらず人使いが荒いこと。まあ、程好くサボりながら適当にやってこの二週間を乗り越えていくわ」
「へぇ……それは良い度胸ですの」
「──あん?」
突然聴こえてきたクセのある甲高い声に、霊夢は顔をしかめながら振り向けばそこにはこれでもかと眉間に皺を寄せた妖怪ツインテールが立っていた。
「げっ 出た、古代怪獣」
「誰が古代怪獣ですの、ぶち殺しますわよ。はぐれたかと思ったらこんな所で油を売って……初日からサボりとはどういう了見ですの?」
「失礼ね。ちゃんと捜査してるわよ。ね? 涙子」
「え? あ、はい……多分」
「佐天さんも口裏を合わせる必要はありませんの。あなたから聞いた話は事前にお伝えしていますし、そもそも今回は私とツーマンセルで行動するよう固法先輩に言われましたでしょう」
「つーまんせる? ……あー、そうだっけ?」
「聞いていませんでしたの? 呆れた、本当にあなたという人は……」
額に手を当て、唸る白井。対する霊夢は惚けた表情を浮かべながら肩を竦める。
完全に非は彼女にあるように思えるが、微塵も悪いと思っていない様子だった。
「にしてもよくここが分かったわね? もしかして発信器とか付けてた?」
「まさか。あなたが行きそうな場所を虱潰しで探して回っていただけですの。行き付けですものね、このお店」
「ふーん……何で知ってんのよ? 私がここによく来るって」
「そ、それは……とにかく! 勝手な行動をせず、私について来てください!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「へいへい」
「喧嘩売ってますの!?」
「まあまあ白井さん……そうカッカしなくても……」
売り言葉に買い言葉。このままでは口論どころか本気で喧嘩に発展してしまうと佐天は怒髪天を衝く勢いの白井を宥めようとする。
これは当分、二人一緒に遊びに誘うなんてのは無理そうだ。
「っ……佐天さんまで彼女の肩を持つおつもりで?」
「え? いや、私はそんなつもりじゃ……」
「……いえ、申し訳ありません。私としたことが頭に血が上っていたみたいですの」
「カルシウムが足りないんじゃない?」
「だ! か! ら! あなたはいちいち余計なことを口に挟まないと死んでしまうのでっ!? あとカルシウム云々は単なる迷信でしてよ!」
口の減らぬ霊夢に怒りが再燃する白井。こりゃどうしようもないなと堪らず佐天は額に手をやる。
「……じゃ、そろそろ真面目に捜査するとしましょうかね」
「っ……最初から真面目にやってください。さあ、聞き込みに参りますの。お姉様も待たせていますし」
やれやれといった様子で霊夢が立ち上がる。予想通り地道に聞き込みから始めるようだ。
「けど白黒。その前に……」
「白・井・黒・子! 何度言ったら分かりますの! いい加減覚えてくださいまし!」
「じゃあ黒子。先に心当たりがありそうな知り合いのところに行っていいかしら?」
「え? そ、そんな方がいらっしゃいますの?」
「ええ。確証は無いけれど」
「……そうですわね。なら、まずはその方の下へ行ってみましょう」
さらっと下の名前で呼ばれるが、それに続いた思わぬ言葉に驚く。ネットの噂でしか手掛かりがなかった幻想御手について知っている人物がよもや霊夢の知人に居るというのか。
半信半疑ではあるものの彼女がくだらぬ嘘を吐く訳もなく、訊いてみるだけの価値はあると白井はこれを了承した。
──そして、すぐに後悔する。
「……何ですの? ここ」
「不良共……スキルアウトって言うんだっけ? そいつらの本拠地よ」
「は……?」
訪れたのは、第七学区の入り組んだ路地裏を進んだ先。薄暗く物々しい雰囲気の放つ場所であり、先導していた霊夢の言葉に白井はぴしりと硬直する。
「もしもヤバくなったら逃げなさい。テレポートなら、囲まれても逃げて増援を呼べるでしょう」
続け様にそう忠告され、決してふざけた冗談ではないということを理解する。
「どういうつもりだ? 鬼巫女」
瞬間。重圧がのし掛かる。
「…………!?」
白井が瞠目する。先程から感じていた複数の気配。潜んでいながらも僅かに感じていたそれらが一瞬で消え去る程の異様な存在感を放つ男がそこに立っていた。
「あら、リーダー直々にお出迎え?」
「……お前の相手は他じゃ務まらんからな」
「それは結構なことね」
ゴリラのような筋肉質で大柄な体格。黒いライダージャケットを纏った大男は、その厳つい顔に似合わず、陰鬱でコピー用紙をそのまま吐き出しているかのような口調で喋る。
(なっ……! この男が……スキルアウトのリーダー、ですの? こんな男が……?)
明らかに強い。見掛け倒しなどではなく、今まで相手にしてきたスキルアウトたちなど児童にも等しいと思わせる程の実力者であると、そのオーラや所作から白井は分析し、内心戦慄する。
とてもじゃないが、単なる不良集団に居ていいような人間ではない。そして、周囲に潜んでいる男たちもまた、いつも相手にしている烏合の衆ではなく、しっかりと統率が取れていた。
「……そこの常盤台の少女は風紀委員だとお見受けするが? それにお前の着けているその腕章はまさか……」
「そ。一時的に復職したのよ、私」
霊夢がそう言い放った次の瞬間。潜んでいた気配が露になり、四方八方から殺気が飛び交う。
二十、三十……否、もっと居る。
思わず身構える白井に対し、霊夢は何事も無いかのように涼しい顔を浮かべたまま、目の前の男を見据えていた。
「……ほう。風紀委員に戻った身で、ここへ来た。……それがどういう意味になるのか、我々が想像する通りの認識で構わないか?」
「私はあんたらが何を想像したのか知らないけど、別に争うつもりはないわよ。ただ訊きたいことがあっただけ」
「……仲間を引き連れてきた理由は?」
「こいつがツーマンセルで行動しなさいって言うからさ」
「~~~~~!!」
傍から見れば敵の巣窟に乗り込んできた命知らず。そんなの聞いてなかったと霊夢を睨みながら訴える。普通ならば事前に説明し、腕章を外しておけとか最低限の準備をするべきだろう。
尤も、風紀委員のテレポーターは彼女が思っているよりも名も顔も知れているため無意味だろうが……。
そんな白井の様子に大男も察したのか同情的な視線を送る。
「……信用出来んな。第一何故我々が敵対関係にある風紀委員に情報を渡さなければならない?」
「──こっちは力尽くでも良いんだけど?」
殺気が鎮まり、代わりに男たちの喧騒が響く。というよりは霊夢の威圧に無理矢理押さえ付けられたと言うべきか。
彼らは充分に理解していた。あの見るからに華奢で幼気な少女の持つ理不尽なまでの強さの前では、数など何のアドバンテージにもならないのだと。
「…………」
「…………」
一触即発。両者が対峙し、視線を交錯させながら沈黙する。その緊迫した空気に白井は息を呑む。
恐らくあの男は自分が想定しているよりもずっと強いのだろう。霊夢が未だに手を出しておらず、大人しくしているのがその証拠だ。
相手が取るに足らぬ有象無象であるのならばそもそも警告や脅迫なんてせず、とっくに実力行使に出ているはずなのだから。
「……分かった。何を知りたい?」
「賢明な判断ね。最初からそう言ってくれれば尚のこと良かったのに」
「テメェ、このアマ……! さっきから下手に出てりゃ調子に乗りやがって……!」
「──よせ、浜面」
「けどよ駒場のリーダー!」
「何度も言わせるな……あれがそういう女なのは分かっているだろう。噛み付くだけ無駄だ……」
「ッ……ああ、分かったよ、すまねぇ」
沈黙を破り、頷いたのは男の方。その後方に隠れていた部下と思わしき金髪の男が霊夢の物言いに怒りを露にして吠えるが、男──駒場というらしい、に竦められると悔しそうに歯軋りしながらもあっさりと引き下がった。
対する霊夢は気にも留めていない。
「……さっさと質問の内容を言え。気が変わらぬ内にな」
「はいはい。じゃあ、訊きたいんだけど……」
──レベルアッパーって知ってるわよね?
知らないとは言わせない。そんな暴君が如き圧を込めながら霊夢は問い掛ける。