とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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白黒な憧憬

 

 

 ──痛い。

 

 ──苦しい。

 

 ──そして、寒い。

 

 ボロボロになり、地面に這いつくばって、私は何故こうなってしまったのかと自問する。

 

 油断はしていなかった、と思う。

 

 ……いや、ここ最近負け知らずで調子に乗っていなかったと言えば嘘になる。相手が自分と同年代、下手すれば年下の少女だということもあって無意識に警戒を削いでいたのかもしれない。

 

 この街では、見てくれなど何の当てにもならないというのに。

 

「アッハッハッハッ! なぁんだ、全然大したことないじゃん!」

 

 あどけなく、しかし豪快な、さぞ愉快だと言わんばかりの高笑いが響く。

 

 視線を向ければ、そこには()()()()と交戦しているはずの一人の少女が居た。どこまでも無邪気で、溌剌さすら感じさせられる笑みを浮かべながら。

 

 幼気な姿をした、冷気を操る大能力者(レベル4)。完全に実力を見誤り、無謀にも応援を呼ばずに挑んだ挙げ句が、このザマだった。

 

 時たまに起きる精神的に未熟な高位の能力者の暴走。その通報を受け、駆け付けた私は空間移動(テレポート)で背後に回り込み、すかさず取り押さえた。それ自体は相手が慢心していたのもあって呆気なく成功し、後はいつものように手錠を嵌めるだけだった。

 

 けれど、私は知らなかった。短絡的で命知らずな人間がどれほど愚かで厄介であることを。

 

 気が付けば叩き伏せられていた。何と彼女は自らを巻き込んでその周囲全域を凍り付かせるというトチ狂った方法で私の逃げ場を奪い、打ち破ったのだ。

 

 圧倒的な暴力。純粋過ぎるが故の容赦の無さ。人生で初めて私は打ちのめされ、己が不甲斐なさを呪う。

 

「強靭! 無敵! 最強! どいつもこいつも口ばっかりの雑魚ね! やっぱりあたいが──げっ」

 

 その時だった。

 

 少女の背後の分厚い壁のような氷塊が砕け散り、()()()舞い降りる。

 

 ──あの人だ。

 

「ったく……寒いわね、冷房病になっちゃったらどうすんのよ」

 

「嘘ぉ!? ノーダメっ!?」

 

 紅く、白く。

 

 烈しく、妖しく。

 

 それは現実から切り離されたかのように、あまりにも幻想的で、あまりにも神秘的で。

 

 悠然と、優雅に飛び、舞うその姿はまるで二色の蝶のようで──。

 

 どうしようもなく、輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 言うまでもなく、白井は博麗霊夢が嫌いだ。

 

 自由奔放で無計画。いつも好き勝手に動き、人の話を聞かない。おまけに口も悪く、名前すら覚えてくれないような人間を嫌わない方が可笑しいだろう。

 

 誰しもが犬猿の仲、水と油だと認める間柄。しかし、実のところそれは憧憬の裏返しである。

 

 白井が彼女と初めて出会ったのはまだ彼女が風紀委員(ジャッジメント)に所属していた頃。当時新入りだった白井は巫女装束を纏った風変わりな先輩の存在に衝撃を受けたのを今でも覚えている。

 

「第一七七支部に配属されました、白井黒子と申します。本日はよろしくお願いします。博麗先輩」

 

「……そ。よろしく」

 

 緊張した面持ちで挨拶をすれば無愛想にそう返し、彼女は冷めた眼でこちらを一瞥するだけだった。

 

 最初に目を引いたのは艶やかな黒髪とその端麗な容姿。しかし、どこか無気力そうに、或いは不機嫌そうに振る舞うその姿はとてもじゃないが、良い印象とは言えなかった。

 

 それからあのあまりにも際どく巫女装束と呼んで良いものなのか疑わしい奇抜な紅白。たまに制服を着用していることもあったが、明らかに風紀委員でありながら風紀を乱しており、何故あんなものを着ていることが許されているのだろうかと不思議でしょうがなかった。

 

 風紀委員は志願制。更に誰しもが簡単に入れるものではなく、十三種もの適性試験と四ヶ月以上の研修があり、それらを突破して漸く一員になれる。

 

 つまり皆、望んで風紀委員になり、士気の高い者が殆どだということ。そんな者たちの中で霊夢のような見るからに不真面目でやる気のない人物が交ざっているという事実は意外なことであり、そんな心持ちで治安維持の仕事が務まるとも思えず、理解し難かった。

 

 後から訊いた話だが、元々彼女は校内で問題を起こし、その指導で強制的に風紀委員に加入させられたのだという。別に前例が無い訳ではないのだが、通常そのような場合で強制加入させられた際には臨時、見習いの隊員として扱われる。

 

 にも拘わらずどういう訳か霊夢は正規の隊員と認められていた。一応正規の手順を踏み、上述した適性試験も合格しているようだが、ならば尚更風紀委員としての自覚を持つべきだ。

 

 そんなこともあり、白井の霊夢への評価は最悪といって差し支えない。軽蔑すらしていた。

 

 性格もいい加減で面倒臭がりとおおよそ尊敬出来るようなものではなく、事あるごとに同期の固法や四葉に叱られている場面を目撃していたから、決してあんな風にはなるまいと反面教師にしていた程だ。

 

 ただ、何度か行動を共にしている内に白井の心境は変わっていった。

 

 予想に反して霊夢はこれらのマイナス要素を帳消しに出来てしまうくらい優秀だったのだ。

 

 ──優秀過ぎる、と言った方が正しいか。

 

 頭脳明晰で基本的に何でもそつなくこなし、また空を飛ぶという能力のお蔭で現場に駆け付けるのも早い。

 

 加えて、足技を主体とした我流の体術を修めており、その実力は異能力者(レベル2)でありながら大能力者(レベル4)すらも単独で取り押さえてしまう程である。

 

 そして、何よりも白井が衝撃を受けたのは、その()()()だった。

 

 傲慢だが、差別はしない。

 

 怠惰だが、妥協はしない。

 

 何ものにも縛られず、囚われず。何事も平等に接し、如何なる状況においても冷静な視点で迅速に判断し、的確な行動を取る。

 

 時に規律を乱し、必要とならば違反ギリギリの型破りな方法を用いることもあったが、それでも彼女が間違っていたことはただの一度も無く、常に本質を見据えながら善悪と賢愚を問い、正すべきことを正す。

 

 その姿勢は白井にとって実に模範的であり、そして理想的であった。

 

 今までの印象や評価は大きく覆るのは当然として、いつしか彼女のようになりたいという()()を抱くようになり、気が付けばその背中を追っていた。

 

 白井がいくら始末書を書かされても管轄外の事件に介入するという越権行為や規律違反を頻繁に行うのは持ち前の正義感の強さ以上に霊夢へのリスペクトと対抗心が故であった。

 

 しかし、だからこそ、白井は頑なに霊夢のことを認めようとはせず、むしろ目の敵にして会う度に食って掛かっていた。彼女が如何に優秀であれそれ以外の面ではいい加減で不真面目な人物であるのは変わらず、それが無性に気に食わなかったからだ。

 

 つまり憧れているからこそ、自身の抱く理想と食い違う部分が許せないということ。何とも我が儘な理由であるが、まだ小学生であることを考えれば年相応の感情と言えよう。

 

 察しの良い同僚らからその様子を素直じゃないと揶揄されれば必死に否定し、いつも悶々とする。彼女としては自身が霊夢へ尊敬の念を抱いてしまっていることが心底受け入れ難い事実だったのだろう。

 

 そんな無意識レベルで避け続けていた歪な感情を自覚したのは昨年こと。霊夢が風紀委員から去ったのを知った時だった。

 

 信じられなかった。彼女が辞めるなど夢にも思っていなかったが故に。

 

 あまりにも唐突な出来事。一報を聞くや否や白井がすぐに彼女が所属している支部へ向かうが、既にその姿はどこにも無く、彼女の机も撤去されていた。

 

 それでも何かの間違いではないかとその場に居た固法を問い質すも、それが紛れも無い事実だということを突き付けられる。

 

 博麗霊夢は懲戒免職の処分を下され、そのまま依願退職。風紀委員から完全に除籍されていた。

 

 何故? どうして? 白井はただただ愕然とするばかり。彼女は風紀委員に必要な人材のはずだ。それを追い出す道理などあっていいはずがない。

 

 理由は至極単純。──あまりにも()()()()()のだ、彼女は。

 

 風紀委員はあくまでも組織。そのため彼らにとって霊夢は途方もない戦力であると同時に、手に余る存在だった。

 

 元より法や規則に縛られず、己が主観による善悪を基準とし、立場に左右されずに動くが故に、越えるべきではない境界を一切の躊躇無く踏み越えてしまう恐れがあったからだ。

 

 それでも多くの事件を解決してきた実績を誇る優秀な学生だったためある程度は看過されていたが、ある学校で起きた“無能力者狩り事件”によって遂に彼女は暴走してしまった。

 

 結果だけを見れば事件自体は手早く解決した。しかし、その際に彼女は幾度も命令違反を起こし、挙げ句に犯人たちを再起不能に追い込んだ。

 

 事態を重く見た上層部は不適切な、必要以上の暴行であると判断し、霊夢にその責任を負わせた。

 

 白井としては到底納得出来ない内容。無論、その行き過ぎた行動に非はあるのは確かで何かしらの処分が下されるのは当然とは思うが、懲戒免職というのは流石に重過ぎる。

 

 彼女のことを疎んじる者たちの声があったのは明らか。上層部にとって勝手な行動ばかりする霊夢はもはや目の上のたん瘤だったのだ。

 

 それ以上に許せなかったのは、霊夢がその処分を甘んじて受け入れたことである。彼女が不服を申し立てれば処分はいくらでも軽くなったというのに。

 

 理由は明白だった。元々彼女は望んで風紀委員に入った訳ではなく、そのため食い下がる理由が無かった。むしろ今回の一件は辞める口実として好都合だったのであろう。

 

 そんな身も蓋もない事実に気付きながらも白井はこれを否定したかった。

 

 あんなにも活躍しながら。彼女にとって風紀委員での日々は、自分や固法たちとの日々は、そんな簡単に捨てられるものだったのか。そこに何の思い入れも無かったのか。

 

 彼女がもう居ないことが、答えだった。

 

 この時に受けたショックは計り知れない。自分がどこまでも盲目的であったことを思い知り、打ちのめされた。

 

 そして、思い返しながら気付くのだ。結局のところ自分は博麗霊夢という人物のことについて何一つ知らなかったということを。

 

 今までの憧れが裏返り、黒い感情が沸々と湧く。裏切られたとすら感じ、当時の白井はそれはもう荒れに荒れ、今でこそ落ち着いたが、心の凝りは今尚残っている。

 

 勝手に憧れ、勝手に失望したに過ぎない。そう言われればそれまでの話。

 

 分かっては、いるのだ。

 

 しかし、だからといってこれらの感情を受け止められるほど白井は大人ではなかった。

 

 故に、彼女のことが嫌いだ。

 

 風紀委員(じぶんたち)の下から去りながら、何ら変わらない様子で、何の後ろめたさも無い様子で様々な事件に首を突っ込んでは解決しては、正義の味方(ヒーロー)と持て囃されるその姿が心底気に食わず、大嫌いだった。

 

 御坂への感情が敬愛だとするのならば霊夢への感情は愛憎とも言うべきもの。

 

 嫌いで、憎たらしくて、忌々しいとすら思っていても、その深層には確かな憧憬が存在しており、それが煮え切らぬ感情を抱かせる。

 

「……まったく、あなたという人は」

 

「何よ?」

 

 そして現在。とある公園にて。

 

 白井は憂鬱げに額に手をやり、溜め息交じりに吐き捨てる。その視線の先にはベンチで寛ぎながら小型のUSBメモリーを玩ぶ霊夢の姿があった。

 

 作品名:Level Upper 

 

 アーティスト名:UNKNOWN

 

 幻想御手(レベルアッパー)なる代物の正体は機械や薬物といった類いの代物ではなく、音楽ファイルだった。

 

 製作者は不明。ある裏サイトの隠しページから無料でダウンロードすることが可能らしく現在初春に詳しい入手経路を調べさせている。

 

「相変わらず型破りというか……まさかスキルアウトと取引をするとは……」

 

「一番手っ取り早い方法を選んだだけよ」

 

 悪びれもせず言ってのける霊夢。あの後、駒場という男から幻想御手の情報を聞き出すだけでなく、元々所持していたのか手下に入手させたのかは分からないが、現物を手渡された。

 

 流石は曲がりなりにも裏社会に通じていると言うべきか。その情報網は脅威的と言わざるを得ず、スキルアウトといえど侮れない連中だと駒場の存在も相まって白井は改めて認識する。

 

 これ以上のない成果。闇雲に聞き込みを続けるだけではこんなにも早く行き着くことはなかっただろうが、方法が方法だけに白井は素直に喜べない。

 

「彼らとは、どういうご関係で?」

 

「別に。ただの知り合いよ、大した関わりは無いわ」

 

 その返答に嘘は無い。見た限りでも友好的な様子ではなかったが、第七学区のスキルアウトを取り纏めているような大物と繋がりがあったことに白井が思う所が無い訳がなかった。

 

「そうですか……にしても意外でした。あなたはスキルアウトには蛇蝎の如く嫌われていると思っていましたのに」

 

 誰が呼んだか“鬼巫女”。

 

 圧倒的な強さと、あまりの容赦の無さから名付けられた、安直で暴力的過ぎる異名。

 

 あのスキルアウトのリーダーは彼女をその名で呼んだ。今では半ば都市伝説扱いされているかと思っていたが、どうやらその筋でも相当有名らしい。

 

 曰く、アレは災厄。決して近付いてはならない。“鬼”と恐れられるのには、それ相応の理由があるということであり、だからこそ彼女が彼らの活動を看過し、あまつさえ協力を仰ぐ程度の関係を保っているということは、それだけの正当性が彼らにも存在することを意味していた。

 

 スキルアウトを悪しき連中だと認識している白井からすれば一部とはいえ彼らを肯定しているように思え、複雑な心境だった。

 

 ──そして、恐らくそれは正しいのだろう。

 

「そりゃ大抵はくだらない連中ばかりだけど中にはああいう義理堅い奴だって居るものよ。他と違って多少は()()()()()みたいだし」

 

「だから見逃していると?」

 

「ええ。見える範囲で悪さしてないんなら、わざわざ喧嘩売る道理も無いでしょう」

 

「見える範囲……例えばそれはどんな?」

 

「うーん……私の機嫌を損ねるとか、許可無く目の前を横切るとか?」

 

「どこの暴君ですの?」

 

 あっけからんと言い放つ霊夢。義理堅い……ということは何かしら恩を売っているということだろうか。彼女がスキルアウトに恨まれることはいくらでもあろうが、果たして感謝されることがあるとは到底思えないが……。

 

「それとも全員取っ捕えてやった方が良かったかしら? 今は一応ジャッジメントだものね、私」

 

「……いえ。どのみち我々二人だけでは厳しく、応援を呼んだところでその間に逃げられていたことでしょうし」

 

 無論、その気になれば全員とは行かずとも駒場を含め大勢を拘束することは出来ただろうが、そもそも現行犯ではないため惚けられてしまえば終わりだし、ただスキルアウトというだけで逮捕する権限は無く、たとえ強引な手を使ったとしてむしろ風紀委員の横暴だと非難の声が上がりかねない。

 

 歯痒い思いをする白井。対して霊夢はそこまで考えている訳でもなく、別にどちらでも良かった。

 

「ふーん……で、目的のブツは手に入れた訳だけど、これって別に違法なものじゃあないんでしょ? 能力持ちが増えたり強くなるのに関してはこの街にとってむしろ好都合に思えるし」

 

 どうでも良さげに話題を変え、疑問を口にする霊夢。法律で禁じられていない以上、違法薬物のように取り締まることなど出来やしない。

 

 一体何が問題だというのかとすら思う。そもそも成人にもなっていない少年少女らに超能力なんてものを無責任に与えて平然としているのがこの学園都市。悪人が力を持つのを良しとしないのであれば、その時点で終わっている話なのだ。

 

 この街の倫理は、とうの昔に破綻している。

 

「それは……まあ、そうですが……しかし、犯罪率が急増しているのもまた事実。その出所を調べるのは治安維持組織である風紀委員として当然のことですの」

 

 ここ最近起きた事件の大半が幻想御手を使用したと思われる事件ばかり。たとえこのアイテム自体に何の違法性が無かろうと無視出来るようなものではなく、何よりも唯一の手掛かりだった。

 

「それに使用するだけで能力のレベルが上がるなんてものが本物だとして、何のデメリットも無いとは到底思えませんわ」

 

 真っ当なアイテムならば公に発表しない理由は何なのか。そうせずに裏サイトのみに流しているということは、まだ試作段階で学生を実験台にして効果を調べている可能性だってある。

 

 少なくとも何かしらの後ろ暗い理由があるはずだ。

 

「……そういうもんなのね」

 

 一方、それを聞いた霊夢の反応は淡泊なもの。原石である彼女には幻想御手も能力開発も、そこに何の違いがあるのか分からなかった。

 

 ただ確かに楽して力を得るのならば、それなりの代償があるのは当然のことだろう。

 

「じゃあ、この後どうすんの? 作ってる奴を特定して潰しに行くにしても口実が必要だけど」

 

「……そうですわね。まず幻想御手(これ)の仕組みを解明しないと、今のところは何とも言えません」

 

 物騒な発想。これを冗談でも何でもなく本気で言っていることを理解している白井は顔をしかめながらも、しかし大元を叩くことが最適解であることもまた事実であると内心同意する。

 

 いつもそうだ。霊夢は遠回りを嫌う。故に、最も早く事態を解決することを好み、その為ならば手段を選ばない。

 

 やり方が暴力的だったり極端だったりするのは彼女がこの方法こそが一番の最適解で手っ取り早いと判断したからだ。スキルアウトと取引したのもそれだけの理由でしかなく、だからこそ今の白井はその姿勢を危険視していた。

 

 彼女が常に正しいという幻想は、もう捨てたが故に。

 

「なので一先ず支部へ戻りましょう。何故かお姉様とも連絡が付きませんし」

 

「お姉様? ま、分かったわ」

 

 姉なんて居たのかと思いながらも霊夢はその言葉に従い、気だるげにベンチから立ち上がる。

 

 そして、スッと手を差し出す。

 

「ん」

 

「……何ですの?」

 

「何って、テレポート。その方が楽でしょ」

 

「ああ、そういうこと……」

 

 突然の行動に困惑の色を隠せない白井だったが、その言葉で漸く意図を理解する。

 

 ここから支部まではそう遠くないが、空間移動を使用した方が時間を短縮出来ることだろう。

 

 納得した様子で白井は彼女の手を取ろうとし──。

 

「………………」

 

 ぴたりと、その手が止まる。

 

「……何よ?」

 

「っ……いえっ、な、何でもありませんわ」

 

「?」

 

 どうしたのだろうか。一瞬硬直したかと思えばブンブンと首を横に激しく振りながら乱暴に手を握ってくる挙動不審な白井に対し、霊夢は首を傾げるばかり。

 

(いやいや! 何を意識してるんですの私! しかもよりにもよってあんな紅白に!)

 

 頬を染め、気取られぬよう俯く白井。手を握る際に思わず()()()()()()を抱き、躊躇してしまったことに激しく狼狽えている様子だった。

 

 そんなはずはないと脳内で必死に否定する。自分が同性愛者であることは認めよう。しかし、それはあくまでも御坂美琴のみが対象。彼女以外に対して劣情の類いを抱くなんてこれまで一度足りともなかった。

 

(これは何かの間違いですの! 私が劣情を抱くのはお姉様ただ一人! 百歩譲っても博麗霊夢なんか絶対有り得ません!)

 

 つくづく自分自身の感情に疎い彼女は知らなかった。己が抱く御坂に対する異常とも言える劣情や欲情はその高過ぎる敬愛の念が発展したものであることを。

 

 そして、霊夢にも同等かそれ以上の歪んだ感情を向けてしまっている。況してやそれが愛憎や憧憬の類いならばどうなるかは明白だろう。

 

 要するに、白井は霊夢を性的対象として見ていた。本人すら無自覚な内に。

 

「……まだ? さっさとしてよ」

 

 そんな明らかに動揺しており、様子が可笑しい白井を怪訝そうに見据えながら霊夢は急かす。

 

「わ、分かっております!」

 

 今度こそ白井は空間移動を実行し、二人の姿は公園から消える。

 

 白井黒子は博麗霊夢が嫌い。それは周知の事実であり、揺るがぬものかに思えた。しかし、実際にはそのような言葉だけでは言い表せないような複雑で歪な感情がそこには存在し、そんな彼女にとってここ最近の出来事は劇的な変化と言えよう。

 

 故に、彼女たちの関係にもまた変化が訪れるのは、そう遠くないのかもしれない。

 




霊夢の黒子への印象
 彼女からはクソデカ感情を向けてられているが、とうの本人はなんかやたらと口煩い後輩が居たなー程度の認識。当然名前も覚えていないし、それが白黒と同一人物だということにも気付いていない。哀れ…

冷気を操る大能力者
 当時は小学一年生。その後も度々事件を起こして少年院送りになっている。
 霊夢が翅を持たぬ彼女と対面した時、抱いた感情は驚きでも既視感でもなく、ただの失望だったという。

霊夢が扱う足技を主体とした体術
 博麗神拳(脚)。
 黄昏ゲーでのアレ。この作品でのイメージとしてはアギトとキックホッパーの戦い方を混ぜたような感じ。
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