クレイドラの南の空には、ゴツゴツとした岩山で構成された大陸がたくさんある。その多くが活火山で、その一帯は炎の大陸と呼ばれたりとする。
炎の大陸を統べているのが「グルグ竜王国」である。
グルグ竜王国は世界1、2位を争う大国で、人間、ガベロ族、エルフ、ヤンシャーニmドワーフなど多様な民族が住んでいる。
炎の大陸の中には、唯一の寒冷地があり、そこは年中雪が積もっている。グルグ女王はその地に住んでいた。
グルグの住むグルグ城周辺は今日も雪が降っていた。このあたりは冠雪地帯だが、少し南に下ると、猛烈に火を吹く活火山地帯が広がっている。
グルグは毛皮のドレスに身を包んで、グルグ城上層部にあるテラスに出て、ぼんやりと雪が降るのを見ていた。
その顔は憂鬱だった。
グルグ竜王国は大国。それゆえに、国家の統治は難しかった。民族同士の対立もあれば、思想による対立もある。すべての者が喜ぶ政策を打つことはできない。
グルグは出来る限り多様な意見をくみ取って政策を発表してきたが、城下町ではたびたび、グルグ女王を批判するデモが続いていた。
雪がしんしんと降る中でも、デモ隊は声を張り上げていた。
デモ隊の批判の声はグルグ城の上層部まで届くことはないが、グルグの耳には批判の声が轟いた。それは幻聴ではなく、紛れもなくグルグの民の嘆きだった。
グルグはため息をついた。
女王は政策のすべての決定権がある。むろん、まだ学生の身でもあるグルグ一人ですべての政策を作ることはできないから、大臣の作ってきた政策をもとに政策の発表をしてきた。
商業の規制緩和から減税、祝日の制定など、グルグは民のありがたがる政策を打ち続けて来た。しかし、その恩恵を受ける者がいる一方で、恩恵を受けられないどころかかえって犠牲になる者たちも少なくなかった。
グルグはそれらの不満の1つ1つを気にした。周囲からあまり気にしないように言われているが、グルグは不満の声に敏感な性格だった。
グルグはため息をついた。いっそここから飛び降りてしまいたい気分にもなった。
「グルグ女王、ここにおられましたか。こんなところに長居されますと体を冷やしますよ」
グルグの背後から人がやってきた。振り向かなくても、グルグは声だけでやってきた人物を突き止めた。
やってきた男は凛々しい顔立ちで長身の男だった。立派な体つきをしていた。
ドラケル・エルターシュミット。38歳。
グルグ竜王国を代表するドラゴンソルジャーの一人で、世界最高のドラゴンソルジャーの一角でもある。
ドラケルはグルグの護衛隊長でもあり、しばらく前、ガベロ族のマンダラ―マのもとに外交に行った際も、護衛の任務についていた。
ドラケルは15歳でドラゴンソルジャーになってから、グルグ竜王国のために戦い続けて来た。愛国心の強い男でもあった。
「風邪をひけばしばらく休めるかと思ってな」
「そのようなことをおっしゃられては困ります。あなたは一国を治める女王。あなたがいなくなると、王国はたちまち乱れてしまいます」
ドラケルはグルグと約3歩距離を取って跪いた。
「グルグ女王は民のために尽くす素晴らしい女王。気を病まれる必要はありませぬ」
「嘘だな。民は私の死を望んでいる。このまま雪に埋まって凍死することを望んでいるんだ」
グルグの頭には小さく雪が積もっていたが、グルグはそれを払いのけなかった。
「そのようなことはございませぬ」
「お前は知っているのだろ、城下町の情勢を。私の暗殺をたくらむ組織も暗躍しているらしいな」
「……」
「いっそ暗殺されるのもいい。それが民の望みなのだからな」
「お言葉ですが、グルグ女王。いつどの時代の偉大な王も、敵は少なからずいました。グルグ女王は敵のことばかりを気にしすぎていると思います。もう少しグルグ女王を支持する味方のことに目を向けられるのがよろしいかと思います」
「……味方か。心の底から味方と言える者なんていない」
グルグはどんなことでもネガティブなことばかり言った。グルグはまだ21歳。学生の身であり、女王の座につくには早すぎると言えた。
グルグの母親は42歳の若さで亡くなり、結果グルグがすぐに王位を継承することになった。
グルグの精神性はまだ未発達で、そのせいでグルグは心を病むことが多かった。
「グルグ女王。いつどんなときでも、私はあなたの味方であり続けます。最期の瞬間まで」
「……」
グルグはドラケルのほうを振り向いた。
グルグはドラケルに少し意地悪な質問をした。
「ならば私と結婚できるか?」
グルグはドラケルをまっすぐ見据えて尋ねた。絶対にイエスと答えられないことを知っての問いだった。しかし、その言葉はグルグの真心そのものだった。
「私には王位を継ぐ血が流れておりませぬゆえ、それはできません」
「そら見ろ。何があっても私の味方であり続けるというその言葉は偽りだ」
「いいえ」
「偽りだ!」
グルグは頭からドラケルの言葉を否定した。
ドラケルは跪いたままこうべを垂れた。
子供じみたことだとわかっていたが、グルグはいつもそうやってドラケルを困らせていた。
ドラケルが自分のために、命を賭ける覚悟を持っていることはわかっていたが、それでも不安だった。唯一信頼できるドラケルが自分から離れてしまうことがグルグの最大の不安の種だった。
最も頼れる男が最大の不安をもたらしているという皮肉だった。
「ドラケル」
グルグが名前を呼ぶと、ドラケルは顔を上げた。
「私のそばから離れてくれるなよ、約束だぞ」
「御意。私は命に代えてもグルグ様をお守りします」
ドラケルは断言するようにそう言ったが、二人の距離は近くて、しかしとても遠かった。