ドラゴンソルジャー   作:やまもとやま

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14、アロマローズの苦悩

 このところ、世界情勢は混乱している。

 アロマローズ竜王国はいま2つの悩みを抱えていた。

 

 1つはアルマゴート竜王国の侵攻に関する問題だ。

 アルマゴート竜王国はアロマローズ竜王国よりはるかに低空に浮かぶいくつかの大陸を支配している。

 

 アルマゴート竜王国は宗教立国だ。宗教が支配する国は国際社会で共有できない特別なルールに縛られているために、協調性に欠けるところがある。

 アルマゴート竜王国では、アルマゴート教と呼ばれる宗教により内部で深刻な対立が続いている。

 

 アルマゴート教は2つの宗派があり、竜神アルマゴートも2種類存在する。

 残念なことに、アルマゴートは対立関係にある。

 

 唯一の竜神を絶対とするアルマゴート教では、アルマゴートが2種類存在することは許されない。

 片方のアルマゴートを「デュクシス(偽の神)」として互いに対立し、内戦は日に日に激化していた。

 

 アロマローズ竜王国はアルマゴート竜王国のある勢力から侵攻を受けている。

 アロマローズ竜王国は2つあるアルマゴートのうち、「青の業火」と呼ばれる青い炎を操るアルマゴートを支援していた。そのため、「銀の業火」と呼ばれる銀の炎を操るアルマゴートに対しては明確に敵対することになった。

 アロマローズが青いほうを支援したのには理由がある。

 

 青いほうのアルマゴートのほうが平和的。

 

 銀のアルマゴートは「世界は1つ。我々のもの」という思想から、世界各地を軍事力を持って侵攻を繰り返している。ならば、この野蛮な銀を滅ぼして、青いアルマゴートを支援すれば世界平和につながると単純に考えたのがいけなかった。

 

 青いほうは平和的だが、闘争心に欠ける。つまり、戦闘力は銀のほうが高い。

 

 そのため、アロマローズは多額の資金を援助したにも関わらず、青いほうの正規軍は金を持って逃亡するばかりで、銀のほうに押されているところがあった。

 そうした誤算により、青いほうの戦況がかんばしくなくなり、その青いほうを支援したアロマローズを敵視した銀のほうがアロマローズ竜王国に積極的な侵攻を仕掛けていた。

 

 銀のほうについてこの侵攻を食い止めるか初志貫徹のために青いほうを支援し続けるか、アロマローズ政府は判断に苦しんでいた。

 

 もう1つの問題はグルグ竜王国との貿易問題だった。

 最近、グルグ竜王国は貿易に対して強気の主張を続けている。女王が変わり、若い女王になってから、輸出品の関税を大幅に引き下げるように要求しているばかりか、輸入品に対しては関税を引き上げるようにというわがままを平然と主張してきている。

 しかし、焔石をグルグ竜王国の輸入に頼っているアロマローズ竜王国は貿易において弱い立場に立たされていて、アロマローズ政府は方針に難儀していた。

 

 アロマローズ竜王国の中枢は、支配区の中でも最も大きな大陸に存在する。

 アロマローズ王室はドラゴンファームと深い森、高い山脈に囲まれた場所にある。

 アロマローズは代々極めて慎重な性格と言われており、その影響で王室の護りは鉄壁だった。

 

 山脈で守られ、周囲に75個あるとされるドラゴンファームには優秀なソルジャーとドラゴンが常に待機している。

 そんな鉄壁の牙城の中にアロマローズは守られている。

 

 アロマローズは警戒心は強いが、非常に攻撃的で強気な性格でも知られている。

 現女王のアロマローズは過去最高レベルで攻撃的な女王で、これまでに150人以上の要人を処刑している。

 

 汚職が発覚すると、軽度なものであっても、アロマローズは即座に処刑してしまう。

 ドラゴンファームの管理を任されていた大臣がマフィアにドラゴンを売却した問題でも、即日処刑している。

 

 脱税にも厳しく、企業の社長を就任から4年間の間に7人も処刑している。

 

 それゆえ、アロマローズは鉄の女王と呼ばれ、国内外から恐れられている。

 グルグ竜王国でガベロ族を治めるマンダラ―マもアロマローズにより指名手配されており、捕まえ次第処刑すると公言している。

 

 そんな攻撃的な政治を展開するだけに、周囲の要人はみなアロマローズを恐れている。何度もアロマローズの暗殺は計画されたようだが、いずれも裏切り者により発見され、計画に参加した者は次々と処刑されている。

 アロマローズは計画に参加した者でも、その計画を密告した者を罪に問わず、しかも要人ポストに付けると約束している。

 そうした政策により、この恐怖政治を安定させていた。

 

 しかし、当の本人は常に緊張感のある中で生きていた。

 アロマローズは36歳になった今年から拒食症に苦しんでいた。

 

 アロマローズは王室の最上階、鉄の扉で閉ざされた静かな一室にたたずんでいた。

 人間離れした美貌の持ち主だが、その表情は憔悴していた。

 

 アロマローズが信頼している数人を除いてはアロマローズと直接面会することはできない。

 

 アロマローズが信頼しているのは5人。

 

 1人はコルゾナ・ツヴァイハンダ―。コルゾナはアロマローズの護衛騎士の隊長で、アロマローズ竜王国最強のドラゴンソルジャーだ。28歳の若い隊長でもある。

 1人はカナク・ハルパリア。彼はアロマローズが子供のころから王室専属のシェフとして腕を振るってきた。62歳になった今でも現役で頑張っていた。

 1人はミリー・サーバル。彼女はアロマローズの幼馴染で、いまはメイドとして王室で働いている。

 1人はアロマルーラ。アロマローズのペットであり、「パクモール」という種族の非常に小さいドラゴンである。大きさは猫ほどである。

 1人はシェイン・バルハック。アロマローズの外交官の代表であり、アロマローズのあらゆる外交を支えている。

 

 現状、この5人だけがアロマローズとの面会を許されている。

 アロマローズ専属の料理人であるカナクは食事の用意ができたことを伝えるために、アロマローズの部屋にやってきた。

 

「アロマローズ様、お食事の準備ができました。食べやすいものをご用意しました。少しでもお食べになっていただきたいと思います」

 

 アロマローズはぐったりしていた体を起こした。

 

「毒が盛られているかもしれない」

 

 アロマローズは力なくつぶやくように言った。

 

「それは絶対にございません。わたくしが確信を持って申し上げさせていただきます」

「お前が盛らなくてもならず者が入り込んでいるかもしれない」

 

 アロマローズは極端な警戒心を見せた。警戒心というよりも、重度の強迫性障害と言えるほどだった。

 

「私を含め、すべての者が毒見をしております。ご安心ください」

「翌日に効果が出る毒だったならばどうする?」

「世界中の解毒剤をご用意しています。完全に安全は保障されています」

「……」

 

 アロマローズはまだ何か言いたげだったが、信頼しているカナクを執拗に疑うのは良心が痛んだ。

 こうしたことが募って、アロマローズは肉体的にも精神的にも追い詰められていた。

 

 アロマローズの食事は簡単なことではない。

 拒食症の症状が頻繁に現れ、口にしたものを呑み込むことさえも難しかった。

 ほんのわずかな食べ物を胃に収めるだけで1時間の時間が必要だった。

 

 医術の心得があるミリーがアロマローズのカウンセリングを担当しているが、アロマローズの憔悴はむしろ悪化の一途をたどっていた。

 アロマローズの食事のあと、ミリーはいつものように、アロマローズと会話をした。

 

「女王、しばらくお休みになってはいかがでしょうか? 国のことは一切忘れて」

「そうはいかない。やらなければならないことは山積みだ。私が倒れては国を導くことはできない。弱みを見せるわけにはいかない」

 

 アロマローズは疲れ切った様子で頭を押さえたが、言葉は強いものだった。

 

「しかし、このままでは国よりも先に女王が倒れてしまいます。女王が倒れてしまっては国も共倒れです」

 

 アロマローズと対等に話すことができるのはミリーだけである。ただのメイドに過ぎないが、アロマローズとは幼いころからの付き合いだ。

 アロマローズは幼少期からドラゴンとしての厳しい訓練と王政を継ぐ者としての英才教育を受けていた。

 アロマローズは何度も耐えかねて、訓練や英才教育から逃げ出した。

 そのときに、たまたま村の少女「ミリー」とアロマローズは出会い、ミリーはアロマローズが逃げ出すと家にかくまうようになった。

 アロマローズにとって、ミリーとの時間は地獄のような訓練の日々の中にあって最大の憩いとなった。

 

 アロマローズも大人になり15歳になるころには訓練から逃げ出すこともなくなったが、ミリーとの親しい関係は続き、アロマローズの強い思いでミリーは王室のメイドとして働くようになった。

 アロマローズにとって、ミリーは最大の有人であり、最も心の許せる相手だった。

 

「そうだ。子供のころのように王室を抜け出してみてはどうですか? いまの女王は自由です。誰もあなたを束縛しません」

「……」

 

 アロマローズは顔を上げた。

 

「女王が逃げ出すなんて前代未聞だ」

「それならばあなたが先駆者です。初めて逃げ出した女王になれますよ」

 

 そう言うと、ミリーは足元を徘徊していたアロマルーラを抱え上げた。

 アロマルーラはアロマローズのペットとして8年前から城で飼われている。パクモールは特に珍しいドラゴン種ではないが、ミリーが飼っていたパクモールから生まれた子供の一匹がアロマローズに贈呈される形で王室にやってきていた。

 

「そういえば、昔はよく抜け出したものだったな。私は誰よりも速く飛ぶことができたから、誰も私を捕まえることができなかった」

 

 アロマローズは25年前のことを思い出した。あのときの思い出は楽しい思い出も多かったから、思い出すとアロマローズの表情にも笑顔が浮かんだ。

 過酷な訓練の毎日だったが、それを抜け出して空を飛び回り、追手を撒いてからミリーの家に逃げ込むのがアロマローズの楽しみだった。

 ミリーを乗せて空を飛ぶこともあった。それ以外には、粘土で遊んだり、走り回ったり、特別ではないことがとても楽しく感じられていた。

 

 大人になり王政を担うようになると、すべてのことが苦痛になった。弱さを見せてしまうと、国が不安定になる。だから、アロマローズは強い態度で国の統率に臨んでいたが、心はいっぱいいっぱいだった。

 あのころのように、もう一度逃げ出したい気分が強かった。

 

「しかし、いまの私は決して逃れられない身だ。私は手も足も縛り付けられている。私には見える。自分を縛り付けている邪悪な鎖が」

 

 アロマローズは自分の手を見てそう言った。本当に鎖が見えているのかもしれない。

 

「どこへ逃げても、決して逃がしてくれない。どこへ行ってもやってくるんだ。眠っていても、夢の中にまで現れる」

 

 アロマローズは苦しみの内をミリーに話した。こうした話はミリーの前でしかできなかった。間違っても国民の前でもらすわけにはいかない。国民には、鉄の女王としての姿を示し続けなければならない。

 

「わかりました、女王。ならば、私があなたを捕まえましょう」

「……?」

 

 ミリーはいまいち意味を理解していないアロマローズの後ろに回ると、アロマローズの背中を優しく抱きしめた。

 

「私が女王を捕まえて拉致しました。それならば、あなたを縛り付けている鎖は私のものになります」

「ミリー、お前……何を考えている?」

「ほんの少しだけ空を散歩するだけです。そうすれば、きっと女王も元気になることができます」

 

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