ケントはアロマローズ王室の政府軍に招集されることが決まった。
そのため、ずいぶんと世話になったこのカーノルフタンから離れなければならなくなった。
ファームからしてみると、ケントが政府軍に招集されると、助成金を受け取ることができるようになるので、とても嬉しいことだったが、ケントと親しくしていた者たちにとっては悲しい別れでもあった。
「ついにケントもいなくなってしまうのか。また仲間が一人減ると思うと寂しくなるぜ」
ケントの仲間たちは素直にケントとの別れを惜しんでくれた。ケントがここに来て数か月。わずか数か月の間に色々な人が入って来ては出て行ったが、当初から変わらずそこにいる仲間たちも少なくなかった。
「おれも政府軍に入れるように頑張る。待っててくれな」
「うん」
ケントは当初からの顔なじみだったジョンとあいさつを交わした。
しかし、ケントにとって最も悲しいことはカヨとの別れだった。
カヨはケントが訓練を受け始めたときから、ケントのドラゴンの世話をしてくれた。しかし、そんなビジネスライクな関係以上に二人は惹かれ合っていた。
どちらも思いを伝えることはなかった。お互いに奥手だったということもあるが、ケントにしてみると、まだ訓練生という半人前の状態ではカヨを口説く権利はないという思いだった。
カヨもケントが訓練に集中できるようにと、ケントを遠くから見守ることに努めていた。
お互いの優しさが、二人の距離を遠ざけるように働いていた。
ケントはアロマローズ王室への旅立ちの前日、カヨに会って、そのことを話した。
ただ、別に永遠の別れというわけでもない。王室は遠くにあるが、その気になればドラゴンで約8時間の距離である。その日のうちに会いに戻ることもできる。
「そうですか。ケントさんがおられなくなると、寂しくなりますね」
「そんなに大げさなことじゃない。ここから1600キロ離れたところに行くだけだ。ドラゴンで8時間30分の距離だよ」
「ドラゴンにとっては近くても、私たちのように大地に足をつけている者にとっては、それは無限のような距離なのですよ」
カヨはそう言ってほほ笑んだ。
ここが地球であれば、千里の道も一里からという言葉の通り、1600キロは歩き続ければたどり着ける距離だ。
しかし、ここクレイドラは大陸と大陸の間には、ドラゴンでしか渡ることのできない残酷なほど広い大空が広がっている。ドラゴンがいなければ、1600キロの道を渡ることは不可能だった。
「おれが戻って来れば済む話だよ」
「また会いに来てくださいますか?」
「必ず……」
ケントは軽い気持ちでそのように約束した。ドラゴンで8時間半の飛行。いまのケントにとっては軽口で言えることだった。
しかし、カヨはその約束に一抹の不安を覚えたようだった。
「そうだ、ケントさん。今夜、いいところに連れて行ってあげます。都合があれば、今夜7時にここに来てくださいませんか?」
「7時? いいよ、でもいいところって?」
「そのときのお楽しみです」
カヨはそう言って笑った。
◇◇◇
その後、ケントは王室に持っていく書類にすべてサインし、ラバールに提出した。
「よし、これですべてだな。ならば、明日明朝7時より出発する。今夜は早く休んで、明日に差し支えないようにな」
「はい」
ケントはラバールの言葉に返事をすると、時間を確認した。カヨとの約束の時間が近くなっていた。
ファームの事務室を出るとあたりはとっくに暗くなっていた。
カーノルフタンは高空に浮かぶ大陸なので、この時間には星空が輝いていた。
この世界にも宇宙があって、星空が輝いていた。
「どれが地球なのだろうか」
ケントはそんなふうに思いながら星空を眺めた。
約束の時間になると、ケントは桟橋を降りて行って、ドラゴンたちの眠るファームに降りた。
カヨは先に来ていて、先ほどケントが見上げていたように星空を見上げていた。
「カヨ」
ケントが声をかけると、カヨはこちらを向いて手を振った。
「待ったか?」
「いえ、先ほどまで仕事でしたので、行きましょう、こっちです」
カヨはファームから岸壁のほうにさらに下っていく桟橋のほうに、ケントを案内した。
そこは寮に続く橋よりもさらにカタカタと揺れる不安定な橋が続いていて、しかも橋が崩れ落ちれば、はるか空の下に落下する危険な道になっていた。
「危険な道だな」
「秘密基地ですから。ですが、これまで床が抜けたことはありません。きっと大丈夫だと思います」
「この先に何があるんだ?」
「とても素敵な場所です」
カヨは不安定な足場を気にすることなくどんどん進み、岩から岩へと渡って行った。やがて、視線の先に明かりが見えた。
カーノルフタンの市場の明かりだった。
ファームの近くには市場があって、ケントも何度か訪れたことがある。
ドラゴンのエサとなる肉もその市場から仕入れられている。
そんな市場の明かりを岩場の上に臨みながら、二人は岩場のくぼみに入った。ちょうど、切り立った崖が削り取られたようなスペースがあり、そこには、石が積み上げられていた。
空のほうに目を移すと、どこにいるよりも素晴らしい星空が広がっていた。ケントは思わず、その素晴らしい星空に見とれた。
「すごくきれいな星空でしょう?」
「本当だ。こんな場所があったなんて」
「ここは伝統的な場所で、愛する二人とだけ足を踏み入れることが許されるという暗黙の戒めがあるんです」
カヨはさりげなくそう言った。
ケントは無言でカヨのほうを見た。
カヨは積み上げられていた石のところに明かりを向けた。
「これはルマラとアーシーさんの絆石(きずないし)です」
「絆石?」
「はい。愛する二人が1つずつ16段の石を積み上げるんです。その間、その石が崩れなかったら、二人は永遠の愛で結ばれると言われています。」
「……」
ケントはカヨの言葉に緊張感を高めた。カヨは間接的にケントと絆石を組み立てたいという願望を口にしていた。
間接的だったが、ケントには十分に直接的なアプローチで、女性との関りに疎かったケントはどのように答えればいいかわからなかった。
ケントが黙っていると、カヨは足元に転がっていた手ごろな石を両手でつかむと、ケントの足元に置いた。土台にするにはちょうどいい岩だった。
「よろしければケントさん、この上に絆石を」
「う、うん」
ケントは緊張感を隠し切れないまま手ごろな石を探した。探しながら、自分の胸に手を当てて呼吸を整えた。
ケントもカヨと同じ気持ちだった。直接カヨに思いを伝えることができなかった。
だから、絆石はケントにとってはとても気の利いた文化だった。言葉にしなくても行動で示せる。
ケントはカヨが用意してくれた土台の上にふさわしい石を見つけると、それをそっとその上に重ねた。
「それでは次は私ですね」
カヨ、ケント、カヨ、ケント……の順番で石を重ね、16段に到達して崩れなければ絆石は完成し、二人は永遠の愛で結ばれる。
その美しい伝説を実現させるため、二人は懸命に安定感のある石を探した。
しかし……。
最後の1つを乗せようとしたケントは緊張のあまりか、これまで積み上げた絆石を崩してしまった。
「あっ!」
お互いに声を上げた。最後の最後だっただけに、その喪失感は大きかった。
16段完成は失敗に終わり、絆石はもとの大地へと還ってしまった。
しばらくして、カヨはくすくすと笑った。
「私とケントさんの相性は悪いということなのでしょうか?」
「ご、ごめん、そんな気はなかったんだ」
「そんなに気にしないでください。こんなのはただのおまじないです」
カヨは本気で絆石を信じているケントを嘲笑するように笑った。
たしかにこんなものは科学的根拠など何もないおまじない。
しかし、ケントはどこかで運命的なものを感じていた。最後の最後でこうなってしまったのは、もしかしたら、カヨと永遠の愛を誓う資格はないということだったのかもしれない。
「それに永遠の愛なんておこがましいです。人に永遠を語るほどの力はありません。それに、ケントさんはもっと広い世界を知ることになります。私はケントさんの自由を束縛する枷にはなりたくありません」
カヨはそのように自分の真心をケントに伝えた。
それはケントに好意を寄せながらも、その思いを封印し続けて来たカヨの本質だった。
それは真に優しさに満ち溢れていたが、同時に大きな悲しみにも満ち溢れていた。
ケントはそのとき、カヨに対してこれまでよりずっと強い好意を覚えた。カヨは心から自分が愛する、永遠の愛を寄せたい対象だった。
ケントは無言でカヨの背中を抱きしめた。
カヨは何の反応もしなかった。それは少なくとも、ケントの好意を受け入れるという意思表示ではなかった。
二人は肩を寄せあったまま、しばらく星空を見上げていた。
「伝説の一説に、ずっと遠くに龍の神様の住む世界があると書かれているんです」
「龍の神様か……」
「12の龍の神様がこの地に龍と人をお創りになったのです。そして、人は大地から空へ。空に足をつけた人は何を追い求めたのでしょうか?」
カヨは夜空にそんな問いかけをした。それはケントに問いかけた言葉だったのかもしれない。