翌朝、ケントはアロマローズ王室のある「アロマローズ中央区」に向かうため、早朝から準備をしていた。
準備と言っても、ケントは持たざる者なので、持っていくものは何もない。
ケントは最後にこの地の景色を思い出に刻むために、周辺を見て回った。
戻って来ると、ケントのドラゴンの準備が整っていた。カヨがいつもていねいにドラゴンの世話をしてくれていたから、ドラゴンは絶好調だった。
「ケントさん、ドラゴンのほうは元気いっぱいです。きっとケントさんを目的地まで連れて行ってくれるでしょう」
カヨはそう言って太鼓判を押した。
「カヨには長い間本当に世話になったな。本当にありがとう」
「いえ、ドラゴンブリーダーとして当然の仕事ですから。またお会いできる日を楽しみに待っております」
「うん、必ず戻って来るよ」
二人は軽い気持ちでそんな約束を交わした。お互いに、別に死に別れるわけでもないという気持ちだった。
「ケント、そろそろ行こうか」
ラバールが声をかけた。
ラバールはケントをアロマローズ中央区まで案内するために、ケントと同じく早朝から飛行を準備していた。
ケントの相棒であるブラックハープロンの先に、一回り大きなキングハープロンがスタンバイしていた。
「お願いします」
「王室までは長旅だ。昨日話したとおり、トゥームスカイを経由していく」
「はい」
ケントは言われてもう一度ルートを確認するため、地図を取り出した。
ここカーノルフタンからはるばる王室までは直線距離で1500キロ超。時速200キロで飛行できるドラゴンでも約8時間の長旅となる。
しかも、王室近辺は厳格に空路が定められているので、いくらかの遠回りが余儀なくされる。実質1750キロの距離になる。
道中で休憩を取ることになっていた。ドラゴンも空を飛べば疲弊する。8時間の飛行はドラゴンにとっても過酷なものだった。
ドラゴンを休めるためにも、トゥームスカイという町に立ち寄る予定になっていた。
地図の確認を終えると、ケントは相棒のドラゴンにまたがった。
「よし、調子は問題ない」
ケントはドラゴンにまたがった感覚で自分のコンディションがある程度理解できた。体がドラゴンと一体になる感覚がある日は調子のよい日だった。
ケントは最後にもう一度、カヨのほうに顔を向けた。
カヨは笑顔で手を振ったので、ケントも手を振って答えた。
それから、正面を向いて、ゴーグルをセットした。ゴーグルをセットすると臨戦態勢。ケントは飛行に集中するために、いつもより視線を鋭くした。
前方には、ラバールを乗せたキングエレベルトがいて、ケントより一足先に上空へと飛び立っていった。
「よし、行くぞ。ゴー」
ケントはいつもの調子で相棒に出発の合図を告げた。
二人はすでに完ぺきにコミュニケーションを取ることができるようになっていた。ケントの命令を受けたブラックハープロンはキングハープロンを追いかけるように上空へと飛び上がった。
カヨはブラックハープロンの姿が見えなくなるまで見送った。
◇◇◇
しばらくは水平飛行ののんびり旅が続く。
目の前のラバールを見失わなければ、特に問題になることはなかった。今日は天気も安定していたので、ならず者のドラゴンに襲われたりしなければ危険はなかった。
最初のうちは水平飛行でも緊張していたケントだが、いまは肩の力を抜いて、両手を離す余裕まであった。
ケントは周囲の穏やかな空模様を見ながら、ゆったりと飛んだ。
しばらく進むと、前方に巨大なドラゴンの群れが見えた。
キングミローマの群れだ。
これらは貿易用のドラゴンである。背中に大きなコンテナを抱えており、物資を輸出するために、どこかの大陸から飛んできたドラゴンと思えた。
キングミローマは巨大なドラゴンだが、運動性に劣り、戦闘能力は皆無。そのため、ほとんど貿易のために利用されていた。
「どうもお疲れ様です」
ケントは近くを横切っていくキングミローマのライダーに手を振った。
貿易ドラゴンにもすべてドラゴンライダーが搭乗している。彼らは軍人になり損ねた者か、あるいは軍人を引退した者たちである。
ケントはドラゴンに乗れるなら、貿易の仕事も悪くないなと思っていた。
別に名誉には興味なかったし、軍人になって戦いたい気持ちもない。むしろ戦争なんてしたくなかった。
貿易ライダーになれば、給料は少ないが、戦わなくてもいいし、毎日ドラゴンと共に飛ぶことができる。
とはいえ、ケントは多額の助成金と引き換えに王室に招集された身。いまのところ、ケントには職業選択の権利はなかった。
さらに飛ぶと、七色に輝く山が見えて来た。
「アルタスカイ・マウンテンまで来たのか。早いな」
ケントは七色の山を下方に見ながらそうつぶやいた。
アルタスカイ・マウンテンはアルタスカイという町にある山である。最高峰は3400mと富士山並に高い。しかし、はるか上空を飛ぶケントには富士山も見下ろす立場だった。
地球にいたころに、まさか富士山をはるか下方に臨む日が来るとは思っていなかった。
アルタスカイの大陸を抜けると、今度は上空から下方に至るまで、うじゃうじゃとドラゴンが飛んでいるエリアに出た。
このあたりまでは、訓練で何度も訪れたことがあるので驚かない。
このドラゴンの群れもすべて貿易ドラゴンである。下方を飛ぶのがドラゴン郵便のライダー、上方のほうに飛ぶのが食糧を輸出するドラゴン。時折混ざっているギザギザのドラゴンはアロマローズ最大の友好国であるグルグ竜王国からやってきたドラゴンだ。
朝から夕方まで、このドラゴンの群れは途切れない。こうしたドラゴンの往復が豊かな暮らしを支えていた。
ケントらはそれらを縫うように通り抜け、その先にあるトゥームスカイの大陸を見つめた。
◇◇◇
ラバールとケントはトゥームスカイの大陸にあるとあるファームへと降り立った。
ケントにとって、トゥームスカイを訪れるのは初めてのことだった。
上空から見る限り、カーノルフタンとは比べ物にならないほど都会だった。
発達した町が前方に広がっていた。
ケントは風車がグルグルと回るあたりにあるファームへと降り立った。
約2時間の飛行。水平飛行が中心だったとはいえ、背中に疲労感があった。
ラバールとケントが降り立つと、すぐにファームのほうからドラゴンブリーダーらが出て来た。
どことなく都会風情のあるブリーダーばかりだった。
その中には妙齢の女性もいて、カヨとは異なり、都会風の格好をしていた。
それはそれで美しいと思ったが、ケントにはカヨのような素朴なほうがタイプだった。
「やあやあ、ラバールさん。お久しぶりです」
「ご無沙汰しておりました。アブリマン主任」
「王室までですか?」
「ええ、優秀な後輩を送るためにね」
ラバールはファームの人と交流があるようで、さっそくにこやかに話をした。
「ちわっす。可愛いボウヤだね。名前はなんていうんだい?」
都会風の女性がケントのほうにやってきて明るく声をかけてきた。
「どうも。ケントです」
「あたしはクラルーナだよ。どれどれ」
クラルーナと名乗った女性はケントの相棒の様子を確かめた。
「ふーん、いいドラゴンじゃないの。どこで見つけたんだい?」
「カーノルフタンです」
「ずいぶん遠くから来たね。まあ、ゆっくりしてって」
「どうもお世話になります」
クラルーナはこのファームのドラゴンブリーダーで、カヨとは別のタイプでドラゴンから愛される優秀なドラゴンだった。
「ほら、飲みな」
クラルーナはケントのドラゴンのために水を用意した。1つ1つの所作がカヨに比べて荒っぽかったが、面倒見のいいブリーダーのようだった。
「うまいか?」
「グルグルグル」
「そうかそうか。たっぷり飲みな」
クラルーナはそう言ってドラゴンと明るく接した。ブリーダーにも色々なタイプがいた。