ドラゴンソルジャー   作:やまもとやま

18 / 27
17、戦火

 トゥームスカイに降り立ったケントはファームの経営者の老人と面会した。

 

「これはこれは、ようこそトゥームスカイへ。水と新緑の精霊が宿る大地です。ゆっくりしてってください」

「お世話になります」

「ゆっくりというほどできないのですがね」

 

 ラバールは時計で時間を確かめた。月齢を模した時計は正確な時間を知ることは難しいが、慣れると、現在時刻は約9時40分ということぐらいはわかる。

 11時にはこの地を出発しなければ、日没までに王室までたどり着くことができない。

 

 昼食がもてなされた。まだ10時前だったが、本格的に色々な料理が並んだ。

 カーノルフタンにいる間は見慣れない魚介料理が並んでいて、ケントは異世界の食材を興味深そうに眺めた。

 

「お口に合うかわかりませんが、どうぞ召し上がってください」

 

 ファームを経営している老人は優しい口調でそう言った。全身から優しさがあふれ出ていた。

 

 食事が始まってしばらくすると、仕事を終えたクラルーナがやってきた。

 

「仕事一丁上がり。あんたらのドラゴン、いつでも飛べるよ」

 

 クラルーナは元気な大きな声でそう言いながら、休憩室に上がり込んできた。

 

「これ、クラルーナ。客人の前では静かにしなさい」

「なんで? 元気に声出したほうが賑やかでいいじゃない。ただでさえ狭い部屋なんだから」

 

 クラルーナは老人100人分を凌駕するほどの賑やかさを振りまいた。部屋の雰囲気も大きく変わった。

 クラルーナはケントの隣に行儀の悪い姿勢で座った。

 

「ケントって言ったっけ、あんた。あんたやっぱちょっと変わってるよね」

 

 クラルーナはケントの顔を覗き込んでそう言った。遠慮のない女性だった。

 ケントはこの世界の住民ではなく、地球というこの世界の住民からすると、異界の地に当たる場所で生まれている。だから、ここの住民に比べて、雰囲気が違っていた。どこがどう違うのか、具体的にはわかりにくいが、接すれば、どことなく違いがあり、ケントもその感覚自体は自覚していた。

 

「そうかな?」

 

 ケントはややこしくなりそうなので、余計なことは言わなかった。

 

「そうだ、ケント。ここに来るのは初めてなんだろ? だったらいいところに連れてってあげるよ」

「こらこら、クラルーナ。お食事中の客人を急かしてはいかん」

「あの場所で食べたほうが絶対おいしいって」

 

 クラルーナはそう言うと、料理のいくつかを銀紙に包み込むと、ケントを急かした。

 

「ほら、ついて来なよ」

「は、はい」

 

 仕方なく

 

「申し訳ないな、客人。クラルーナは身寄りのないゆえ、しつけがなっておらんのです。無礼をお許しくださいませ」

「いえ」

 

 身寄りがない。

 クラルーナからは、そのような背景はまったく見えなかっただけに意外だった。

 

 ◇◇◇

 

 トゥームスカイはカーノルフタンよりも低いところにある。

 トライスコールという自然現象の影響を受ける場所でもある。

 

 トライスコールとは、アロマローズ竜王国に存在する巨大梅雨前線3つが衝突地点で降る雨のことであり、「決して降りやまない雨」を降らす。

 このあたりは晴れているが、トゥームスカイの極東は常にトライスコールを降らしていて、決して止むことがないという。

 その雨からもたらされた雨水が山を流れ下り、低地に多くの湖を作っている。

 この世界では、地球における海のごとく、空が広がる。空が生命の源だった。

 

 クラルーナはトライスコールによって作り出された湖にケントを案内した。

 ファームから徒歩10分、丘を越えた先に広がっていた。

 

 約200mの高い丘の上から見下ろしても、視線の先に水平線が広がっていたので、その大きさはとてつもないものだった。琵琶湖より大きいかもしれない。

 

「ここが、セカンドスカイの湖だよ。な、すごくいい景色だろ?」

「うん」

 

 ケントは自然と巨大湖の景色に目を奪われた。こんな景色はこれまでに見たことがなかった。

 

「第二の空と言われてるんだ。本当に空の上みたいだろ」

 

 言われてみると、たしかに果てしない空のように湖は続いていた。空の色を湖がそのまま映し出していて、うっかり空と見間違えるようだった。

 

「こっちから降りられるよ」

 

 クラルーナは快活な女性で、丘の荒れくれの斜面をスムーズに降りて行った。

 ケントは恐る恐る下っていくしかなかった。

 

 下ると、湖の水面に手を振れることもできた。

 海のような波が生じることはないが、水面は小さく揺れていた。

 

「だいたい水面の鷹さでトライスコールの強さがわかるんだ。これだと、普通ぐらいだな」

「もっと高くなることもあるの?」

「ああ、この岩が消えるぐらいまで上がったこともあるよ」

 

 この巨大な湖の水かさを1センチ増やすには膨大な水が必要だ。しかし、それが1メートル以上高くなることもあったという。

 トライスコールの雨の規模を実感できるエピソードだった。

 見てみたいと思ったが、トライスコール周辺は、雷が常に鳴り響いていて、ドラゴンも近づけないのだという。

 

「私はずっとここで育ったから、いわばここが私の故郷だよ」

 

 クラルーナは岩場に腰かけると、果て無く続く湖の先を指さした。

 

「もう少し季節が進んで冬に近づいたら、野生のドラゴンの群れがやってくるんだ。それを毎年楽しみにしてるんだ」

「ドラゴンが?」

「ウルカナイって種族さ。ケントもライダーなら、ウルカナイは知ってるだろ?」

「いや……知らなかったです」

 

 ケントはライダーの訓練ばかりしていたから、ドラゴンのことはあまり知らなかった。

 

 マンダラ―マの相棒であり、ペクヨン種のドロババ、ハープロン種、ミローマ種、スノーコラ種、そしてグルグ竜王国の女王、グルグ。

 ケントが実際に見たことのあるドラゴンはそのぐらいだった。たくさんの種類がいるドラゴンのうち、それはあまりに少なかった。

 

「ウルカナイはものすごく鋭い爪を持ってるんだ。空から滑空してきて、水面付近の魚を一刺しにして持っていく。空のハンターさ」

 

 クラルーナはドラゴンブリーダーということもあり、ドラゴンにはとても詳しかった。

 

「とはいえ、ドラゴンの中で比べると、スピードもないし、火も吹けないから、ファームで育てられることはほとんどないな。魚を獲るにしても網ですくったほうが早いからな」

 

 クラルーナはそう言って笑った。しかし、すぐに真顔になってつぶやくように言葉を追加した。

 

「でも、人の醜い戦争に巻き込まれないんだから、いい身分だと思う」

「……」

 

 ケントはクラルーナの笑顔の後ろにある悲しみの部分をその言葉から感じ取った。

 このあたりは特に、アルマゴート竜王国の侵攻の対象になることが多いと聞く。もしかしたら、クラルーナも戦争で焼け出された一人だったのかもしれない。

 

 ◇◇◇

 

 11時になって、ケントとラバールはアロマローズ王室に向けて出発することになった。

 クラルーナの世話を受けたこともあり、ケントの相棒も疲労を全回復させていた。

 

「よし、行くぞ」

 

 ラバールを乗せたキングハープロンが飛び立ったのを見て、ケントも飛行の態勢に入った。

 

「また来いよ、ケント」

 

 近くでクラルーナが手を振ったので、ケントはそれに応えてから出発した。

 ハープロンが羽ばたくと、あっという間にトゥームスカイのファームは見えなくなった。

 

 ここからさらに東へ進んでいく。

 

 ラバールが迂回したので、ケントもそれに合わせて方角を変えた。

 トライスコールエリアに近づいてきたことを意味していた。

 前方を見ると、薄黒い雲で包まれているエリアがあるのがわかった。ちょうど、雲の筋が3つあり、それらが衝突したあたりに巨大な積乱雲ができていた。

 雲は絶え間なく供給されていて、それがトライスコールを降らしていた。

 

 そのルートを大きく迂回して飛ぶ必要がある。

 しばらく飛ぶと、再び、たくさんの貿易ドラゴンであるミローマの群れを望むことができた。

 地球における、自動車のように列をなして飛んでいた。

 

 ケントにはすでに見慣れた平和な光景だった。

 しかし、その光景に1筋の混沌が加わった。

 

 突然、ラバールが減速し、ケントに並んできた。

 

「敵襲だ!」

 

 ラバールはそう合図を送ってきた。

 ケントは言われてすぐに気づいた。視力の高いケントはラバールに負けず劣らず索敵能力が高かった。

 

 右上に点の群れが映った。一般人には点にしか見えないが、それは紛れもなくドラゴンであり、降下のベクトルを見る限り、貿易ドラゴンの群れを攻撃しようとしていた。

 

 ケントは初めて戦いに遭遇した。これまで長く飛行訓練を続けていたが、実際にドラゴンが襲撃してくるところを見るのは初めてだった。

 襲撃を見た感想は「地味」ということだった。

 

 敵軍は遠く離れた黒い点でしかない。それが貿易ドラゴンめがけて降下している。それは地味だった。

 しかし、ドラゴンの戦いはそういうものだった。

 

 ケントはラバールの指示を待った。

 

「可哀想だが、無視しよう。我々の権限じゃない」

 

 ラバールは敵のドラゴンから離れることを決めた。

 仕方のないことだ。二人ではどうすることもできないし、そもそも権限外だ。あくまでも、敵襲に対抗するのはアロマローズ軍であり、ラバールもケントもいまは軍の外部の人間。

 それに、ラバールは戦えても、ケントはまだ敵と戦闘するということの経験がない。

 そこまで判断して、ラバールは退避を選んだ。ケントもうなずいた。

 

 ケントは退避しながら、振り返って、ミローマの群れを見つめた。

 敵の攻撃で列が乱れているのがわかった。また、小さい赤い点がところどころで生じた。おそらく、敵の炎の攻撃を受けているのだろう。

 ミローマは戦闘用ではないので、戦闘用のハープロンなどに狙われるとどうにもならない。一応、貿易ドラゴンには護衛がついているが、それでも、おそらく何人かは死ぬ。

 ケントは人の命を見捨てるのにもどかしさを感じながらも、いまは何もできない。ケントはその光景から目を切った。

 

 安全なところまで退避すると、ケントはどことない後悔の念を覚えた。

 もちろん、介入したところで何もできなかっただろうが、何もせず逃げて来たことが苦しかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。