ケントはアロマローズ王室で一夜を過ごした。
住み慣れた場所を離れたということもあり、非常に早い時刻に目が覚めた。
ケントは隊長のラバールと共にファームの客用の休憩室を借りて、そこで一夜を過ごした。
部屋は長く続く長城の一端にあり、ドアを開けて見上げると、はるか先まで長城が続いていた。
うっすらと明るくなり始めた空に映える長城の尖塔の周囲にはたくさんのドラゴンが飛んでいた。
長城の下を見下ろすと、下界ははるか先だった。ここはアロマローズ王室の標高700mに位置していた。
ケントは客室を出て、長城の道を軽く散歩がてらに歩いた。
長城の坂道を降りてくる行列がいくつかあった。彼らは立派な鎧を身に着けていて、胸を張って堂々と歩いていた。先頭の男は笛を吹きながら後続を鼓舞していた。
ケントは立ち止まって脇によってその様子を見ていた。
男たちの行列が過ぎ去ると、今度はお手伝いの人と思われる女性の集団が降りて来た。
「おはよう。早いですね」
「おはようございます」
彼女らは頭を下げて挨拶してきた。ケントも頭を下げた。
「あなた、今日ここにいらした戦士の方でしょう?」
「ええ、まあ」
「ご苦労様です。日々、私たちを守ってくださって、感謝の気持ちでいっぱいです」
ケントはまだ実戦で戦う戦士ではなかったが、一応頭を下げた。
「温かい飲み物はいかがですか? あちらでご用意させていただきます」
「あ、はい。ありがとうございます」
「下でお待ちしております。いつでもいらしてください」
代表の女性が優しくそう言うと、後ろに控えていた若い女性らもみな頭を下げた。
ケントは彼女らが仕事場に向かって降りていくのをしばらく見つめていた。異国の地で優しさを感じられるのは、とてもありがたいことだった。
◇◇◇
ケントが部屋に戻って来ると、ラバールはすでに起きていて、部屋を訪れた関係者2人と話をしていた。
「ケント、戻ってきたか」
「すみません、勝手に外出してしまっていて」
ケントは謝りながら、ラバールの隣にやってきた。
「ケントの処遇が決まったようで、伝令が来ている。しっかり話を聞いてくれ」
「はい」
ケントは伝令二人のほうに顔を向けた。男たちはいくつかの資料を確認しながら、
「君がソルジャーNO、CL115117のケント殿で間違いなかったかな?」
「はい」
「まずは君にアロマローズ女王からの指令書を渡す」
伝令は所作の整った手つきで書類を両手に持つとケントに差し出してきた。ケントは所作がわからなかったが、男の真似をして両手で受け取った。
目を落とすと、そこには次のようなことが書かれていた。
ソルジャーNO CL115117 ケント殿へ
これは女王アロマローズの命令として扱う。(81条4項より)
命令の形式は78条1項に従うものとする。
命令内容
ワルスタン パラディカファーム(ファームNO AL9301)の諸任務。
女王アロマローズの命令におけるすべての任務はすべての軍法の定めるより優先されるものとする。(83条1項)
命令の有効期限
この命令の権限は、これではない日時の最も新しい命令が発布された日までとする。
任務の処遇
権限のある者が定めるものとする。
すべての任務の処遇は女王の命令による追記がない限り、軍法の定めるものとする。(83条2項)
不服申し立てに対する権限
女王アロマローズの命令における不服申し立ては無効として扱う。(16条1項)
ただし、女王アロマローズの命令が適正であるかに対して、軍事監査委員会は常に審査しなければならず、適正ではないことが判明した日時より、軍法の定める不服申し立てとしての権限を得る。
その場合、この命令の発布された日に不服申し立てがあったと定義する。
任務中の免責
女王アロマローズの命令におけるすべての任務は、軍法の定めるあらゆる責任は免責として扱う。
ただし、女王アロマローズの命令が適正であるかに対して、軍事監査委員会は常に審査しなければならず、適正ではないことが判明した日時より、軍法の定めるところに従う。
任務中の軍法上の定め
1、ドラゴンに搭乗する者は、軍法の定めるすべてのメディカルチェックを受けなければならない。
2、ドラゴンに搭乗する者は、軍法35条の定める緊急事態を除いて、続けて11時間を超えて連続で飛行してはならず、またさせてはならない。
3、ドラゴンに搭乗する者は、軍法35条の定める緊急事態を除いて、少なくとも4時間以上飛行した日の翌日および翌々日に同等の任務が課せられるなら、最終任務日より2日間任務に参加してはならず、またさせてはならない。
4、ドラゴンに搭乗する者は、女王アロマローズの命令に優先的に従い、命令の権限でないならば、軍法9条の定める命令に従う。
5、ドラゴンに搭乗する者は、アロマローズ竜王国の安寧を願い、それに貢献することに努めなければならない。
文面には色々と書かれていたが、ケントは一応全文に目を通していった。
それらは形式的なものなので、伝令はケントが文章に目を通している間に色々としゃべり始めた。
「ワルスタンはいま危機的状況にある。非常に多くの援軍を要求している。この任務は極めて重要なものになるだろう」
ケントは顔を上げた。
「ケントのような若手が前線に導入されるというのは珍しいことではないのですか?」
ラバールが口を挟んだ。
「歴史的に見れば稀有なこと。しかし、今回アロマローズ女王は若手とベテランをバランスよくワルスタンに送る意向を示された」
「そうか」
ラバールは立ち上がると、あごに手をやった。
「ケント、いきなり戦乱の地の派遣になるようだ。これはおれも想定外だったよ」
ラバールは心配そうにケントを見た。
ラバールの想定では、後列でベテランソルジャーの指導を受けながら、徐々にソルジャーの任務に慣れていく方針のはずだった。
アロマローズ竜王国は大国であり、それだけのゆとりがあると考えていたが、実際は違っていた。
ケントのような若手が前線に出されるということは、それだけ戦火が大きいことを意味していた。
「ケントにはまだ戦闘のイロハをまったく教えていません。これが適正な派遣とは思えないのですが」
ラバールは伝令に不服を申し立てた。
「私もそう思う。若手があまりに多く派遣されすぎているとな。しかし、女王命令は絶対だ」
「ううむ」
「安心なされ、ラバールよ。戦火の多い地に派遣されたからとすぐに実戦に出るわけではないだろう。当然、新人は地道な訓練さ。おそらく、戦乱の地に送ることで新人の意識を高めようという魂胆さ」
「それならいいが」
ラバールはそれでも心配だった。
しかし、当の本人であるケントはワルスタンへの派遣がどれぐらい重大な任務なのかいまいち把握できていなかった。
ケントにとっては、すべてが異国の地。初めてうかがう景色だけに、ドラゴンに乗って戦うことの重大性を理解することができなかった。
「アスリー大佐が率いる部隊にて、11時の刻よりワルスタンに向けて出発となる。ケント殿、これよりアスリー大佐の部隊に合流せよ。私が案内しよう」
ケントはうなずいた。
「アスリーか。あいつは優秀だが、最近はどうなんだ?」
「酒癖が激しくなって色々なところから苦情が出ている。新人を率いるには、あまりいい人選ではないように見えるが、腕のいいベテランの筆頭と言えばアスリー大佐だからな」
「腕は確かだがな」
ラバールはそう言うと、ケントにアドバイスした。
「アスリーはおれの幼馴染だ。何か理不尽な扱いを受けたら、ラバールから教わったと言うんだ。あと、あんまりアスリーのやり方をまねるな。危なっかしいソルジャーになるだけだからな」
「はい」
ケントはそう返事した。話を聞くところによると、ずいぶんと癖のありそうな男のようだった。
◇◇◇
ケントの相棒のドラゴンは長城中腹のファームに収容されていて、ワルスタン出発の時が近づくと、ブリーダーらの手によってドラゴンが次々とファームから出された。
強い風が吹く場所を、ドラゴンらはのそのそと歩いて長い滑走路に出て来た。
ケントは伝令に連れられて強風吹き付ける滑走路に出て来た。風を浴びると、ソルジャーの集中力は高まるという言葉もあるとおり、ケントも風を感じると、飛行へのモチベーションが高まる癖がつき始めていた。
ケントはあたりを見渡した。
背の高い男、不愛想な顔つきの男、陽気に話す3人組が見えた。いずれも若い男と見えた。特に不愛想な顔つきの男はケントと同じぐらいの小さな体つきだった。歳も同じぐらいの可能性があった。
方角を変えると、ベテランと思われるソルジャーも見えた。ベテランは若者と違い、貫禄があった。楽しく談笑している中にも、心の余裕がうかがえた。
「おーう、お前も一員か?」
ベテランの男が手を振って笑顔で近づいてきた。大きな顔の背の低い男だった。体は分厚く、ベテランの貫禄を思わせた。
「CL115117のケントです」
ケントは一礼をして答えた。
「ちっこいな、お前も。若いもんはみなちっこいけど、あいつもちっこいよ。あいつあいつ、あいつだよ」
ベテランの男は笑みを浮かべながら、不愛想な顔つきの男を指さした。
「カトラスってやつだ。有名人だぜ。天才ソルジャーだって、文屋が面白そうに騒ぎ立ててやがったかんな。お前も天才か?」
「いいえ」
ケントは首を横に振った。
「がんばれよー、天才ども」
男はケントの頭を荒っぽくなでると、どしどしと歩いて定位置に戻って、ケントのことを大きな声で仲間にしゃべった。
「あいつも天才だってよー。天才が増えて部隊は大盛り上がりだなー」
男はケントを天才扱いした。ケントはきちんと否定したはずだったが、その意思はまったく伝わっていないようだった。
そうこうしていると、大佐のアスリーがやってきた。
アスリーは絵に描いたような軍人で、立派な髭を生やし、怖そうな顔つきをしていた。
「揃ってんのか、おい」
アスリーは速足でドラゴンの近くにやってくると、低くも大きな声を上げた。
「揃ってまんで、大佐ー」
ベテランの一人が大きな声を張り上げて答えた。
「だったら、さっさと乗り込め。直、出発すんぞ」
アスリーはそう言いながら、自分の相棒のドラゴンに、身軽な身のこなしで乗り込んだ。
アスリーのドラゴンは赤い鱗の細身のドラゴンだった。ケントの相棒と同じくハープロンと思われるが、かなり細くシャープなのが特徴だった。
「おい、さっさとしろ、チンタラすんなー」
アスリーが怒鳴り声を上げると、ベテランらは小走りになった。ケントもベテランについて走り出した。