ピエラの町で束の間の休憩を取ると、アスリー一行はワルスタンに向けて飛び立っていった。
ここからは中継点なしに、ワルスタンまで進むことになる。
ケントは隣を飛ぶカトラスのブルーハープロンに並ぶように飛んだ。まだソルジャーとしての経験が浅いので、天才と称されるソルジャーの真似をしていれば間違いないと考えた。
アスリーはまったく部下に飛び方のレクチャーをしなかった。見て覚えろということなのだろう。
親切心に欠ける反面、ケントは意識を高く置くことができた。
しばらく飛んでいると、何かが頬に触れた。
「雪……?」
ケントは上空を見上げた。上空には小さな陸地が漂っていて、その間から粉雪のようなものが落ちてきていた。
雪雲がうずを巻くように周囲を覆っていた。
そこから、雪は落ちてきていた。
気温もかなり下がっていたが、ピエラの町で防寒服に着替えていたので、寒さをそれほど体感できなかった。
さらに進むと、部隊は徐々に高度を上げ始めた。ケントもそれに続いた。
白い霧の先にうっすらと岩壁が現れた。
大陸から突き出た巨大な岩の突起が無数に並んでいた。
一行はその間を縫うように進んだので、ケントも続いた。
霧のせいで大陸の全容はわからないが、部隊はずっと高度を上げ続けていたので、相当大きな大陸だということはわかった。
ようやく一行は大陸の上空に出た。
そこは猛吹雪の吹き荒れる厳しい環境だった。
ゴーグルに容赦なく雪が吹き付けてくる。油断すると、前方のドラゴンを見失ってしまい、右も左もわからなくなる険しい環境だった。
ケントは何度もゴーグルの雪を払いのけながら、懸命に前のドラゴンを追いかけた。
幸い、隣のカトラスのドラゴンははっきり見えたので、カトラスさえ見失わなければ大丈夫だろう。
一行はある地点で降下を始めた。
大地を見ると、雪の草原が続いていて、周辺には真っ赤な火があちこちに漂っていた。
でこぼことした地形になっていて、その穴から火が上がっている様子だった。
それらの火の先にあったファームにアスリーは降り立っていった。
この極寒の地がワルスタンであった。
厳しい冬景色の世界だが、同時に膨大な資源に恵まれた地でもある。
いまはアルマゴート竜王国との激戦地となっている。
そんな事情とは関係なく、ケントは一行についていくのが精いっぱいだった。
ケントは雪の上にハープロンを着地させた。
地面に降りて来たところで、ようやくケントは身震いする寒さを覚えた。飛んでいるときは集中していたので、寒さも完全に忘れていた。
「すごく寒いな」
子供のころに家族と旅行したスキー場の寒さを思い出した。
地面に降りると、足が深い雪の中に埋もれた。ケントはその雪を手ですくい上げた。地球で見た雪と同じ感じだった。
「揃ってるか?」
吹雪の先で、アスリーの大きな声がとどろいた。姿は吹雪で見えないが、アスリーの声はそんな吹雪も吹き飛ばすものだった。
「全員、こっちへ集合だ。ブリーダーどもも出て来ねえ。この吹雪じゃあな、みな冬眠だ」
ケントは声のしたほうに向けて歩を進めた。進むたびに、足が地面にめり込んだ。
「こっちだ、こっち。点呼を取る。バーナリッチ、お前はファームのもんを呼んで来い。ウェイスを」
「へいへい」
バーナリッチと呼ばれたベテランの男はファームのほうに向けて歩きだした。
ケントはアスリーの姿が見えるところまで近づいた。
アスリーはライトをつけて、ケントに向けた。
「お前は誰だ?」
「ケントです。CL115117です」
「よし、よくついてきた。お前は?」
「ジョナサンであります。CL237463であります」
「よし、次。お前は?」
「カトラス」
カトラスは吹雪にかき消されるような小さな声でつぶやくだけだった。
「聞こえねえぞ。返事しろ」
「見りゃわかるだろ」
カトラスはまた小さな声でそう言うと、アスリーのほうに細目を向けた。すると、カトラスの後ろからやってきたバーザーがカトラスの頭を抑えた。
「カトラス、さっさと休ませろ、寒いってよ」
バーザーがカトラスのおそらくは心の内を正しく代弁した。ちょうど、バーザーの本音そのものでもあった。
「生意気言うな、新人が。まあいい、揃ってんならついて来い。はぐれたら承知しねえぞ」
アスリーはそう言うと、、大きな歩幅で歩きだした。
◇◇◇
ここはワルスタン南端にある「パラディカファーム」
アロマローズ竜王国領の1つであり、アロマローズ最大の資源地でもある。
年中極寒の地であり、吹雪は珍しくない。
非常に短い期間だけ、雪がすべて解けた青々とした草原が姿を見せることもあるが、たいていは真っ白な草原が続く。
パラディカファームは資源採集地に付属する形で造られている。
労働者は地底に降りて、貴重な資源を採集する仕事に従事している。
近くに町があるが、この雪の中では、仕事場から町に出かけるのも一苦労である。
そこで、ドラゴンが町と資源地を行き来して、労働者がわざわざ町に降りて行かなくても生活できるように環境が整えられていた。
パラディカファームは軍事ファームでもあり、通常の貿易ドラゴンが所属するファームでもある。
一応収容許容数は軍事ドラゴン320、貿易ドラゴン73となっている。
貿易ドラゴンは現在28、軍事ドラゴンは現在61が管理されている。
ファーム建設時の想定に比べて数はかなり少なかった。
ケントらが到着したことで、軍事ドラゴンの数は76になった。
ドラゴンとは別に、ドラゴンソルジャーが約130人、貿易ドラゴンのライダーが約90人、ドラゴンブリーダーが約100人、ファームの管理人が約15人配属している。
この規模は十分に大きなファームと言える。ケントのいたカーノルフタンに比べるとはるかに大きい。
ケントは雪の草原からようやく明かりの灯る建物の中に足を踏み出した。
石の階段が続いていて、外とは比べ物にならないほど温かかった。
階段の左右には湯気を上げるほどの熱湯が川のように流れていた。
「温泉だぜ。早く浸かりてえな」
バーザーがケントの隣に並ぶと、物欲しそうに流れる温泉を見つめた。
一行はかなりの段数の階段を降りた。ファームはかなりの地下にあった。地下というより、岩を削った場所に洞窟住居のように、兵士らの寮が建設されていた。
地熱が高く、それが周囲の熱気の源池になっていた。
階段を降りきったところで、アスリーが立ち止まった。
「そこの、アスリーだ。例の援軍だ。到着したと伝えてくれ」
「あ、はい」
手伝いの者は返事すると、そそくさと走り出した。気の弱そうな少女だった。ファームといえども、屈強な男たちだけでなく部屋の管理をするメイドも少なからず所属していた。
「ちょっと待つぜ」
アスリーはそう言うと、岩壁にもたれかかった。
ケントはあたりを見渡して、やがて、岩の隙間から外が見えるのに気づいて、その穴の先を見ていた。
まだ吹雪は降り続いていた。おまけに日も落ちたので、外は極寒の地獄だった。しかし、目のいいケントは空を飛ぶドラゴンを捉えた。
ドラゴンの群れがワルスタンの吹雪の上空を飛んでいくのがわかった。別のファームのソルジャーかもしれない。
このような極寒の中で戦いに出るのかと思うと、それだけで大変さが理解できた。
しばらくして、先ほどの少女が関係者を連れて戻ってきた。
「おう、ウェイス。バーナリッチを呼びに行かせたんだぞ」
「来てねえぞ。なら、ファームのほうに行ったんだろ」
「ちぇ、誰かバーナリッチ呼んで来い」
「へい」
すぐにベテランの一人が動き出した。
ウェイスと呼ばれた男は40代ぐらいの屈強な男だった。見たところ、パラディカファームの重要人物だった。
「どうだ、戦況は?」
「アルマゴートも容赦がない。死ぬ気で来てる。ここ10日で20往復してる。もう6人死んでる」
ウェイスはアスリーとは仲がいいようで、世間話の要領で話をした。
「サーバーナラフのほうは?」
「ナラフはまだ生きてるな。代わりに大雪に襲われてるがな。災害救助要請があったが対応できてねえ」
「おろそかにしちゃ労働組合が怒るだろ。そっちもおろそかにできないんだろ」
「平和が訪れた後のことなんて考えてられんよ。ともかく要衝は全部守らねえとな。んで、何人来た?」
「15人だ。新人ばっかだがな」
アスリーは後ろをさっと振り返って言った。
「15人か。ありがてえ援軍だが、ちと足りねえな。新人の育成も考えなきゃならんのか」
「へん、そんなもん実戦で覚えるもんだ。おれんのガキのころはそうだった」
アスリーは当然のことのように言った。
「ともかく所長が帰ってくるまで待機だ」
「なんでえ、サーモンファザーのやついねえのか?」
「町に出てる。雪がひどいからな。様子見ついでの閉ざされる前の買い出しだ」
「ありったけの酒のつまみを期待して待ってるぜ」
パラディカファームの責任者であるサーモンファザーはもと軍人で、いまは管理職である。しかし、まだ現役で貿易ドラゴンに搭乗するだけの体力と気力があった。
◇◇◇
サーモンファザーが帰ってくるまで、ケントらには待機の命令が出された。
ケントらに部屋が用意された。管理人の女性スタッフらが慌てて部屋の準備をしてくれたようであった。
部屋は3人一部屋で割り当てられ、ドアのないタコ部屋のような部屋になっていた。しかし、部屋に温泉が流れているという豪勢なところもあった。
ケントが部屋に入ると、ポンと肩を叩く者があった。
「はじめまして、僕、パースと言います」
ケントと同部屋になった若手の一人が声をかけてきた。
ケントより体が大きく少し年上のように見えたが、とても気の弱そうな少年だった。
「はじめまして、ケントです」
「よろしくね」
「はい」
パースと名乗った少年はとても引っ込み思案の性格だったが、同じような性格だったケントには親しみやすかったのかもしれない。
しかし、友達という概念の心得に乏しいケントには会話の継続方法がわからなかった。
振り返ってみると、ケントには一人も友達がいなかった。
「温泉が流れてるね」
「はい」
「ちょっと熱いね」
パースは温泉に手をつけて言った。
何となくどうでもいい話題でも、話をしていると、それとなく親しみが沸いてきた。それが友達というものなのかもしれない。ケントには初めての経験だった。
続けて、もう一人の部屋の相方がやってきた。
カトラスは入ってくるなり、パースにもケントにも目もくれず、椅子に腰かけて目を閉じた。
部屋の中央には比較的大きな丸いテーブルとそれを囲うように椅子が3つ置かれている。カトラスはケントらに背中を向けて腰かけた。
「彼はカトラス君だね」
「すごい人って聞いてますけど」
「360度の視界を持ってるそうだよ。僕たちの姿も見えているのだろうかな?」
ケントはカトラスの背中を見ていたが、もし360度の視界があるならそのことに気づいているかもしれないから、目をそらした。
「ちょっと話しにくそうな人だけど、一度ぐらい挨拶しておこうか」
「そうですね」
一人だと気まずいが二人なら何とかなった。
パースがカトラスの右となりにやってきて、声をかけた。
「パースです。こちらがケント君。同じ部屋だから、これからよろしくお願いします」
パースのあいさつにカトラスは目もくれなかった。そういう性格なのだろう。ケントとは違う意味で、友達という概念を知らない少年なのかもしれない。