翌朝、ケントは思いのほか、ぐっすりと眠れた思いで目を開けた。極寒の中を長時間飛んだこともあり、昨日はよほど疲れていたのだろう。
昨夜、肉料理ばかりをたくさん食べたので、胃に重みを感じた。
部屋の地面にはふかふかした毛布が敷かれており、それほど広くはないスペースに3人が眠りについていた。
昨日出会ったばかりのパースはケントの隣でまだぐっすりと眠っていた。
もう一人の部屋の相方であるカトラスはすでに毛布の外に出ていて姿が見えなかった。
ケントはパースを起こさないように起きだして、改めて部屋を見渡した。
昨日はあまり見れなかったが、部屋の奥には温泉が流れている。湯気が部屋のほうまで届いているので、湿気の多い室内だったが、部屋の天井には無数の穴の空いた金属板が敷き詰められていて、湯気はその隙間に吸い込まれていた。
温泉の通路を通り抜けていくと、外の様子が見られる空間に出た。
このあたりは岩を削った洞窟住居であるが、このあたりは工事が行き届いておらず、自然そのままの形で残っていた。
外を見ると、ちょうど、巨大な岩場の隙間になっていて、向こう側には巨大な岩壁が見えた。身を乗り出して上を見上げると、太陽の光が差してきた。
「雪、止んだのか」
ケントは手で光を遮断しながら、崖の隙間から見えた明るい空を見つめた。
そうしていると、近くで物音がした。
振り向くと、先に起床していたカトラスがケントの隣を横切って行った。例によって、カトラスは一言もしゃべらなかった。
パースとはたくさん会話を重ねることができたが、カトラスとはまだ一度も会話をしていなかった。
自分からは話しかけにくかったので、ケントはいずれ訪れる会話の機会を自然に待つことにした。
ケントはカトラスに続いて部屋に戻ってきた。
カトラスは机に座ったままでジッとしていた。
ケントも温泉に手をつけたり、壁にもたれてボーっと考え事をして時間を過ごした。
その間、カトラスは一度も声を出さなかった。
しばらくして、パースが目を覚ました。
パースは毛布から出てくると、ケントのほうに近づいてきた。
「早いね」
「あまり眠れなくて」
ケントは十分にぐっすり眠っていたが、パースはそれ以上にぐっすり眠っていた。
「毛布畳んだほうがいいかな」
「うん、どうだろう」
「あっち手伝ってくれる?」
「はい」
ケントはパースとは普通にやり取りができた。この調子でカトラスとも会話ができる仲になりたいと思った。
毛布を畳み終えると、それからどうしていいかわからなくなった。
「上の人の命令が来るまでここで待っていればいいのかな?」
パースは部屋のドアを軽く開いて外の様子をうかがった。
「ケント君、隣の人たちはあっちのほうい行こうとしているよ。僕たちも行こうか」
「うん」
「カトラス君はどうする?」
「……」
カトラスは決してしゃべらなかった。彼の不愛想は1日にしてすべての者が理解するまでになっていた。
「とりあえず、僕たちだけで行こうか」
ケントは一度だけカトラスのほうを見たが、カトラスはそもそも誰にも関心を示さなかった。同調圧力になびくこともなかった。
ケントらが部屋を出ると、ちょうど隣の部屋の人たちが戻って来るところだった。
「あのー、すみません。何か命令はありましたか?」
「8時半に点呼で呼びに来るから部屋で待ってろってさ」
パースが話しかけた男はパミュータという少年だった。ケントも名前だけは昨日のうちに知っていた。ケントより一回り年上だが、若手の一人だった。
「部屋で待ってろだって」
「8時半か。もうすぐだね」
ケントは腕時計で時間を確かめた。この世界の時間の数え方も完全に慣れていた。
部屋で待っていると、隊長のアスリーが直々にやってきた。
「カトラス、ケント、パース。合ってるか?」
「はい」
アスリーはまだ名簿で確かめながら部下の名前を呼んだ。あまり部下に関心がない様子だった。
「新人どもは訓練に回す方針だそうだ。おれは実戦に飛び込ませるのが最善と思ってるが、サーモンファザーは女々しいからな」
アスリーは仕方なくと言った体でケントらに任務を与えた。
「サーバーナラフの災害救助に向かえ。バーザーが統率する」
「はい」
3人は敬礼した。
◇◇◇
ケントとカトラスとパースはバーザーというベテランのソルジャーについて、近場の町であるサーバーナラフの救助の支援に向かうことになった。
アルマゴート竜王国との戦争が激化しているが、もう1つの敵として、大雪が立ちはだかっていた。
サーバーナラフはワルスタンで1位、2位を争う大都市ということで、おろそかにはできなかった。
ケントらは防寒装備で外に出て来た。
外は大雪であちこちが埋もれていた。
パラディカファームのスタッフらが雪を解かすためにレッドモンテスタルを解放していた。
レッドモンテスタルは陸上ドラゴンの一種で、体の表面から高温を放つことができる。
レッドモンテスタルが地面をのたうつと、雪が一気に解ける。しかも、レッドモンテスタルは「スノーイーター」の異名もあり、雪を喰らいエネルギーとする。ゆえ、無限の雪解けエンジンだった。
レッドモンテスタルが数体のたうち回り、ファームの滑走路は黒い地面が見え始めていた。
ケントらはその様子を見ながら、パラディカファームのほうに、岩場伝いに進んだ。
ファーム周辺はもとより雪が積もりにくい工夫がなされており、地面は安定していた。
パラディカファームに降りると、ケントの相棒のブラックハープロンも姿を見せた。ケントが来ると、ブラックハープロンは咆哮を上げた。
「お前がパートナーか?」
ちょうど、ケントの相棒の世話をしていたスタッフが声をかけてきた。少し不愛想で冷たい目をした体つきのいい女性だった。防寒フードをかぶっていたが、その美貌はよくわかった。
「はい」
「いい絆だ」
女性はそう言うと、ブラックハープロンの頭を撫でた。
「まだ若いようだが、新入りか?」
「はい、まだ飛行を始めて半年ぐらいです」
「短いな」
女性はケントとブラックハープロンを見比べた。
「半年でこの絆か。せいぜい長生きしてやりな。お前が死ねば、この子も死ぬからな」
女性はそう言うと、隣のドラゴンのほうに向かった。
特徴的な女性というのもあったが、ケントはしばらくその女性の働く後ろ姿を見ていた。ドラゴンブリーダーの女性とはこれまでに何人かに会ってきたが、いずれにもケントは惹かれていた。
「あなたのドラゴンを解放しますので、道を開けてください」
「あ、すみません」
別の女性のスタッフが来たので、ケントはその場をどいた。その女性にも惹かれた。医者が看護師に惹かれるように、ケントにとって、ドラゴンブリーダーはそういう存在だったのかもしれない。
ドラゴンが雪解けしたばかりの大地に出て来た。
ケントはゴーグルを装着して空を見上げた。
雪が止んでいたうえに、日が明るく輝いていたので、昨日とは見違えるほど美しい雪景色が広がっていた。
こんな雪景色を見るのは初めてのことだった。
そんな空をドラゴンと共に飛べると思うと胸が高鳴った。
「ぼちぼち行くか」
ケントの近くにいたバーザーが声をかけた。
「おれについてきたらいい。そうだな、サーバーナラフはだいたい30分ぐらいだ」
ドラゴンで30分となると、距離にして70キロぐらいと思われる。ドラゴンにとっては近いが、人が進むと険しい雪山を越えないといけないので数日の仕事になるという。この世界におけるドラゴンの重要性がよくわかることだった。
ケントはドラゴンにまたがって前を見つめた。
バーザーを先頭に、カトラス、ケント、パースの3人が並び、後ろにはパミュータとヘミロンという少年らが続いた。
バーザーが飛び立っていくのを見て、ケントらも出発した。
ケントは隣のカトラスを見て、カトラスが飛び立ったのを確認してから自分のドラゴンを飛び立たせた。
こういうとき、誰が先陣を切るべきか難しいが、一匹オオカミのカトラスがいるとわかりやすかった。カトラスが飛ぶのを待ってそれに合わせればいい。
ドラゴンは雪景色の上空へと舞い上がった。
昨日はわずかにしか見えなかった大地のうずまくような溶岩噴流がよく見えた。
ファームから少し離れた場所に巨大な穴が穿たれていて、溶岩噴流がうずまいていた。あれが温泉を作るエネルギーの中核だった。
そんな溶岩地帯の先に鉱山が連なっており、その先にサーバーナラフの町があった。