サーバーナラフの食糧事情が深刻なので、ケントらは貿易の任務を代行することになった。
サーバーナラフの最大手取引先であるハルアヴァラは貿易を即座に再開することを了承してくれていた。
ハルアヴァラはワルスタンよりやや南に位置するアロマローズ竜王国に属する地域の1つである。
広大で芳醇な大地を持つハルアヴァラでは、たくさんの家畜が飼育されており、それが最大の産業になっていた。
ドラゴンのエサはもっぱら牛肉である。ドラゴンは1日に一頭の牛を喰らうため、1匹のドラゴンを飼育するには、毎年365頭の牛を飼育する必要があった。
それゆえ、どこもドラゴンを持つことに大きな負担を抱えている。
それでも、ドラゴンの利便性と軍事力はいまやどの地域でも生活必需品に位置づけられる。
ハルアヴァラは年間85万頭の牛を飼育している。ハルアヴァラだけで、理論上約2000体のドラゴンの飼育が可能になる。
ワルスタンはすでに100体以上のドラゴンを追加で招集しているので、一層ハルアヴァラからの牛肉を輸入する必要性に駆り立てられていた。
ドラゴンだけが肥えても町は成り立たない。人間の食糧としても、鶏を数多く輸入する必要があった。ハルアヴァラは約700万羽の鶏を飼育しており、ワルスタンの貴重な食糧源だった。
世界的に牛の値段が高くなると、ドラゴンの存続に関わる問題になる。
アロマローズ竜王国やラスバニア竜王国では、国が牛の価格決定権を持っており、今現在、アロマローズの勅令にて、「キロ単価18ドラー」と定められている。
そのため、貿易が始まりさえすれば、牛肉を安定して手に入れることができるというわけだ。
ハルアヴァラはすぐにサーバーナラフとの貿易開始を決定しているが、悪天や諸地域の治安悪化を理由に、ハルアヴァラのドラゴンライダーが大きなストライキを敢行しているようである。
賃金を20%以上引き上げなければ、仕事をしないと強気の態度を取っており、ハルアヴァラとしては牛はいて、それを運ぶドラゴンがいても、それらを担うドラゴンライダーが不足している状況だった。
そんな中で、ケントらの登場はその穴埋めに大いに貢献した。
ケントは貿易ドラゴンの搭乗経験を持たないが、貿易ドラゴンを守る護衛任務を任された。
一方であらゆるドラゴンを乗りこなすカトラスは人手が不足している貿易ドラゴンのライダーを任された。
カトラスは「ホワイトミローマ」というドラゴンにまたがっていた。
ミローマは数あるドラゴン種の中でも最も大きい種である。
全長20メートルを超えるので、見た目にはフェリー船のようである。
ホワイトミローマは単純な腕力では他を圧倒し、牛30頭を入れたコンテナを担いでゆうゆうとはるかな距離を飛ぶことができる。
背中はモサモサしており、その毛は柔らかくてそれでいて頑丈である。
その毛にコンテナが結び付けられ固定される。
ミローマの飛行には、軍事ドラゴンの際とは違うテクニックが試される。
第一に水平に飛ぶ必要がある。傾くと、コンテナが横転してしまうこともある。
そのため、ミローマは一般的に旋回飛行は一切行わない。常に地面に対して水平な飛行をする。
ということは、必然的に敵に狙われたら、なすすべがない。重たいコンテナを抱えているので、旋回飛行をしようものなら、コンテナが横転してしまう。
そのミローマを守るのがケントの仕事だった。
貿易ドラゴンを狙うテロは頻繁に起きている。特に、アルマゴート竜王国の侵略者は貿易ルートを調べて計画的な襲撃を繰り返していた。
本来、軍隊は命がけの仕事、貿易ドラゴンは軍隊引退後のアルバイトという感覚だったが、最近は貿易ドラゴンのライダーも命を賭けた仕事になりつつあった。
それが理由で、貿易ドラゴンのライダーは年々数が減少していた。
ケントもいずれは貿易ドラゴン搭乗の技術が問われることになるだろう。
カトラスは準備が整うと、2台の巨大コンテナを抱えたミローマを発進させた。
ミローマはゆったりとしたモーションから少しずつ高度を上げていった。
軍事ドラゴンであるハープロンなどに慣れていると、そのゆったりとした飛行は止まって見えるほど鈍足だった。
ケントは浮上したミローマを見て、そのあまりの浮上の遅さに、気球が浮上することと重ねていた。
しかし、ミローマはゆっくりと浮上しなければならない。急ぐとコンテナを横転させてしまう。
カトラスは後ろのコンテナの安定を確認しながら、貿易路の高さまで到達した。あとはまっすぐ飛ぶだけだ。
ケントはやや遅れて出発した。
ケントのブラックハープロンはミローマの100倍速の勢いで浮上し、一瞬のうちにミローマに追いつき追い越した。
ケントの仕事はミローマを守ること。なので、常にミローマの後ろ、ミローマより高いところを飛行することになる。
高度が高いほど、敵を発見しやすく、後方にいることであらゆる角度の敵に対応できる。
ミローマについていかなければならないので、ケントはドラゴンの翼を大きく広げて減速した。
推定時速50キロ。普通自動車の速度と同じだった。
この速度で飛びながら、周囲の様子をしっかり監視するのが護衛ドラゴンの仕事だった。
ケントは周囲を見渡しながら、定期的にあたりを旋回しながら、自分の背後の様子を確かめた。
ケントの部屋のパートナーであるパースもケントの近くをゆらゆらと飛んでいた。
実戦経験がないので、お互いに色々と連携を取りながら。あたりに監視の目を行き届かせた。
ケントは目がいい。ケントに飛行のイロハを教えたラバールもケントの視力の高さに感心していた。
ケントは右方に黒い点を発見した。
推定距離150キロ。
かなり遠くに現れた点だったが、ケントは見逃さなかった。あれはドラゴンで間違いなかった。
飛んでくる角度から、ワルスタンの西側からやってきたものと見える。
ケントはその数も正確に当てた。
「5体だ」
ケントはその発見をするため、カトラスの乗るミローマに横づけした。
カトラスが気づいて、ケントのほうに視線を向けた。
ケントは軍で運用されている手話で、カトラスに状況を伝えた。
「敵のドラゴンが近づいてきている。右方より5体」
ケントがそう言うと、カトラスは右のほうを確かめた。
どうやら、カトラスも発見できていなかったようである。それほどケントの目は良かった。
カトラスはケントの目の良さに驚いていたが、いまは敵の攻撃に対処しなければならなかった。
カトラスは手話でケントに伝えた。
「高度を極限まで下げる。高方から迎撃しろ」
ケントはうなずいたが、これまで一度も空戦の経験がないから、うまくできるかはわからなかった。
訓練と実戦は違うとはいえ、いまはその訓練を信じてやるしかなかった。
ケントは仲間の護衛二人に敵が近づいてきていることを伝えた。
パースももう1人の護衛もやはりケントに言われるまで、敵に気づけていなかった。
「どうしよう?」
パースは慌てふためいて、ケントに手話で伝えた。
「パースは後ろに連絡。ペジーは左に。挟み撃ちにしよう」
ケントは自然と仕切っていた。誰も空戦の経験がないので、お互いにリーダーを譲り合っていた。ケントがそのリーダーの役目を引き受けた。
カトラスの後ろには、上官のバーザーが乗るミローマが続いている。パースはバーザー部隊に敵機の襲撃を知らせに戻って行った。
ケントは敵ドラゴンのほうに向けて飛んだ。
ここで逃げると、カトラスのミローマが狙い撃ちされてしまう。ケントはカトラスと約束していたから、実戦経験がないという言い訳を捨てて、現実と向かい合った。
挟み撃ちを依頼したペジーは、初の実戦にびびってしまい、ケントが目を向けると、はるか遠くに逃げ出していた。
しかし、そのペジーに「卑怯者」ということはできない。突然訪れた実戦。誰だって怖い。反射的に逃げ出したくもなる。
しかし、ケントは普通の人が感じる恐怖を覚えてはいなかった。
ドラゴンに乗ると決断したときから、空の上で死ぬ覚悟は決めていた。この瞬間になってもそれは変化しなかった。
ケントは敵よりも高い位置を目指して高度を上げた。
空戦は、明確に高位にいるほうが有利である。
カトラスもそれはよくわかっていたから、ミローマの高度を極限まで下げていた。
敵の目的はミローマの撃墜である。低空にいるミローマを撃墜するためには、自身も低空に降りる必要がある。そうすると、必然的に高位にいるケントは有利になる。
しかし、高位の優位性は、格闘技における重いほうが有利というようなものだ。
重ければ勝てるわけではない。
ケントは高位に達すると、敵部隊との距離と、敵のフォーメーションを確かめた。
敵は「ツーエリアトライアングル」という隊形を組んでいた。
ツーエリアトライアングルは最もオーソドックスかつ合理的な陣形の1つとされる。
2つの高度エリアに分けて、3人が三角形を形作るように配置し、その間に、2人が2つのエリアに1人ずつが挟まれるという陣形だ。
この陣形はどの方角からの攻撃にも強い。
ドラゴンの戦いは「敵の背後についてからのファイアーブレスの攻撃」がセオリーだ。
ツーエリアトライアングルでは、例えば、三角形の頂点を攻撃した場合、その頂点が下方に逃げたとき、ちょうど、三角形の底辺を形成している2人がそのまま、援護に入ることができる。
三角形の底辺を狙うと、頂点ポジションにいる者が有利な位置で援護できる。その中を狙うと、同じ理屈で頂点からの有利な援護が入る。
相手は戦闘のイロハをきちんと持った部隊だった。
それに対して、ケントは単機だった。パースやペジーと連携しようにも、パースは後方の部隊の伝令に向かったし、ペジーも安全なところに逃げていて連携はできなかった。
敵はミローマだけに目標を定めていた。
彼らがアルマゴート竜王国の侵略者ならば、狙いは敵の兵站を断つこと。ミローマを落とせば、物資の連携が断たれる。ワルスタンなどは食糧をミローマの貿易に頼っているので、自滅する。
直接、手強い軍事ドラゴンを狙うより、貿易ドラゴンを狙うのが最も合理的な戦い方だった。
「どうする?」
ケントは自問自答した。空の上では、誰かが答えを教えてくれるわけではない。
しかも、自分がやらなければならない。誰かが何とかしてくれるという甘い考えは空の上では通用しなかった。
ケントは生まれて初めて「自分が何とかしなければならない」という状況を経験した。
これまでの人生は、何もしなくても勝手に周りが世話を焼いてくれた。
しかし、この瞬間は自分以外に、カトラスを守りうる者はいなかった。
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「絶望の空の帰還編」の前半終わり。
本作品は、海外のSF超大作並みに長いので、ここで中間地点とします。
本編は推定1000ページとなっており、これはまだ3分の1ぐらいです。
「絶望の空の帰還編」の後半開始までしばらくお待ちください。