ドラゴンはケントを捕食しようと狂暴なまなざしを向けて来た。
ドラゴンも警戒心が強く、たとえケントがただの人間だったとしても、すぐには襲って来ず、大きな咆哮で威嚇しつつ、様子をうかがってきた。
ケントはある程度まで近づいたところで、ドラゴンのより狂暴な側面に出会って足をすくませた。
ドラゴンの咆哮は空気を震わせ熱するようであった。ケントは顔に熱風を感じた。
「逃げるな、行くんだ」
このまま前に進めば、襲撃されるのは必至。だが、ここで逃げ帰ったら、二度と空を飛ぶ機会に恵まれない。
ケントにはもう引き返す場所がなかった。その身をドラゴンに預けるしかなかった。
ドラゴンの鋭い咆哮。
「わあああああ!」
ケントはそれにより大きな咆哮で返した。
その声に一匹のドラゴンがひるむのが見えた。
あとは疾走するしかない。
ケントは足元を確認せず、ドラゴンめがけて走った。
ドラゴンは走ってくるケントに向けて鋭い牙を向けた。しかし、ケントがドラゴンにぶつかるほうがわずかに早かった。
ケントはドラゴンにぶつかると、その首にしがみついた。ドラゴンの頭にまきつくように手足をからませると、ドラゴンはケントに噛みつくことができなくなった。
懐に潜り込まれたドラゴンは翼を広げて、大地を蹴り上げた。
あっという間に地面は遠ざかった。
ドラゴンは一気に高度を上げると、そのまま急降下した。先ほどまで立っていた大地を一瞬で通り過ぎると、白み掛かった霧の中に突っ込んだ。
ケントの体に大きなマイナスの重力がかかった。
内臓が上に引っ張られるような感覚に襲われ、平衡感覚がなくなった。
再三意識を失いそうになったが、ケントは精いっぱいドラゴンにしがみついた。
しばらくの地獄を経験した後、ようやくドラゴンの興奮が冷めたのか、ドラゴンは急降下から平行飛行に切り替えた。
速度も落ち、ケントはようやく我に返ることができた。
ケントはそのままドラゴンの首にまたがるような態勢になって前を見た。
ようやく、自分が空を飛んでいることを自覚できるようになった。
強い風が吹きつけてきたが、それにもすぐに慣れた。
「すごい。飛んでる」
ケントはあたりを見渡しながら、飛んでいることを実感した。
遠くに空に浮かぶ大陸の岩底が見えた。ここが地球とは別の世界であることをはっきり理解することができた。
見下ろすと、霧の間から少しずつ下界の様子が見えた。木が見えた。川も見えた。主から聞いていたとおり、大陸の下に大陸があった。
ドラゴンは大陸から大陸へ移動する数少ない存在の1つだった。
ケントを乗せたドラゴンはケントの存在を認めたのか、特に抵抗することもなくなった。
ケントが体を傾けると、飛行方向をその方向に切り替えた。
体を前に倒すと、ドラゴンは降下した。
ドラゴンはケントを自らのライダーとして認めていた。それはドラゴンライダーを志す道のスタート地点に立ったことを示していた。
ケントはしばらく空を飛ぶ喜びを感じていた。
飛んでいると、大陸とは程遠い小さな浮かぶ島を見つけることができた。そこには小屋が1つだけ立っているというような場所もあった。
「あそこに住んでいるのかな。だとすると、ドラゴンに乗って移動しているのかも」
ケントはそんな推測を立てながら離島を見て回った。
しばらくは我を忘れて空を飛んでいたケントだったが、ようやく向き合わなければならない厳しい現実に直面する。
「まずい……完全に迷子だ」
ケントは我を忘れて空を飛びまわったために、いまどこにいるのかわからなくなっていた。
この世界には思った以上にたくさんの大陸が存在した。見渡すだけでも、大きな大陸らしきものが5つ見える。
中くらいの陸地まで数にいれれば、もはや数えきれなかった。
ケントは短い間に、ドラゴンをある程度コントロールできるようになっていた。左右に方向を変える、上昇する、下降する。このあたりのことは感覚でこなせた。
しかし、陸地への着陸方法がわからなかった。
ドラゴンは少なくとも車が走るよりもずっと速く飛んでいる。そんな速度で陸に着陸すると命の保障はない。
ドラゴンのブレーキのトリガーがどうなっているのかまでは、ケントもわからなかった。
「ともかくやってみるしかない」
ケントは適当に見つけた大陸に近づいた。
しかし、そこはケントが住んでいた大陸「カーノルフタン」とは異なっていた。大陸の岩底は赤い色をしていた。
しかし、いまはカーノルフタンを確かめてそこに着陸する余裕はなかった。とにかく着陸できる場所に着陸することで精いっぱいだった。
ケントは赤い大陸の上空まで上昇した。
「なんだあれは……火山?」
見下ろした先には、どす黒い煙と炎を吹く山々の姿があった。
「こんなところには着陸できないぞ」
ケントはそう考えたが、ケントを乗せたドラゴンは火山めがけて降下していった。
「コラ、やめろ! 燃えちゃうぞ」
ケントの言うことは聞かず、ドラゴンは火山から少し離れた高台に降りて行った。
地面が近づいてくると、ドラゴンは羽をいっぱいに広げてその浮力で減速すると、優しいタッチで地面に降り立った。
ケントはしばらくぶりに地面に降り立った。
体がふわふわしていて、地面になかなか足がつかない思いだった。高速で飛ぶことに慣れてしまっていたのか、静止している風景を見ると、どこか頭がくらくらした。
ケントはそんな面持ちで降り立った大地を見た。
降り立ったところがかなりの高地だったので、その大陸の全容を見渡すことができた。
視界の先には荘厳な火山が噴火していた。炎の量に比べて、噴き出てくる火山灰や煙の量は少なく、視界は地平線の先まではっきりしていた。
「すごいな、噴火を生で見るのは初めてだ」
ケントはしばらく絶え間なく火を吹く火山を見ていた。
やがて、ケントの視線は下方のほうに向けられた。
ウシガエルのような鳴き声を上げながら岩場を這うものがあった。
「わっ、あれはなんだ?」
ケントはその生物を見ていた。
「コモドドラゴンみたいだ。でも大きさがその比じゃない」
ケントが見下ろす先にいる生物はずんぐりむっくりした巨大なトカゲのようだった。
赤くごつごつした鱗を持っていて、大きさはドラゴンと同等だった。それは一生懸命地べたを這いずりまわっていた。あれもドラゴンの一種なのかもしれない。
このあたりは火山地帯のようで、見渡す限り建物はなかった。人は住んでいないと思われた。
しかし、そんなケントに突然誰かが話しかけた。
「あんた、そんな恰好で危険だべ」
低い声に反応して、ケントは振り返った。
否や、ケントは思わずあとずさりした。
今まで見たこともないような赤い顔をした人がそこに立っていた。
それは異質というしかなかった。
「何をそんなに驚いてるだべ?」
「あ、い、いえ」
「ガベロ族を知らないだべか?」
ケントは何度かうなずいた。
どうやら、普通の人間とはまったく異なる種族のようだった。
ガベロ族と名乗ったその男は長い耳と長い鼻を持った人間視点で見ると奇形だった。
「ひどい田舎もんだべな。まあいいや、オラの家に来るか? グルグ様が来られるで、みな宴の準備をしてるべ。あんた手伝うなら、マンダラーマ様から褒美がもらえるかもしれんべよ」
「は、はあ。あのでも、僕、カーノルフタンに戻らないといけないんです」
「なんじゃそこは? オラは聞いたこともねえべ。ともかく来るべ。他の連中なら知ってるかもしれねえだべ」
ケントはこの怪しい男についていくことにした。