ケントが偶然降り立った地はガベロ族という特殊な一族が治める大地だった。
ガベロ族は人間基準で言うと、奇形な存在で、長い鼻と長い耳が特徴だった。
人間のように姿かたちに個性はあるが、みな一貫して大きな体だった。腕の太さはケントの3倍にも上る。見るからに重たい棍棒を軽々と持ち運んでいた。
しかし、人間を取って食おうというような存在ではないらしく、知性も人並みにあると思われた。
ケントを集落に案内してくれた男は温厚な口調だった。
「あんたそりゃ、不思議だべな。別の世界からやってきたなんて絵本のストーリーだべよ」
山中を行く間、ケントはガベロ族の男に自分のいきさつを話した。
「ほんでもとの世界に戻ろうてここまで来たんだべか?」
「いえ、もとの世界に戻りたいという気はなくて、戻っても僕には居場所がありませんから」
「居場所がねえ? そんりゃあ、ずいぶん狭い場所から来なすっただべな、そりゃ気の毒べな」
男はケントの話を誤解して受け取ったようだった。
「安心するべ。ここは超々広いべ。あんたの家もおらが造ってやるべ」
男は気楽に請け負った。
ガベロ族はどことなく関わりやすそうな陽気な一族だった。
しかし、ガベロ族の身体能力は異常だった。険しい岩場を淡々と進んでいく。ケントはついていくのが精いっぱいだった。
しかも、道中で獰猛な巨大トカゲに遭遇した。
ケントが先ほど岩場から見下ろした赤い鱗をした巨大トカゲだった。
トカゲはケントよりはるかに大きく、獰猛な顔つきで威嚇してきた。ケントの足はすくんだ。だが、ガベロ族の男はひるむどころか、逆にトカゲを圧倒するように雄たけびを上げた。
そして、男は棍棒を振るった。
その一撃は力強くそして素早かった。一撃で鱗が砕け散った。
トカゲは悲鳴のような声を上げてそそくさと逃げ出していった。
「ありゃ、オブトーガだべよ。焼いたらめっぽううまいべ。宴の席にもたっぷり出すから楽しみにしてくんな」
男は何事もなかったようにそう言って笑った。
◇◇◇
ケントは男に連れられてガベロ族の集落にやってきた。
大きな岩場の間にたくさんの洞窟住居があった。
あちこちから湯気が出ているのが見えた。
集落にやってくると、ガベロ族一行が集まってきて、ケントを取り囲んだ。
「おんや、珍しいのう、人間がやってくるとは」
「あんた、かわいいべな。人間好きなマンダラ―マ様が喜ばれるかもしんねえべ」
ガベロ族の人々はそう言って、ケントを歓迎する態度を示した。
ケントはひとまず胸をなでおろした。
「あんた、名前はなんていうべ?」
「えーっと、ケントです。よろしくお願いします」
「ちょうどええときに来たな、あんた。今日はグルグ様が来られるで、一族を上げて盛大な宴会をするべ。あんたも楽しんでけな」
「は、はい」
「ほいなら、マンダラ―マ様のところにあいさつに行くべ。ほれ、こっちだべ」
ケントはガベロ族一行の後ろをついていった。
岩山を登ってしばらく先、洞窟住居の中でもひときわ大きなまるでお城のようなところにたどり着いた。
天上が見上げるほどの大きな入り口を通ると、真っ赤に燃える灯によって明るく照らされた大広間に出た。
大広間の中央に巨大な何かが鎮座していた。
ガベロ族は全長2メートル前後であるのだが、中央に鎮座する者は座った状態でもゆうに2メートルを超えていた。
縦だけでなく横にも大きかった。
とてつもなく巨大なガベロ族がどしりと座って、センスのようなものを仰いでいた。
ケントがその巨体に目を向けると、その巨体は大きな顔をにこりとさせた。
見たところ女性のようだった。しかし、ケントからしてみると異性として見れる存在ではなかった。当然、犬や猫とも認識できない。思わず、ゾッとする笑顔を向けられて、ケントは身震いした。
「あらま、そこの可愛い坊ちゃんはどなた?」
巨体はその体に似合った大きな低い声で尋ねて来た。
「こっちへいらっしゃい。さあさあ」
ケントはすぐに巨体に指名された。
「ほれ、マンダラ―マ様がお呼びだべ。きっと褒美がもらえるべ。さあ、行った行った」
「は、はあ……」
ケントは背中を押されて、おそるおそる巨体のほうに向かって進んだ。
巨体は少し高いところに陣取っていたので、ケントは見上げなければならなかった。
「むふふふふふ」
ケントを見下ろす巨体は不気味に笑った。
「なんて可愛らしくてシャイな男の子なのでしょう。私のハートにあなたの姿が突き刺さってきたわ。胸が苦しくなりそう」
そんなことを言いながら、巨体は大きな手を近づけて来た。
「わだじはマンダラ―マ。グルグ様から委託されてこの地を治めているわ。さあさ、遠慮しないで、ここにお乗り」
マンダラ―マが手を広げると、ケントが座るのに十分な大きさになった。
ケントはマンダラ―マの目と手を交互に見た。
「いいのよ、さあ遠慮しないで」
「し、失礼します」
ケントが恐る恐るマンダラ―マの手に腰を下ろすと、マンダラ―マは素早く手を動かして、ケントを自分の顔に近づけた。
マンダラ―マの顔だけでケントの半身が埋め尽くされそうなほど、彼女は大きかった。
マンダラ―マは大きな笑みを浮かべて、ケントをうっとりと見つめた。
「あだじ、人間の男の子が大好きなんだけど、あなたはその中でも一番だわ。どうかしら、あだじの夫にならない?」
「え、いやでも……」
ケントがたじろいでいると、マンダラ―マは悲しそうな声を上げた。
「そうなのよ。あだじはガベロの者、あなたは人間。どれだけ深い愛があってもあだじたちから愛おしの子供たちは産まれない。神様はなんて残酷な区別をしたのでしょう」
マンダラ―マは悲しそうにしたかと思うと、また愉快な顔になってケントに頬ずりした。頬ずりというより、巨大な饅頭に押しつぶされるかのような圧迫感だった。
「けれどいいの。子供が生まれなくても愛があればすべては許されるのよ」
「わぎゃあ、潰れてしまうよ」
ケントはマンダラ―マの肉圧に呼吸も苦しくなった。
「あら、いけない。あだじったらつい……そうよね、あなたは人間。可愛くっていつまでも抱きしめていたいけど、あなたはかよわい身。大切に扱わないとね」
マンダラ―マは人形を扱うような感覚でケントを寵愛した。
愛されているのは喜ばしいことだったが、手放しに喜べるような状態ではなかった。
「ところであなたの名前はなんていうの?」
「ケントです」
「むううううう、ケントったらとってもかわいい声で。ますます惚れ惚れしちゃうわ」
マンダラ―マはいちいち大げさに喜んだ。
「お前たち、何してるんだい? ケントのためにご馳走を。さあ、早く」
「マンダラ―マ様、グルグ様が来られるのはもう少し後だべですよ」
「関係ないわ。ケントとあだじの運命の出会いを祝福する宴。それはグルグ様のおもてなしより優先されるのよ。ねえ、ケント。あなたもあだじに巡り会えたことを嬉しく思ってくれているのでしょう?」
ケントはとりあえず自分の意思に関係なくうなずいた。
「嬉しいわ、ケント」
それから、ケントは再び肉圧に巻き込まれた。
マンダラ―マから溺愛されたケントはひとまず、この地の宴に参加することになった。