マンダラ―マはドラゴンライダーとして長いキャリアがある。
その大きな体には似合わない安定した飛行を見せた。
マンダラ―マを乗せたドロババはゆうゆうと空を飛んだ。
ケントはマンダラ―マを追いかけるように飛んだ。
「ケント、無理しちゃだめよ。まったり飛べばいいんだからね」
マンダラ―マはドロババを減速させてケントの隣に並んだ。
「このあたりに危険なドラゴンはいないわ。まったりゆらゆら気の向くままに」
マンダラ―マはドロババの上で、手を離し、大きく伸びをした。
ドラゴンライディング中に、手を離す行為は非常に危険で難しいことだったが、マンダラ―マはそれを難なくやってのけた。
ケントはまだドラゴンにしがみついているのが精いっぱいだった。
手を離そうものなら、風にあおられて落下することになる。
そんな未熟な飛行しかできないので、目的地を目指して飛ぶというような芸当はできなかった。
ケントはマンダラ―マに追従するように飛んだ。
やがて、大陸「カーノルフタン」が見えて来た。
見慣れない者からすると、どの大陸がどこなのかなかなか見分けがつかないが、マンダラ―マは一目でそこがカーノルフタンであることを確信した。
「ケント、着いたわよ」
やや高い場所にそびえるカーノルフタンはアロマローズ龍王国の中にあってはそれほど大きな大陸というわけではない。
それでも、外から見ていると、とてつもなく大きな浮かぶ大陸としてそこにあった。
ドロババはカーノルフタンの岩底を縫うように上昇し、カーノルフタン上空に出た。
ケントを乗せたブラックハープロンもその後ろをついていったが、何度も岩に激突しそうになった。
岩壁に対して垂直に上昇するのは簡単なことではなかった。
もし、壁に激突すると、その衝撃は強烈。そのまま振り落とされる。運が良ければ、風にあおられてどこかに到達できることもあるらしいが、たいていはそのままどこかに激突して絶命する。
ケントは慎重に上昇して、カーノルフタンの上空に出た。
下界を見ると、かつて自分が住んでいた大地が小さく見えた。
いくつかのドラゴンが低空を飛んでいるのが見えた。
そして、ケントがドラゴンを手に入れたファームも視界に入ってきた。
マンダラ―マがそのファームを指さすと、ドロババは着陸態勢に入った。
ファームにはたいてい、ドラゴン離着用の長い道が用意されている。距離はだいたい200メートル。そのラインにうまくドラゴンを着陸させる必要があった。
マンダラ―マは何度もドラゴンの着陸を経験しているので、慣れた様子でラインに着陸した。
ケントからしてみると緊張の瞬間。ドラゴンの着陸はそれなりに飛行に慣れた者でも緊張感のある行為だった。
ブラックハープロンは大きく翼を広げると、減速しながらゆっくりと離着場に降りて来た。
少し不安定さを感じさせたが、ブラックハープロンはうまく着地した。
ケントは着陸を確認して大きく息を吐いた。
「ケント、うまいじゃない。初めてドラゴンに乗ったとは思えないほどよ」
マンダラ―マはそう言ってケントを褒めた。
ドラゴンの着陸を確認した者たちが何人かファームから離着場に降りて来た。
「あれはガベロ族の女王のマンダラ―マ様では?」
ドラゴンブリーダーを務めている男の一人がそう言った。
「ケントさんも一緒のようです。ケントさん、無事に戻られたみたいですね」
その後ろでカヨが笑みを浮かべた。カヨはドラゴンブリーダーになって間もなく、ケントがドラゴンに乗ってこの地を離れた後、無事戻って来るかとても心配していた。
ケントが無事に戻ってきたことをして人一倍に喜んでいた。
「マンダラ―マ様でございますか?」
ベテランブリーダーの男がマンダラ―マにあいさつした。
「うふふふふ、ケントを送ってあげたのよ。でもねえ、あんまりアロマローズには長居できないのよね。出禁食らっているからさ」
「聞いた話では、アロマローズ女王の秘宝を壊してしまったとかなんとか」
「それは誤解なのにねえ。あだじは世界中から差別される悲劇のヒロインなのよ」
マンダラ―マはアロマローズ龍王国のあちこちに対しても出禁の措置を受けていた。世界中から目をつけられる状態だった。
ただ、カーノルフタンのような龍王国の中でも、僻地にあたるところは、アロマローズの監視が十分に行き届いていないので、こうして入国することができた。
アロマローズ王室のある大陸だと、あちこちに監視兵が飛んでいて、ただでさえ目立つマンダラ―マは近づくこともできないだろう。
「でもいいの。ケントがいればあだじのどこでだって生きていけるわ」
一方的にマンダラ―マのお気に入りにされたケントはドラゴンから降りると、マンダラ―マに感謝の言葉を送った。
「あの、どうもお世話になりました」
「いいのよ。あだじ、ケントのためなら命だって捧げちゃうんだから」
「マンダラ―マ様、夕方にはアロマローズの使いの者がここにやってきます。見つかると面倒なことになるやもしれませんよ」
「んま、それは大変。見つかったら捕まってきっと問い詰められてしまうわ。あの女王様、恐ろしいものね。乙女のあだじに剣を平気で向けてくるのだから、あだじも参っちゃうわ」
マンダラ―マは密入国者のような状態だったので、罰が悪そうにあたりを見渡した。
アロマローズ龍王国は自国の出入国にけっこう厳しい。マンダラ―マがアロマローズ龍王国内に入国したことが知れると、アロマローズは厳しくマンダラ―マを取り締まる可能性が高かった。
「ああ、でもケントとお別れなんてあだじ、悲しいわ。だって、あだじかよわい乙女なんだもの」
マンダラ―マはそう言ったが、見た目にはそんな特徴はどこにも見当たらなかった。
「あの、きっとまた会いに行きます」
「きっとよ」
「はい」
ケントはそう断言した。マンダラ―マは国際的にはあちこちから問題視されているが、ケントにとっては紛れもない恩人だった。
マンダラ―マがいなければここに戻って来ることもできなかった。だから、ケントはマンダラ―マに感謝していた。それでも、積極的なアプローチには辟易せざるを得なかった。
「追手が来ないうちに退散することにするわ。ケント、きっとまた会いに来てね。あだじの国は四六時中ケントを歓迎するわ」
「ありがとうございます」
空は夕焼けが濃くなっていた。ここクレイドラは高いところにある大陸ほど早く日が落ちる。
カーノルフタンは1時間後には完全な夜を迎えることになる。
暗くなると、飛行は困難になるし、アロマローズ龍王国の監視は夜ほど厳しくなる。
なので、マンダラ―マは日が落ちる前に自治区まで戻る必要があった。遅れると、戻る道中に兵士に見つかってしまう可能性が高かった。
マンダラ―マは別れを惜しみながら、ドロババと共に遠くの空に消えていった。
◇◇◇
この日はケントにとって特別な一日になった。ドラゴンを手に入れ、そしてその飛行を経験しただけでなく、マンダラ―マだけにとどまらず、大国である「グルグ龍王国」の女王グルグともコネを作っていた。
特に、グルグのバッジはとても貴重なものなのだという。
ケントはファームに戻ると、このファームのライダーを仕切っている隊長と向かい合って座った。
この隊長はラバール・コルゾーナという男で、カーノルフタンのドラゴンライダーを取り仕切っていた。
「ケント、君はドラゴンを従え、そしてここに戻ってきた。となれば、君はもう立派なドラゴンライダーだ」
ケントは小さく頭を下げた。
「改めて尋ねる。ケントよ、君はドラゴンソルジャーの道を歩む意思はあるか?」
ケントは一つうなずいた。
「僕にとってドラゴンは希望。ドラゴンを共にする人生でありたいと考えています」
「いいだろう。では、今後の君の身の振り方だが……」
ラバールは1枚の紙をケントに渡した。
その紙にはドラゴンソルジャーとしての身のありようが記されていた。
「ドラゴンソルジャーと言っても、所属するファームによってその性質は十人十色だ。アロマローズ王室に所属するのもソルジャー。このような僻地のファームに所属するのもソルジャー。君は何か野心を持っているか?」
「野心……」
ケントはドラゴンと共に空を飛ぶことを望んでいたが、それ以上の展望はなかった。
立派なソルジャーになりたいとか、そういう気持ちはなかった。ただ、ドラゴンと共に空を飛ぶ。空にあこがれる気持ちだけでここまでやってきていた。
そのとき、ブリーダーのカヨがお茶を持ってきた。
「どうぞ、ケントさん」
「あ、どうも、ありがとうございます」
ケントはそう言ってお茶を受け取った。カヨは笑顔が魅力的な少女だった。
ケントは日本に住んでいたころの同級生にカヨに似た女の子がいて、その子のことを思い出していた。
ろくに会話をしたこともなかったが、ケントが恋心を抱く子だった。カヨはその子に雰囲気がとても似ていた。
「ケント、特にあてがないなら、うちのファームで経験を積むのがいいだろう。ドラゴンライダーとしての実力が高まれば、次のステージに進めばいい」
「はい、そうしようと思います」
「君はグルグのバッジも手に入れ、マンダラ―マ様にも気に入られたのだろう? ならば、私のように僻地にとどまらず世界に飛び出していくべきかもしれないな。もっとも、私はカーノルフタンを愛する身。死ぬまで、この地で任務をまっとうするつもりだが」
ラバールは誠実でたくましいソルジャーだった。
ケントはラバールのもとでしばらく、ドラゴンライダーとしてのイロハを学ぶことにした。
ケントに新たな未来が刻まれた。ケントはその未来を明るく見ていたが、その道が果てしなく険しいこともまた事実だった。