ケントのドラゴンソルジャーを目指す日々が始まった。
明朝5時前。ケントは不安と期待の中、なかなか睡眠が安定せず、早い時刻に目が覚めた。目は冴えていて、もう一度眠れる状態ではなかった。
「うーん……オムライスがちゃべたい……」
ケントの隣にへそを出して寝ている男の姿があった。
彼はジョン・ケルマンディー。
ケントと同じくドラゴンソルジャーを目指して修行を続けている男だ。
ケントはソルジャーの卵たちと共同生活を送ることになった。狭い雑魚寝の寮に6人のソルジャーが詰め込まれて眠っていた。
大の男が6人も狭い部屋に詰められているので、むさくるしい環境だった。
その中で最年少のケントは周囲の人を起こさないように、ゆっくりとベッドから抜け出すと、ソロソロとベランダのドアを開けて、ベランダに出た。
寮の外は絶景が広がっている。断崖の上に建てられた寮の先は大空が広がっている。
空には雲だけでなく、陸地も浮かんでいる。ケントが視線を上げると、太陽の光と重なる大きな大陸が見えた。
下を見ると、下にもたくさんの大陸がただよっていた。
この世界は地球よりもずっと立体的だった。地底の底がどうなっているか、あるいは空のさらに上はどうなっているか、これは世界の誰も知らないという。
神秘が数多く残った美しい世界だった。
ケントは地球にいたころには感じたことのなかった冒険心に駆り立てられていた。
ケントはドラゴンを手に入れた。その神秘にアプローチできる有資格者だった。
しかし、ドラゴンを完ぺきに操るためには多くの修業を積まなければならない。
「ケントか。早いな」
背後から声をかけられた。振り向くと、人の好さそうな長身の男が出て来た。
「コブスキーさん、おはようございます」
「むさくるしくて安眠できたものじゃないよな。外の空気がおいしく感じるよ」
コブスキーは絶景を見ながら深呼吸をした。
コブスキーもドラゴンソルジャーを目指す男の一人である。現在23歳。身長が185センチほどあるが、華奢な体つきで、仲間内からはどんくさいソルジャーというあだ名がつけられていた。
そのあだ名の通り、訓練生活は長いがいまだに十分にドラゴンを操ることができず、非常に長い間ここに滞在していた。
「ケントは夢があるのか?」
「夢ですか?」
「そうだよ。ドラゴンソルジャーになったら色々なことができる。腕があれば、アロマローズ女王の護衛ソルジャーにだってなれるんだ」
実力の世界。その言葉がふさわしいのがドラゴンの世界だった。
しかし、ケントにはあまり野心がなかった。まだこの世界のことをよく知らないから、今はドラゴンと共に飛べる喜びだけでここにいた。
「僕はまだ夢を思い描けるほどじゃありませんから、いまは空を飛べればいいかなと思っています。コブスキーさんは何か目標があるのですか?」
「ああ、僕は郵便配達の仕事に就きたいと思っているんだ」
「郵便配達……ですか?」
ケントはどういう反応をしていいか困ってしまった。地球暮らしの長いケントにしてみると、郵便配達は冴えない人が妥協してする仕事というイメージだった。
この世界での配達任務はドラゴンを使う。それゆえ、地球に比べると少し名誉のある仕事と言えるかもしれない。
しかし、配達のスタッフを目指してドラゴンソルジャーとしての修業に出るような珍しい者はコブスキーぐらいしかいなかった。
「ドラゴンソルジャーになって戦争に出るみたいなおおそれたものでなくていい。手紙を配達して日当40ドラーで安定した暮らしができればと思っているんだが、なかなかそのレベルまでも上達しなくてな」
コブスキーはくたびれたサラリーマンみたいなことを言った。コブスキーの横顔を見ていると、まったくサラリーマンと同じ雰囲気がしてきた。
「ケント、お前はまだ15歳だったか?」
「はい」
「だったら、大きな野望を持っておけ。人生妥協し始めたら、あとはずっと転落するばかりだからな」
コブスキーのその言葉には自身が込められていたからか、とても説得力があった。
◇◇◇
起床時間の6時になると、6人はゾロゾロと寮を出て来た。まずは雨水をくみ上げて洗顔。
この世界は、雨水が飲料水に使用されている。
ケントもこの世界に来てまもなくはその不衛生な雨水を飲み続けたので、当初は高熱を出したりした。慣れてくると、体調不良は出なくなり、いまではためらいなくガブガブと雨水を飲むことができた。
そして朝食。
コロコモトドンの肉を使ったソテー、コロコモトドンの腕卵と野草のサラダ、きのこと木の実のチーズ焼き。
高たんぱく高脂質低炭水化物、高食物繊維の食事が一日に4回提供されるようになっている。
ドラゴンソルジャーになるためには、強靭な肉体と体脂肪率5%以下の引き締まった肉体が求められる。
ドラゴンソルジャーは軽いほど有利で、背筋力や握力が強靭なほど有利な世界だ。
そのため、そうした肉体を意識した料理が用意された。
コロコモトドンはこのあたりで飼育されている家畜で、ドラゴンのエサとして、そして人間の食用肉として利用されていた。
臭みのかなり強い肉だが、高たんぱくな肉だった。
ケントは慣れない高たんぱく食を詰め込むと、しばらく休憩。
「ケント、すもを知っているか?」
ルームメイトのジョン・ケルマンディーが声をかけてきた。彼はフレンドリーな性格で、ケントともすぐ打ち解けていた。
「すも?」
「こうやってだな、はっけよい、のこったのこった」
ジョンはそう言って、ケントに突っ込んで張り手をぶちかました。
「おれの勝ちだ。すもというらしい。異世界から伝わった秘伝の武術だ」
「相撲か……」
ケントは立ち上がった。
相撲は他ならぬケントの故郷で生まれたものだ。
それがこの地に伝わっているということは、やはり地球とクレイドラには何かつながりがあるのかもしれない。
ジョンと相撲を取っている間に、このファームを仕切っている隊長のラバールがやってきた。
「候補生たち、これより特訓を始める。ファームに降りてくるんだ」
「アイアイサー」
みな一同にラバールに敬礼した。ケントもみなの真似をしてやや遅れて敬礼した。
「ケント、君は初めてだろう。最初は私が隣に付き添おう。基本的な飛び方をレクチャーする」
「は、はい。お願いします」
◇◇◇
ドラゴンファームは経営者とドラゴンとドラゴンソルジャーとドラゴンソルジャー候補生とドラゴンブリーダーと他雑用で運営されている。
経営者はドラゴンファームの経営を担う。ここアロマローズ龍王国では、国がファームを管理している。
ファームの運営状況、雇用している者の管理などなどを毎月アロマローズに報告することが義務付けられていた。
ドラゴンはドラゴンブリーダーによって飼育・管理される。
ドラゴンブリーダーは国家資格を必要とするアロマローズ龍王国では、上級職の1つだった。
ブリーダーはみな聡明で、ドラゴンの体調管理からドラゴンの医療業務まで幅広い業務をこなす。
そして、ブリーダーが育てたドラゴンに乗って空を飛ぶのがドラゴンソルジャーであり、その卵が候補生になる。
ケントは候補生としてソルジャーを目指す道を歩み始めたばかりだ。
ケントはガタガタと揺れるつり橋を降りて、ファームにやってきた。このつり橋は崖と崖を結んでいるので、壊れて落下でもしたら、下方の岩場に激突する。しかし、つり橋はすぐ壊れてもおかしくないほど心もとなかった。
ファームでは、ドラゴンブリーダーたちがドラゴンの体調チェックをしていた。その中にはカヨの姿があった。
カヨはケントがやってきたのに気づくと微笑んで手を振ってくれた。
ケントはファームに来てすぐにカヨのことは覚えた。カヨもまたケントのことをすぐに覚えてくれたようだった。
ラバールはファームに差し掛かったところで、ケントに1枚の紙を渡した。
「これがソルジャーのランクだ。ランクに応じてソルジャーの格付けがなされる」
紙にはソルジャーのレベルが記されている。
LV1 ドラゴンの水平飛行・離着陸ができる。
LV2 ドラゴンの旋回飛行・上昇下降飛行ができる。
LV3 ドラゴンの追尾飛行ができる。
LV4 ドラゴンの難所への離着陸ができる。
LV5 ドラゴンの宙返り飛行ができる。
LV6 ドラゴンソルジャー認定相当の飛行技能がある。
LV7 階級4以上のドラゴンで相応の飛行ができる。
LV8 ドラゴンソルジャーとして高度に卓越している。
LV9 飛行精度・功績によりアロマローズより認定。
LV10 アロマローズの護衛任務ができる。
基本的なところから始まり、難度の高いテクニックや身体能力が要求されるほどに、LVが上がっていく。
一般的にLV6になると、ドラゴンソルジャーとして正式に認定され、LV4まで到達すると、ドラゴンの配達任務などに従事できるようになる。
コブスキーは郵便配達スタッフを目指しているらしいので、コブスキーの階級は最低でも3以下ということになるのだろうか。
ケントはまだLV0の駆け出しだ。
もっとも、ケントは誰にも教わることなく、飛行、離着陸を経験しているので、整式にはLV1相当と言えるかもしれない。
「訓練を積む、LV6に認定されれば、ケントも晴れてソルジャーだ。頑張れよ」
ラバールは力強く言った。ラバールはLV8のドラゴンソルジャーとしてこのファームに君臨していた。