シナリオを書くネタがないのでメインヒロインの恵がなんとかする
まぁいつもの流れ
「梅雨、あけないね・・・」
ベッドの上に座っている恵は窓の外を見ている。昨日からずっと雨が降っていて、今日もやむ気配がない。
「そうだな・・・もう七月なのにな」
倫也はデスクのノートPCとにらめっこしているが、一向に原稿が進まなかった。アイデアがまったく浮かばない。
「ねぇ安芸くん、締め切りいつだっけ?」
「金曜日」
「金曜日っていつだっけ?」
「今日・・・だな」
「投稿何時頃予定しているんだっけ?」
「19時頃だな・・・」
「間に合うのかなぁ・・・」
「最悪23時過ぎでも大丈夫だから!」
「そうやって、自分に甘いとずるずると先延ばしにしちゃうんじゃないかな」
「おまえ・・・厳しいね・・・」
締め切りが迫っても原稿のまったくあがらない倫也を何とかしようと、恵は学校帰りに制服のまま来ていた。だからといって、倫也の仕事が捗るわけではないが。
「こういう時は霞ヶ丘先輩に頼ったら・・・」
「ダメだ」
「どうして?」
「つまらない説教くさい話になっちゃうんだよ」
「それは・・・ダメだよね・・・」
窓の外ではヘッドライトを付けた車が時々通過する。
「なぁ・・・加藤。相合傘するのはどうだろう?」
「今から?」
「うん」
恵がベッドの上で足を伸ばして考えている。
「オチはあるの?」
「ない」
「あのね、安芸くん。短編っていうのはちゃんとオチがないと」
「そんなこといっても、アイデアが浮かばないんだから・・・」
「歩いているうちに見つかるかなぁ・・・」
「ダメか・・・」
倫也が頭を抱えている。
恵はベッドから降りて黙って部屋から出ていった。とりあえずコーヒーでも淹れてこようと思う。
一週間もあればシナリオが一つぐらいは書けると倫也は思っていたが見通しが悪かったようだ。思いのほか、日常に忙殺される。
※※※
「はい。コーヒー」
「サンキューな」
恵が倫也の座っているデスクにアイスコーヒーを置く。こういう時はブラックに限る。自分も合わせてブラックで飲む。
「英梨々に助けてもらったら?」
「あいつ・・・今、大変だから」
「何かあったの?」
「なんか、神社参拝したらチャイナに絡まれて仕事に影響がでているんだってさ」
「また、ずいぶん面倒くさいことに巻き込まれたんだね」
「ああ、その内、落ち着くだろうけど・・・」
「じゃ、しょうがないかな・・・」
恵はクッションに座って、テーブルの上でノートPCを開く。そこから過去の膨大なボツ原稿をチェックしていく。何か再利用できるものがあるかもしれない。
「あと・・・美智留さんは?」
「あいつは・・・俺をヘッドロックして胸を押し当てるぐらいしか芸がないぞ?」
「その印象もどうかと思うけど・・・」
「活字向きじゃないな」
「まぁ、それはわたしも同じかな」
恵はアイスコーヒーを一口飲む。しゃべればしゃべるほど加藤恵らしさからは遠のいていく。それは原作でも同じだ。その点ではいるだけでいいアニメは楽でよかった。
「やっぱり動きがないのがいけないのか?」
「じゃあ、とりあえずデスクから離れて、こっちのテーブルで作業してみたら?」
「何か変わる?」
「そんなの、やってみないと・・・」
「・・・そうだな」
倫也がノートPCのアダプターを抜いてから立ち上がった。
恵は座っていて場所をちょっと右側にずらして、左側にスペースを空ける。
倫也は抱えていたノートPCを恵があけたスペースに置いて、アダプターを再接続しなおした。
「・・・ふむ」
「どうかな?」
倫也と恵がノートPCを並べて座っている。倫也の右腕が恵の左腕にあたりそうな距離だ。
倫也の顔が少し赤らむが恵はフラットなままだ。
「絵にはなりそうだけどな・・・」
「描写力が足らないんじゃないの?」
「ないものねだりはよくないと思うけど・・・」
「でも、こうしているとさ・・・少し・・・」
「少し?」
「えっと・・・サークルメンバー以上って感じがするよね」
「?」
サークルメンバー以上、恋人未満。もちろん恵の口からは言えない。考えてみると友達でもないんだと気が付く。ちょっと聞いてみようと思う。
「ねぇ安芸くん。わたし達って友達ではないんだよね?」
「友達?どういうこと?」
「だから、サークルメンバーであって、友達じゃないよね?」
「そうなの?」
「・・・わたしが聞いているんだけど」
「うーん。英語でいうとgirlfrienddか。いいんじゃね?」
「そんなネイティブに発音しなくてもいいけど・・・いいんだ」
ガールフレンド。なんか特別な感じがする。メインヒロインの方がよほど特別だが、さすがに慣れてきている。
「ということは、俺はボーイフレンドか?」
「そうなの?」
「どうなの?」
「いや、俺が聞いているんだけど?」
「そんなの知らないよ・・・」
恵はあまりにもバカげた会話に耳が赤くなる。ガールフレンドとか、ボーイフレンドとか、日本だとほぼ恋人だと思う。
「でもなぁ・・・ガールフレンドっていうと、やっぱり英梨々のほうが近いな」
「何それ」
恵の目からハイライトが消える。
「いや、だってあいつ子供頃から一緒だし・・・ゲームとか一緒に・・・」
「あーそう・・・」
「だから、加藤はガールフレンドって感じじゃないなぁ・・・」
「じゃあ、わたしは何なの?」
「メインヒロイン」
「そこはぶれないんだねー」
恵はため息をつく。どうなんだろう・・・メインヒロイン・・・意味がわからない。
「それってさ、ガールフレンドとメインヒロインって、どっちが上なの?」
「上?」
「だからさー。えっと・・・(どっちが恋人に近いの?)」
「どうした?」
「なんでもない」
恵が立ち上がった。ちょっと会話が煮詰まった感じがする。サークルメンバーとして距離感が難しい。
「晩御飯。作ってくるよ」
「ん?もうそんな時間か・・・」
「何かリクエストある?」
「軽いものでいいよ」
「そうだね・・・ソーメンでも茹でようかな」
「頼む」
「で、少しは何かアイデアが浮かんだ?」
倫也は首をふる。
恵は窓の外を見た。雨がまだずっと降ったままだ。相合傘でもしたほうが良かったかなと思った。
恵は階段を降りながら、ヘアゴムで髪の毛を後ろで結わいた。それから、制服の上にエプロンを身に着けて台所に入る。
鍋にお湯を沸かしている間に、冷蔵庫の野菜をチェックする。胡瓜とトマトぐらいしかなかった。それを一口大に切って皿に盛り付けドレッシングをかける。
お湯が沸いたら、ソーメンの揖保乃糸を3束ほど湯がく。お湯がまたふつふつと沸いたら火を止めて蓋をする。この余熱でゆでるのがコツ。
その間にボールに氷水を作っておく。
冷蔵庫を見ると麺つゆの素がない。キッチンの下の棚を見ると新しい500mlの麺つゆの素があった。キャップが上手く開かない。
そろそろ時間なので、ザルにソーメンを流しいれてお湯を切り、水を流しながら荒熱をとった。それからボールの氷水で麺をすこしもむようにしてぬめりを取る。こうすることでソーメンはベタつくことがなくなり、いつまでもサラサラとしたまま食べることができる。
2階に急いで上がり、倫也を呼びにいった。
「安芸くん。ソーメンできたから」
「わかった」
倫也はノートPCを閉じた。それから空のグラスを2つもって下へと降りていく。
恵はサラダを並べ、ザルに入ったままのそうめんをテーブルの真ん中に置いた。それから麺つゆの素とつけ皿を置く。薬味にチューブタイプの生姜を用意した。
「簡単だけど」
「いやいや。十分」
恵と倫也が向かい合わせに座った。
「そうそう、安芸くん。これ開けてくれる?」
「ん?」
「なんか、開かなくて」
恵が麺つゆの素を倫也の方へ渡す。
「瓶じゃないんだから、すぐに開くだろ・・・」
倫也がペットボトルタイプのオレンジ色のキャップを回そうとした。
「あれ・・・回らないな・・・不良品かな?」
「きっと、安芸くんが締め切りを守れそうにないからじゃないかな?」
「どういうこと?」
恵の顔が赤くなっていく。そして一呼吸を置いて・・・
「・・・梅雨があかないだけに・・・つゆが開かない」
恵が恥ずかしそうに横を向いて、ぼそりと言った。顔を真っ赤にしている。
「落語オチだとぉぉぉぉぉ!?」
その後、2人は顔を見合わせて、クスクスと楽しそうに笑っていた。
(了)
言わせるほうも言わせるほうだが
言うほうも言うほうなんですよ