【完結】魔法少女、クビになりました   作:守次 奏

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38.魔法少女と迷宮決戦(上)

「野郎共、ここが地獄の一丁目だぞ! 魔法少女の援護は期待できねえ、となれば俺たちだけでこいつらは何とかしろってことだ!」

 

 地中から水晶を食い破って蠕動する、タイプ・ショコラータ、母艦級と呼ばれる巨大なミミズか、そうでなければ幼虫といった風情の見た目をしている敵星体に結衣がかかりきりで、その露払いとしてアンジェリカがタイプ・クッキーの処理を引き受けている都合、彼女が討ち漏らした敵は自分たちで何とかするしかない。

 濃厚になってきた「死」の気配に顔をしかめながら、内藤はアサルトライフルと徹甲弾、そしてミサイルランチャーと、78式呪術甲冑が持てる対星装備の全てをここで使い果たす覚悟でばら撒いていく。

 厄介な変異体は幸いなことにアンジェリカが引き受けてくれている。

 そうなれば、自分たちの敵は、見慣れた、岩のような躯体を持つ通常体だけだ。

 放たれた徹甲弾がタイプ・クッキーの障壁を貫いて、炸裂したミサイルが未だしぶとく残存しているタイプ・キャンディの群れを焼き払う。

 3年前、敵星体との戦いを、ただ指を咥えて見ていることしかできなかった自分たちはもういない。

 内藤と部下たちは佐渡ヶ島を生き延びた通りの連携で、アンジェリカが討ち漏らした敵星体を撃破していた。

 

「ジャッジメント……!」

 

 結衣はそう名付けることで己の持てる魔力を再定義した、「光」を「刃」に変える術式──魔法を展開し、羽のように広がる光の刃を、何かに苦しむかのようにのたうち回るタイプ・ショコラータへとぶつけて切り刻む。

 魔法少女の力の源泉である魔力は、高次元へと接続された魂を通じて絶え間なく供給されるため、術式の展開を言葉にする必要性はあまりない。

 だが、言葉というのは、その中でも名付けというのは最大限の呪いとしての言霊を宿している。

 故にこそ、その言葉を引き金とすることによって魔法は「そういうものだ」と定められている結果をより強固な概念として、現世に力として出力されるのだ。

 その過程を人は、詠唱と呼ぶ。

 詠唱によって強化された光の刃は、狙いも付けずにただその巨体を蠢かせるタイプ・ショコラータを瞬く間に切り刻んでいくが、結衣はそこに一抹の違和感を覚えていた。

 ──手応えがなさすぎる。

 通常、脳裏に響き渡る「星の悲鳴」が強烈なものであればあるほど、対峙する敵星体は強力なものとなっていくはずだ。

 しかし、今、対峙しているタイプ・ショコラータが先ほど聞こえた「悲鳴」に見合う存在かと問われれば、その答えは間違いなく否であるといえるほど、戦いが順調すぎる。

 このままの調子を維持するのなら、タイプ・ショコラータが、直接の戦闘能力を持たない「母艦級」であっても、解体されるまで最大限に見積もって一分とかからないだろう。

 それにもかかわらず、結衣の中で響き渡っている「星の悲鳴」は衰えることを知らず、それどころか、あの母艦級が切り刻まれる度に、のたうちまわる度にその鋭さを増していくのだ。

 

「なんですの、この違和感……!?」

「……アンジェリカも、気付いてた?」

「ええ、手応えの割に、『悲鳴』が大きすぎましてよ……!」

 

 第二世代魔法少女であるアンジェリカであっても、その違和感は覚えているらしく、蟷螂級の首を撥ね飛ばしながら、脳裏に響き渡る「星の悲鳴」を抑えるかのようにアンジェリカは左手を側頭部にそっと這わせる。

 単純に考えるのならば、あの母艦級がその胎に大量の敵星体を宿している可能性が挙げられるが、単純な数だけであれば、結衣たちの前には風前の灯火に等しい。

 ならば、この「悲鳴」はなんなのか。

 その答えは、結衣が展開した中で最後の一枚である光の刃が、母艦級を縦一文字に切り裂いたその瞬間に、曝け出されることとなる。

 

『Ooooooooohhhhhh!!!』

 

 それは、生まれるのを待っていた。

 耐えがたい変異の中で、この地球において幾億もの時間を費やして分枝してきた変化を圧縮して、その可能性を注ぎ込まれた苦痛は、並大抵のものではない。

 だが、今この瞬間に、「それ」を生み出すためだけにこの迷宮の奥深くに眠っていた母胎を破って、あり得ざる可能性、人が空想と呼ぶものの中にしか産まれ得ない見た目をした敵星体は、その産声であり咆哮を上げたのだった。

 大きさから推察するのであれば、「それ」はタイプ・ショコラータに分類されるのだろう。

 巨大な翼を広げ、紫水晶の鱗に覆われた身体を羽ばたかせるその姿は、遥か昔のお伽話から抜け出てきたようなもの──ワイバーンと呼ばれる飛竜に酷似していた。

 タイプ・ショコラータ、「飛竜級」。

 そう名付けるのが適当なのであろう存在は、己に込められたリソースを消費して、お伽話の怪物同様、その口から紫色の炎を吐き出す。

 

「う、うわああああッ!」

「矢萩ぃッ!」

 

 咄嗟に魔力障壁と強化魔法を展開していた結衣とアンジェリカは何とか、直撃を受けながらも焼き焦がされることはなかった。

 しかし、結衣の障壁が守り切れる範囲の外にいた呪術甲冑──矢萩と呼ばれたパイロットが搭乗していた機体は簡易的な魔力障壁を搭載していながらもどろりと、バターを炙るかのように溶け落ちていく。

 そして、息つく間もなく、飛竜級の翼から放たれた紫水晶の矢が結衣たちへと襲いかかる。

 奇しくも敵星体が有する「爪」と似たような性質を持つその鏃は、炎から逃れた呪術甲冑の魔力障壁を貫いて、胴体の中心から串刺しにする。

 

「田城、前原ァ! クソッ、なんなんだ、ありゃあ!」

 

 多くの部下の命を一瞬にして奪われた内藤は、煮えたぎる怒りを装填した徹甲弾へと込めて撃ち放つが、飛竜級──タイプ・ショコラータが有する障壁を貫くには至らない。

 またか、と、結衣は膝から崩れ落ちそうになる絶望が、両肩へとのしかかってくるのを感じていた。

 またも、命が失われる。またも、自分が守れなかったせいで。

 

「内藤隊長、貴方がたは残存兵力をまとめて退避の準備を進めてくださいまし! ここはわたくしと結衣さんが引き受けますわ!」

 

 愕然と絶望を表情に滲ませる結衣に対して、アンジェリカは冷静だった。

 

「その小日向結衣はやれんのか!?」

「やらせるんですのよ! 無理にでも戦わなければ、結果としてわたくしたちも死ぬ! そうなれば、先に逝った方々が浮かばれない!」

 

 飛竜級が飛ばし続ける紫水晶の矢を回避しながら、アンジェリカは空中で静止していた結衣を回収して、ランダムに動き回ることで自らを囮としつつもその雨霰から巧みに逃げおおせる。

 そして、彼女がとった選択は些か乱暴なものだった。

 ぱしん、と、小脇に抱えていた結衣の頬を思い切り平手で打って、アンジェリカは眉根にシワを寄せながら、怒りを込めて言い放つ。

 

「何を呆けていますの、小日向結衣!」

「……あ、あ……アンジェリカ……私……」

「……守れなかった命があるのは確かですわ、ですが! ここで貴女が呆けていれば、死ぬのは貴女だけじゃなくわたくしたちもなのですわ!」

 

 小日向結衣は戦線に出られるような心理状態ではない、という懸念はアンジェリカにも、送り出した諏訪部の中にもあった。

 だが、結果としてそれを承諾したのは、過酷でこそあるが、ともすれば人の道を踏み外した行いかもしれないが、結衣の中にある義憤に期待してのことだ。

 多くの命を守りたい。

 一人でも多く犠牲を減らしたい。

 それは魔法少女であれば誰もが願っていることだが、結衣の願いは戦傷によって極端化しているのだ。

 すなわち、一人の犠牲も出すことなく、多くの命を守り通す。

 あのスティアという少女との出会いの中で何があったのかをアンジェリカは知らなければ、結衣の人柄についても、共に過ごしたここ一ヶ月で知ったことしか知らない。

 だが、一人の命のために戦うと同時に、皆の命のために戦うという行いは、どこかで割り切らなければいつか破綻を迎えることになる。

 犠牲は避けられないもの、という謳い文句の元に犠牲を正当化するつもりなど、アンジェリカには更々ない。

 だが、戦場における命の全てを守り通すというのは、例え最強の魔法少女であったとしても、相応の代償を支払わない限り、不可能に近いことなのだ。

 まして、今回は不確定要素である変異体の出現が絡んでいるのだから──それが理想から目を背けた行いであることを自覚しながらも、アンジェリカは結衣を叱咤する。

 そうだ。スティアのために、自分は生きて帰らなければならない。

 頬にじん、と滲む痛みと共に、混乱し、揺れていた結衣の心が落ち着きを取り戻していく。

 そして、散っていった命に報いなければならない。

 呪術甲冑隊だけではない。桃華に、亜美に、美琴に、詩織に──いくつも積み重ねた犠牲があって今があるのなら、その今を守り通すことこそ、魔法少女として自分に求められている願いなのだから。

 

「……ありがとう、アンジェリカ」

「世話を焼かせないでくださいまし」

「……ごめんね、でも、大丈夫だから」

 

 込み上げてくる吐き気を堪えて、結衣はアンジェリカへと礼を告げると、魔法星装を構え直す。

 そして、その願いのために──スティアのためと、皆のためという願いと呪い、表裏一体の想いを心火の炉に焼べて、結衣は光の刃を杖の先から展開するのだった。


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