【完結】魔法少女、クビになりました   作:守次 奏

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80.魔法少女、暁に出撃す

 戦況をモニターに映し出していた極東管区総司令部には、概ね戦術シミュレータが弾き出した計算と同様の結果が訪れたことによって、神経が逆立つような緊張が漂っていた。

 オセアニア管区と北米管区は甚大な被害を受けながらもなんとかタイプ・ホールケーキを撃退、モスクワ管区とベルリン管区は敵と差し違え、残る中東管区と北京管区は全滅、という結果は決して芳しいものではない。

 しかし、それだけの犠牲を払わなければ勝てない相手だということは、百も承知だ。

 ここにいる誰もがその理屈で犠牲を容認することを忌避しながらも、同時に、誰も犠牲にせずあのタイプ・ホールケーキを撃退する方法などないということを理解している。

 これは正義のための戦いではない。

 大義のための聖戦でもない。

 人類と敵星体、どちらが生きるか滅びるかが問われている生存競争にして、憎しみだけが渦を巻く、凄惨な絶滅戦争だ。

 本来であれば、どのような大義や正義があろうとも、戦いというのは、他者に血を流させる行為は、忌避されるべきものだ。

 人間は、理性でもって旧世紀の弊害を乗り越えて、連邦の旗のもとに地球を一つにすることで、神の世紀との別れを告げた。

 そうして星の世紀に改められた暦の下に、人類は星の海へと手を伸ばし、その結果として呼び寄せたものが、対話すらも不可能な侵略体だ。

 ジョークとしても出来が悪い話だが、これは紛れもない現実なのだ。

 悪夢であればどれだけよかったか。

 ジョークであったなら、どれほどの血が流されずに済んだことか。

 しかし、理不尽という名の現実は今も人類にその獰猛な牙を剥き続ける。

 

「改めて、ここに集ってくれた兵士及び魔法少女の諸君に告げる」

 

 司令長官は小さく咳払いをすると、総司令部全域に向けて、そう呼びかけた。

 医療班や主計班が慌ただしく補給の荷物を航宙艦へと運び出す手を止めて、オケアノス級及び主力級航宙戦艦に乗り込む兵士たちや魔法少女たちが足を止めて、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「人類は今や、絶望的な状況に立たされている。奮戦虚しく、多くの同胞が犠牲となったことに、ここで哀悼を表明すると同時に、我々に課された使命を確認したい」

 

 フライトユニットを装着した呪術甲冑に乗り込み、「オールト」に乗り込んでいた内藤は、何が使命だとばかりに司令長官の言葉に渋い顔をしながらも、口には出さず、ただ続く言葉を部下たちと共に待っていた。

 一番艦である「オケアノス」に乗り込んでいる、結衣たちマジカル・ユニットも同じだ。

 整備班もしばし手を止めて、司令長官の姿が映し出されているモニターに視線を向けていた。

 

「我々は今、岐路に立たされている。生存か、絶滅か……心なき敵星体の手によって地球は蹂躙され、多くの同胞たちが犠牲になってきた。そのために今、多くの同志諸君が義憤を燃やし、戦場に立ってくれる献身に感謝を表明したい。これはどれだけあっても足りないほどだ」

 

 内発的な義憤に突き動かされて戦場に立っている人間が少数派であることぐらい、司令長官もわかっているのだろう。

 しかし、これはアジテーションだ。

 少しでも士気を高めるために、これから極東管区へと待ち受けている絶望に少しでも立ち向かう勇気を奮い立たせるために、彼は今、壇上に立ち、その弁舌を振るっている。

 

「その義憤は肯定されるべきものだ。この戦いの大義はひとえに、人類の生存、その一点のみにかかっている。それを理解した上で今、戦場に赴く諸君らに祝福があらんことを祈ると同時に、私は地球連邦防衛軍総司令官として、旅立つ諸君らに、謝罪をせねばならない。魔法少女の名の下に、我らが戦いを強いてきた若者たちよ、我々大人の無能を許してはならない。魔法少女であるが故に、兵士としての責務を負わされた若者たちよ、青春の日々ではなく戦いの日々を過ごしてきた若者たちよ、我らの怠惰を恨め。願わくば、その宿命の下、犠牲になる同胞が一人でも少なくて済むことを、そしてこれが最後の戦いであることを祈ることしかできない我らの無力を、許すな」

 

 それは、誰のせいでもない。

 タキオン粒子砲で地上の全てを焦土としてでも、人類は勝利すべきかどうか。

 その答えは恐らく永遠に出ないのだろう。

 しかし、今、人類が選んだ道は、その矜持を、誇りを捨てることなく未来に可能性を託すという、困難ながらも、その尊厳を守り通すための選択肢だった。

 無力を許すな。無能を許すな。

 戦地へと赴く魔法少女たちに、大人がかけられる言葉は、そんなものが精一杯だったのだろう。

 だからこそ、結衣もまた願っている。

 この戦いで全てに幕が下されることを。

 この戦いで、地球に残る敵星体の全てを掃討することで、またいつか見た安らぎのひとときが訪れることを。

 

「しかし、人類は『赫星戦役』を生き抜いた。この3年を生き延びることができた。それはひとえに諸君らと同胞たちの献身が故である。そのことに深く、感謝を申し上げたい。そして、願わくば、この戦いを礎として、魔法少女たちを戦場に送ることがない世が訪れることを、我々は心より祈るものである」

 

 それは誰もが思い描くユートピア、この地上には存在しない楽園の姿だとしても、戦いへと赴く者たちの心は一つだった。

 もう誰も犠牲にならない世界のために。

 世界のためという名の下に、新たな犠牲を生み出し続ける悲劇の連鎖を断ち切るために。

 そして、轟々と唸りを上げ、今も人類をその歯車に乗せて回り続けている地獄の機械を、運命を破砕するために、魔法少女たちが、兵士たちが、船乗りたちが戦場へと赴く。

 

「……結衣」

「どうしたの、スティア?」

 

 主計班に混ざって積み荷の確認をしていたスティアがその手を止めて、ぱたぱたと結衣のもとに駆ける。

 その眦には、これから起こる戦いの過酷さと、そこに飛び込んでいく結衣への心配と不安が色濃く、しかし透明な形で滲んでいた。

 

「結衣は、平気? スティアは、結衣が心配……だから、とても怖い。スティアは、怖がっている……」

 

 平気かどうかなど、問われなくてもわかることだ。

 正気はとっくに磨耗して、大義と正義に燃えた義憤は燻るばかりで、自分の中に残された戦いの理由などというものは、慚愧と後悔、そして足を止めるなと今も鼓膜の裏で囁き続ける死者たちの声がそうさせているだけの話に過ぎない。

 それでも、前を向ける理由があるとするのなら。

 結衣はその細腕でスティアを抱き寄せると、そこから感じる三十六度の温もりに身を委ね、しばらくそこに縋り続けた。

 

「……結衣?」

「私ね、本当はそんなに強くないんだ」

 

 やれ「原初の七人」の生き残りだと、第一世代最強の魔法少女だと囃し立てられたとしても、その事実は変わりない。

 結衣は自嘲するように微笑んで、角度で色が変わるスティアの不思議な瞳を覗き込みながら、とうとうと語る。

 

「……本当は、戦うのだってすごく怖い。誰かが犠牲になるのなんて、考えたくないし、何度も何度も……私が上手くやれてれば、助けられたかもしれない人たちのことを夢に見ちゃう」

 

 小さい頃に憧れていた魔法少女になれたとしても、そこに夢と希望はどこにもない。

 あるものは残酷な現実と打ちひしがれてしまうような絶望ばかりで、それでも、結衣の小さな背中には、最強の名の下に、英雄の名の下に、自分のものではない、誰かの夢と希望という名の願いが、呪いばかりが負わされていく。

 その現実に何度打ちひしがれて、何度心をへし折られて、何度透明な、色のない血液をその目から零してきたことかわからない。

 ──それでも今、戦場に立ち続けられる理由があるとしたら。

 

「……私ね、スティアのことが好きなんだと思う」

「好き……好ましく思うこと。結衣は、スティアが、好き?」

「うん。スティアは、英雄でも何でもないただの私を……小日向結衣っていう、弱くて、脆くて、情けない女の子のことを見てくれたから。笑っちゃうくらい単純だよね。でも……私は、スティアが好きだから。好きな人のために、頑張るんだ」

 

 もちろん、戦う理由がそれだけではないことはわかっている。

 自分一人で戦局を左右できるものではないとわかっていても、逃げ出せば、足を止めれば、それまで積み重なってきた犠牲は全て無駄になってしまうから、自分の背中に今も預けられている願いを放り捨ててしまうことになるから、という重荷を負っているからでもある。

 それでも、最後に踏ん張ることができるのは、スティアがいてくれて、何も知らないからこそ、そんな自分の弱さまで受け入れてくれたことに、恩義を感じているからだ。

 

「だから、私は頑張るよ。皆のために……スティアのために。きっとこれで、最後だから」

「……結衣……」

「じゃあね、行ってくる。スティア。ありがとう……私と一緒にいてくれて」

 

 まるで今生の別れであるかのような湿っぽさをそこに感じながらも、結衣は内側に溜め込んでいた全てを吐き出して、炎の空へと、戦場へと飛び込んでいく。

 最後に覗き込んだスティアの瞳は、燃えるような赤を宿して、輝いていた。

 スティアには、そんな結衣の名前を呼ぶことしかできない。

 それでも、曖昧であやふやな自分の存在が何かの助けになるのならと、結衣が帰ってくる場所で、自分なりの戦いをしようと、積み荷のチェックに戻っていく。

 夜の帳は剥がされて、暁の空へと兵士たちが、少女たちが今、旅立つ。

 大切な何かを守るために。譲れない何かを貫き通すために、最後の積み荷を積んだ「オケアノス」は、最果ての海へとその碇を上げるのだった。

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