【完結】魔法少女、クビになりました   作:守次 奏

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84.魔法少女と劫火の竜

 戦況を俯瞰していたのは、なにもタイプ・ホールケーキに限ったことではない。

 絵理と美柑を戦線に投入することを進言した諏訪部は、絵理が仕留め損ねた敵星体を「オケアノス」の艦砲射撃が叩き落とすのを見送りながら、いつ結衣とアンジェリカを戦線に向かわせたものかと思案する。

 美柑が複製体に足止めされ、深手を負ったことで、結衣かアンジェリカのどちらかをタイプ・ホールケーキへとぶつけなければならないこの状況は、あまり好ましいものではない。

 絵理が敵の殲滅に注力し、敵星体の大半を引き付けてくれている以上、彼女を治療に充てるという選択肢を取るのは難しい。

 よって、美柑は引き下がらせるのが妥当と見るべきだろう。

 諏訪部は頭の中で戦術を組み立てながら、眉根にシワを深く刻んだ。

 絵理と美柑の働きによって持ち直しつつはあるものの、戦線は未だ、一手でも間違えれば瓦解しかねない危うさを孕んでいる。

 そして、後ろからも北京管区を突破したタイプ・ホールケーキが接近している都合上、判断を遅らせるわけにもいかないのだ。

 

「艦長、ここは小日向結衣をタイプ・ホールケーキへとぶつけるべきかと」

「と、なると?」

「……アンジェリカ・A・西園寺を南方の個体にぶつけ、両者の投入でもって決着をつけるつもりであります」

 

 己の考えを淡々と吐き出しながらも、諏訪部の表情は無意識に、嫌悪感に歪んでいた。

 アンジェリカ一人でタイプ・ホールケーキを相手取れるかという疑問に対しての答えは、わからない、というのが率直なところだ。

 わからない、というよりは半分半分といったところが正確だろう。

 しかし、勝算があるとしてもそれは、アンジェリカの犠牲の上に成り立つ公算が大きい──第二世代魔法少女によるタイプ・ホールケーキ撃破例がほとんど、メタモルバーンを使っての相討ちであることを考えると、その可能性に辿り着くのは必然だった。

 つまり自分は、彼女に死んでこい、と言っているようなものなのだ。

 諏訪部の中に残る少年の心は、その酷薄さに目を背けたくなるものの、戦いは最初から引くに引けない絶滅戦争なのだと、大人の理性が物語る。

 無論、アンジェリカの犠牲を理屈の名の下に正当化するつもりもなければ、彼女が生き残るという希望に懸ける心を失っているわけではない。

 しかし、戦局というものは常に最悪を見据えていなければならないものなのだ。

 身構えて、身構えて、少しでも死神を遠ざけるために、喉元に突きつけられた鎌が首筋に食い込んだときの覚悟を決めなければ、無駄に命を散らすだけに終わる。

 ただ楽観論と根性論に縋って戦場に立つだけの指揮官であるならば、いない方が遥かにマシだ。

 そういう意味で、諏訪部は「指揮官」の目をしていた。

 東山は内心で彼をそう評価しつつも、軍人として逃れられない宿命に同情を寄せる。

 

「了解した、マジカル・ユニットの投入はそちらに一任する。こちらは撃ち漏らした敵星体と戦線を突破してきた個体の迎撃に専念するよ、諏訪部大佐」

「ありがとうございます、東山艦長。小日向結衣! 出撃だ!」

 

 艦底部のハッチで待機している結衣に向けて諏訪部はそう呼びかけると、血が出るほどに強く唇を噛み締める。

 年端もいかない少女たちなのだ。

 文字通りに見ていることしか3年前より、兵器が兵器として機能する分だけマシなのかもしれないが、それでも、魔法少女たちを矢面に立たせていることに変わりはない。

 

「……了解! 出撃します!」

 

 敬礼をした結衣は、その身を豪奢なドレスに包み、開いていくハッチから戦火の空へと飛び出していく。

 誰しもが限界に近い、綱渡りのような戦いを続けている。

 この戦いで全てが終わってくれるなら、とは諏訪部も、結衣もまた願っていることではあったが、最悪の可能性は、常に考えていなければならないものだ。

 もしも、敵星体が更なる隠し球を残していたのなら。

 もしも、これ以上の敵が待ち受けていたのなら。

 その時、人類は耐えうることができるかは、はっきりいってしまえば微妙どころか、ほとんど不可能に近いことは、誰もがうっすらと理解していることだった。

 これが最後なら、とばかりに出撃し、「光の刃」を纏って有象無象の敵星体を消し去りながら、タイプ・ホールケーキへと肉薄する結衣を、諏訪部は震える拳と共に見送る。

 なぜ、自分はあの場所に立っていないのか。

 答えは簡単だ。魔法少女ではないからだ。

 ならば何故、「星の悲鳴」は、この地球は年端もいかない少女たちを守護の戦士として選んだのか。

 ──わからない。

 わからないからこそ、それを理不尽だと感じる心は憤りに沸々と滾るのだ。

 負わされた宿命の重さという意味では、自分のそれが結衣のそれと比べたら遥かに軽いことは、諏訪部も理解している。

 だが、結衣はその重さを比べることなどしないのだろう。

 壊れた笑顔で夢と希望を、人が願いと呼ぶものを背負って、魔法少女小日向結衣は戦線に立ち続ける。

 その命が続く限り、その魂が燃え続ける限り。

 人はそれを、英雄的な行いだと見るのかもしれない。

 あるいは、その勇気を讃えるのかもしれない。

 しかしそれは大いなる欺瞞であり、勇者の名の下に、英雄の名の下に、地球と人々の命を守るという、その小さな背中に負うにはあまりにも重い使命を押し付けていることに目を逸らしていることに違いはないのだ。

 ──だとしても、好きにやる。

 結衣の答えは、きっと最初から決まっていた。

 スティアのために、人々のために、自分の手を汚し、全てを背負って前に進んでいく。

 それが緩慢な自殺だとしても、後ろのレールを剥ぎ取って前に敷き詰めることで進んでいくような行いだとしても、結衣の覚悟が揺らぐことはない。

 

「……メタモルブースト!」

 

 咆哮を上げながら、掠め取った魔力による劫火を吐き出すタイプ・ホールケーキを視界に認めると、結衣は迷うことなく自らの魂を薪として星の炉に焼べ、「光の刃」が形作る十枚の翼を羽ばたかせる。

 ブレスの直撃を受けた主力級航宙戦艦「伊勢」が、その魔力障壁を貫かれて轟沈する。

 薙ぎ払うように吐き出され続けた劫火に飲み込まれ、次々に主力級航宙戦艦はその数を減らしていく。

 

「これ以上はやらせない……!」

 

 戦線を退いた美柑に代わって、結衣は己れの魔法星装である杖の先端から「光の刃」を展開すると、大上段からタイプ・ホールケーキへと振り下ろした。

 

『Gullllll……OoooooAhhhhh!?』

 

 名付けによる補強を行わずとも、易々と障壁と鱗に覆われた竜もどきの片腕を斬り落としてみせるのは、結衣が最強の名を抱くその所以だろう。

 圧倒する力が、それまで振るった暴力へのツケを払えとばかりに牙を剥く。

 ──冗談ではない。

 たった今、目の前で起きたことを是認できないタイプ・ホールケーキは何かの間違いだとばかりに低い唸り声を上げるが、それはすぐさま痛みに歪む、苦悶の叫びへと姿を変える。

 

「……許すつもりなんかない、加減をするつもりもない。ここで全部、終わらせる……『ジャッジメント』!」

 

 審判の名を冠する光の刃が、名付けという名の呪いによって、定義付けによって強固にその存在を固定化、補強されていく。

 一枚一枚が致死をもたらす劇毒と化した光が、結衣の言葉通りに竜もどきの全身を蝕んで、無数の穴を穿つ。

 しかし、相手も規格外の巨体を誇る存在だ。

 いかに「ジャッジメント」が強力な魔法であろうとも、展開される刃の大きさは痛みを敵に齎すのには十分だったが、仕留めるのにはまだ足りない。

 

『Ooooooooo!!!』

 

 だが、その逆鱗に触れるのには十分だった。

 明確に結衣の存在を「脅威」たりうる「敵」であることを認めたタイプ・ホールケーキは、モスクワ管区に出現した個体とは対照的な、海を干上がらせんばかりの劫火をその身に纏い、荒れ狂う。

 

「この熱……長い時間はかけられない」

 

 戦いはこれからだとでも主張するかのような咆哮と、魔力障壁があろうとも身を焦がすような灼熱に結衣は顔をしかめながら、脳裏に敵を仕留める算段を組み立てる。

 ──幸い、この個体ならば、メタモルバーンを使わずとも、殺しきるには十分だ。

 結衣は覚悟と共に獰猛な殺意をその目に宿すと、灼熱を纏う竜もどきへと、再び展開した「光の刃」を射出するのだった。

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