【完結】魔法少女、クビになりました   作:守次 奏

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97.「魔法少女アリス」

 結衣が行っていた「準備」というのは、ほとんど博打のようなものだった。

 魔法星装「ロンゴミニアスタ」の名前を呼ぶことによりその定義を補強した上で、メタモルバーンを起動する。

 その代償と結果を結衣が知らないはずはない。

 メタモルバーンとは、魔法少女の終焉を示す解号であり、これを起動したが最後、その魔法少女が生きて帰ることは絶対にないものだ。

 振り返れば、自分の人生には絶望しか残されていなかったのかもしれない。

 結衣は必殺の術式を構築しながら、引き延ばされていく一秒の中で、走馬灯のように己の半生を省みる。

 魔法少女になりたいと、アニメの中に出てくるような強く、気高く、弱きを助ける勇敢なあの女の子たちのようになりたいと願っていた幼少期が、思えば一番幸せだったのだろう。

 果たしてそのあどけない夢は叶えられることになったのだが、実態としての「魔法少女」は、地球という星に隷属する兵隊のようなものだった。

 その魂を贄として、揺らぎ続ける高次元から可能性を取り出して確定させる、人理の及ばない法こそが魔法であり、結衣に与えられた特質は、誰かを癒すための力ではなく、何かを壊すための力でしかない。

 理想からかけ離れた現実を目の当たりにしても、結衣は魔法少女として戦い続けてきた。

 それは、敵星体に命を奪われた両親の、妹の仇を取るために。

 あるいは、もう二度と自分のような思いをするような人間が一人でも減るように。

 掲げた理想と夢は高潔だった。

 だが、その高潔の果てにはどこまでも地獄が広がっていて、戦いは終わることなく、今も尚犠牲を積み重ねて、人類は生き延びようと足掻いている。

 3年前と今に違いがあるとするのなら、その犠牲に自分が含まれるかどうかということだけだ。

 未練はある。やり残したこともある。

 結衣はその目に照準を定めながら、たった一つこの世に残したまま逝ってしまう後悔のことを見つめ直す。

 スティアを最後まで信じきれなかった。

 スティアから受け取ったメッセージに、何も返すことができなかった。

 あの時、何処へと転移する瞬間、スティアは確かに「さよなら」と、エリュシオンの巫女としてではなく、一人の人間として、結衣に別れを告げていたのだ。

 冗談ではないと、そう思った。

 まだ何も訊けていない。

 まだまだ話したいことは沢山ある。

 それなのにスティアは、「スティア」としての心を最後まで手放すことなく、その宿命に──誤った文明に星罰を下すエリュシオンの巫女として、敵のところに戻っていった。

 その真意を、自分はまだ計りかねている。

 

「……でも、これで本当にさよならだね、スティア……」

 

 メタモルバーンの代償で己の肉体が灰となって崩れ落ちていくのを感じながらも、結衣は魔法星装に全ての魔力を集中し、佇む五つの彗星と、そこから次々に吐き出される敵星体、その全てにターゲットを定めた。

 あの時引き金を引いてしまったことを、スティアを最後まで信じきれなかった自分を詫びたいという気持ちに足を囚われながらも、魔法少女は、小日向結衣は、人理の守護者としての立場を選ぶ。

 きっとスティアも、似たような心境だったのだろうか。

 そう考えると、こんな時なのにどうしてか苦笑が込み上げてきた。

 結衣の準備していた「賭け」の内容は極めてシンプルだ。

 メタモルバーンを乗せたテスタメントブラスターを全力で撃ち放つことで、彗星と敵星体の全てを一撃で殲滅する。

 できるかどうかは、はっきりいってわからない。

 だが、この賭けに打ち勝つことしか、人類に生き残る未来は、選択肢は残されていない。

 人類は、何を犠牲にしてでも生き延びなければならない──地球連邦政府が掲げるお題目がどこまで正しいのか、そうまでして人類に生き残る価値があるのかは、神ならぬ結衣に判断できることではない。

 だが、エリュシオンの巫女たちのように、かつて生命の種を撒いたからというだけで一方的に正しさと過ちを切り分けて、裁きという名の虐殺を下すことが、間違っていることだけは、結衣にもわかる。

 

「お願い、『ロンゴミニアスタ』、テスタメントブラスター、セット……!」

 

 タキオン粒子砲を凌駕する、原初にして最強の魔法少女が行使する「光」の魔法は、全てを灰に還す、究極の御業だ。

 その力だけなら神にも匹敵する一矢は、結衣の肉体を、魂を薪にして今、漆黒の宇宙を純白へと塗り替えるように顕現する。

 

『バカな……一介の星の守護者が、これだけの力を……!?』

『……やはり、地球人類は危険だ……!』

 

 魔法星装「ロンゴミニアスタ」の先端に収束した莫大な光は、果たして結衣が思い描いた通りに大多数の敵星体を、そして佇む五つの彗星級敵星体、その中心核を寸分の狂いもなく撃ち抜いていた。

 しかし──それだけだった。

 確かに放たれたテスタメントブラスターは、彗星級敵星体の中心核を撃ち抜いていたものの、それはタキオン粒子砲の第一射同様に、ガス帯のヴェールを取り払うだけに終わってしまったのだ。

 そして、二発目を放つ「猶予」は、結衣にもう残されていない。

 

「……また、失敗しちゃったんだ」

 

 魂が燃えて灰になっていく感覚に身を委ねながら、結衣は後悔に暮れて涙を流す。

 あの時と同じ、桃華を犠牲にして「赫星一号」を砕いても、戦いが終わらなかったのと一緒だ──結衣は、そんな後悔にただ涙を零し続け、何度も「ごめんね」と、壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返すのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「お姫さんはしくじっちまったか……」

「どうするよ、隊長さん? 今更諦めて、ケツまくって逃げるか?」

「へっ、そんな柄じゃねえ」

 

 結衣の「賭け」が失敗に終わったことを見届けていながらも、「羽黒」に着艦した内藤とアリスは、一つの巨大な躯体に二人で乗り込んでいた。

 77式試製呪術甲冑。78式と比べて若干大型化し、その背中にコンテナのような物体を背負っているそれは、元々第三世代魔法少女を「有効活用」できないかと生み出された試作品だ。

 背中のコンテナに第三世代魔法少女を搭載し、その魔力を本体の呪術回路と連動させることで高出力を実現するはずだったそれは、結局のところコストパフォーマンスが劣悪だったのと、魂がすり減った魔法少女を「使い捨てる」、人道に反する機体だった。

 だからこそ、現存するのはこの一機だけ。

 ありったけの戦力を投入するからと持ち出されて、78式の予備がないからと内藤たちが乗り込んだだけのことだ。

 

「死んで花実は咲きゃしねえ……でもな、黙ってはいそうですかと殺されるほど地球人ってのは大人しくねえんだよ、星屑ども!」

「いいねえ……鎮痛剤も効いてきたとこだ、派手に暴れようじゃねえか、隊長さんよぉ!」

 

 航宙巡洋艦「羽黒」を飛び出した77式は、何か不穏な動きを見せ始めた五体の羽が生えた女神像、彗星級敵星体の本体をターゲットに据えて、両手に持ったアサルトライフルで敵星体を撃滅しながら戦場を進んでいく。

 コンテナの蓋を無理やり開け放ち、座席にシートベルトで自らを縛りつけながら、アリスもまた魔法星装を構えて、女神像の一体に狙いをつける。

 しかし、たった一機の秘密兵器とも呼べない試作兵器だけで、戦況が好転してくれるほど、現実は甘くない。

 翠の宝玉を額に頂く女神像に接近するまで、77式を操縦する内藤の身体には深々とタイプ・ショコラータが射出した「爪」が突き刺さり、アリスもまた同様に左腕を失っていた。

 

「……はは、こうなりゃ、できることなんて一つだけか……」

「……そうだなあ、お姫さん。だが」

「わかってらぁな、笑うんだよ、こういう時は! メタモルバーン!」

 

 この女神像は、おそらく一つに寄り集まろうとしている。

 その動きから推察したアリスは、己の魂に残された「猶予」を、「未来」を星の炉に焼べて、翠の女神像へと突撃する。

 回路の容量を超える魔力が流し込まれたことで、今の77式はさしずめ、魔力の爆弾となっているようなものだ。

 大量出血によって意識が薄れゆく中でも、操縦桿を握り締めていた内藤は、死んで咲く花がないとわかっていても、アリスと共に、示し合わせたかのようにその行動へと打って出る。

 

「慌てるんじゃねえ、けれど急いで、確実にぶち当てる……!」

「そうだぜ、隊長さん……! アリス・ヴィクトリカはここにいる、地球人は、まだ死んじゃいねえんだ……!」

「言ってくれるぜ、お姫さんよ……!」

『……何を……!?』

 

 翠の女神像を司るエリュシオンの巫女──アステールは、理解不能な人類の行動に動揺していた。

 もはや勝機はないと決まっているのに、滅びは定められているのに、命をすり減らしてまで、使い捨ててまで無駄な抵抗を試みるその「心」を、純粋なエリュシオンの巫女は理解できない。

 

「逝くぜ、隊長さんよ」

「……ああ……お姫さん。春の梢でな」

「へっ、詩的だね……生憎あたしは天国も地獄も信じちゃいねえけどな! くたばりやがれ、エイリアン!」

 

 アリスは人間の意地を見せつけるかのように、創造主へ、裁定者へと中指を立てると、メタモルバーンの魔力を全て77式試製呪術甲冑の回路に捧げ、内藤の操縦に身を任せる。

 そして、宇宙にまた一つ、閃光が煌めく。

 アリスの、内藤の命と引き換えに、一つになろうと寄り集まっていた女神像の一柱は、他でもない人間の意地によって、エリュシオンの巫女には永遠に理解できない感情によって、打ち砕かれるのだった。

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