「私は気付いた時にはもう吸血鬼だったの」
エヴァンジェリンの口から語られる話は、正直気分のいいものではなかった。
感情の起伏があまりないと自負している俺でも、胸がムカムカするほどだったのだから。
「そして目の前に立つ男が私をこんな体にしたのだと自慢げに言ってきたのっ!」
語り始めてその時の気持ちがぶり返してきたのか、怒りに声を荒げて、悲しさに身を震わせて、一生懸命に心の動揺を抑えながらエヴァンジェリンは続ける。
自分の10歳の誕生日の日。それはいつも通りの日常。家族で祝う日。私を祝ってくれる日。そこにはきっとひとつの家族の形があっただろう。
しかし平和で平穏で愛おしい時間は唐突に終わりを告げる。
下らぬ目的のために男は家族を殺し、自分を実験台にした。
そして男の目論見通り成功したのだ。さぞ良い気分だっただろう。
一人の少女を吸血鬼にするという結果を生み出したにも関わらず。
そして少女は男を殺した。
「どうして! なんで私がこんな目にっ! どうしてよ! うわぁあああああん!」
そしてついに感情が噴き出した。
今まで誰にも相談できず一人で抱え込んでいたはずだ。なぜならこの時代俺のいた吸血鬼の里以外に吸血鬼が生息する地域はない。それは父にも確認済みだ。
ゆえに人間の生存域をフラフラしている時点で、彼女は一人ぼっちの吸血鬼。
俺はこの時、母から聞いた「真祖」とよばれる吸血鬼のことを思い出していた。
おそらくエヴァンジェリンは真祖、人工の吸血鬼なのだろう。
「よくがんばったな」
「うぇ?」
俺はただ一言そう告げて、何度でも頭をなでてやる。
同情ではない。断じてだ。
これは純粋な称賛。突然人から吸血鬼となり、10歳の幼い少女一人でよくぞここまで生き残ったという素直な気持ち。どこにもぶつけようもない感情を押し込め、なるべく隠れて生きて、悪事にも仕方なく手を染めて、でもやっぱり辛い。
「一人は怖かっただろう。安心しろ。これからは俺が一緒だ」
「!」
頭を撫でることを止め、今度は優しく胸の中に抱いてやる。子供を落ち着かせるには、人の(俺は吸血王だが)温もりを感じさせてやるのが一番だと、俺の大切な人である母や父から教わった。
「ふぇ……うわぁあああああああああああああ!」
「そうだ。今は泣け。そして泣いた後また歩き出せばいい。それができないというなら俺が背を押そう。だから今はただ泣くがいい。エヴァンジェリン」
既に日は落ち始め、空は夕暮れに染まっている。
こんな日に限って空は、涙を誤魔化すための雨を降らせず。
その大きさを誇るかのようにただ真っ赤に染まる。
だがそれもいい。今日くらい良いだろう。
夜に生きる俺達のような存在にとって、日が落ちてから眺める空は。
いつも暗いのだから。
あれから泣き枯らしてそのまま眠ってしまったエヴァを抱えたまま、その日はそこで寝た。
そして夜が明けて今日。
起きた時に状況に気付いたエヴァがワタワタと慌てている姿を見てほっこりした俺は、とりあえず彼女に最終確認を取った。
「俺と来るか?」
「うん!」
即答だった。どうやら俺に少なからず心を開いてくれたようだ。その後も俺が持っていた干し肉などを朝食にして世間話をした。その中で、エヴァと呼んでほしいと言ってくれたので俺もライと呼んでくれと伝えた。ただエヴァからは「兄様と呼んでいいか」と聞いてきたのでそっちで許可した。家族愛に飢えていたのだろうか。
ちなみに彼女の年齢は今年で18歳らしい。およそ8年も一人で細々と生きていたということになる。まったく逞しい少女だ。
彼女のことを聞いた後は俺のことも話しておいた。
自分は吸血鬼でも、吸血王という少し変わった存在だということ。
吸血鬼が集まって住む里があること。
そこに両親がいること。
いつかエヴァを連れて行ってあげたいと思っていること。
でもその前に旅に付き合ってほしいということ。
生い立ち以外にこれからのことも彼女に関係することで教えたのだが、俺と一緒に行けるならどこでもついていくとのこと。
なんと健気なことを言ってくれるんだ。感動したぞおい。
さて、そんなことを話しながら俺は急ぎの本題に入ることにした。
「いいかエヴァ。吸血鬼にとって『飢え』とは特別な意味を持つ」
「特別?」
「そうだ。だいたい予想は付くだろう? ようは血だ」
「!?…うん…」
吸血鬼が喉の渇きを満たすにはやはり人の血を飲むのが一番だ。
動物の血でも一時のしのぎにはなるが、やはり吸血鬼にとって『上手い』と感じるのは人間の血。それに動物と人間では吸血衝動を抑えるのに必要な効力がまったく違う。
人間の血を吸うことは吸血鬼が生きて行く上で切っても切り離せない本能なのだ。
もちろんその本能は俺も持っている。俺は吸血王だからそれほど頻繁に血が必要になるほどではないが、20年の間に一度だけ血を吸ったことがある。それもその吸った人間が干からびるまで。
吸血衝動を抑えるにはそれなりに量が必要なのだ。補足するが、下僕にする時とはまた違うと明言しておく。誤解されがちだが、人間を従える時は逆に吸血鬼の血を牙を通して人間の体内に流しこんでいる。そうすることで支配下に置くことができるのだ。まぁこの話は父からの受け売りだが。
この吸血衝動は定期的にやってくる。俺のような特別な種でなければ、吸血鬼としてそれを我慢することはできない。
しかしエヴァはこれまで人間に噛み付いたことは一度もないという。
むしろこれまでよく我慢したものだ。確かに子供ということもあってそこまで吸血衝動が起こらなかったにしろ、人を見て血が騒ぐといったことがなかったのだろうか?
「最初は抵抗を感じるだろう。だが、吸血鬼である以上必ず通らなければならない道だ」
「……兄様も通ったの?」
「もちろんだ」
「……わかった。がんばる」
「いい子だ」
「うん……」
なんだかエヴァの頭を撫でるのが俺の癖になって来ている。だって触り心地がいいんだもの。サラサラの金髪に指をからませながら撫でるのは一種の快感だ。
……言ってて変態みたいだと自分で思った。
それはともかく。
エヴァも決意をしたところで、俺達はエヴァの初吸血に向かうことにした。
と言っても俺とは違いエヴァは吸血鬼としての弱点の一つである陽の光を克服できているわけではないので、暗い森の中から獲物を物色しなくてはならないのだが。
これは俺の個人的な見解なのだが、おそらく吸血鬼は血を吸うたびに少しずつ弱点が薄まっていくのではないかと考えている。
吸血鬼として完成していくことで、徐々に種としての弱い部分を克服していく。ゆえに歳を重ねた俺の父のような長生きの吸血鬼は、人間と変わらぬように日の光の下でも普通に生活できるのではないだろうか。
そして若いエヴァではまだ日を遮る障害物なしに、太陽の下を歩けない。夜まで待ってもいいのだが、そうなると今日の仕事をさぼってしまった(エヴァと話し込んでいたので時間を忘れていた)関係で、この街から今日中にとんずらするという俺の目的が果たせなくなる。
だからエヴァが昨日盗みを働こうとした時と同様の場所で、なるべく陰からでないように犯行に及ぼうということになった。
「来たぞエヴァ。あの男にしよう」
しばらくじっと伺っていると、商人らしき男が一人で歩いてきた。
不用心だなと思ったが、軽装なのでおそらくこのあたりを散策して薬草などを探しているのだろう。ちょっと出かけるという気持ちで外に出てきたに違いない。
エヴァにとっては運が良かったと言えるだろう。
「わ、わかった。兄様見ててね?見ててよ?」
「ああ。落ち着いて行け。大丈夫。盗む時とほとんど同じ要領だ。あいつの影からそっと出て、首元に牙を突き立てて思いっきり吸うだけ。簡単だろう?」
「う、うん。じゃあ行ってくる」
不安そうな表情は隠せないが、それでも気合を入れるように勢いよく自分の影の中に入っていた。
大丈夫さエヴァ。お前にとっては不本意だろうが、吸血衝動時期で目の前に美味しそうな人間の血があったら、吸血鬼としての本能が理性を上回る。
初めてならなおさら押さえられないだろう。
俺の考えの通り。
ガプッ
「はへ?……ぎゃあああああああああああああrヴぁ※wえお※ふぁいvcへ―――――!!!」
迷わずエヴァは。
男の首にむしゃぶりついた。
ようこそエヴァ。
吸血の世界へ。
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