俺とエヴァはエヴァの吸血衝動からくる『飢え』が収まったことを確認した後、すぐに旅立った。
そして今現在、最初の名も無き街から出て西に進んでいる。二人仲良く手をつないで。
……仕方ないだろう。エヴァが繋ぎたそうにチラチラ上目遣いでこちらを盗み見ていたのだから。
おかげで今エヴァは非常に上機嫌だ。スキップを始めそうにウキウキと歩いている。
さて、なぜ西に進んでいるのかというと。
酒場で聞いた戦端を開いたという国に向かうためだ。
もちろんそれにも理由はある。
「ねぇ兄様」
「なんだエヴァ?」
「次の街まで早く行きたいならあの時の転移魔法つかったらいいんじゃないの?」
エヴァが言ってるのはおそらく彼女を盗みの現場から遠ざけた時に使用した魔法のことだろう。
たしかにあれを使えば今より早く道程を進むことはできる。
しかし。
「エヴァ。俺はこの歳になるまで里以外の場所などあまり見たことがなかった。『世界を見る』というのも俺の旅の目的の一つなんだ。だから別に急ぎの旅でもないならゆっくり歩いて行くのも旅の醍醐味だ。そうだろう?」
「……うん!そうだよね」
そう答えたエヴァだが、まだ表情が納得できていない。
なぜだろうと、俺はエヴァの境遇にあてはめて考えてみた。
そうか。
「エヴァ。俺は強いぞ?」
「え?」
「大抵の相手なら一瞬で蹴散らせる。だから不安に思うことはない。今だって日の光を浴びながら苦しくないし動けているだろう。他にも色々俺はできることがあるから、エヴァは心配しなくてもいいんだぞ」
エヴァはこれまで人と接触を避けて生きてきた。
それは自分が人と相いれない存在だと分かっていたからだ。
そして万が一自分の正体が吸血鬼だとばれれば、どうなるか分からない。
死ぬことはなくても、いや。死ぬことはできないからこそ、どんな苦しみを味わうか想像できない。
だから常に周りを気にして生活していただろう。
ゆえにこんな白昼堂々天下の往来を歩けるなんて夢にも思ってみなかったに違いない。
だがこれからは俺がいる。
既に牙を隠すことのできる俺と同じ偽装魔法をエヴァにもかけた。これで吸血鬼だとばれる確率は低くなる。
光学迷彩と同じような効果をもたらす光系統魔法《反射》の応用で、エヴァに注ぐ光を目に見えない膜で遮るように張った。これで日中でも好きなところを歩き回ることができる。
「俺の魔法が信じられないか?」
「そんなことない! 私は兄様を、兄様の魔法を信じてる! でも……」
「恐いか?」
「……ごめんなさい」
「いいさ。少しづつ馴れていけば。それにお前が望むなら魔法やその他諸々の手ほどきもしてやろう」
「ほ、ほんとっ? いいの?」
「ああ。むしろ俺と旅をするということはかなり危険なことに巻き込まれる確率高し、だぞ?鍛えなければ簡単に死んでしまう。まぁ俺は死ぬことはないだろうか、エヴァはまだ死に至る弱点もあることだしな」
「そう、だよね。うん。私がんばるから!」
エヴァの表情は先ほどまでの不安そうな顔から決意をした顔になった。
とりあえず不安を取り除くために明確な目標を示してあげたが、思った以上にやる気を出してくれているようだ。
ここまで俺の信頼に答えようとしてくれると、若干恥ずかしいが。
だが俺の告げたことは真実だ。
俺はこれから戦いの中に身を置くつもりだ。
酒場でも少し考えたことだが、やはり戦争に介入したいと思う。
その報償で地位はやっぱりめんどくさいので遠慮するとしても、名声を手に入れて金を荒稼ぎしようと考えたのだ。今後は二人分の生活費がかかるし。趣向程度の感覚だが、良いものを食べ、良い所で寝たい。それもひとつの幸せだろうと思う。
だがそんな中、戦場に今の状態のままエヴァを連れていくことはできない。
少なくとも自分の身は自分で守れるぐらいにはならなくては。
これは何も金を稼ぐためだけにそう言っているのではない。
あるいは俺と離れ離れになってしまった時、吸血鬼として人から害されても自分で対処して跳ね返せるようになっておかなければ危ない。
いつ吸血鬼の弱点を突いてくる魔法使いや人間が現れるとも限らないのだから。
荒療治だが、実戦から入って学ばせていこう。そうすれば小金を稼ぎながら訓練もできるという一石二鳥。
既に下地はこの8年でできているようなので、数か月の間に目覚ましく成長していってくれるだろう。
そう結論を出したので、俺は今戦火の絶えないであろう土地へ向かっているのだ。
考え過ぎなのかもしれないが、エヴァは18歳といえどまだ無垢な子供のような存在だ。見た目も真祖は吸血鬼になった時の背恰好が維持されるので幼い印象を増している。
そんな彼女は、安心と家族愛的なものを提供してくれた俺に対して精一杯答えようとしてくれている。
それが空回りしないように監視しながら、彼女の成長を促していきたい。
それが彼女の身を預かる俺の使命だ。責任は果たして見せよう。
そんなことを考えながら俺はエヴァの手を引いて道を進んでいく。
この先に戦いが広がっていようとも。
俺は魔法が大好きだから。
魔法は奇跡だと信じているから。
……まぁ単純にそろそろ、『魔法を使いたい病』が発生してきているだけなのだが。
「くくっ。《雷の暴風》」
「な、なんだこれはぁああああ!」
「ははっ!《闇の吹雪》」
「や、やめ―――――!!」
巨大な雷の竜巻とすべてを氷原に変える吹雪が地面を抉りつつ、兵をまきこんで荒れ狂う。
吹きとばされた人間達は、腕や足、首が千切れる者。飛んできた拳大の石に穴だらけにされる者、落下時の衝撃で息絶える者。
俺の魔法によって様々な死がそこには広がる。
俺は今、まさに戦場に立っている。
あれから次の街に向かっていた俺達は、たまたま途中で出会った商隊と合流し、護衛代金の代わりに一緒に街まで連れて行ってもらうことになった。
ついでにその時商隊の荷物から交渉して、ぼろ布みたいな服を着ていたエヴァに服を買ってあげた。
茶色のワンピースのようなもので、薄着のような気もしないではないが、気温など吸血鬼にしてみればあまり関係がないのでいいだろう。エヴァもはしゃいで喜んでいたし。
それからしばらくは何事も起こらず、俺としては盗賊の一人でも襲ってきてほしいと願う時間が経っていった。
まぁ仲良く、まるで本当の兄妹のようにエヴァとおしゃべりなどをしながらこれはこれで楽しく過ごしていたのだが。
「……ね!!……っ!!」
「……さ…!…!?」
「ん?」
俺はその聴力でかすかに人の争い合う、鉄同士が打ち合わされる音を拾った。
これはこの先でなにかあるなと思った俺はそれを商隊のリーダーに告げ(こいつは話が分かる奴だった)、とりあえず俺が一人で先行して様子を見てくると言って集団から離れた。
エヴァもついてくると言ったが、今回は我慢してもらうことにした。俺から離れるのは恐いだろうが少しの間だけだからとなんとか説得した。
そして俺は思わず不謹慎にも喜んでしまった。
目指す街がその先にある草原では。
俺が到着したまさに今。
戦争が行われていたのだから。
こういった経緯で今俺は戦場のど真ん中にて、魔法を連発しているというわけだ。
こいつらを排除しなければ進めないわけで。
だから遠慮はいらないと思った。
「やはり魔法はすごい。《魔法の射手 光の一矢》」
「この化物め! 死ねがはっ!」
背後から剣で襲いかかって来た男の心臓に魔法の射手を撃ち込んだ。
鎧をものともせず貫いた魔法、《魔法の射手》は汎用性の高い魔法だ。
俺ほどの魔力があれば、超遠距離からの狙撃にも使えるし、無詠唱なら早撃ちもできるので接近戦にも使える。さらに何柱も一斉に撃ちだすこともできるので本当に便利な魔法だ。
「な、なんなんだ貴様は!」
「ん? 俺か? 俺はな―――――」
俺が敵味方関係なく暴れていたのを見て、争っていた一方の指揮官らしき男が驚愕と恐怖に染まった表情で叫んだ。
すでに両軍とも死屍累々。草原につめていた数百からなる人間の死体の山が積み上がっている。
生き残っているのは中央より少し後方で全体指揮を採っていた指揮官とその護衛ぐらいだ。
そんな逃げても誰も咎めないであろう状況になってもまだ、叫び問い質す勇気があるこの指揮官に敬意を表し、俺は正直に答えてやった。
「吸血王さ。《雷の斧》」
「なん―――――」
ドガァァァン!
「ここは戦場だぞ。名を答えてやっただけでもありがたいと思え」
聞かれたことには答えてやった。だから後は他の兵と変わらず一撃で吹き飛ばして終わりにした。
さて、エヴァが待っている。はやく帰ってやろう。
しかし久々に思う存分魔法を使えてよかった。
やっぱり魔法って楽しい。
ちなみにこんなこと思ってるが、同時に俺は冷静に戦いを進めていた。
魔法を見た者を生かして返すわけにはいかない。
魔法は秘匿されて置くべきものだ。まだ、な。
だから後始末はしなくてはならない。
今回は既に周りに偵察や監視の兵が残っていないことも確認済み。
地面に残る破壊痕は戦闘があったのだからあって当然と思うので残しても問題ないだろう。
なら後はここにある死体を消せば万事解決。
「闇に沈め。《奈落》」
ズゾゾゾ、と地面に闇が広がる。
そして俺が指定した対象物(今回は死体)を引きずりこんで消えていく。
そして後には戦闘があったとだけ分かる草原が、風に揺れる。
「……俺は俺のために、俺の大切な人のために人を殺す。魔法で殺す。そこに躊躇いなどない」
俺はむしろ、こんな惨劇を生んでおいて何も後悔などが湧かない俺自身が心配になってきた。
なんか俺。だんだん本当に化物になってきたような……まぁいいか。
深く考えるまでもない。
俺は俺の意志で。
魔法を楽しむと決めたのだから。
肯定してくれるなら共に楽しみ。
否定するなら互いに争おう。
それが世界の理なのだ。
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