美しい少女がその太ももを惜しげもなくさらし、大きく足を上げていた。
だがそれはあまりに鋭く、的確であり、彼女の正面に立っていた"角の生えた"大男の頭にヒットする。
死を覚悟した大男だが、その目は驚きに見開かれる。
彼女の非力そうな見た目にふさわしく、その上段蹴りには大した威力は備わっていなかったのだ。
(な、なんだ?なんでこいつに部下は皆殺しにされたんだ?)
男のその疑問が最期の思考だった。
刹那の次の瞬間、男の頭はスイカのように弾けたからだ。
彼女の魔力が足をつたい、男の頭に流れたのだった。
彼女、サザンカと呼ばれるシャドウランナー(裏の仕事人)はゆっくりとその足を下げた。
すでに血まみれの彼女だが、その姿はあまりに美しい。
アジア系のようだが、そのざんばらな頭髪と瞳は金色をしており、何らかの人種とのハーフであることを推察された。
その服装は奇妙であり、一言でいうと着崩した和服だった。
肩を惜しげもなくさらし、その肌には赤い花のタトゥーがそこかしこに刻まれている。
そして、髪の隙間からわずかに覗く耳の先の尖りが、彼女が人間ではないということを示していた。
「あれ?」
すると突然彼女は童女のような表情で呟きを漏らした。
それまで冷酷にギャングを肉塊に変えていた様子とは大きな違いだった。
『サザンカ、落ち着きなさい。どうやらとんでもないことになったようね』
その声にサザンカが後ろを振り向くと、まるでファンタジーの冒険者のような姿をした銀色の少女が、落ち着いた様子で彼女に声をかけていた。
「シロガネ?そ、そう。あなたはシロガネ…私の導師精霊。私はサザンカ、日本帝国から逃げてきたミスティックアデプト…。」
そう言って、サザンカは自分の状況は必死に理解しようとしている。
しかしなぜそんなことが必要なのか?
『そういう設定だったわね。それで、元の名前は思い出せる?』
シロガネは腕を組んでサザンカに問いかけた。
「本名?大空 美月…いやそうじゃないわよね、プレイヤー名…思い出せない!」
彼女は絞り出すように声を出すと、両手で頭を押さえた。
サザンカの頭髪が血で汚れていくが、それを省みる余裕はない。
それはそうだ、彼女は、正確には彼はたったさっきまでパソコンのアプリケーションで、シャドウランというTRPGのキャラクターを作成していたのだ。
そして今、そのキャラクターの姿になり血溜まりの中にいる。
彼は、人を殺すどころか喧嘩すらしたことがなかった。
『ふぅ、私はあなたのことを完全に理解しているからわかるけど、こんな現象が起きるなんてね。とりあえず今は体を拭いて家に帰りましょう。いつナイトエラント(民間警察企業)がやってくるかわからないわ。』
サザンカは頷くことしかできなかった。
◎◎
第6世界と呼ばれる世界がある。
そこは21世紀の後半という未来世界だが、現実世界とは大きな違いがある。
そこでは、覚醒とよばれる異常現象が起きているのだ。
人間が、動植物が覚醒し、違うものになる。
街にはエルフやオーク、ドワーフと呼ばれる種族が当たり前のように歩き、荒野には動物が覚醒したクリッターと呼ばれる危険な生き物が闊歩する。
海を航行するタンカーはクラーケンの襲撃に怯え、飛行機すら安全ではない。
そしてこの世界には、ドラゴンや精霊と呼ばれる上位存在すらいた。
数代前のアメリカ大統領はグレートドラゴンが勤めていたほどだ。
「今は2075年…どうやら5版世界のようね。」
『そりゃあなた5版しかもってなかったもの。』
シャドウランというTRPGは版を重ねた歴史のあるTRPGだ。
本国であるアメリカでは6版まで出ていたが、日本語に訳された書籍は5版までだった。
『それよりあなた、シャワー浴びたら?』
彼女たちは高級マンションと呼んでふさわしい場所にいた。
彼女はライフスタイルを上流としていたのだ。
それはかなりの生活費を要求するが、それだけの住環境を得ることが出来ていた。
「だ、だって私男なのよ?ちょっと悪いような…。」
『何バカなことを…自分の体じゃない。』
それはそうだった。
今のサザンカには第6世界における18年の人生の記憶が元のTRPGプレイヤーの記憶と融合していた。
どちらが本来の人格かわからないほどだ。
だから彼女が自分を男と呼ぶのは、正しく、そして間違っている。
「うーん、そうなのかしら。」
そういうと彼女は、諦めたようにシャワーに向かおうとする。
しかしその時、彼女のコムリンク(ようするにスマホ)がコール音を鳴らした。
相手を見ると彼女のフィクサー(依頼人)だ。
少々悪さをしすぎたギャングの一団の殲滅を彼女に依頼した男だ。
この世界は国家よりもメガコーポと呼ばれる企業が世界を支配していた。
企業の利益に手を出したものは、血の制裁を受ける。
彼女はそれをアウトソーシングしていた。
『やあ、ミス。今日も見事な仕事ぶりだったね。おや?映像は無しかい?』
そういうのはおそらく40代の細面のヒューマンだ。
彼には色々と世話になっている。
このマンションを紹介してくれたのも彼だ。
その依頼を断ることはできなかった。
「これからシャワーを浴びるところなのよ。それより何かあったのかしら?仕事のあとに連絡してくるなんて珍しいわね。」
実際そうだった。
彼は余計な連絡をよこしてこない。
愛想はいいが、あくまでビジネスライクだ。
恩着せがましいところもなく、彼女はこの本名も知らないフィクサーを気に入っていた。
『おっと、シャワー上がりの君と画像越しで会話したがったが残念だ。まあ実は君に急ぎで依頼したい仕事があってね。』
「今から?とんでもなく急ね。」
彼女は嫌な予感に襲われた。
緊急の仕事なんてものは大体は厄ネタなのだ。
そして今の彼女は自己認識に大きな問題を抱えていた。
優先度をすべてAのプライムランナー(ようするにチート)として作った彼女には大きな資産がある。
しばらくは精神安定のために仕事を休みたかった。
『とある研究所でね、バイオハザードが起きた。そこにいる連中をすべて破壊してほしい。企業は表沙汰にしたくないらしいんだ。』
「それ…数はどのくらいなの?私一人でカバーしきれるならいいんだけど」
実際彼女はさっきのラン(仕事)を一人でこなしたが、それは相手が雑魚だったからだ。
普通シャドウランニングは複数のランナーでチームを組んで行う。
いつも同じチームでこなすランナーもいるが、大体はそのとき動けるものを即席のチームとすることが多かった。
『2人ほど仲間を用意したよ。アデプトとデッカーで、ふたりとも優れたランナーだ。まあ君よりは劣るだろうがね、信頼できる人材だよ。』
「ふう、しょうがないわね。場所を送ってくれる?シャワーを浴びたらすぐ向かうわ」
フィクサーはふぅと息をついた。
ひょっとしたら彼としては中々に困った事態だったのかもしれない。
『場所はレドモンドだ。詳細は送ったデータを見てくれ。』
「レドモンド!?そんなとこにある研究所って…。」
レドモンドはシアトルで一番の危険地帯だ。
原発事故の影響でまともな人間は住んでいない。
いわゆるモヒカンがヒャッハーしているエリアだ。
『そこでは昆虫精霊の研究をしていた。急いでくれ、今は内部に閉じ込めてあるが、あれが外にでたら大惨事だ。』