「さ、サザンカさんお子さんがいらっしゃったんですか!?」
オーバーン地区のスポーツバーでエルフの少女にしがみつかれたサザンカを見て警官のキャロルが驚愕している。
客観的に見て、二人はとてもそっくりに見えた。
「あ、あたしにそんな記憶はないわよ!?」
本当だ。
サザンカというエルフはまだ18歳で、日本帝国でトラブルを起こしてUCASに逃げてきた身の上だ。
その人生で子供を作る暇はなかった。
年齢=彼氏いない歴である。
「あのぉ、ご家族さんならドリンクの料金を払っていただきたいのですが…。」
店主はホッとした様子だ。
サザンカも身なりは綺麗だ、金を持っていないように見えないし、実際ゴールド(日本円で1000万ぐらい入る)のクレッドスティックを何本か持っている。
「ママぁ、リョウキンってなあに?」
少女は無邪気にサザンカを見上げて聞いてきた。
サザンカと同じ和服だが、もっと軽装で、ひざの出た浴衣に近い衣服だ。
紫色を基調にしている。
「仕方ないわね…とにかくこの場所を離れないと。」
サザンカは諦めてドリンク代を支払う。
店主はそのクレッドスティックの色に驚いていた。
そして近くの人気のないパーキングに彼らは向かう。
「あのね、お嬢ちゃん。あなたお名前は?」
しゃがんで少女に目線を合わせたキャロルが優しく聞く。
エルフの平均身長は180センチもあるが、その少女はまだ背が小さい。
なおサザンカは平均よりも低く170センチほどだった。
「名前?まだないよ!ねえママ、名前つけて?」
少女の答えは意味不明だ。
「な、何なのこの子?」
「妹さんとかじゃないんですか?」
サザンカは悩んだ。
確かに日本にはまだ親族がいるはずだ。
しかしこの少女は12,3歳くらいに見える、こんな年の妹や、従姉妹などいるはずがない。
大体彼女の一族はヒューマンだった。
サザンカは取り替えっ子なのだ。
「持ち物はなし…、おかしな子ですね。まるでなにもないところから突然現れたみたい。」
少女はとりあえずとキャロルが渡したキャンディーを舐めてご満悦の様子だ。
ありがとうお姉ちゃん、と言ったところからして、サザンカだけを母親として認識しているらしい。
『貴女日本から来たの?』
サザンカは試しに日本語で話しかけてみた。
『日本?なにそれ?』
すると日本語で応答が返ってくるのだが、その内容はやはり意味がわからなかった。
そしてサザンカはうーんと唸りながら霊視をしてみた。
困ったときは霊視、これはシャドウランの鉄則である、すると。
「え?」
サザンカはその結果に目を疑った。
目を瞬いて何度か霊視を繰り返す、だが結果は変わらない。
「あ、貴女一体?」
その時キャロルが身につけているコムリンクが音をもらした。
サザンカにも聞こえるようにスピーカーにしていたのだ。
『シアトルから、シアトル3。レドモンドで爆発が連続して起こっているとの通報だ。研究所地区に近い、直ちに急行し、現場を確認せよ。応援は、おって向かわせる。』
「シアトル3了解、ベルレッド・ロードを経由し向かう。所要5分」
『シアトル了解、オーバー。』
レドモンドは現実世界ではアマゾンの本社もあるビジネス街だが、第6世界では無法地帯だ。
しかし、企業の研究所がある地域は比較的治安が保たれていた。
どうやらそこに近い場所でトラブルのようだ。
サザンカは、キャロルは連絡の受け答えはカッコイイのにな、と現実逃避をしていた。
「サザンカさん、というわけでその子はお任せしていいですか?どうもトラブルみたいなんです。」
キャロルはパトカーの運転席に乗り込むとエンジンをかけた。
すぐにも出発する雰囲気だ。
「待って、何か気になるの。私も行くわ。」
「ええ!?危険地帯ですよ!その子を残すのも連れて行くのもダメですよ!」
サザンカは苦笑いした。
「この子に危険な場所はそうそうないと思うわ。」
「へ?」
「時間がないんでしょう?さあ行きましょう!」
そうしてサザンカは、膝の上に少女をのせて助手席に乗り込んだ。
◎◎
「あ、あれは一体?」
それは、一見すると火の精霊に見えた。
ヘルメス様式のメイジたちが召喚できるとっておきで、戦闘向きのとても高い能力をもつ。
巨大なそれが、企業の警備員たちの銃撃を無視しながら進んでいる。
だがそれは普通の精霊ではない。
なにかによって、汚染されていた。
「汚染精霊ね、汚染魔法使いがいるかは不明。フォースは…10よ。」
「10!?」
キャロルが驚愕していた。
プレイヤーキャラのランナーが召喚する精霊のフォースは6であることが多い。
それでも十分に強力で、エネミー相手に無双することができる。
10というのは、『いますぐ背を向けて逃げろ』ということと同義だ。
「ナイトエラントの主力が来るのを待ちましょう。」
「いえ、そういうわけにはいきません。」
しかしキャロルは極めて理性的なサザンカの提案に首を振った。
車内にしまってあった武器を取り出す。
「あれは南に向かっています。このままだとレントン地区に入ってしまいます。」
「本気?どうせどこかの企業の研究所がやらかしたのよ。それにレントン地区なんて、ヒューマニスの根城じゃない?」
ヒューマニスとは人間至上主義者のことで、サザンカやキャロルのようなメタヒューマンに激しい敵意を抱いている。
過去には虐殺事件なども起こしていた。
レントン地区はそのヒューマニスが根付いており、メタヒューマンは立ち入ることすら危ない場所だった。
「そんなのは関係ありません。これが、私の職務です。」
彼女は美しく飾られた鞘からカタナを抜くと、それを八相に構えた。
紫色の光を放つそれは、F6の武器収束具(ようするに魔法の武器)だった。
彼女はソード・アデプトであり、規制品(メッチャ強い装備を1個買える資質)の資質持ちなのだ。
「わかったわ。」
サザンカは微笑んだ。
どうやらキャロルのプロ意識は5か6のようだ。
夜の闇の中、炎を顔に受け、カタナを構える彼女はとても美しかった。
サザンカは魔力を集中させると、能力値増強:直観力の魔法をF8でキャロルにかけた。
「ありがとうございます!」
「ねえ貴女。」
サザンカは興味深そうに精霊を見ていた少女に話しかけた。
「貴女も飴をくれたお姉ちゃんになにかしてあげたら?お礼は大事よ。」
「うん、わかった!」
すると少女は存外素直に頷くと、サザンカのマネをするようにしてキャロルに魔法をかけた。
それは、サザンカよりも遥かに繊細で、強力な魔法だった。
F10は軽く超えている。
「
『当たり前よ、魔法の深淵はまだ遥か彼方。貴女はその入口をくぐっただけにすぎないわ。』
シロガネが言うのは真実なのだろう。
サザンカはまだこの世界の上位者たちを甘く見ていた。
「示現流四段、キャロル・ガルシア・ヒメネス…参る。」
キャロルはそう呟くと、凄まじいスピードで走り出した。
彼女の構えるカタナが紫の残光を走らせる。
すると、それまで銃撃を全く無視して進行していた精霊が、動きを止める。
間違いなくキャロルを見ていた。
そしてキャロルがまだ届かない距離から、炎弾を放つ。
それがソード・アデプトの弱点だった、当たり前だが、剣は遠くまで届かない。
「ふっ!」
しかしサザンカの魔法の援護を受けた彼女は、とっさに横に身をかわす。
炎弾が道に大穴をあけるが、彼女は全くひるまない。
そしてまた走り出した。
彼女の流派には、それしかない。
いや、それしか必要ないのだ。
「ああああ!」
鬼の蛮声を上げ、火の汚染精霊に突っ込む。
それは自殺行為だ。
なぜならば、精霊の周囲にはエネルギー・オーラが張り巡らされている。
F10のそれは、少女が張った
だが彼女はまだ生きている、そして痛みを感じていないように突き進み、接敵する。
カタナの射程内であり、今まで警備員たちの銃撃を防いでいた『通常攻撃への耐性』は、彼女には全くの無意味だ。
「限界を超えなさい!」
サザンカが叫ぶ。
あらゆる武器には限界がある。
どのような達人でも、現実世界では箸で鎧を斬ることはできない。
だが、この世界にはそれを可能にするものがある。
それがエッジだ、エッジは限界を超える力をもたらす。
箸で鎧が斬れるのだ。
そして、それがF6の、アーティファクトと言っていい武器ならば。
「チェストオオオ!」
◎◎
キャロルは救急車で運ばれた。
サザンカが治癒の魔法を使ったが、完全に意識を失っていた。
もちろんそれでもカタナを手放したりはしていなかった。
「おはよう!ママ!」
「はいはい、おはようアヤメ。」
結局サザンカは少女をマンションに連れて帰った。
彼女を送り届けるにふさわしい場所など想像もつかない。
名前を付けろとうるさいので、仕方なく花言葉をマトリクスで検索しながら名前を考えた。
アヤメの花言葉は、『優しい心』だ。
「ママー朝ごはん食べたい。」
「わかりました、ちょっと待ってね。」
彼女の生活スタイルは上流だ。
冷蔵庫の中にはそれなりの自然食品があった。
何を作ろうかな、と考えているとコムリンクが彼女をコールした。
相手はミルクだ。
「おはよう、ミルク今日はどうしたの?」
またデートの誘いかな、アヤメを紹介したらひっくり返りそう、と思いながらそれに出ると緊張した顔の彼女が映った。
『サザンカ、今すぐ荷物をまとめなさい。セーフハウスを用意するわ。急いで!』
「へ?どうしたの?」
彼女は必死だった。
『まだマトリクスニュースを見てないわね。これよ!』
彼女が送ってきたリンクを見ると、それは殺人事件のニュースだった。
シアトルの市議会議員が殺されたいう内容だ。
そしてその犯人として手配されているのは。
「は?」
サザンカと、キャロルだった。