「サザンカさん~。」
ミルクが用意してくれたセーフハウスは、エヴァレット地区の下町にあった。
ここは10年以上前に起きたマトリックスの世界的事故、クラッシュ2.0によって住民情報が消滅した地区だ。
セーフハウスを置くにはぴったりなのだろう。
中々きれいな一戸建ての建物に入ると、そこにはキャロルがいた。
サザンカを見ると泣きながら抱きついてくる。
「キャロル!よかった…でもどうしてここに?」
「そ、それが刑事課の先輩に逃してもらって…ここに行けって言われたんです。」
それに続けたのはミルクだった。
ちなみにビキニは着ていない。
トロール用のごついチェインメイルを身にまとっていた。
「トッシュのやつとは知り合いでね。あの手配について聞いてみたら、向こうからその子を預かってくれないかと頼まれたんだ。」
トッシュというのはどうやらトロールの刑事のようだ。
そしてミルクは不思議そうな顔をしてサザンカに訊ねた。
「ところでその子はなんだい?妹がいたなんて初耳だよ?」
それはもちろんアヤメのことだった。
ミルクの巨体に物怖じせず、口をあけて彼女を興味深そうに見つめていた。
「あ、ああそれはね…。」
どう説明しようとサザンカが悩んでいると、アヤメは容赦なしに爆弾を叩き込んだ。
「アヤメはママの娘だよ!ママに造ってもらったんだ!」
「…サザンカ、詳しい話を聞かせてもらおうかい?」
◎◎
「どこから来たのかもわからず心当たりもないけどあんたとそっくりでママと呼ばれた?…それ正気で言ってるのかい?」
「事実なんだから勘弁して…。」
ミルクはジト目でサザンカを見る。
サザンカは背中に汗が流れるのを感じた。
「ミルクさん、それが本当なんですよ。会った時私も一緒にいたから間違いありません。ところで名前つけてあげたんですね。アヤメって日本語ですか?」
「うん、花の名前。」
「うわー、それは素敵ですね。」
ミルクはしばらく目をつむったがそれをカッと見開くと決意したように言った。
「いいよ、アタシはすべてを受け入れる。あんたがバツイチだろうがずっと年上だろうが気にしないよ!」
「あ、ありがとう…。」
ミルクはアヤメにアタシのこともママと呼んでいいよ、と言ったがすげなく断られていた。
サザンカはパン!と手をうつ。
「それはともかくこの件は一体なんなの!?あたしは全く心当たりが無いんだけど。」
「わ、私もです。ナイトエラントの警察病院の病室にいたら、ちょっとあまり上手くない変装をしたトッシュ先輩が来て、いいから逃げろと…。はあ、私のカタナ今どこにあるんだろう…。」
ミルクはコムリンクを操作するとデータをサザンカのそれに送った。
なおキャロルのコムリンクは病院に置いてきたらしい、追跡される可能性が高いからだ。
「今わかってるのは、この程度だね。一般のマトリックス検索で分かる範囲だ。これ以上を調べようとしたら、ツテに頼るか、デッカーに依頼するしか無いわ。」
それには事件の概要が書かれていた。
殺されたのは、反市長派の親メタヒューマン若手議員。
自宅にいたところ、侵入してきたキャロルに撃ち殺されたことになっている。
それを支援したランナーとしてサザンカの顔写真がついていた。
ピンボケしたあまり良くない画像だ。
「これって…。」
「あー、多分私のボディカメラに写ったやつだと思います。」
サザンカは不意をうたれた。
「え、じゃあ昨日あたしがキャロルと一緒にいたのはバレバレだったの!?」
「あれ、サザンカさん警官にはみんなボディカメラがついてるのご存知なかったのですか?」
ご存知なかったのだ。
「あんた…そんなの常識だろう…。」
ミルクが呆れたように言う。
「状況からするとキャロルちゃんだっけ?あんたがランナーとツテがあるのに気づかれて、丁度いいからと罪を着せられた感じだね。だがナイトエラントも一枚岩じゃない感じだ。」
「それってこの議員を殺したのがナイトエラントってこと?」
ミルクは腕組みした。
「まあ、あそこも所詮企業だからねえ。市長あたりと共謀したんじゃないかい?」
現在のシアトル市長、ケネス・ブラックヘイブンはよりによってヒューマニスの首魁だ。
シアトルのメタヒューマンは皆市長の交代を望んでいるが、やり手の彼は現在うまく立ち回っている。
「そんな…じゃあもうシアトルにいれないってことですか?」
「というかそれ以前にあんたはこのままだとSINレス真っ逆さまだよ。ようこそ影の世界に。」
キャロルはそんな~と泣き言を言う。
「まだ全てが決まったわけじゃないでしょう、ようするに真犯人とその証拠を見つけて突きつけてやればいいのよ。」
「それしかないだろうね。」
「でも、違和感があるわ。キャロルほどの戦力を、何でこんなに簡単に捨てたのかしら。」
ミルクはサザンカに聞いた。
「この子は凄腕なの?」
「F10の精霊に突撃して生き残るくらいには」
ミルクは綺麗な口笛をふく。
ジェイムズよりずっとうまい。
「それも調査事項ね」
サザンカは決意して言った。
「となるととっかかりは、『実行犯』『ナイトエラントの犯人の協力者』の調査かしら。あとは『実際の殺人現場』を調べたいわね。」
「警官がガッチリガードしてるんじゃないかい?」
サザンカは微笑んで言った。
「それにはプランがあるわ。」
「嫌な予感しかしませんが、やるしかないんですね…。」
「ふん、じゃあ前の二つについてはアタシが調べるよ。」
行動指針は決まった、だがその時アヤメを除く彼女たち全員が緊張する事態が起きた。
セーフハウスのインターホンが鳴らされたのだ。
「ミルク、ここを知っているのは?」
「マイクロビキニズの腹心を除けばいないわ。彼女が裏切ることは、ありえないと思っていい。」
カメラの画像を見ると、そこには派手な赤いドレスを着た妙齢のヒューマンの女性が立っていた。
知らない顔だ、後ろの二人を見ると、キャロルも首を振る。
しかしミルクは引きつった顔をした。
「な、なんでこいつが…。」
すると、鍵がかかっていたはずのドアが勝手に開いた。
サザンカは、魔法の指と物品移動の魔法が使われたことに気づいた。
メイジだ。
「お邪魔するよ。」
その女性は遠慮もなく家に入ってくる。
サザンカたちは警戒した。
いつでも戦える姿勢だ。
しかし、彼女はサザンカたちに目もくれず、アヤメを注視した。
そしてため息をつく。
「わかっちゃいたけど、違ったかい。」
「どちら様?勝手に鍵を開ける人はあんまり迎えたくないんだけど。」
女性はちらりとサザンカに目をやった。
嫌な目だ、まるで虫でも見るような。
『サザンカ、こいつに喧嘩を売るな。』
そのとき、サブボーカルマイクで、緊張したミルクの声がサザンカにかかった。
女性は、少し考える姿勢を取ると、サザンカに向けて話しだした。
「あんたらのことは知ってるよ。困ってるんだろう?もしよかったら仕事をしないかい?そしたらあの変な手配を引っ込めるように圧力をかけてあげるよ。」
そんなことを言うということは、彼女はどこかのメガコーポの実力者あたりなんだろうか。
しかしミルクが首を振った。
「悪いが断らせてもらうよ、こちらにもメンツがある。」
「そんなことを言ってる場合かねえ、それならあれだ。私の名前はラビアル、とあるヒューマンのラビアルからの依頼ということでどうだい?」
ミルクはちらりとサザンカを見た。
霊視をしたサザンカは状況を察していた。
ミルクにうなずくとラビアルに答える。
「わかったわ、それで依頼ってのは?」
「卵を探してほしいのよ、でかい卵。」
「なんですって?」
だが彼女は真剣なようだった。
「魔法がかけてあって、ちょっとやそっとじゃ壊れない。だけどアーティファクトとかで殴られると危ないね。報酬はさっき言ったのに加えて一人頭2万新円。」
それは一つのランの報酬としては破格だった。
だが、これは普通のランではない。
「勘だけどね、あんたらはどこかで関わる。その時必ず確保して、しなかったら…後悔することになる。」
「いいでしょう、連絡は?」
そこのトロールが知っているでしょう。
そう言うと、彼女は来たときと同じようにドアに手を触れずに締めて立ち去った。
「あのオバサン、なんかいやー!」
アヤメが口をへの字に曲げて言う。
サザンカは苦笑した。
「それ、本人の前で絶対言わないでね。」
「な、なんだったんですか?」
一人だけ状況を理解していないキャロルが戸惑ったように言う。
「知らぬが吉よ、それより動きましょう。彼女の言ってた依頼は、全くとっかかりがないからね。今は予定通りに。」
◎◎
「け、刑事課長?なぜこちらに。」
「なぜも何も殺人現場に私が来ておかしいのかな?」
だがおかしいようだった。
殺人現場は刑事課の管轄だ。
だがそこには刑事は一人もいない、鑑識すら来ていなかった。
「現場を見たい、君たちは外の警備を頼むよ。」
「は、はあ…。」
地域課の警官たちは戸惑ったような表情をしていたが、階級が上の相手に言われたことだ。
引き下がると屋外に出ていった。
「魔法ってすごいんですね…。」
『キャロル、センサータグがあるかもしれないからサブボーカルマイクを使って。』
『あ、ごごごごめんなさい!』
それは物理の仮面の魔法で変装したサザンカと、完全透明化の魔法で透明になったキャロルだった。
『それで、どう?刑事の勘ってやつは。』
『それ何十年前の話ですか?時代は科学捜査です。』
だがキャロルはプロだった。
殺人現場の見分を始める。
『実行犯は複数ですね。護衛も殺されています。武器はサブマシンガンかな?フレシェット弾が使われてますね、確実に殺したかったようです。』
『何か犯人につながる手がかりは?』
そうですね…。
キャロルは考え込んだ。
『弾痕が多すぎます、腕は悪いですね。弾痕の種類も多いので、違う銃を使ってますね。だから企業の戦力とかじゃないんじゃないかな…、ランナーでもないし、程度の低いギャングあたりかしら。』
なるほどね。
サザンカは呟いた、これで犯人がかなり絞れる。
その時、外を警備していた警官たちが銃を構えて駆け込んできた。
「貴様!何者だ!?刑事課長は今中央署にいらっしゃるぞ!?」
「あらら、もうバレたの?早かったわね。」
『サザンカさん、あの、殺さないでくださいね?同僚なので…。』
サザンカは苦笑をしてそれにうなずいた。