「ん、動体反応はない。虫一匹。」
「こちらのセンサーにも反応はない。」
二人のサムライが報告をする。
一人はロータス、もう一人はジョンソンのボディガードだ。
おそらくオークの短髪の黒人で、スーツを身にまとっているがその下にアーマー・ベストを着込んでいる。
エッセンスはロータスと同じくほとんど感じられなかった、かなりのサイバーを入れているのだろう。
「な、何が起きてるんだ?アリスはどこに?」
慌てているのは白人のジョンソンだ。
だが喚き散らさないだけの分別はあるようだった。
護衛の指示に従い、草むらで身を縮こませている。
そう、ここはどうみても森だった。
「ランナー、いや名前を教えてくれ。どうやらチームを組む必要がありそうだ。」
「そうね、私はサザンカ。そっちはロータスよ。」
護衛のサムライはうなずくと自らの名を名乗った。
「俺のことはレックスと呼んでくれ。ミスターの護衛をして長い。それで、メイジとしてこの現象をどう推察する?」
サザンカはきれいな形をした顎に手を当てて考え込んだ。
「まず思いつくのはアルケラかしら…。アストラルの隙間に出来る異次元空間で、時間も物理法則も違う場所よ。」
「そんな場所があるなんて初耳、でもそうならマトリクスが一切感じられないのも納得がいく。」
まるで驚いた顔をしていないロータスがそう言う。
それは信じられない話だった。
ここにはネットが繋がっていないというのだ。
「そんな馬鹿な…ほ、本当だ!」
ジョンソンが自分のコムリンクを見て驚きの声を上げる。
レックスはため息をつく。
「まるでおとぎ話だな。それで、どうすれば脱出できる?」
「わからないわ…話によるとアルケラに迷い込んで出てきたら5万年経ってた人もいるそうよ。」
サザンカは正直頭を抱えていた。
シャドウランTRPGは未来世界を舞台としたTRPGだが、実は同じ会社から発売されているアースドーンというファンタジーTRPGと世界観を共通している。
遥か古のアースドーン世界は第四世界と呼ばれるのだ。
サザンカはプレイしたことがないが、日本語未訳のシャドウラン6版にはアルケラ帰り、つまりアースドーンでアルケラに迷い込み、シャドウランの時代に戻ってくるという資質があった。
「そいつはごめんだな。」
レックスはため息をつくと、構えたFN HARの銃身をさすりながら思慮しているようだ。
そしてサザンカに目線をやると提案した。
「思うにここに来る前に声が聞こえた。あいつをヤればいいんじゃないか?」
「それはありえるわね。」
あの光と声は明らかに異常だった。
しかも彼らはフォース10の収束具に手を出そうとしていたのだ。
間違いなく関係があると言っていいだろう。
「ん、それでこれからどうする?私はこの道を進むのを提案する。」
そうだ、ロータスの言う通りここには道があった。
森の中を一本のむき出しの獣道が通っている。
気がついたらサザンカたちはそこに立っていたのだ、そしてすぐに草むらに隠蔽をとって今に至る。
「それしか無い気がするわね、それにしても、何か見覚えが…。」
「どういうことだ?何かあるなら教えてくれ。」
しかしサザンカはお茶をにごした。
さすがに転生前の世界のオンセツールのデフォルト画面に似ている、とは言えない。
そう、木の怪物が一体、ゴブリンが二体、そして冒険者と子供のコマがいるあの画面だ。
「えーっと、多分デジャブってやつよ。気にしないで、それより行動を始めましょう。」
彼らは、草むらから出ると、”足跡の一切ない”その道を進み始めた。
◎◎
「森が途切れているようだ。」
レックスがサイバーアイで注視しながらそう言った。
どうやら彼のアイには映像拡大が入っているようだ。
「みんな、警戒して。何があるかわからない。」
ジョンソンを含めた全員がうなずく、そして彼らは森から出た。
「広いわね。」
サザンカが呆れたようにつぶやいた。
そこは広大な平原だった。
短い草が生えており、地平線が見える。
彼女は途方にくれた。
「まいったわ、どこに向かえばいいのかしら。」
「サザンカ、気をつけて!なにか来る!」
ロータスが珍しく声を高くして警戒を告げる。
サザンカは霊視を行って襲撃に備えた。
しかし、そこに現れたのは…。
『やあ、よく来たね。』
「馬鹿な、猫がしゃべっただと!?」
レックスがアサルトライフルを構えて驚きの声を上げる。
そしてサザンカも同じく驚いていた。
”サムライにも見える”
それは実体のある存在なのだ。
『僕はチェシャ猫さ、知らないかい?有名だろう?』
そうサザンカたちに話しかけてきたのはトラジマの猫だった。
だが、口元がおかしい。
まるで人間のように嫌な笑みを浮かべている。
普通の猫であるはずがなかった。
「それ以上近づくな!貴様何者だ?」
レックスは静止の声をあげる。
ボディーガードとしてそれは当然だった。
『レックス、ずいぶんよそよそしいじゃないか。あんなに優しくしてくれたというのに。』
「…猫好き?」
「そんなわけがあるか!」
しかしその猫はレックスの名前を知っていた。
だが彼が何かを隠しているような様子はない。
『細かいことはいいじゃないか、君たちはアリスを助けにきたんだろう?ならば僕は君たちの味方だよ。』
チェシャ猫のセリフを聞いてジョンソンが目をむいた。
「アリスがここにいるのか!?どういうことなんだ!教えてくれ!」
『ゲームだ。』
だが、必死に娘を心配するジョンソンをチェシャ猫が遮った。
前足を振ると、突然目の前にトランプが現れる。
『僕はアリスの味方だが、チェシャ猫なのでね。ひねくれものなんだ、情報がほしければゲームに勝つことだ。』
カードが浮遊し、サザンカたちの前に配られる。
2枚ずつ…これはブラックジャック?
「サザンカ、これは精霊?」
「いえ…霊視結果は猫よ。」
そうなのだ。
それはどう見ても普通の猫だ。
覚醒している様子もない。
だが宙に浮かび、人語を喋っている。
「ふざけるな!アリスはどこにいる!?」
興奮して猫に詰め寄ろうとしたジョンソンをレックスが抑える。
ロータスがどうする?という目線をサザンカによこした。
「いいでしょう。」
サザンカはカードを手に取った。
「ヒット。」
『いいね、さすがはランナーだ。』
猫はいやらしい笑みを浮かべた。
◎◎
『おっと、バストだ。』
「は?」
イカサマする気満々だったサザンカの意気は、すぐにそがれた。
チェシャ猫は勝手にカードをひいて21を超えたのだ。
自爆だった。
『うーん、うまくいかないものだね。トリッドのようにかっこよく決めたかったんだが。』
「あなた、何なの?」
チェシャ猫は再びおかしな笑みを浮かべた。
だが、今のサザンカにはそれがどうも下手な役者の演技のように見えた。
『約束だからね、教えるさ。この先には街と村と城がある。』
「はあ?」
わけのわからない情報だった。
『それぞれ守護者がいる、なんとかしないと進めない。そして城にはアリスがいる、助けてやってくれ。』
「なにそれ?ゲームのつもり?」
だがサザンカは気づいた。
これは、『ゲーム』なのかもしれない。
テーブルトークという名の。
『僕の役目はここで終わりだ、"エッセンスが尽きた"のでね。』
サザンカたちの目の前で、チェシャ猫は少しずつ消えていく。
燃え尽きるかのように。
『だが僕は嬉しかったよ、”パパ”が来てくれて…。』
「なんですって?」
そして、そこにはもはやカードも、猫も何も残っていなかった。
◎◎
「本当に街があったな…。」
呆れたようにレックスが言う。
サザンカは同意だった、何も見えない草原を進むと、突然目の前に中世風の街が現れたのだ。
今突然作られたかのように。
アルケラには、物理法則という言葉は存在しないのだ。
「サザンカ、フライスパイは今のところ何も見つけていない。」
サザンカたちは警戒しながら石畳の街の中に入った。
その街は、たしかに街のように見えるが、明らかに偽物だった。
人は一人もおらず、生活感もない。
テーマパークの方がまだ本物らしかった。
「気をつけて、あの猫が言っていた守護者がいるはずよ。」
サザンカは確信していた。
これは間違いなくギミックだ、次はきっと戦闘がある。
「ち、しかし厄介な地形だ。クリアリングが難しすぎる。」
レックスが愚痴を放った。
サザンカたちはそれぞれ装備した映像リンクを用いて、フライスパイ、つまり超小型のドローンを含めた視界を共有している。
しかしそれでも死角は多い。
ボディガードである彼にとっては辛い状況だろう。
「すまない、レックス。しかしここで死ぬわけにはいかない。アリスが待っている。」
「ミスター、弱音を吐いて申し訳ない。貴方は必ず守ります。」
どうやらこの主従はたしかな信頼で結ばれているようだ。
「サザンカ、これがBL?」
「ロータス、誰にそれ教わったの?殴っておくから教えて。」
その時、ロータスと共有しているフライスパイの視界に人影が写り込んだ。
ジョンソンを除いた全員がその方向に身構える。
「どうする?」
「あの猫はなんとかしろ、と言っていたわ。」
彼女らは警戒をしながら近づく。
フライスパイは人影を精密に捉え始めた。
「子供?」
「アリスお嬢様…ではないな。」
どうやらターゲットではないようだ。
それはファンタジーものにでてくるような服装をした少女だった。
赤を基調とした服装に身を包み、自然素材で編まれたカゴを手に持っている。
その中には、小さな箱がいくつも入っていた。
「マッチ?」
「ん?なんだそれは。」
そしてサザンカたちがその少女の前に立つと、彼女は突然言葉を紡ぎ出した。
「寒い、寒いよ…ママ。」
そしてマッチをする。
サザンカは、嫌な予感に包まれた。
そして。
「火の精霊!フォースは6!」
彼らは、マッチから生まれた精霊に向かって、悪態をつきながらトリガーを引いた。