サザンカの『雷撃』の魔法が火の精霊を貫く。
だが一撃で仕留めきることができない。
F6の精霊とは恐るべき存在なのだ。
『ガアアァッ』
炎のオーラをまき散らすその存在は、サザンカに狙いを定めたようだ。
揺らめく腕を彼女に伸ばそうとする。
しかし。
「撃つ。」
ロータスの手首が落ちる。
いや、ふたが外れたのだ、彼女の前腕はサイバーアームになっていた。
どこぞの宇宙海賊のように腕に銃が仕込まれていたのだった。
TATATATATA
軽快な音がして、サイバーサブマシンガンが斉射される。
それは的確に火の精霊に突き刺さった。
精霊は、通常武器に対する耐性を持つが、その弾丸は見事に精霊の体を貫く。
おそらく高い貫通性を持つ、APDS弾が装填されているのだろう。
『グォウ』
精霊はうめき声を上げると途絶した。
そして、ボディーガードのレックスがアサルトライフルの銃口を少女に向ける。
その判断は間違っていないだろう、しかし。
「待って!レックス。私に任せて。」
サザンカは簡易動作を用いて声を上げた。
そして2パス目に走行すると、『マッチ売りの少女』に走り寄る。
彼女は、少女からマッチと編みカゴを強引に奪い取った。
「あ…。」
さらにマッチを擦ろうとしていた少女は驚いたようにサザンカを見つめる。
まるで、いままで彼女の存在に気づいていなかったようだ。
少女はサザンカを見つめると小さく呟いた。
「ママ、なんで死んでしまったの?」
「な!?」
その声を聞いたジョンソンがうめき声を上げる。
そして、少女はチェシャ猫と同じように、燃え尽きるかのように消えていった。
◎◎
「なぜ撃つのをやめさせた?確かにあれで問題はなかったが…。」
彼らは再び草原を歩いていた。
『マッチ売りの少女』の消失と同時に、街は跡形もなく消えたのだ。
サザンカはごまかすように手を振るとレックスの質問に答えた。
「なんとなくの勘よ。特に理由はないわ。」
「ふむ、ランナーの勘は馬鹿にできないからな。」
さすがに説明しづらかった。
もしGMが日本人なら、子供を撃ち殺したらペナルティをかけてくるんじゃないかと思った、とは言えない。
しかしそれが正解のような気がサザンカはしていた。
「それにしてもロータス、サイバーガンなんて仕込んでたのね。」
「ん、幸運だった。さすがに病室に銃を持ち込むのは難しい。」
おそらく拳銃ぐらいはどこかに隠し持っているのだろうが、精霊を相手にするにはそれはあまりにも頼りなかった。
レックスがアサルトライフルを持っているのは、彼が護衛であり、主であるジョンソンが大金を病院に支払っているからこそだろう。
「レックス、あの子供の声なんだが…。」
それまでずっと黙っていたジョンソンが隣を歩くレックスに話しかけた。
眉間に深いシワを寄せている。
レックスは目を伏せると答えた。
「そうですね、アリスお嬢様に似ていました。」
「ああ、あの猫もおかしなことを言っていた。どういうことなんだ…。」
サザンカの中にはいくつか推測があったが、それを声に出すことはしなかった。
確証があまりに乏しい。
そのとき一陣の風が吹き、サザンカの金髪を揺らす。
彼女はその風のなかにアストラルのゆらぎを感じた。
「みんな、気をつけて。多分、『村』が出現する。」
一行に緊張がみなぎる。
そして、まもなくサザンカの言う通り、虚空に建物が出現していった。
◎◎
「ん、変わった作りの建物。アジア方面?」
「そうね、これは日本の…茅葺き屋根の家ね。」
そこには確かに村と呼ぶにふさわしい作りの家が並んでいた。
外周部には、田んぼが並んでいる。
「日本にはこんな建物があるのか?意外だな。」
レックスが驚いたように言う。
確かに第六世界の日本は恐ろしく発展しており、都市は高層建築が並んでいる。
田舎にもこんな建物は残っていないだろう。
「今はさすがに…いえ全くないとは言い切れないけど、こんな建物はまずないわよ。」
サザンカは言うべきか少し悩んだ後、続けた。
「そうね、大昔の、おとぎ話の舞台みたいな村ね。」
「おとぎ話、それがキーワード?」
相変わらずフライスパイを飛ばしながらロータスが応じる。
彼女はひょっとしたら扶養家族の弟たちに、絵本を読んで聞かせたこともあるのかもしれない。
「ええ、今のところ『不思議の国のアリス』に、『マッチ売りの少女』ね。」
それはしかし偶然かもしれない。
だが、3つ重なったならば、それが偶然である可能性はほぼ無くなる。
そう、今まさにその3つ目が彼らの前に姿を現した。
「動くな!」
「いきなり銃を向けるとは、物騒でござるな。やはり鬼とは気が合わない。」
現れたのは、桃の絵の描かれた陣羽織を羽織った、ちょんまげの若い男だった。
◎◎
「あなたは話が通じるのね。」
「会話はできるでござる。しかし意味があるかはわからないでござるがな。」
彼の後ろには犬と猿と雉がいる。
だが霊視したサザンカは気づいていた。
すべて覚醒している。
そして覚醒生物学の知識技能が彼女に伝えていた。
あれはバーゲストと、ブラッドモンキー、そしてコカトリスだ。
すべてエネミーサプリ、ハウリングシャドウに記載されているクリッターである。
「さて、ここを通すわけにはいかぬでござるな。アリスの夢を叶えなければならぬゆえ。」
「なんですって?」
だがサザンカ以上にジョンソンが反応した。
「アリスを知っているのか!?アリスは今どこにいるんだ!」
『桃太郎』はジョンソンを見ると、辛そうに答えた。
「アリスは今、城にいるでござる。そして、物語を書いている。母上に見せるために…。」
「馬鹿な!彼女は、もういないんだぞ…。」
ジョンソンの表情は見るに耐えなかった。
苦悩が詰まりきったような顔をしている。
桃太郎は続けた。
「しかし、あの神々しい精霊は約束したでござる。アリスがそのエッセンスを捧げれば、母にあわせると。」
桃太郎のその言葉で、サザンカは状況を察した。
これはつまり、よくある詐欺だった。
もっとも、詐欺師がおそらく神に近いだろうフォースを持つ精霊なのが厄介な点だった。
「貴方、それを信じているの?」
「なんとも言えぬ。だが…価値はあるとアリスは判断したでござる。命を捧げることになっても…。」
ジョンソンが目をむく。
「命をだと!?」
サザンカはジョンソンに説明を始めた。
だが、それは桃太郎に聞かせるためでもあった。
彼女は彼を言いくるめることにしたのだ。
「エッセンスを吸い取る精霊…それはおそらく影の精霊ね。そして物語を書かせてるとなると、詩神(ミューズ)と呼ばれるタイプよ。」
「ん、そんなものが?」
サザンカはロータスにうなずいて答えた。
「だけど、死者を蘇らせるなどどんな精霊にも不可能よ。たとえ最も強力なグレートドラゴンにでも…それがこの世界のルール。」
そう、この世界には死者蘇生魔法は存在しない。
サザンカは目に力を込めて桃太郎をまっすぐ見つめて言った。
「だから、あなた達は騙されている。ここを通してちょうだい、アリスを救わなきゃ。」
NPCの態度は中立+0
NPCにとって有益+1
相手の弱みか大きな取引材料を握っている+2
チームにオークかトロールがいる-2
サザンカはダイスを振った。
そして。
「そんな気は、していたでござる…。そんな夢のようなことが現実にあるはずはないと。」
桃太郎はうなだれて呟いた。
彼が腰に差すカタナからオーラが消える。
武器収束具の活性を解いたのだ。
「あなたは、あなた達は何者なの?」
サザンカは重ねて問うた。
桃太郎は素直にそれに答える。
「我らは、アリスのかけらのようなもの。」
そう答える彼のからだが薄れていく。
おそらく今までの彼らのように消えようとしているのだろう。
「アリスの意思は統一されてはいない、拙者のようにどちらとも言えぬと思うものや、あの猫のように完全に否定したものもいる。」
犬が、猿が、そして雉が消える。
それらの光は遠くに向かって飛んでいくように見えた。
おそらく城に。
つまりアリスのもとに。
「だが城には精霊に賭けたものたちがいる。彼らはお主らに刃をむくでござろう。」
「彼らを傷つけると、どうなるの?」
消えかけの桃太郎は答えた。
「問題ないでござる、アリスの元に還るだけ。お頼み申す、あの精霊を倒してアリスを救ってくだされ。」
サザンカは、うなずいてそれに答え、桃太郎は消えた。
◎◎
「ジョンソンさん、状況はわかったかしら。」
彼は苦悩をにじませて答えた。
「ああ、アリスはそんなに彼女に会いたかったんだな。私の、おそらく私のせいだ。あの子とは月に数回しか会ってない、父として振る舞えていなかった。」
「ミスター…。」
しかしロータスが空気を読まないことを言う。
「ん?上乗せ交渉?」
「んなわけないでしょ、依頼内容はアリスを目覚めさせること。それは今も変わってないわ。」
だがジョンソンは首を振って彼女たちに答えた。
「状況は最初とまるでかわっている。アリスを救ってくれたなら、報酬は大きく上乗せしよう。」
ロータスは社交技能をまったく取っていないだろうが、どうやら交渉は成功したようだ。
サザンカは肩をすくめると言った。
「行きましょう城に…クソッタレの精霊をぶちのめしにね。」
そして、彼らは神に挑む。