「私の名前は、
意図せず迷い込んだ第二文芸部の部室で、私とアヤメさんは顧問のロザミア先生と、そして部員でクラスメイトのシーラさんと一緒に彼女の相談を聞くことになってしまいました。
紅葉さんと名乗った彼女は、見るからに日系で、鴉のような黒い髪をした美しい方でした。
この学校では珍しく、制服を身にまとっています。
「お父さんの仕事の都合で、日本からここに来たんですが、街に出ることは禁じられていて、ずっとこの学校の敷地内にいるんです。」
椅子に座る彼女の話を聞いて、なんだかひどい話だと思いました。
でも考えてみると、私も学校を出るときはレックスおじさまの付き添いが必要になるのでした。
私も、あまりいい環境ではないのかもしれません。
「私、引っ込み思案で友達もできなくて、寂しくしてたんです。でもお姉さまがいてくださって…。」
「なんですの?そのお姉さまという方は。」
シーラさんが首を傾げて問いかけると、紅葉さんは紅茶の入ったカップを強く握りしめ、私達に目線を向けました。
「とても、とても優しい方なんです!先輩で、放課後に時々一緒におしゃべりをして、勉強も教えてもらって…それなのに、いなくなってしまった。」
彼女の相談とは、どうやらその『お姉さま』を探して欲しい、ということのようでした。
私は、この部活動の単なる見学者で、無関係なのについ口から質問を発してしまいました。
「そのお姉さまって、どういう方なんですか?いなくなったというのは?」
紅葉さんは、本当に困ってしまったような顔をしてそれに答えました。
「名前は、わかりません。何年生かも知らないんです。ただ、ここの制服を着てましたから、山吹影の生徒なのは間違いないと思います。」
アヤメさんが不思議そうに紅葉さん聞きました。
「友達なのに、名前を聞かなかったの?あたしなら、すぐ聞くし、名乗るんだけどなー。」
「そ、そうなんです!それが、私も不思議で…。」
紅葉さんは困惑していました。
そこに、嘘をついたり、誤魔化しているような様子は見られません。
「なんで私名前を聞かなかったんだろう?何年生で、どのクラスかって、知りたいはずなのに。」
「それで、いなくなったというのはどういうことなんだい?」
それまで黙っていたロザミア先生が口をはさみました。
生徒が行方不明と聞いて、見過ごせないと考えたのかもしれません。
「そうとしかいいようがないんです。数日前、お姉さまが私にハンカチを貸してくださって、それを返そうと思ったんです。」
彼女はカバンから、黒い上品なハンカチを出しました。
綺麗に洗濯され、折りたたまれているように見えます。
「そしたら、あれ?お姉さまって何年何組にいるんだろう、そういえばお名前は何ていうんだろうって思って。」
彼女は途方にくれたようにしながら、そのハンカチを再びカバンにしまいます。
「勇気を出して、全部のクラスを探して回ったんです。覚醒者の方のクラスも…でもどこにもいなくて、そして今まで会っていた場所にも来られなくなってしまったんです…。」
ロザミア先生が顎に手を当ててつぶやきました。
「ふうむ、不思議だね。そう思わないかシーラくん。」
するとシーラさんは胸を張って言いました。
「お任せください先生!第二文芸部の久々のラン、見事達成してみせますわ!紅葉さん、安心なさって。あなたのお姉さまは、私達が必ず見つけてみせます!」
「お、お願いします?」
彼女は奇妙なことを言いました、紅葉さんがぽかんとしながら返事をしています。
ラン?私達?
ですが、それはどうやら合言葉か何かだったようです。
ロザミア先生は、口を三日月の形に開いて、告げました。
「ではよいランを、
◎◎
「まずは生徒名簿をみたいですわね。」
紅葉さんは、帰りました。
そしてロザミア先生もどこかに行ってしまいました。
第二文芸部の部室で、私とアヤメさん、そしてシーラさんは作戦会議を始めることになってしまいました。
あれ?私見学なのに。
「ロザミア先生にお願いすれば?」
「それはノーでございますわ。先生はあくまで顧問、活動には参加なさいません。フィクサーでございますしね。」
ですがアヤメさんはとても乗り気のようでした。
ワクワクするように拳を握っています。
「へー、これが第二文芸部の活動なの?」
「先生から説明がありませんでしたこと?第二文芸部は物語を生み出すのが活動なんですわ。」
そういえば、そんなことを言っていたような…。
「どうやってかは知りませんが、先生が依頼人を見つけ、その方をお連れして依頼を受ける。幾ばくかとのお礼とカルマを得る。それがランですわ。」
「ランって、まるでシャドウランみたいな…。」
シャドウランナー。
それは影を走るものたち。
決して表に出ることなく、時には汚い、時には心温まる、そんなランを繰り返して日銭を稼ぐ刹那者の集まり。
「そのとおりですわ。つまりここは…。」
シーラさんは腰に手を当ててウインクをしました。
金色の縦ロールが揺れます、胸も。
「シャドウラン部なのですわ!」
「は、はあ…。」
言ってることは無茶苦茶でしたが、奉仕部のようなものなのかもしれません。
生徒の悩みを聞きそれを解決するのが活動と考えれば、そんなにおかしなものではなさそうです。
「デッカーがいたらよかったのですが、アリスさんデッカーの知り合いはいませんこと?学校のホストに潜り込んで生徒のリストを盗み出してほしいのですわ。」
と、思ったらシーラさんが突然物騒なことを言い出しました。
「そ、それは犯罪じゃないですか?」
「ランナーが何を仰ってますの?」
シーラさんがアヤメさんにちらっと目を向けます。
彼女は手を左右に振って答えました。
「あたし、マトリックスはダメなんだよね。」
「そういえばそうでございました。」
どうやらシーラさんはアヤメさんがどんな覚醒者か知っているようでした。
そういえば、私はこの二人がどんなことができるのか知りません。
「お二人は、どういう覚醒者なんですか?」
私がそう問いかけると、シーラさんは嬉しそうに答えます。
「フィジカル・アデプトでございますわ。カミカゼをキめたトロールの方と殴り合いをしたこともありますのよ。」
とんでもないことを言い出しました。
ひょっとしたらルームメイトのアーニャが言っていたヴィークルを持ち上げる同級生とはシーラさんのことなのかもしれません。
「うーんと、あたしはねえ。」
「ストップですわ!」
アヤメさんが自分の能力を話そうとしたところでシーラさんが待ったをかけました。
「貴女と一緒にランをするという現実で、実は気が狂いそうなのでございますわ。どうか言語化しないでくださいまし!」
「ほへ?うーんわかんないけどわかったよ。」
どうやらアヤメさんは本当にすごい覚醒者のようです。
私はアイデアを出してみることにしました。
「そういえば、ルームメイトのアーニャがマトリックスに詳しいって言ってたけど。」
「あら、アリスはアーニャとルームメイトなんですの?」
気がつけばシーラさんは私を呼び捨てにしていました。
ちょっと嬉しいかもしれません。
友達は、嬉しいです。
では私は、まだちょっと恥ずかしいかな。
「うーん、実は前にもアーニャに仕事を頼んだことがあるのですわ。ただ彼女興味を持ってくれないといくら積んでも仕事をしないのですわ。」
結局、私が彼女に頼んでみることになりました。
◎◎
「面白そうね。」
二つ返事でした。
彼女は自室で今、苦労して手に入れたという中古の格安サイバーデッキにホット・シムでインしています。
これは、確か危険な行為だったと思うのです。
私はとんでもないことを頼んでしまったのかもしれません。
「ふぅ、大体抜いてきたわ。」
しかしそれは杞憂だったようです。
アーニャは首筋のデータジャックからケーブルを引き抜くと、まだ半分マトリックスに浸ったような顔で説明を始めました。
「その紅葉って子、結構大変な身の上ね。」
アーニャによると、紅葉さんはビッグ10と呼ばれるAAAの大企業の一つ、シアワセ・コーポレーションの重役一族の隠し子だそうです。
相続を巡る争いに巻き込まれ、この国に逃げてきたとか。
とても、嫌な話だと思いました。
嫌だな、とても。
彼女が幸せになれればいいのに。
「それで、狙われるかもしれないから校外に出れないわけね。そんでもって、件の『お姉さま』?探したけど、ちょっとわかんないわね。」
「やっぱり、人が多すぎて?」
アーニャは首を振りました。
「私は単純に、防犯カメラを洗ったのよ。その紅葉ちゃんがお姉さまと一緒にいる映像を探したの。」
アーニャは私のコムリンクに映像を飛ばしてきました。
それを見ると、小柄な、美しい少女が映っています。
山吹影の制服を着て、紅葉さんと一緒に歩きながら会話をしている。
「音声はないけど、参考には十分。だから同じ外見データを持つ生徒を照会したんだけど、該当は無し。」
「え、それって?」
それは奇妙な話でした。
ハイ・セキュリティのこの学校に、偽生徒が紛れ込んでいる?
アーニャは首を捻って言いました。
「学校に通報したほうがいい気がするけど、情報元が私だからそれはかんべんしてほしいわね。それに第二文芸部はいつも学校に頼らないし、これは貴女たちで解決しないといけないわよ。」
◎◎
「どうでして?アリス?」
翌日、私はシーラさんと一緒に、紅葉さんがお姉さまといつも一緒に会話をしていたという空き教室に来ています。
みんなと相談して、現場を見てみようということになったのです。
アヤメさんは、お母さんに用事をいいつけられたとかで、今日は欠席です。
とても悔しそうにしていました。
「アストラルの残滓があります。お姉さまは、多分覚醒者だったのかな?」
私は霊視をしてみました。
人の感情の残り香や、魔力を持つものが魔法を使ったなら、霊視によってその痕跡を探ることができるのです。
「それって、なにか魔法を使ったということですの?」
私はうなずいてそれに答えました。
紅葉さんの不思議な様子から、私は彼女が何か…そう『感化』あたりを掛けられているのではと考えたのです。
「うっすらですが、霊紋は覚えました。ここからたぐっていきましょう。」
「さすがはアリスですわね。」
シーラさんは、まるで自分のことのように嬉しそうです。
私も、実はちょっとわくわくしています。
私もひょっとしたら、本当にひょっとしたら、サザンカさんのようなランナーに…。
その時、校内放送が鳴り響きました。
『生徒は避難プログラムに従って体育館に集合してください。これは訓練ではありません、これは訓練では…。』
「何かしら?火事でも起きたのかしら。」
「わかりませんが、ちょっと見てきます。体を任せても?」
私はシーラさんに提案しました。
彼女は黙って頷きます。
そして私は体から、抜け出たのです。
◆◆
これは、アストラル投射。
肉体から、精神を分離する。
フルメイジのみが可能な、奥の手です。
『助けて!』
アストラルの空間に沈む、あるいは浮かび上がると、遠くで光が連続して放たれているのが見えます。
私は、壁も何もかも無視してすさまじい速さで光の元に向かいます。
なんてことでしょう、これは、魔法。
しかも高いフォースの戦闘魔法です。
『お姉さま!助けてください!』
『紅葉を離しなさい!』
私は、その抱きかかえられて塀の上から運び出されようとしているのが、紅葉さんだと気づきました。
そして、彼女を巡って戦う幾人か、メイジと精霊もいます。
え…あの人頭が
◆◆
「アリス!?大丈夫ですの?顔が真っ青ですわよ?」
私は、それを見てしまいました。
だからコワクテ、こわくて、とても怖くて。
何もできず、紅葉さんを助けようともせず、体に逃げ帰りました。
そして…ロザミア先生から、紅葉さんが誘拐されたと、聞かされたのです。
※カミカゼ…エンジェルダストみたいなもの
※感化…催眠術みたいなもの