サザンカは小洒落たカフェで待ち合わせをしていた。
屋外の席に座り、アイスコーヒーを口にふくむ。
ある人物に呼び出しを受けたのだ。
前回アルケラで死にかけてからわずか1週間。
「ダウンタイム、短かったわね。」
ダウンタイムとはキャンペーンにおいて、セッションとセッションの間に置かれる期間のことだ。
ダイスで決められ、その期間によって技能の成長に制限がかかる。
もちろん1月が過ぎたなら、生活費が消える。
ライフスタイルを上流にして、ダウンタイム3週間が連続したならば、ひどいことになるだろう。
サザンカは上流だった。
トラブルがすぐ起きるのは、嬉しいような、嬉しくないような。
「よお、サザンカ待たせたな。」
手を振って、現れたのはジェイムズだった。
黒人のトロールで、元関取のアデプトだ。
気のいい男でサザンカと何度か一緒に仕事をしていた。
「一体何の用?マトリックスで話してくれればいいじゃない。」
「ねえちゃん、クラフトビールを1本。」
真っ昼間だというのに席にどかんと座り込んだ彼は、サザンカの問に答えずウェイトレスに酒を注文した。
ため息をつく彼女の前で、彼はそれを一気に飲み干す。
だが彼としては珍しい態度を示した。
どうも言い淀んでいるようだ。
サザンカは嫌な予感がした。
「どうしたの?いったいどんな厄介事?」
そして目を左右に揺らした後、ジェイムズは諦めたように言った。
「サザンカ、俺の嫁になってくれないか?」
◎◎
「いらっしゃい、貴女がサザンカさんね。サムからはよく話を聞くわ。」
サザンカが招かれたのは、オーバーンにあるメタ向けのマンションだった。
それほど高級なものではないが、サザンカは気づいていた。
セキュリティに気が配られている。
中流にセキュリティが高いのオプションを付けたライフスタイルなのだろう。
そしてさらに。
「うわー!エルフだ!。ねーねーお姉ちゃんメイジなの?」
おっとりとした赤毛の平凡な容姿のヒューマンの女性の足元に、5歳くらいの男の子が二人がいてサザンカを好奇の眼差しで見つめている。
少し離れたところに同じ年くらいの女の子が一人。
どうやら三つ子のようだ。
「おら!お前らお客さんに失礼するんじゃねえぞ!向こうに行ってろ!」
サムと呼ばれたジェイムズが子どもたちを追いやる。
もちろんその子供たちはヒューマンだ。
ジェイムズの実子ではないだろう、彼がゴブリナイズしたのは10年近く前だ。
「貴方が生活費で苦労してると言った理由がわかったわ。」
「まあ、それなりにな。」
サザンカとジェイムズはマンションのダイニングに入った。
ジェイムズはトロール用と思しき椅子に座り、空いている椅子を彼女に勧めた。
女性は子どもたちの相手をしているようだ。
「良い家族ね。」
サザンカの言葉にジェイムズは少し言い淀んだようだが、言葉を返した。
「まあな、俺には贅沢すぎる。」
そしてテーブルの上に置かれた合成甘味料が詰まっていそうなクッキーに手を伸ばす。
サザンカは話の続きを促した。
「ってわけでお前には、リズに化けてほしいんだ。そういう魔法を使えるって前に言ってたよな。」
「最初からそう言って欲しかったんだけど。つい雷撃を使っちゃったわ。」
「ひでえだろ!」
もっとも彼はアーマーベストと魔力装甲、そして皮膚でそれを完全に弾いていた。
相変わらずの硬さである。
「女性に対してあんなことを言ったら仕方ないわ。」
「勘違いさせた俺が悪かったが、だからといって致死魔法を使うんじゃねえ!」
しかしサザンカは初めて求婚されたのである。
少し恥ずかしくなてって混乱しても仕方がない。
それに雷撃を撃つのは日本における伝統だった。
サザンカはオニ種族ではなかったが。
「それで、なんで奥さんに化けてほしいの?」
やっと二人の話は核心に近づいた。
ジェイムズは恐らくわかりやすく説明するためだろう、ゆっくりと話し始めた。
「俺が金賀組とつながりがあるのは知ってるな?」
「ええ、前にそれで助かったことがあったわね。」
それはオーバーンのドヤ街で起きた事件だった。
ジェイムズのお陰で、ヤクザと繋がりのある用心棒と平和的に接触ができたのだ。
「ヤクザってのは基本的にメタ嫌いなんだが、あそこは前の代の重田組長の時代はメタに融和的だったんだ。」
サザンカは初めて聞く話だった。
それは珍しいことだった、日本は…メタ差別が激しい。
今の代の帝になってから少しは緩和したと聞く。
しかし彼女が母国を離れたのは、結局それが原因だ。
それなのに日本にルーツを持つヤクザが、メタに融和的というのは意外だった。
「だがその組長が殺されて、今の金賀組長は伝統派、つまり反メタだ。」
「よくあなたが繋がれたわね?」
ジェイムズは頷いた。
その質問は予期していたのだろう。
「須田っていうワカガシラがいてな。そいつは前の重田組長の直参で、まあようするに組の反体制側だ。つまりメタを組織に取り入れたいと思っているのさ。」
ジェイムズによると彼は別にメタに優しいわけではなく、単に使えるコマだと思っているらしい。
実際トロールやオークは優れた兵士になる。
彼らを組織から除外するのはうまくないと考えているそうだ。
「その須田の旦那とよ、この前飲んだ時嫁がいるって口を滑らせてな…。」
滑らせたというか、写真まで見せて自慢の嫁だと見せびらかしたらしい。
サザンカはヤクザにそんなものを見せるなと思った。
「それで今度ある組の例会議の飲み会に、連れてこいって言われちまったんだ。」
「別に問題ないんじゃない?ワカガシラの客に手を出すようなバカはいないでしょう?」
だがそうも言い切れないとジェイムズは言った。
「さっきも言ったように須田の旦那は反主流派だ。主流派の連中にとっちゃ俺はウザったい相手なのさ、それに…。」
そこでジェイムズは言おうかどうか懊悩したようだが、ついに口に出した。
「その、嫌な予感がどうもするんだ。それで、動くテディベアの幻覚が連れて行くのはやめろって何度もいいやがる。」
サザンカはため息をついた。
その幻覚は、きっと熊の導師精霊だ。
彼らは仲間や家族を守ることを重要視する。
「精霊のお告げじゃしょうがないわね。でもこれはランよ?」
「わかってる。」
ジェイムズは頷いた。
サザンカと彼をコンタクトに例えれば、忠実度は3か4といったところか。
無料で仕事をしてくれることもあるが、そうでないこともある。
「確認してくれ、5千新円入っている。」
彼はテーブルの上にクレッドスティックを置いた。
サザンカは中身を確認せず懐に入れる。
そのくらいは信用していた。
「それで、その日はいつ?」
ジェイムズは目をそらしながら言った。
「明日だ。」
◎◎
「サザンカさん、とっても綺麗な肌ね。」
「そ、そうですね!」
サザンカはジェイムズのマンションに一泊することになった。
そしてなぜか今彼の妻であるリズと一緒にバスルームに入っている。
それは和風の風呂の造りをしていた。
「いつも子どもたちと一緒に入るんだけど、大騒ぎなの。」
「でしょうね。」
彼らの子どもたちはまさにはしゃぎ盛りだろう。
サザンカは自分より年上だろうが、同年代で大きな子供を持つ女性に、少し引け目を感じていた。
彼女だって母親ではあるのだが。
そういえばアヤメは大人しくしているだろうかとサザンカは思った。
「あれ、サザンカさんもお子さんがいるの?」
「え?なんでですか?」
リズは湯船の湯を体にかけながら、微笑む。
「だって今、お子さんのこと考えたでしょう?」
どうもこの人にはかなう気がしなかった。
そして、今一緒にお風呂に入って気がついたことがある。
彼女の体だ。
「あ、気になる?」
「いえ、そんなことは。私だってあるし。」
サザンカが示したのは自分の肩にある桜の入れ墨だ。
それは気収束具でもある。
リズの体には、あちこちにタトゥーがあった。
一番大きいのは背中にある蜘蛛の形をしたそれだ。
赤い蜘蛛が、逆さに吊り下がっている。
「ティーンエイジャーのときに入れたんだけど、何考えてたんだろうな。あの頃の私。」
「消さないの?」
サザンカはつい疑問を口に出した。
だがその後失礼なことを言ってしまったと後悔する。
この時代、性別を変えることすらできるのだ。
タトゥーなど簡単に消せる。
残してるのなら、理由があるのだ。
「うーん、消してもいいんだけど。そうしちゃうと今までの経験みんな消えちゃいそうな気がして。」
サザンカはその言葉になんとなく頷いた。
彼女は、あるいは彼女と融合した彼は、人生をやり直せるボタンがあっても押さない派だ。
それは嫌だ、辛いことも、苦しいことも、今の自分の一部なのだ。
それが無くなるのは、自分を無くすようなものだ。
「サザンカさん、優しいんですね。サムが友達になるはずだわ。」
リズはまた微笑んだ。
だが次の瞬間、その笑みが邪悪になる。
湯船に彼女と一緒に浸かっているサザンカは、嫌な予感を覚える。
「貴女、レズかバイでしょ?」
「ぶっ!!」
サザンカは吹き出した。
そして彼女から体を離そうとするが、リズはたくみに彼女に足をからめてくる。
「わかるわよ?だって私の体を見る目がそうなんですもの。私、実はそっちも得意なの。よかったら、マッサージしてあげる。」
「そ、それは…。」
◎◎
チュンチュン