「なんか予想と違うわね。」
アロハシャツを着た黒人のトロールであるジェイムズの隣で、サザンカはひとりごちた。
ジェイムズは面白そうに言う。
「どういうのを想像してたんだ?結局はパーティーさ。皆で楽しむ会だよ。」
サザンカは水色のスマートカジュアルな衣服に身を包んでいた。
だが、今の彼女を見てそれが本人だと気づくものは霊視の技能を持っているか、よほど直観力の高い人間だろう。
『物理の仮面』の魔法が、彼女の外見を変えていた。
そう、ジェイムズの妻であるエリザベスに変装しているのだ。
「よお、ジェイムズ。嫁さんがいるというのは本当だったんだな。大した美人さんじゃないか。」
威勢のいい大柄なヤクザがジェイムズに話しかける。
どうやら彼にはメタ差別は無いようだ。
「俺が嘘を言ったことがあったか?リズって言うんだ。俺の自慢の恋女房さ。」
牙のこぼれる口元をにやけさせてジェイムズは言う。
サザンカは呆れた。
彼はこの会合に危険がある予感がするからと、彼女を妻の身代わりにしたのだ。
そのくせ彼には普通にパーティーを楽しんでいる様子しか感じられない。
「ちょっと、ジェイムズ。貴方気を抜きすぎじゃない?」
「そう言うなって。あの連中には散々からかわれてたんだ。」
サザンカはついうっかり髪をかきわける仕草をしそうになって、それを引っ込めた。
今の彼女はざんばらな金髪ではなく、黒髪のショートカットをしているように見える。
勘のいいヤクザに気づかれてはたまらない。
「それで、おえらいさんにはいつ会うの?」
「んー、須田の旦那のお付きが多分呼びに来るはずだ。齋藤っていうんだが、目端の利くやつさ。」
彼らが今いるのはシアトルに勢力を持つヤクザ、外隈連合の一角、金賀組の総本部だ。
金賀組はトロールやオークなどのメタを排斥する主流派と、彼らを迎え入れようとする反主流派の間でわだかまりがあるらしい。
ジェイムズと彼の妻エリザベスは、反主流派のドンであるワカガシラ、須田三蔵に招かれてこのパーティーにいるのだった。
「その人もヒューマン?」
「外見はな。だが俺の読みじゃ、あいつは多分オークだぜ。腕相撲で勝負したんだが、ヒューマンに出せる筋力じゃなかった。」
その時、サザンカは自分たちに近づく人影に気づいた。
足音を忍ばせている、中々の腕だ。
ジェイムズは気づいていない。
「センセイ、そういったことを大きな声で呟かれるのは困りますな。真偽がどうであれ。」
「うおっ。」
ジェイムズの背後を取ったのは、いかにも暴力で生きていますという外見の30がらみの大男だった。
黒髪の長髪のアジア系で、ヒューマンに見える。
「齋藤か、びびらせるんじゃねえよ。」
「こちらのセリフですよ、あらぬ噂を立てないでいただきたい。」
顔面にはいくつもの刀傷がある。
幾多の修羅場をくぐってきたのだろう。
サザンカは霊視したいのをぐっとこらえた。
今の自分はジェイムズの妻の一般人だ、下手な動きはできない。
「こんにちは、エリザベスといいます。今日はお招きいただきありがとうございます。」
サザンカは丁寧に挨拶をした。
せっかくエチケットの技能を高めてあるのだ。
使わないのはもったいない。
「これはご丁寧に。私は須田の兄貴の舎弟で、齋藤といいます。」
彼のエチケット技能も中々のものだった。
おそらくヤクザに専門化されているのだろうが、コーポの上流階級でも通用しそうだ。
ちなみにジェイムズはおそらく魅力2だが、エチケット技能はそれなりにがんばっている。
日本にいた頃に、角界で磨いたのだろう。
「それでジェイムズセンセイ、兄貴がお呼びです。ヒューマンもメタも含めて貴方が声掛けの一番目ですよ、兄貴を不機嫌にさせないでくださいね。」
「お、そいつは光栄だな。なーに、リズがいるからな。心配しないでくれ。」
そう言ってジェイムズはサザンカに向けて下手なウインクをした。
彼女は、しょうがないという風にうなずく。
齋藤は少し驚いたような顔をした。
「ほう、センセイはどうやら尻にしかれているようだ。」
「それは、まあ間違っちゃいねえな。」
ジェイムズは苦笑する。
今いる彼女は偽物だが、ジェイムズが本物のエリザベスの尻にしかれているのは本当だった。
彼の家に一泊してサザンカはそれを実感していた。
「とにかく行こうじゃねえか。いい日本酒を飲ませてくれるに違いない。」
◎◎
「よく来たな、ジェイムズ。まあ飲め。」
彼の予想は当たった。
差し出された瓶には日本語のラベルが貼ってある。
かなりの高級酒だ。
「おう、すまねえな旦那。だがリズは酒が飲めねえんだ。こいつは勘弁してやってくれ。」
金賀組のワカガシラは50歳くらいのかっぷくのいい色男だった。
いかにも人好きのしそうな魅力に溢れている。
男を惚れさせる男というやつだ。
「そいつは人生の半分を無駄にしているな。しかし大した女性だ、この場所にまるで怯んでない。」
サザンカはしまったかな、と内心で思った。
一般人がヤクザの会合に顔を出したら怯えるのが普通だ。
鉄火場をくぐってきたサザンカはそういった偽装がまるでできていなかった。
「それは…、ええと立派な旦那様が隣りにいるからです。」
「はは、それはたしかにそうだ!ジェイムズ以上の漢は中々いない。」
サザンカの下手なごまかしはどうやら通じたようだ。
そして彼らは座布団に座ると雑談を始めた。
齋藤の話では須田に呼ばれる客は多くいるようだが、ジェイムズにかなりの時間をとるつもりのようだ。
確かに彼にはそれだけの価値がある。
ジェイムズと何度もランをしたサザンカはそう思った。
「それで、やはり正式にうちに加わるつもりはないか。」
「勘弁してくれ旦那、俺はランナーさ。流儀はあんたらヤクザとは近いようで違う。」
サザンカにはとてもデリケートな会話に聞こえたが、どうやらこのやり取りは何度も行われていたようだ。
彼らに緊張はない。
「それじゃあ、うちらは行くぜ。仕事があったらいつでも呼んでくれ。旦那には恩義もある。」
「そうだな。それじゃあ近いうちに呼ぶことになるだろう、実は…。」
左手に徳利を持った須田が続けようとしたとき、サザンカは奇妙なものを見た。
須田の首に、一本の線が引かれたのだ。
その赤い線は、横にどんどんズレていく。
そして。
「ジェイムズ!下がって!」
サザンカは慌てて叫んだ。
その声に反応して、ジェイムズがアデプトパワーを励起する。
熊のオーラが彼を包んでいった。
「くそ!旦那!」
「あ、あ…?」
声にならない声を漏らしながら、須田の首がポトリと地面に落ちる。
サザンカの瞳は、首のない須田の背後に立つ透明な人影を捉えていた。
「ゾーエ・セカンドスキン※!モノフィラメント・ギャロット!暗殺者よ!」
「お、お前は?」
サザンカは即座に戦闘態勢に移り、呪文の準備を始めた。
しかし、ジェイムズは驚愕したように口を開き、動かない。
そして、彼らの怒鳴り声に反応したのか、部屋の襖が開けられ、ヤクザの一人が覗き込んで驚愕の声を上げた。
「て、てめえら!?クソッ、ワカガシラが殺られたぞ!」
◎◎
「殺すなよ!」
「無茶を言うわね!」
パーティー会場は戦場に変わった。
ドスとハジキを持ったヤクザが次々に現れてサザンカとジェイムズにそれを向ける。
だがサンシタは彼らの敵ではない、ジェイムズは手加減をした打撃で彼らを気絶させ、サザンカも同じように非殺傷の魔法を使う。
彼らを攻撃するか迷っているのは、ある程度頭の回るヤクザたちだ。
グレーター・ヤクザたちはジェイムズが須田を殺す理由がないということに気づいていた。
だがだからといって、ジェイムズたちをこのまま逃がすわけにはいかない。
覚悟を決めた凄腕のヤクザたちが、ジェイムズの前に立ちはだかろうとした時、凶暴な声がかかった。
「馬鹿野郎!とっとと静まれ!」
現れたのは、豪華な和服に身を包んだ老人だった。
片目で、どでかいノダチをつかんでいる。
ヤクザたちは慌てたように道を開けた。
「誰?」
「金賀
サザンカは驚いたように彼を見た。
魔力も無いし、サイバーを入れてるようにも見えない。
だが、彼からは決して目を離してはいけないという緊張感を彼女は感じた。
「こりゃーいったい何があった?説明しろ!」
彼の舎弟と思しきアーチ・ヤクザがすぐに報告する。
「須田の兄貴が殺られました。その場所にはこいつらだけがいたってぇ話で。とっ捕まえろってことになってこの騒ぎです。」
「かーっ、須田の野郎ドジ踏みやがって。」
金賀はまるでショックを受けていない様子でそう一人ごちると、視線をジェイムズとサザンカに向けた。
「で、てめーらが殺ったのか?」
「違うわよ!」
サザンカは思わず演技を忘れて素で反応した。
「殺したのはプロよ。モノフィラメント・ギャロットを使っていた。私たちはそんな武器はもっていない!調べてもらってもいいわ。」
金賀は片目でサザンカを見つめる。
彼女はかなりの高フォースで張った『物理の仮面』が、どうも頼りなく感じた。
「いいだろう。おめえらが下手人じゃなさそうだ。」
「ああ、俺たちに須田の旦那を殺す理由はねえ。」
サザンカは内心ホッとした。
どうやら、トラブルはこれで終わったようだ。
だが。
「じゃあランナー、俺の部屋に来な。
サザンカは、ジェイムズの導師精霊がリズを連れてこさせなかった判断が正しかったと認めるとともに。
「あー、なんで私を呼んだのよ。」
「いやお前がいてくれて助かったぜ。」
盛大に溜息を吐いた。
※ゾーエ・セカンドスキン 光学迷彩。初期キャラでは購入できない