レッグワークの翌日、朝の10時、サザンカたちはウェザービーストリートにやってきた。
サザンカのブルドッグをパーキングに駐める。
その重装甲バンの内部には、ロータスの装備が積み込まれていたが、車上荒らしを警戒する必要はない。
ジェイムズがオーバーン地区を支配するヤクザ、金賀組に話をつけてくれたのだ。
この組に逆らうようなチンピラはいなかった。
「ひゅ~俺の住処と似た雰囲気のとこだな。」
「あなた、こんな下流に住んでるの。シャドウランで稼いでるんじゃないの?」
ジェイムズのつぶやきにサザンカが疑問を呈した。
実際前回の昆虫精霊騒ぎで、彼はかなりの大金を得ていたはずだ。
そして、ブローリングアデプトである彼は銃を使うランナーと比べてランニングコストが低い。
その体しか使わないからだ。
「まあ、ちょっと食わせてやらないといけない連中がいてな。」
どうやら扶養家族の資質を持っているようだ。
しかし意外だった、ひょっとしたら子沢山なのだろうか。
トロールの子供がたくさんいるなら確かに生活費はすごそうだ。
「しかし、どうも嫌な感じだね。」
スミスが眉をしかめてそうつぶやいた。
サザンカはそれに同意だった。
どうも、そこかしこから彼女たちを見つめる視線がある。
それはどうやらプロの諜報員などでなく、ここの住民たちのようだった。
ここはよそ者を嫌う土地のようだ。
「気にすんなよ、それより待ち合わせの喫茶店はこっちだ。早く行こうぜ。」
サザンカたちはジェイムズに導かれて、移動を始める。
彼女はジェイムズに気になることを聞いてみた。
「それにしても、貴方がヤクザとツテがあるなんて意外ね、悪く言うつもりはないんだけど、ヤクザってメタヒューマン嫌いじゃない?」
正確にはヤクザがではなく、日本帝国という国がメタ嫌いなのだ。
日本出身の記憶を持つエルフのサザンカは、それを骨身に染みて感じていた。
「あー、俺とツテのあるワカガシラは改革派でね。メタも内部に取り込もうとしてるんだよ。それで元関取の俺は都合が良かったんだろ、新年会とかによく呼ばれたんだ。」
そんな事情があったのか、サザンカは頷いた。
そしてジェイムズが続ける。
「そこでマタ、いや又三郎のやつと知り合ってね。あいつは金賀組の食客みたいな身分なのさ。」
又三郎はここ、ウェザービーストリートの用心棒の日本人だ。
ジェイムズと同じアデプトで、彼の知り合いだった。
サザンカたちはジェイムズに渡りをつけてもらって、彼とこのストリートで会うことにしたのだ。
「ん、気をつけて。」
その時、それまでずっと無口だったロータスが皆に警告した。
「どうしたの?」
「この先の待ち合わせの喫茶店、ミディアム・ドローンが2体いる。多分ニッサン・ドーベルマン。」
ドローンとは自動、または操縦によって動く戦闘機械だ。
ミディアムならアサルトライフルをマウントすることもできる。
自動ならともかく、専門のドローン使い、リガーが操ったならばかなりの強敵になる。
「こちらは4人だからな、まあ少しぐらい警戒してんだろ。」
しかしジェイムズは意に介さなかった。
ノシノシと歩くと、古風な喫茶店の前に進み、無警戒にドアを開く。
それはカランカランと音を立てた。
「ジェイムズ殿、お久しぶりだ。」
店内にいた客は一人だった。
情報として得ていた画像と一致する20代の日本人の男性ヒューマンで、腰にカタナを二本差して和服を身にまとっている。
サザンカの着崩したそれとは違って、きっちりとした装いだ。
ちなみにジェイムズはまたしてもアロハ、ロータスはいつものティーエイジャーのような服、スミスはスーツだった。
恐らく全員が服の下にアーマーベストを着けている。
これはアーマージャケットほどの防御力はないが、普通の衣服の下に装備することのできる便利な防具だった。
「よう、無理言っちまってすまねえな。」
ジェイムズはマタの正面に座った。
彼一人で椅子二つを占領している。
他の3人は仕方なく別のテーブルに座った。
「それで、このストリートで起きた殺人事件について調べているとか?」
マタの質問に答えたのは立ち上がったスミスだった。
彼は探偵免許(恐らく偽造だ)を提示するとマタに話しかける。
「実はある筋から依頼を受けましてね。死体に書かれた文章が気になる方がいるのです。犯人を捕まえられればと思っています。」
サザンカのチームは、ナイトバードのセーフハウスに既にフライスパイ(ロータスの操るミニマム・ドローン)を飛ばしていた。
その結果は残念なものだった。
その安アパートは散々に荒らされていたのだ。
恐らくライバルが既に手を付けたのだろう。
そこで娼婦を殺したライバルの調査から始めることにしたのだ。
「ふむ、事情があるのでしょうな、それは聞きたいところですが…。」
「申し訳ない、依頼主については守秘義務が。」
スミスが本当に申し訳無さそうにそう言った。
相変わらず口がうまい。
するとマタはそれに納得したようにうなずいた。
「わかりました、それは聞かないでおきましょう。」
彼は最初からサザンカたちに大して敵意のようなものは持っていなかった。
ジェイムズのコネが効いたのだろう、そして用心棒ゆえこのストリートで再び殺人がおきるのを忌避しているのだ。
犯人を探したいというスミスを受け入れる姿勢だった。
だがその時ドローンが突然動くとマタの足に体当たりをした。
「えっと…、大丈夫?」
「まあ、説得いたしますゆえお気になさらず。」
どうやらそのドローンには何者かがリギング(乗り移った状態)しているようだ。
おそらくリガーだろう、彼(もしくは彼女)はマタの判断に異論があるようだ、何度もそれを繰り返す。
「このストリートの顔役の技師、ブドリ殿のところに案内いたしましょう。拙者は死体を見ておりませんが、彼がストリートチルドレンに伝えられて、ナイトエラントを呼んだのです。身寄りがないメリッサの遺品も預かっています。犯人を探すなら、まず彼と会うのがいいでしょう。」
マタがそう言うと、ドローンの動きはより激しくなった。
まあ、そのリガーにはサザンカたちに突っかかって来ないくらいの常識はあるようだ。
「ブドリ?」
だがそれとは別に、サザンカは気になることがあった。
「それってグスコーブドリのブドリ?」
サザンカはそう聞いてみた。
グスコーブドリは宮沢賢治の著作、「グスコーブドリの伝記」の登場人物だ。
優れた木こりで、火山の噴火を止めるために自分の命を犠牲にした。
サザンカの言葉を聞いた又三郎は驚いたような顔をした。
「はあ、いや彼は生粋のアメリカ人だと思いますが、言われてみれば偶然ですな。拙者の名前も又三郎だ。」
風の又三郎はグスコーブドリよりもメジャーな同じく宮沢賢治の著作だ。
別に彼らは示し合わせてそう名乗っているわけではないようだ。
(これって、もしかしてゲームマスターのお遊びかしら)
TRPGに限らず、フィクションでは登場人物の名前に関連性をもたせるのはよく行われる手法だ。
ひょっとしたらこのウェザービーストリートの登場人物はすべて宮沢賢治関連の名前をしているのかもしれない。
「何の話なんだい?」
不思議そうにスミスが言う。
さすがに100年以上前の日本の作家についてまで彼は知らなかったようだ。
「いえ、又三郎さんと、ブドリさんの名前が偶然日本の同じ小説家の作品名だったのよ。」
「ほぉ、それは偶然だね。」
スミスは少し考え込んだようだった。
(あっちゃ、ごめんねスミス。多分それに意味は無いと思う…。)
そして又三郎が嫌そうに言った。
「そういえば宮沢賢治の著作にはよだかの星、というのもありましたな。ふむ、犯人は我々に何か言いたいことがあるのかもしれません…。」
それは何とも悩ましい情報だった。
サザンカはよだかの星という作品までは知らなかったが、もしそうならこれはウェザービーストリートへの攻撃という意味をもつ。
彼女は念の為聞いてみた。
「貴方の知り合いに、よだかまたはヨタカという名前を持つ人は?」
「いませんな、いたら最優先で守らねばならんでしょう。」
皆が思い悩む様子になっった。
だがそれを止めたのはジェイムズだった。
「難しいことはいいからよお、とりあえずそのブドリさんに話を聞きに行こうぜ。」
それは正しい判断だった、今思い悩んでも意味はない。
「ジェイムズ殿の言うとおりですな。」
そうして、彼らは喫茶店を後にした。
◎◎
「とっ…父さん、銃!ダスティのとこの猟銃預かってるでしょ!」
マタが案内してくれたのはこのドヤ街に相応しい、古い民家だった。
一応ガレージがついていて、どうやら工房になっているようだった。
「ああ、あれはブドリ殿のご息女のイローナ殿です。」
家からは女性の甲高い声が聞こえる。
そして猟銃を構えた20代の女性が飛び出してきた。
しかしその銃を構える様子はどう見ても素人だ、サザンカ一行はフェイスのスミスも含めて生暖かい目でそれを見た。
「ちょっと!マタ!なによそ者を案内しちゃってるわけ!?」
「わかりました、イローナ殿。あちらでお話しましょう。」
そう言うとマタはイローナの腕をとって引っ張っていく。
どうもかなり親しい関係のようだ、ひょっとしたら恋人なのかもしれない。
「ブドリ殿は工房におります、話せばわかる方です。ですが失礼なことはなさらぬように。」
「おー、わかった礼儀はしっかりするぜ。」
マタの言葉にジェイムズが反応する。
「こんな時によそ者を招き入れてどうすんのよ!」
マタはそう叫ぶイローナを説得しようとしているようだ。
しかしサザンカは奇妙に思った。
(宮沢賢治関連でイローナってあったかしら?)
しかし彼女はよだかの星という作品を知らなかった。
ひょっとしたらあるのかもしれない。
そう考えつつ彼女たちは工房に向かった。
◎◎
「…騒がしいこった。」
サザンカたちを待っていたのは50代後半の男性のヒューマンだった。
恐らく故障を起こしたのだろうソイ調理器をいじっている。
苦労してきたのか、顔には深いシワがいくつも刻まれている。
工房はジャンク品だらけで散らかっているが、機材は整備が行き届いており、彼の技師としての実力の高さを伺わせた。
「お、俺の使ってるのと同じ機種だ。」
「どうもはじめまして、スミス探偵事務所所長のスミスといいます。殺人事件を調べてまして。」
ブドリは胡散臭そうにスミスを見ると、ソイ調理器をいじる手を止めて言った。
「ああ、マタのやつから聞いているよ。ふん、確かにナイトエラントの連中は動かねえ、仕方ねえ八方塞がりか…。」
どうやら彼も殺人事件の解決を望んでいるようだ。
サザンカたちに対して敵対的ではなかった。
だが、予想もしない報告がロータスから全員に伝えられる。
『注意。』
『どうしました?ロータス。』
ロータスはぎらぎらした目を工房の奥に向けていた。
その視線を追うと、一台の、よくわからない筐体がガレージの隅にある。
それは、サイバーデッキに見えた。
恐らく自作で、それも古いものに見える。
それは奇妙なことだった、サイバーデッキはとても高額な品物なのだ、こんな場末の工房にあるはずがない。
ましてや、それを自作できる技師など企業に囲い込まれているはずだった。
『あのデッキ、サイバーNと酷似している。』
『なんですって?』
それは、サザンカたちの依頼の目標物だった。