エッセンスとは生命なら誰もが持つエネルギーだ。
殺された生き物からは自然とエッセンスが抜けていき、例えば加工された食肉にはエッセンスがなくなる。
この世界には死んだ直後(もしくは生きたまま)の知的生命のエッセンスのある肉しか食えないグールという恐るべき(あるいは哀れな)種族も存在する。
生きたままエッセンスが減っているということは、エッセンスを吸収するクリッターの被害にあったか、もしくはサイバーウェアを入れたかだ。
サイバーウェアは非常に高価で、当たり前だが浮浪児に入っているはずがない。
「お前らは普段どこで寝泊まりしてるんだ?」
少年たちに下水の匂いが付いているという情報が気になったのだろう、ジェイムズが質問する。
「この先の水路だよ、ねえ喋ったろ?クレッドくれよお。」
「もう少し教えてもらえるかい、なんでブドリさんの家で僕らをジロジロ見てたのかな?」
リーダーと思しき少年が答える。
よく見ると、その目鼻立ちは整っている、美少年といってもいいだろう。
「あんたら、よそ者だろ?シセツとかに連れて行くんじゃないかと思って。」
その受け答えにはおかしなところはなにもない。
だが彼らが普通の少年であるはずがなかった。
『ねえ、ちょっと一回離れない?』
サブボーカルマイクでサザンカが皆に提案する。
この場で話すことはしない方がいいと考えたのだ。
ロータスがいるから大丈夫だと思うが、この少年の中にデッカーがいれば自分たちのコムリンクにマークを付けられている(ようするにハッキングされている)かもしれない。
無線会話を盗聴されている可能性があった。
『ふむ?何かあるのかな、サザンカがそう言うなら従おう。』
「OK、話してくれてありがとう。これは君たちのものだ。」
そう言うとスミスがクレッドスティックを少年たちに渡す。
少年たちはヒャッハーというとそれを掲げて走り去っていった。
「で、何かあったのか?」
「そうね、場所を変えましょう。最初の喫茶店なんてどう?」
ジェイムズの問いにサザンカは微笑むと答えた。
◎◎
「まいったね、全く気づかなかったよ。彼らが工作員だったとはね。」
フェイスのスミスが深刻そうな顔をして言う。
「いや、しょうがねえだろ。あんなガキがまさかな。第一発見者が一番怪しいってやつか。」
その喫茶店には相変わらず客がいなかった。
彼らは安いソイカフ(大豆で作った合成コーヒー)を注文すると、大きめのテーブルに座って話し合った。
「ジェイムズ、ランナーに『しょうがない』は許されないよ。フェイスの僕が、腹の探り合いで敗れたということは、サムライで言えば銃を手から取り落したのと同じことだ。」
すると珍しくロータスがスミスを慰めた。
「でも生きてる。」
スミスはロータスを見てニコリと笑う。
「そうだね、ありがとうロータス。チームワークのおかげで、なんとか生き延びることができたというわけだ。」
ロータスは少し顔を赤らめた。
どうやら二人には何か絆があるようだ。
『ロ、ロリコ…!』
『貴女は黙ってなさい』
サザンカは触れないシロガネにツッコミチョップを入れた。
「それでどのくらいのウェアが入ってたんだい?」
「そうね、オルソスキン、筋肉強化、筋肉調律、骨密度強化、神経増速。リーダーっぽい少年にはテーラードフェロモンも入っていたと思うわ。すべてアルファウェア。」
ジェイムズがソイカフを吹き出しそうになった。
「フルセットじゃねえか!そこら辺のサムライより強いぞ。」
実際そうだった。
通常ルールで作成したプレイヤーキャラクター並の性能だ。
アルファウェアというのは通常よりも高性能のサイバーウェアで、消費エッセンスが少なくなる。
その等級には更に上があり、デルタまでが基本ルールブックに記載されているが、デルタなどを入れているのはメガコーポ秘蔵の最強の戦士くらいだろう。
これはオーラリーディングでもそう簡単に分かる情報ではない。
サザンカの霊視技能と、強化魔法による直観力の高さゆえだった。
「そしてなぜか知らないけど、全員にBTLのデータジャックがあったわ。」
「BTL…?」
ロータスが嫌そうな顔をする。
BTL、ベターザンライフ(人生よりも素晴らしい)とは、他人の人生を追体験して快楽を味わうデータチップだ。
高い中毒性があり、やりすぎるとどれが本当の自分かわからなくなり廃人と化す。
賢いものなら手を出したりはしない。
「なんでそんなもんを?」
「ひょっとしたら彼らの演技力の高さはそれが原因かもしれないね、BTLで浮浪児になりきってるのかもしれない。」
ロータスが嫌悪感に満ちた表情をした。
今日は珍しい日だ、彼女が何度も感情を発露させている。
「まさか本物の浮浪児を?」
「"天然物"ってことかい?それは判断がつかないね。」
スミスはいつもどおりだ。
サザンカはひょっとしたら彼が真に感情を見せたのを見たことがないかもしれない。
その彼は手をパチンと合わせて皆の注目を集める。
「さてどうしようか、おそらく彼らはブドリ氏を張っていたのだろうね。恐らく彼には何かある。」
「もう直球で聞いちゃう?ナイトバードについて。」
スミスはうなずいた。
「それもありかもしれないね、あとはそう…工作員を襲ってみるかい。彼らはセーフハウスの情報をもっているはずだ。」
「そいつはうまくねえと思うぜ、連中がセーフハウスの情報を得ていたなら、それを元にブドリを張ってたってことだ。結局あの爺さんが鍵だろう。」
ジェイムズの意見は正しいだろう。
それに連中の拠点に襲撃をかけるのは中々に勇気のいることだ。
そのときスミスが片眉を上げた。
「ふむ、どうやらやはりブドリ氏のところに行くのが正解のようだね。」
「どうかしたの?」
「彼が独り言を呟いた。『ナイトバード、20年もたったのになんでいまさら』とね。」
スミスはブドリの工房にセンサーチップを仕込んでいたのだ。
◎◎
「おう、探偵さん方。犯人は見つかったかい?」
ブドリはどうやら機嫌を直したようだ。
あいかわらず無愛想で、視線をこちらによこさずソイ調理器の修理に手こずっている。
「ギャーギャーうるせえイローナを買い物に追い出したと思ったら次はお前さん方か、嫌になるね。」
スミスは相変わらずの笑顔を見せると、何の遠慮もなく話しかけた。
「実は犯人の目星がつきましてね、少し奥で話しても?」
「ほう……。」
ブドリは驚いたようだった、ソイ調理器から手を離す。
「聞かせてもらおうじゃねえか。」
彼はガレージのシャッターを降ろすと、そこかしこにあるジャンク品の上に座るよう彼らに促す。
ジェイムズはどすりと古タイヤの上に座ったが、他の3人は立ったままだった。
「少々お待ちを…。」
そう言うとスミスはホワイトノイズジェネレーターを取り出すとそれを起動する。
その機器には盗聴を防ぐ能力があった。
あの少年たちがスミスと同じくセンサータグを置いていることを警戒したのだろう。
「…いいもん持ってやがるな。」
スミスはまず軽いジャブからはなった。
「最初に死体を見つけた物乞いの子供についてどう思いました?」
「……?かわいそうな連中だと思うが、いちいち恵んでやってもきりがねえ。」
ブドリは不思議そうな顔をしていた。
そこに演技は無いように思える。
「いつの間にかどこかから来て、そのうちいなくなる。顔ぶれなんぞ気にしてても仕方ねえ。」
「なるほど、つまり今のガキどもが昔からいるかはわからねえってこった。」
ジェイムズの言葉にスミスが頷く。
「紛れるには自由自在ということですね。」
「それがどうしたってんだ。」
スミスは冷静な口調で説明を始めた。
「ではそいつらが、全身バイオウェアで改造されてたとしたら?」
「待て、お前ら何を言っている…?」
彼は絶句していた。
「彼らの目的はわかりますよ、ナイトバードを探している。そうでしょう?」
フェイスの本領発揮だった。
スミスの言葉にはいかなるごまかしも許さないという威厳のようなものがこめられていた。
その言葉を聞いたブドリはわなわなと震えてタバコを取り落とす。
そしてカラカラの声を絞り出した。
「な、なぜ。なんで今さら…。」
だがその次に出て言葉は誰も予想しないものだった。
「イローナを…!」
「え!?」
イローナ、それはブドリの娘の名前だった。
20代にしか見えない彼女が、まさかナイトバード?
スミスもまた驚愕している。
「詳しく聞かせて下さい、このままでは彼女が第二の死体になるかもしれない。」
顔面蒼白で絶句するブドリはなんとか声を絞り出す。
「今更なんであいつに用がある!?あいつは、イローナは…糞、買い出しに行かせちまった。」
なんですって!
そいつはまずい、サザンカは思った。
「きっと彼女は貴方に話してないことがあるわ。」
ブドリはサザンカの言葉に唾を飛ばして答える。
「そりゃああるだろうよ!」
そして背後のラックから一枚のチップを取り出した。
それは彼女の目にはBTLのチップに見えた。
「ん、BTL?違う、これはペルソナフィックス…仮想人格埋め込みプログラム。」
「そうだ、あいつはもう何も覚えちゃいねえんだ!」
サザンカは悟った。
やはりこのストリートの登場人物はすべて宮沢賢治で占められていたのだ。
ブドリが「グスコーブドリの伝記」、マタが「風の又三郎」、そしてイローナが、「よだかの星」だった。
「彼女はどこに買い物に行かせたんだ!?」
ジェイムズがタイヤから立ち上がってブドリに詰め寄る。
「通りの、ジャンク屋だ…。水路の近くの…。」
「ち、よりによって!」
そう言うと彼は猟銃を手にとった。
どうやら自分も向かうつもりのようだ。
「ジャンク屋に行ってみて、彼女が来て無ければ水路、敵の拠点に向かおう。サザンカ、君の車を呼んでくれ。」
スミスがサザンカに要請した。
第6世界の車はオートパイロット完備だ、パーキングからここに呼ぶこともできる。
「フル装備で行かなければ、おそらく勝てない。」
決死の戦いが、始まろうとしていた。
次回戦闘回
なお実際のセッションではここまで一日でいきました