夢を見ていた。
まだ彼との幸せな未来を信じていた頃の夢。
自分の瞳の色と同じ、初夏の若葉を思わせる緑色の髪と瞳。艶のある落ち着いた声。その声で紡がれる美しい言葉の数々──全部大好きだった。
それらが目の前にあって──周りは美しい公園の景色。
ああそうか──私はずっと悪い夢を見ていたのか。こっちが現実で、今までのが夢。
そうだ。そうに決まっている。優しい彼があんな酷いことをするわけがない。
だってほら──今だって私の手を握って、こんな眩しい笑顔を向けてくれている。
彼が湖の方を指差して行こうと誘ってきた。
頷いて、一歩踏み出した──瞬間足元の地面が消えた。
悲鳴ひとつ上げる間もなく、真っ暗な穴に深く深く底知れず落ちていく。
繋いでいたはずの手は離れてしまった。
暗黒に独り吸い込まれていく。怖い。
誰か──誰か助けて。
気付けばそこは学園の教室だった。
怖いくらいに赤い夕陽が差し込む教室で、彼が私に頭を下げる。
「この度のことは本当に申し訳ありませんでした」
──悪夢じゃなかった。現実だったんだ。
この光景を私は知っている。つい三日前に起こったことなのだから。
どうして──どうして幸せな夢に逃げ込ませてくれなかったんだろう。
なぜ、私にまたこんな光景を見せるの?
ほら、私が怒鳴っている。
こんなみっともない姿、見られたくないし見たくもないのに。
「他の女性を愛した私が貴女と結婚するなど失礼です。嘘を吐くのが──貴女の前で嘘を吐くのが嫌でした。私は他の女性を愛してしまいましたから」
その言葉が辛うじて持ち堪えていた最後の堤を決壊させた。
激情の波が、理性を乗り越え、今までどうしても言いたくなかった言葉が喉から飛び出した。
「何が嘘よ!あんな女に誑かされて!私を捨ててまでそんなに欲しかったの?どうしてあの女なのよ?どうして──私じゃ駄目なのよ」
痛い。胸が痛い。
溢れて──零れ落ちていく。怒り、恨み、悲しみ、絶望──希望、願望、夢見た未来、女の矜持──何もかも。
──残るのは惨めさだけだ。
目が覚めた。
広いベッドに一人。
一つに戻った枕は若干湿気っている。
「まだあんな夢見るなんて──」
心の奥底ではまだ引きずっているのだと気付かされて、クラリスは嘆息する。
この期に及んでまだ自分は今までのことが全部夢で、目が覚めれば幸せだった日々が戻ってくる、そんな願望を捨て切れていないらしい。
手紙一つで一方的に婚約を解消されて、考え直すよう説得しようとしても無視されて──自分が壊れてしまえばさすがに驚き心配して自分のところに来てくれるのではないか、という希望も虚しく、最後の最後まで拒絶され続けたにも関わらず。
これではまるで沼に嵌って抜け出せずに苦しむ小鹿のようだ。
もがけばもがくほど脚を取られ、そしていずれ力尽きて深く沈んでいく。
早く抜け出さなければならない。
そう簡単ではないとしても、何か別のことをして別のことを考えて、未だ心に棲みつく彼の存在を追い出さなければならない。
身体を起こして洗面所に向かう。
顔を洗い、化粧水と美容液と乳液を使い、愛用のブラシで髪を梳かす。
ついこの間まで億劫でサボりがちだったが、彼との関係にけじめをつけてからはまた毎朝欠かさずするようになっていた。
おかげで荒れていた肌と髪も息を吹き返している。
食堂で家族と共に朝食を食べてから、身支度を整えて屋敷を出る。
せっかくの連休なのだ。
ゆっくりショッピングでもして気分を変えようと思った。
向かった先は高級繁華街。
こんなことになる前は時々私服やアクセサリーや化粧品を買いに来ていた場所だが、一人で来るのは初めてだ。
これまでは護衛や取り巻きがいつも周りを固めていて彼女たちが入る店も選別していたせいで窮屈な思いをしていたが──今日はどこに行こうと自由だ。
尤も、見えないだけで護衛の一人や二人はついてきているのだろうが。
しばらくショーウィンドウに並ぶ数々の衣装を眺めながら歩いていると、いくつか興味を惹かれるものが見つかった。
店に入って試着してみる。
この際思い切り楽しんで朝の憂鬱な気分を吹き飛ばそうと、次から次へと目についた服を試着し、気に入ったものはすぐに買った。
店を出た時には服を着替え、紙袋を二つも提げていた。
少し重いが、後悔はない。うるさく口出ししてくる取り巻きはおらず、自分の目的と好みに合わせて買えた服。
特に気に入ったものは今着ている。秋らしく落ち着いた色のモノトーン──これまでなら地味すぎるだの安っぽいだの言われて着られなかっただろう。
ようやく楽しい気分になってきたところで、ふと視界の隅を何かが横切った。
それは青白く光っているように見えたが、蝶のように羽ばたいているようにも見えた。
思わずそれが消えた方向へと視線を向けると、そこは路地だった。
ほんのちょっと、冒険心が湧いた。
いつもなら絶対に入らないし、これから先入ることもないであろうその場所に、なぜか惹きつけられて、そっと足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
路地の最初の角を曲がったところでいきなり声をかけられた。
声のした方を見ると、着古した黒いスーツにシルクハットの男がニコニコと笑いかけてきていた。
「どうです?運勢を見ていきませんか?今なら特別価格で占って差し上げますが」
その笑顔と猫撫で声が胡散臭く感じてクラリスは踵を返す。
「興味ないわ」
だが男は諦めるどころか、心に刺さる追い打ちをかけてきた。
「貴女──もしや捨てられたのではありませんか?それも大切な人に──見えていますよ。貴女の情愛の残り火が」
足を止める。
初対面でなぜそれが見抜かれたのか──気味が悪い。
だがそれと同時に僅かながら惹きつけられる。まさかこの男本物の占い師なのか、と。
思わず振り返ったクラリスを見て男は目を細める。
「ああ──当たりですか。怒り、憎しみ、悲しみ、後悔──貴女のそれは誰かへの愛情が裏返ったものに見えます」
「──だとしたら、どうだというのかしら?占って、それで何になると?」
男の物言いに苛立ち、つい放った意地悪な問いに、しかし男はニンマリと笑う。
「貴女の望む未来を掴む手がかりをお教えできます。見たところ貴女は既に闇の中から抜け出して未来に目を向けている。そして望む未来も既に自分の中にできあがりつつある」
そして男は建物の扉を指し示した。
「中で詳しいお話を聞かせて頂ければより具体的な助言ができますが──いかがですかな?」
クラリスはしばしの逡巡の末、男の言に乗った。
「貴女は色恋沙汰は不得手であられるようですね」
クラリスから詳しい話を聞いた占い師の男はそう言った。
「貴女は聡明かつ情に厚い素晴らしい気質の持ち主。更に見目麗しく、品行方正──女人としてほぼ完璧に近かったでしょう。その上彼を全力で愛し、支え、尽くした。ええ、まさに傍から見れば貴女は多くの男が夢見る理想そのもの──それこそが彼の重荷となったのです」
「それは──どういうこと?」
理想そのものであったが故に重荷になる──そんなことを聞いたのは初めてだ。
「貴女はどこか彼に夢を見ていたようですが──彼とて一人の男です。プライドを喰って生き──寄りかかってきて、自分を強く、頼りがいのある存在と感じさせてくれる異性を愛する──そんな性を持っているのです。然るに貴女はそうはなれなかった。どれをとっても完璧に近い貴女は、彼をして自分がいなくとも何ら問題なく生きていけると思わせた。彼の女のように庇護欲を掻き立てることは終ぞなく、むしろ煩わしく思うことすら度々あったでしょう。貴女が負けたのはそれが原因です」
その言葉はかさぶたができていた傷を抉ってそこに塩を揉み込むようなものだった。
「私──私は!彼のために頑張ってそうなったの!彼に相応しい者にならないと──そう思って──ただそれだけだったのに──」
溢れ出た涙で視界が滲む。
喉がつかえて言葉が出てこない。
彼のために努力して、横に立つに相応しい淑女になって、その結果彼に煩わしいと思われて捨てられるなど納得が行かない。
しかし現に捨てられたせいで反論もできない。
「なるほど──つまるところ、貴女は彼に一方的に貢いでいたのです。人は己に貢ぐ者を恋うることはありません。されど己をして貢がせる者に心奪われ、これを追い求めます。これが恋の心の妙です。貴女はやり方を間違えた」
「だったら!どうすればよかったの?私は──あの女みたいにしていればよかったっていうの──」
やり場のない怒りと悔しさを思わず占い師にぶつけてしまったが、占い師は涼しい顔で答える。
「どうにもなりません。過ぎた過去は変わらないように離れた気持ちも戻らない。それに貴女にその女の真似は無理でしょう。ですが、貴方に合った男の落とし方は必ずある。それを知れば、次の機会をしっかり掴み取れるでしょう。どうです?その方法が何か、次の機会はいつか、知りたいと思いますか?」
クラリスは思わず頷いた。
「よろしいでしょう」
占い師はほくそ笑んで呪具が入っているらしい袋を手に取った。
「運命が──今変わる!」
掛け声と共に袋の中身がテーブルにぶちまけられる。
その晩、クラリスは部屋の大掃除を行った。
彼との思い出の品、彼の存在を思い起こさせる物を一切合切処分するために。
彼の写真、やり取りした手紙、彼が贈ってくれたアクセサリー、彼とのデートによく着て行った服、彼好みだという理由で使っていた香水──その全てを容赦なく袋に放り込んだ。
頭を過ぎる思い出に胸が痛んでも、止めることはできなかった。
ここで止めてしまったら、彼との日々を思い出す品を一つでも残したら、永久に彼に囚われ続ける──そんな気がした。
そしてすぐそこに迫っている機会を掴む算段を考えるためにも、部屋と頭を整理しておきたかった。
◇◇◇
連休が終わり、また授業が始まった日。
昼休みに女子にお茶会の招待状を渡そうとしてまた失敗した俺は意気消沈したまま中庭のベンチに座り、売店で買ってきたジャムパンを一人寂しく食べていた。
ただでさえ望まぬ出世でダメージを受けているのに、見下されて嗤われるのは堪える。
「仲良しの平民はどうしたの~って──こっちの気も知らないでさ」
思わず愚痴を漏らすと、すかさずルクシオンが皮肉を返してくる。
『その台詞を言いたいのはあの二人の方では?』
「どういう意味だよそれ。俺にもあの二人にもそれぞれの道があるんだから、今のうちからそれに向かって踏み出さないとだろ。別に今後一切関係を断つってわけじゃない。適切な距離に戻しただけだ」
既にストーリーを大きく外れてしまっている。少しは修正しておかないと後が怖い。
アンジェはともかく、リビアには今のうちに俺以外の──できれば期待外れのブラッドとグレッグ以外の攻略対象と交流を持って欲しい。
そしていずれはくっついて、ゲームのシナリオ通りに世界を救ってもらわないと。
それはリビアにしかできないことで──俺ではいつまでも攻略対象の代役を務めてはいられないのだから。
そのために雛鳥に巣立ちを促す親鳥のような真似をした。
ルクシオンは何やら言いたげにじっと俺を見ていたが、やがて一つ目を逸らした。
『──そうですか。おや?誰か来ますね』
ルクシオンが光学迷彩で隠れると同時に俺の前に一人の女子が現れる。
「ここにいたのね。リオン君」
見上げた俺は呆気に取られる。
「クラリス先輩?」
そこにいたのは髪型以外は以前の優等生スタイルに戻ったクラリス先輩だった。
元気になったというのは本当だったようで、学園祭の時よりも顔色が良く、表情が柔らかい。
「隣、いいかしら?」
「あ、ハイどうぞ」
少し座る位置をずらしてベンチを空けると、クラリス先輩は隣に座ってきた。
──何この状況。俺この後何かされるのか?
それとなく周りを見回したが、取り巻きや専属使用人の姿は見えない。
「食事中のようだけどお邪魔だったかしら?」
クラリス先輩がジャムパンを見て言った。
「いやそんなことはないですよ。ちょっと野暮用があってお昼遅くなっちゃって──」
「ふーん──誰かお茶会に誘っていたの?」
問いかけに俺は頷く。
「そうですよ。断られちゃいましたけどね」
自分でも何を言っているんだと思ったが、クラリス先輩は事情を察してくれたようだった。
「それは残念だったわね。私なら喜んでお受けするところだけれど」
「フォローありがとうございます。嘘でも嬉しいです」
「あはは──元気出してね」
きっと冗談かリップサービスだろうが、それでも優しさは沁みる。
クラリス先輩は苦笑いしていたが、やがて本題を振ってきた。
「学園祭の時はごめんなさいね。巻き込んだ上に手間かけさせちゃって」
「それはもういいですって。過ぎたことですし、それに俺が自分で関わったんです。気にしないでください」
エアバイクレースに出たのは保身のためだし、ジルクとクラリス先輩の確執を終わらせたのはこの先更なる面倒事が起こるのを防ぐため。
ほとんど自分のためだ。
「──そう。ありがとう。おかげで気持ちが軽くなったわ」
クラリス先輩はそう言ってポケットから何かを取り出して渡してきた。
「今度ゆっくりお話ししたいことがあるの。明後日の放課後、お茶会に来てくれるかしら?」
「え?そ、それはいいですけど──」
「よかった。じゃ、待っているわね」
有無を言わさずといった感じに席を立って歩き去るクラリス先輩。
俺は面食らったままその背中を見送るしかなかった。
『おや、喜ばないのですか?女子の方からお茶会に誘われたというのに』
姿を現したルクシオンが問いかけてくる。
「いや、驚きの方が大きいよ。今までなかったことだからさ」
そう、お茶会に招待されるなんて初めてだ。
普通お茶会というのは男子が女子を誘うもので、男子は招待される側にはならない。
男同士でのお茶会はどうなのかって?
それはお茶会じゃなくてただの集まりだ。
予定が合うときに何となく集まって好きなものを飲み食いし、駄弁るだけ。大層な準備はしないし、招待状なんて出さない。
そういうわけだから男子である俺にお茶会への招待状が来ることはあり得ないはず──だったのだ。
「行かない──ってわけにはいかないよな」
渡された招待状を読んで呟く。
そこには綺麗な字で日時と場所、そして【クラリス・フィア・アトリー】の署名が書かれていた。
話したいこととは何なのか分からないからちょっと怖いが、断るのも怖い。
クラリス先輩の招待を断ったなんて知れたら
ジルクみたいな目には遭いたくない。
ルクシオンが冷静な分析結果を伝えてくる。
『深読みしても意味はないかと。行って確かめるほかないのでは?』
「でも俺、招かれた側の作法とか分からないぞ。今までの女子なんて参考にならないし──」
『招待する相手を間違えていましたね。マスターがこれまで招待状を送ってきたのは男爵家から子爵家の女性です。一番酷い層ですよ』
「そうだけど、俺は男爵だぞ。その層からしか嫁は貰えないんだって。何度も言ったろ?」
ルクシオンはボディを傾けてチラッと招待状を覗き込んで、言った。
『──いっそのこともう一度大きな功績を立てて子爵にまで陞爵してはいかがですか?そうすれば伯爵家以上の女性が選択肢に入りますよ。──クラリスも』
「え?」
クラリス先輩と結婚──クラリス先輩は確かに良い人だと思うが、さすがに無理がある話だ。
これ以上出世するなんて御免だし、万が一俺が子爵になったとしても、アトリー伯爵家がクラリス先輩を俺に嫁がせるなんて認めてくれるわけがない。
アトリー家は代々大臣を務めてきた家系だ。身分上は結婚できてもやはり格が違いすぎる。
「いやいや、どう考えても家の格的に釣り合わないだろ。そもそも一代で男爵から子爵とかさすがに──」
準男爵でバルトファルト家の寄子になるはずが、仮とはいえ入学前から男爵の地位を与えられ、今や正式な男爵で宮廷階位は五位下、卒業したら五位上。
一代でこんな出世は聞いたことがない。
これ以上出世させることはさすがにない──はずだ。
『どうでしょうか?マスターのその手の予想が当たったことは一度たりともありませんが?』
相棒が不吉なことを言う。
「言わないでくれよ。心配になるだろ」
せっかく功績を譲ってやったのに変な気を遣ってくれやがったブラッドにグレッグ、そしてなぜかアトリー家から推薦されて六位の壁を越えたばかりか、四位の壁まで見えてきた。
俺には──いや、それどころかルクシオンにすら──こうなることは全く予想できなかった。
同じようなことが今後二度とないかと言われると──不安になる。
二度あることは三度あるっていうくらいだし。
そう考えていたら予鈴が鳴った。
俺は急いで昼食の残りを平らげ、教室に戻る。
◇◇◇
お茶会当日。
クラリス先輩が俺を呼んだ部屋は小さいが見晴らしのいいお洒落な部屋だった。
学園の建物にあるお茶会用の部屋の中でもかなりグレードが高い部屋だ。
ノックすると、返事が聞こえてクラリス先輩が出てきた。
「リオン君。来てくれたのね。ありがとう」
クラリス先輩は前とは見違えるような優しい表情でそう言った。
「え、えっと──その、クラリス先輩、随分見違えましたね」
どもってしまった。
でも仕方ないと思うんだ。ギャルとか不良みたいな格好でも似合うくらいだったクラリス先輩がちゃんとオシャレしてたら──アンジェといい勝負の美人さんだった。
アンジェと違って見慣れていないので緊張してしまう。
「ふふ。ありがとう。さ、座って。今お茶を淹れるから」
クラリス先輩が部屋の中央のテーブルを示した。
「お邪魔します」
今までマトモな女子がお茶会に来なかったこともあって、招かれた側の作法が分からない。
リビアやアンジェを呼んだ時はフランクな感じだったし。
「そう畏まらないでいいわよ。二人だけだしね」
クラリス先輩がフォローする。
確かに部屋にはクラリス先輩と俺の二人だけ。取り巻きも専属使用人もいない。
「えっと?使用人はどうしたんですか?」
俺は思わず質問する。
クラリス先輩はティーポットにお湯を注ぎながら答えた。
「──全員解雇したわ。貴方の言った通りにね。本来私にはあんなのは必要なかったの」
それは喜ばしい。他の女子も是非そうしてくれるとありがたい。
専属使用人共の舐め腐った態度にはつくづく腹が立っていたところだ。
「そうですか。それで、今日はどういった話で?」
「まあそう急かさないで。まずはティータイムを楽しみましょう」
クラリス先輩はそう言って優雅な仕草でポットに茶葉を入れ、お湯を素早く注いで蓋をし、脇に置いてあった砂時計を返す。
無駄のない洗練された動き。惚れ惚れする。
師匠が紳士ならクラリス先輩は淑女ってところか。
「お茶請けはどれがいいかしら?」
クラリス先輩がケーキスタンドの前に立つ。
並べられたお菓子はどれも美味しそうだ。迷ってしまう。
「──クラリス先輩のおすすめで」
結局日和った。
「それじゃこのレアチーズケーキをどうぞ」
クラリス先輩はナイフを手に取ると、真っ白な丸いチーズケーキを切り分けて皿に載せる。
なんてことだ。ケーキを切る姿まで優雅で華麗じゃないか!
学園の女子のこんな姿見たことないぞ!
「頃合いね」
クラリス先輩は銀製の茶漉しをセットしてカップにお茶を注ぐ。
(なっ!?)
またしても衝撃を受ける。
俺のお茶とは漂ってくる香りからして違う!
「さあ、召し上がれ」
クラリス先輩のお許しが出たので俺は即座に一口飲む。
(すごい!)
俺の淹れたお茶より格段にハイレベルだ。
やはりお茶を始めたばかりの俺とは年季が違うってことか!
「いかが?」
クラリス先輩が得意そうな顔で感想を求めてくる。
「すごいです!緑残る干し草のような香ばしさとお香のような甘さが醸し出すハーモニーが絶妙です!」
仰々しいが、何のことはない。師匠が使っていた表現の受け売りを組み合わせただけ。
語彙力の無さがもどかしい!
「口に合ったようね。淹れた甲斐があるわ」
クラリス先輩が満足げに微笑む。
女神かこの人!
俺はしばし話そっちのけで夢中でお茶とお菓子を堪能した。
そんな俺をクラリス先輩は微笑みながら見つめていたが、俺が少し落ち着いたタイミングですかさず切り出した。
「リオン君、修学旅行の行き先はどこにするの?」
その質問に思わずカップを持つ手が止まった。