メジロマックイーンと俺 作:おれ
玄関の扉を静かに閉める。こんな夜遅くになったんだからお母さんはかんかんに怒ってる筈だ。バレないように静かに廊下を歩いてリビングのドアを少し開けて、覗き見る。
そうするとお母さんはリビングの椅子に座っていた。テレビもつけていなかったので、テレビ好きのお母さんからしてみればとても不気味に思えた。
怒られるのがわかっているので、出来ればリビングを通りたくない。けれどリビングにおれの部屋への階段があるので入るしか無かった。
きぃーっと何か引っ掻いたような音を出してドアが開く。お母さんはおれに気づいたようでぱっとこちらを見る。
怒鳴られるだろうと目をぎゅっと閉じると、次の瞬間おれは抱きしめられていた。
「こんなに夜遅くに帰ってきて! 心配したんだよ!?」
「ごめんなさい」
どうやらもう少しで大事になるところだったらしい。お母さんに怒られることが多いおれだけれども、こうやって泣いているお母さんは初めてみたような気がした。
「ねぇお母さん、おれの名前ってどういう意味なの?」
「わからない。わからないんだアンタの名前の意味。あの人──アンタのお父さんがさ勝手に名前決めてさ、アタシに意味も教えてくれないでどっか行っちゃったのさ」
父さんがおれが小さい頃にどっか行ってしまったのは知っているけれど、名前の意味も教えてくれなかったなんて初めて知った。
「──でも、あの人は自分の息子のことをしっかりと考えている人だったから心配しなくて大丈夫」
そう言われて頭を撫でられる。
「お腹も空いたでしょ。ご飯にするよ」
次の日、メジロ家へ行く前に図書館でまたトレーナーの本を借りることにした。家に帰ってから読み続けた本を持ち、また図書館へ来た。3階に上がり、読書スペースに来るとこの前と同じようにその人は山積みの本に囲まれて本を読んでいた。あちらも気づいたようで読む手を置いてこちらを向く。
「どうだったかい。小学生の君でもわかりやすかっただろう?」
「はい! それで、次はなんの本を読むのが良いんですか?」
そうだねぇ.としばらく考え込んでから、その前に少し話をしようかと言って、おれの手を掴み受付まで連れてきた。そして受付の女の人と何かを話し込み、会議室に連れてきた。そしてお互いに椅子に座り、その人はこちらへと視線をしっかりと向け口を開いた。
「この前、君はトレーナーになりたいと言ったね。なら今日は理由を聞こう。教えてくれるかい?」
この人がおれにトレーナーになりたい理由を聞き出したいのはわかった。けれどおれのトレーナーになりたい理由を聞き出してどうするのかまではわからなかったため、とりあえず答えることにした。
「おれ、ウマ娘の子と友達なんだ。その子は病弱だから、あまり走れないんだ。けれど、それなのにレースに対する熱意は持っていたんだ。勝ちたいという気持ちは誰にも負けてなかった。だから、勝たせたいと思ったんだ」
無言で噛み締めるようにして聞いていたその人はそうか、とだけ答え、黙り込んだ。しばらくした後何かを決心した顔持ちになった。
「なるほど。だが君はその子を
今この人はなんて言った? おれはトレーナーになれないのか? なんでだ? おれのトレーナーになりたい理由がダメだったのか? 考えたことがそのまま口に出る。
「理由がダメなんですか? 勝たせてあげたいっていう理由だけじゃダメなんですか!?」
「いや、君はトレーナになれるさ。君にもわかるように説明しよう。このまま君がトレーナーになるための勉強をしてトレーナーになったとして、小学生の君では最低でも10数年。そのウマ娘の子は君と近い年齢だろう。そしてその子がレースで活躍するのが数年後。トレセン学園は中学生から入れるからね。そうすると君がどんなに努力してトレーナーになったとしても、その頃には君が勝たせたい子はおそらく引退している。もししていなかったとしても担当にすることはできない」
引退している。勝たせられない。その事実を知って、悔し涙が出る。そうか。だめなんだ。昨日パーマーにも自分の名前が誇れるようになるって約束したのにな.涙が溢れ落ちる頬におもむろにハンカチが添えられる。思わず顔を上げるとその人が優しい顔をしてこちらを見つめていた。
「ここからが本題なんだよ。君がトレーナーになったとしても夢は叶えられないことは言ったね?」
それにうなずく。
「いいかい。ウマ娘、彼女たちを支える人間は大部分はたしかにトレーナーという職業だろう。しかしその他にも彼女たちを支えている人間は数多くいる。栄養士や医師、それに応援してくれるファンだっている。その人々が彼女たちを勝利へと導いている。そして君だってそうだ。トレーナーとして彼女たちを支えるだけが勝たせることには繋がらない」
そのことを言われてハッとした。
そうか。おれ、あいつらの友達なんだ。友達として、おれにもできることがあるはずなんだ。
「兄ちゃん、ありがとう。おれ、トレーナーとしてじゃなくてあいつらの友達として頑張ってみるよ」
そう言って拳を突き出す。兄ちゃんは最初きょとんとしていたけど意味がわかったのか、拳を突き出して重ね合わせた。会議室の出口に向かい、扉を開けた。
誤字報告ありがとうございます。