メジロマックイーンと俺 作:おれ
メジロ家の使用人にパーマーに招待されたと言うと、この前のように応接室に案内された。少しばかり待っているとパーマーが入ってくる。おはようと挨拶をされたのだけれど、おはようと返すのはなんだか小っ恥ずかしいのでおう、と返したら挨拶はしっかりしなきゃダメと怒られた。
「メジロドーベルにはおれのことって話してあるの?」
「同じ名前を嫌っている者同士とは伝えたけど...」
「おれはもう自分の名前から逃げないって言ったじゃん」
鼻息を荒くして答えると、そうなんだよねぇ、とパーマーが悩ましげに答えた。今のおれは名前を克服とまではいかないものの、向き合い始めているのだ。
そのことをメジロドーベルが知ったらどうなるのだろうか。一人だけ克服しやがってと嫌われるのだろうか。そのことを考えると身震いがする。
「やっぱおれ、帰ろうかな」
おれがこんなことを急に言い始めたので、えぇ!? とパーマーが困ったように言う。
「あの娘君に会えるの楽しみにしてるんだよ?」
それに道真の名に恥じないんじゃ無かったの? と追い討ちをかけられたので、すっかり逃げ道はなくなってしまった。なんやかんやと言っている内にメジロドーベルの部屋に着いたようで、パーマーがドアをノックした。はい、と声がして、どんどんとドアに足音が近づいてくる。こうなってしまってはしょうがない。腹をくくるしかない! 。男道真、行きます.!
どこか緊張感を持った面持ちで部屋に入ると、幼く可愛らしい少女がドアノブを掴んでいた。
「君が、メジロドーベル?」
「はい.! あなたがみちざねさんですね?」
嬉しそうな面持ちでおれの手を握ってくるドーベル。まだこの娘がおれが自分の名前を嫌っていると信じているのを考えると、罪悪感で心がざわついてくる。純粋な目で見られていられなくなってパーマーの方を横目で見ると、にこにこと笑っていた。
さあこちらへ! と引っ張られたおれは椅子へと座らされていた。
向かいにはドーベル。隣にはパーマーが座る。
「みちざねさんて、なんでご自分のなまえがおきらいなんですか?」
とりあえず落ち着こうと思って紅茶を一口飲んだところに、いきなりこの話の本題のことを聞いてきたため、驚いて吹き出しそうになる。それをこらえて飲みこむと気管支に入ったのか、咳き込んだ。
大丈夫ですか!? と近づいてくるドーベルを手で抑えて、話を続ける。
「君はどうして自分の名前が嫌いなの?」
「まず私って可愛いじゃないですか」
ドーベルは胸に手を当てて得意げに答えた。たしかにメジロドーベルは可愛い。けれどもそれを自分で言うのか? ちょいちょいとパーマーに手招きされたので顔を近づける。
「ドーベルっていつもあんな感じなのか?」
「ドーベルのお父さんがね.いつも可愛い可愛いって言うからあの子すっかりそれが自慢になっちゃって」
「もしかして、ドーベルのお父さんって親バカってやつ?」
「ま、まぁ...」
パーマーは苦笑いをしてはぐらかしているけれど、その事がもう肯定しているようなものだぞ。ドーベルの方へ視線を戻すとジト目でこちらを睨んでいた。
「そこ、なにコソコソやってるんですか?」
「なんでもないっ、なんでもないよ」
パーマーが慌てて手を振って否定する。それに対してドーベルに数秒間睨まれたが、まぁいいです、と気を取り直して話を続けた。
「でもドーベルって名前が可愛くないんですっ」
ばんっと机に手を叩きつけてドーベルはそう叫んだ。そうか。けれど、パーマーの話を聞いたおれはそこまで名前のことを嫌う必要がないとわかっていた。その事を口に出そうとして、昨日のことを思い出して口を閉じた。
『この名前って別世界の魂が宿ってるんだって。だから私たちの名前にはお父さんやお母さんの想いはこもってない』
無理に名前に縛られるなんて言うのは簡単だ。けれどそれで彼女のコンプレックスが拭えるとは思えない。コンプレックスは他人から見たら大した事ではなくても、自分にとっては酷く気にしている事だったりする。
「私のことは話しました。それで、みちざねさんがご自分の名前を嫌っている理由はなんですか?」
「おれも自分の名前が嫌いだった、──つい昨日まではそうだったんだ。けれど、パーマーの話を聞いて自分の名前も悪くないと思えるようになった。君がいつの間にか自分の名前を」
──悪くないと思えるように。と言おうとしたところで、言葉を遮るようにドーベルが大声で泣き始めた。
「私、みちざねさんが、私と一緒で自分の名前が嫌いだからってお呼びしたのに.!」
ドーベルが目の前で泣き始めてしまったことにパーマーと共々驚いてオロオロしていると、不意に部屋のドアがバンっと開かれ、大男が飛び込んできた。
「誰だァ! うちの娘を泣かせたヤツは!!」
「ヤバっ! ドーベルのお父さんだっ!」
あの大男がドーベルのお父さん!? 聞き返そうとしてパーマーの方を見ると既に逃げようと窓の方へ向かっていた。パーマーめ! 逃げ足だけは速いな! と思いながらおれもパーマーの方へ逃げようとする。がしかし現実は非情で、ウマ娘のパーマーと違って人間のおれは大男からは逃げられなかった。
「貴様かっ! うちの娘を泣かせたヤツは!」
逃げ損なった俺の足を掴み振り回す。グルングルンと回る視界はさながら絶叫アトラクションのようでとても怖かった。そのまま部屋のベッドに叩きつけられる。あまりの衝撃に少しぼーっとしたけれどすぐにドーベルのお父さんのことを思い出して、そちらの方を向くと必死にドーベルのことを宥めている最中だった。
今さら逃げる気にもなれないので諦めてベッドの上に寝転がっていると、足を吊り上げられるようにしてドーベルのお父さんの肩に担がれる。
「少しばかし付き合ってもらおうか」
連れてこられたのは、床一面に畳が敷き詰められたところだった。そこに落とされるように下ろされて、いてっと声が漏れる。
何をされるのかと思ってドーベルのお父さんを見上げると、おれの目の前にあぐらをかいて座った。
「ア、アンタ、おれをこんなところに連れてきて、いったいどうするつもりなんだっ?!」
「先程はすまなかった」
ドーベルのお父さんの眉間に寄っていたしわはいつの間にかなくなっていて、いつの間にかその人に頭を下げられていた。
いったいどういうことなんだ!?この人は怒っていたんじゃないのか?
「アンタは怒っていたんじゃないのか...んですか?」
「たしかに私は怒っていた。君を投げたのも事実だ。しかし今は後悔している」
「...後悔するくらいなら、最初からやらなきゃいいじゃないか」
「そうもいかないさ。私はドーベルの父親だ。そして君はうちのドーベルを泣かせた。だろ?」
「...」
「なあ、理由を教えてくれないか?ドーベルはなんで泣いていたんだ?それを教えてくれなければ私は君を叱ることすら出来ない」
「それは...」
この人に教えていいものなのだろうか?名前はその人自身にとって強さにも弱さにもなる。ドーベルはおれよりも幼く、弱い。精神的にだ。わからない。おれの中でこの人のことを信じて話したいという心と、まだ信じることが出来ない心がせめぎ合っていた。
「その顔を見るとどうやら聞くのは無理な様だな」
「...すいません。アナタに話すことは出来ない...です」
「いやいいさ。どうやらその事は君にとってとても大事な事らしい」
どうしたものか。と言って、ドーベルのお父さんはあぐらを解いて後ろへ大の字にして倒れ込んだ。
「人生には転機が訪れるのを君は知っているかな」
「てんき?ですか?」
「そう。転がる機会と書いて転機。これは1回や、2回。人によってはそれ以上の回数訪れるという。かくいう私もその転機が訪れた一人でな。それを持ってきてくれたのは私の妻なんだ」
「そう、なんですか?」
「私は幼い頃から親父殿に厳しく鍛えられていたから女性と接する機会が無くてね。....もちろん母親も例外じゃない。そして大学を出て、私に縁談の話が舞い込んできた。親父殿が持ってきた話だ。そこで私は女性と初めて面と向かって話せると知って喜んで受けたんだ。しかし...俺は長年女性から離れて過ごしていたからか。...簡単に言うと、女性と上手く喋ることが出来なくなっていた。何をしても改善出来ず、縁談は何度も破談。噂は広がりいつしか俺に来る縁談は無くなっていた。親父殿は怒り。跡取り息子として情けない限りさ。そこでだ。彼女と出会ったのは」
「それが、アナタの転機」
「そう。俺がこうなってしまうのを苦しんでいたのを気づき、怖がるのではなく、逆に笑い飛ばしてくれた。救われたさ。こんな俺でもいいと気付かせてくれた。まぁ、今も諦めずに改善に挑戦し続けているけどね」
周りからしたら大したものではなくても、本人にとっては心の奥底で苦しんでいることもある。そういう人の弱さをこの人はわかってるんだ。この人ならドーベルの悩みを喋っても良い気がする。
「...ドーベル、ちゃんの悩みは彼女の名前のことなんです」
おれのこの一言を聞いた瞬間、ドーベルのお父さんは寝ていた体を起こして腕を組み、何か考え始めた。
「...そうか。...名前か。...でもドーベルが君の話を聞いて大泣きしていた所を見るにドーベルの転機は君でもパーマーちゃんでも私でも私の妻でもない未来の誰かってことだ」
「じゃあ...?」
「まぁ、放っておくしか無いな」
話が一段落着いたところでこの部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。驚いて扉の方を向くとメジロのおばあさんと汗だくのパーマーが立っていた。
おばあさんはドーベルのお父さんの方に、パーマーはおれの方に近づいてきた。
「道真、大丈夫?」
どうやらパーマーはドーベルのお父さんがおれを連れていったのを見て心配しておばあさんを連れてきてくれたらしい。
「このとおりピンピンしてる」
元気なことを示すために両腕をブンブンと回す。それを見てパーマーはホッとしたようで、額の汗をハンカチでふき始めた。
「パーマー。私はこの方とお話がございます。そこな少年を連れて暇でも潰していらっしゃいな」
こちらに顔だけ向けたおばあさんは凛とした声でパーマーに言う。初めて会った時と同じように向き合っただけで緊張する。それはパーマーも同じようで元気よく返事すると、おれの手をとって急ぎ足でこの部屋から出た。
「やっぱり怖いな、メジロのおばあさん」
「怖いなんてもんじゃないよ...!私、まだ慣れないんだから」
「ていうかどこに連れてくんだ?」
「とりあえず屋敷から出て...そこからてきとうに?」
「てきとうって...」
...これからどうするか。パーマーを置いておれだけいま帰るってのもあれだし、マックイーンの部屋にゲームボードは置いてあるけど寝込んでたら悪いしなぁ。
...あ。
「パーマーの走りを見せてくれよ。おれ、今までテレビでしかウマ娘の走りを見たことなかったんだよ」
「えぇー。やだよー」
「いいじゃないかよ。けち」
「...じゃあ、少しだけね」
「よっしゃ!じゃあ今すぐ行こうぜ!」
「道真は先に行ってて!私、準備とかあるから!」
そう言って走り去って行くパーマーよりもおれは走りを見れることに気を取られていた。間近で見る走りってどういうもんなのかなぁ。ワクワクが止まんないぜ!おれは興奮のままにレース場へと向かった。
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