「まったく、みんなダメダメね……。じゃあ、私からいい?」
コホン、と咳き込むローラが沈黙を破った。
「はい! ローラさんっ!」
一斉にローラに視線が集まる。
「……私の考える、部のスローガン」
神妙に、ローラは続けた。
「それは、一刻も早くグランオーシャンの危機を救うこと。……そして、みんなは押しも押されもしない立派なプリキュアに……、そして、私は立派な次期女王に……!」
ローラは、さらに気持ちよく続けた。
「そうなった暁には、みんなにはグランオーシャンの銘菓1年分をプレゼント。さらには、私の王室秘書として特別に契約も……!」
「待て。スローガンはどうした?」
「なんか、選挙のお願いになってる……」
「マニフェスト……」
「くるるん……」
「……え~?」
ローラは、不満げに頬を膨らませる。
「それに、プリキュアのことはスローガンには書けないよ」
まなつの言葉に、ローラはまるで子供のように拗ねた表情に変わった。
「まなつまで。何よっ!」
勢いよく飛び上がると、ローラは机上のポットへと吸い込まれるように入っていく。
「あ、ローラ!」
すかさず、まなつがポットの中を覗く。
画面の中では、ローラが、ふて寝しながらぷかぷかと浮遊していた。
「りゃ、ご機嫌ななめ……」
まなつは、雰囲気を立て直すように、明るい調子で続けた。
「……じゃあ、他! なにか、ご意見ちょうだい!」
といっても、一同からは急に出てくるはずもなかった。
「……ちょうだいませっ」
「……」
一同の唸り声が続く。雨音も、鳴り止むことはない。
「……ませませっ」
まなつが、くるるんに顔を近づけた。
「くるるん……」
「いや、くるるんには無理だろ……」
あすかが呆れたように言った。
「これ、改めて考えてみると難しいかも……」
さんごが知恵熱を出したように顔を赤くする。
「ああ……。そもそもスローガンってどういう意味だっけ? 何だか、わからなくなってきた……」
あすかまでが、額を抑えて唸り声を上げる。
素早くみのりが辞書を取り出すと、パラパラとページをめくりだした。
「『スローガン』……。組織の行動理念を、わかりやすく文章で表したもの……」
「……こうどーりねん??」
「要するに、何のために活動するのか、ってこと」
「……何のために」
「……結局、そこなのか」
さんごとあすかが口を閉ざし、再び空気が沈みかけた。
「……ねえ」
沈黙を破ったのは、みのりだった。
その目は、まなつを見つめている。
「どうしてまなつは『大事なことをやる』にこだわるの?」
まなつは、動じることもなく、応えるように「え?」と呟いた。
「……そうだなあ」
少し考える素振りで、天井をちらりと覗く。
「……私は、まだ、島にいた頃にね。お父さんによく言われたの」
考えをまとめるように、まなつは喋り始めた。
「『たった一度きりの人生だ。思ったことは、思いっきりやってみろ!』」
お父さんの声真似をしながら、まなつの声が響く。
「でもね……。それから、お母さんがあおぞら市で、水族館で働くってなって……、いつの間にか、『大事なことをやろう』って、そんな風に変わっていったんだ」
まなつは、まるで思い返すように机上を見つめだした。
「島での、私とお父さんの合言葉。それが、『今、一番大事だと思うことをやれ』」
雨音が、再び聞こえだす。
「……そうだったんだ」
さんごが呟く。
「親父さんの影響だったのか」
あすかの言葉に、まなつが「うん」と頷いた。
「でも、結局、それは何のためなの……?」
みのりが漏らす。
まなつは、明るく弾けた調子で答えた。
「もちろん、それは、みんなで思いっきりトロピカるためだよ!」
みのりは、何となくわかったような、わからないような……
「……なる、ほど」
「出たな……、『トロピカる』」
あすかが思わず笑ったように言う。
「あのさ……。その『トロピカる』って、結局なんなわけ? 未だによくわからないんですけど……」
ポットの画面から、ローラが困ったように訴えた。
「あれ? 前に説明しなかったっけ?」
まなつが全員に問いかける。
「……確か、お日さまみたいな、キラキラとしたあったかい気持ちが……」
さんごが、思い出すように口を開いた。
「……ぶわーー、っと」
続けて、みのりが、控えめなジェスチャーを交えて呟いた。
「そう!」
まなつが「ご名答」という風に指をさす。
だが、あまりピンとこない一同の表情はさえなかった。
「……!」
まなつは、なにかを思いついたように、部屋の奥にある黒板の前へと歩いていく。
「いい機会だし……、じゃあ、絵を描いて説明するね!」
まなつは、白いチョークを手に取ると、まっさらな黒板を見据えて身構えた。
「いざ!」
一心不乱に、まなつは黒板へと何かを描きつけていく。
呆然と見つめている一同……
やがて、まなつが自信ありげに振り向いた。
「これ! 『トロピカってる』!」
一同は、黒板に描かれたまなつのイメージに思わず目を剥いた――
× × ×
砂浜のようなところ、その奥には海が広がっていて……
浜辺には、ニコニコと笑う人間たち……
『のようなもの』が、手を繋いで大きな輪を描いている。
その輪の中心には、大きな渦のような、ぐるぐるとした『何か』が、人間たちや浜辺をまるごと飲み込むかのように、ぐちゃぐちゃに描かれている――
× × ×
「……何かの、儀式か?」
あすかが目を細めた。
「うずまきに、人が飲まれてる……?」
困惑するみのり。
「しかも、笑ってるじゃない……」
ローラが軽く引く。
「ちょっと、怖い……」
さんごの声が引きつる。
「くるるん……」
くるるんも、声のトーンが低い。
「違うよ! これはうずまきじゃなくて、『真夏の太陽』!」
まなつは、おかまいなしに目を輝かせた。
「すっごいキラキラしてて……、照らしたみんなの奥底から、あったかくて、なんかこう、幸せな気持ちが、ぐわーっ! と湧き上がって……、それがこうして、みんなが繋がっていくような……、そんな感じ!」
……しばし沈黙……
「……なる、ほど?」
みのりが苦い目をして呟く。
「……ちょっと、待ってろ」
あすかがたまらずバッグからスケッチブックを取り出してくる。
ササササッ、と、あすかは黒板を見ながら手慣れたようにイメージを描き写していく。
「……こうか?」
スケッチブックを見せる。
そこには、まなつの理想とするイメージが描かれていた。
「これこれっ! すごいよ、あすか先輩~!」
まなつの目が再び輝いた。
「なるほど……」
みのりがふむふむと頷いた。
「なんか、サンドアート大会を思い出すね……」
さんごが、浜辺でにこやかに笑う人々の絵を見ながら呟いた。
「そうだねぇ~。あの時も、こんな感じでトロピカってたっけぇ~」
画面の中から、ローラが「ふ~ん」とあすかの絵を見つめている。
「これが、まなつの言う『トロピカってる』ねえ……」
「ですです!」
絵に見惚れる一同の隅で、みのりは、口元に手を当ててじっと絵を眺めていた――
筆者注)まなつの過去は筆者の想像(2021.7時点)によるオリジナルです