「……くっ!」
表情をゆがめるあすかに、先生がたまらず呼びかけた。
「滝沢さん……? もし思いつかないんだったら、なにも無理にやらなくても……」
「いや!!」
あすかの、力のこもった声が響いた。
雨音が鳴り響く――
我に返ったあすかが振り向くと、一同が呆然と固まっていた。
「……」
言葉の出ないあすか。
「……すみません」
そう呟くと、ゆっくりとチョークを置いて、
「……そうします」
あすかは、まなつたちの元へと力無く歩いてくる。
「……すまん。こういうの、やっぱり慣れてないみたいだ」
落ち込んだ声。
「そんな。……私たちの方こそ」
さんごが申し訳なさそうに応える。
「……無理強いしてしまったのは、確か」
みのりが続く。
「そうだよね。……ごめんなさい」
まなつが頭を下げる。
みのりとさんごも、後に続いた。
「いや。いいんだ」
あすかが、悔しそうに俯く。
「でも、勘違いはしてほしくない……」
あすかは、まるで苦悶するかのように……
「私は、トロピカってなかったわけじゃ、絶対ないんだ……!」
一同は言葉が出なかった。
「……あすか」
ローラが、感情の行き場を失くしたあすかを見ている。
あんなにも頼りになる彼女の今の姿に、困惑しているのかもしれない。
もちろん、それはローラに限ったことではなかった。
部室には、依然、降り続いている雨音が静かに響き渡った――
「……」
先生が、暗い表情のまなつたちを見ながら、静かに微笑んだ。
先生にとっては、自分にも覚えがある、どこか懐かしい光景に思えたのかもしれない……
「……ねえ、みんな」
先生の言葉に、一同は曇った表情のまま振り向いた。
それから、何気ない笑顔で、先生は、誰も予想だにしなかった質問をした――
「昨日の晩ご飯、なに食べた?」
一同は唖然……となった。
先生は明るい調子で、
「私はね、こーんなにおっきなハンバーガー。最近できたマリンモールのお店なんだけど……、お肉がもう、こんのくらい厚くて……。食べたら肉汁が、もう、ぶわーっ、て……!」
一同は、呆然と聞いている……
それから、先生は、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「最高にトロピカっちゃった」
まなつが、ハッとなった。
「……みんなは?」
先生が、一同に問いかけた。
沈黙が続く……
だが、まなつから、その言葉は勝手に漏れた。
「……私は、ハンバーグ」
「……まなつ?」
不可解にローラが聞いた。
「……私の、……手作りで……!」
まなつが、瞳にきらめきを宿しながら、前を向き始めた。
「そしたら、お母さんが、『おいしい』って笑ってくれて、めっちゃトロピカりました……!」
まなつが、あすかを見て、「ひひっ」と無邪気にはにかんだ。
困ったように、あすかはまなつを見ている。
それを見て、笑みをこぼしたさんごも……
「私は、お母さんが作ってくれた生姜焼き。いつもはお店が忙しくて、あまり一緒には食べれないんだけど……、昨日はすっごくうれしくて、私、トロピカってた!」
「いいね~、生姜焼き! みのりん先輩はっ?」
みのり、ちょっと驚くが、
「私は、母に代わって炊事を……」
「へえ~!」
みのり、微笑みを浮かべて、
「ああやって、キッチンに……、誰かのために立つっていう感覚が、新鮮だった」
「つまり、それって……?」
みのり、少し考えて、
「……『トロピカってた』」
「やったあー!」
あすかが思わずツッコんだ。
「おい、そんなんでいいのか……!」
「いいんだよっ!!」
「……!」
まなつの有無を言わせぬ笑顔に、あすかの硬い表情が一気にほころんだ。
「みのりん先輩はなにを作ったんですか?」
さんごが尋ねる。
「えっと……、シソの葉に、豆乳、レバーと、ブルーチーズを……」
「うわあぁ……」
「味は気にしないんだな、お前は……」
「親は、『食べれなくはない』、って」
「食べれなくは、って……」
「うげええっ……」
「ええっ!? やだ、まなつっ!?」
「なんか、いつぞやの記憶が……」
「お、お水飲む……?」
「外の空気吸う?」
「や、やめろ! 外は空気どころか、嵐だぞ!」
「そっか……」
まなつが、さんごの水筒の水を勢いよく飲み干した。
ぷはー、と生き返ったように息を吐く……
クスクス……
先生の笑い声が聞こえてくる。
「ふふ、ごめんなさい。つい……」
先生は、まなつたちをまっすぐに見つめている。
「いつも通りのあなたたち、とってもステキよ?」
「……!」
あすかが、ハッとなった。
まなつは、満点の笑みを浮かべて、
「……はいっ!!」
「……」
呆然としているあすかに、
「あすか先輩」
まなつが、神妙に目の前に立つ。
そして、
「ごめんなさい」
頭を下げる。
「あすか先輩の気持ち、考えませんでした」
「……まなつ」
「……私たちも」
みのりとさんごも、
「ごめんなさい」
傍で見ているローラも、
「……あすか」
慣れていなそうに、だがしっかりと……
「……ごめんね?」
あすか、4人を見ながら、
「……みんな」
だが、やがて屈託のない笑みを浮かべて、
「いいんだ」
まなつたちの表情が、たちまち晴れてくる。
「あすか先輩ぃ~」
まなつがうるうると目を光らせる。
「な……、泣くことないだろ!」
「だって……、すごく良い顔してるう……」
「ど、どういう意味だっ!」
さんごから笑いが漏れる。
やがて、室内は笑いに包まれた。
ローラは、まなつたちを見ながら、どこか寂しげに、でも嬉しそうに微笑んだ。
先生は、席に座りながら、優しく一同を見つめている。
「くるるーん」
くるるんが、机上のアクアポットのシャッターを押した。
カシャッ。
シャッターが、まるで辺りを包み込むかのように、静かに音を立てた――