トロピカる部『活動日誌』   作:ホンバラ

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chapter.6 大切な刻、大切な場所

「……くっ!」

 表情をゆがめるあすかに、先生がたまらず呼びかけた。

「滝沢さん……? もし思いつかないんだったら、なにも無理にやらなくても……」

「いや!!」

 あすかの、力のこもった声が響いた。

 雨音が鳴り響く――

 我に返ったあすかが振り向くと、一同が呆然と固まっていた。

「……」

 言葉の出ないあすか。

「……すみません」

 そう呟くと、ゆっくりとチョークを置いて、

「……そうします」

 あすかは、まなつたちの元へと力無く歩いてくる。

「……すまん。こういうの、やっぱり慣れてないみたいだ」

 落ち込んだ声。

「そんな。……私たちの方こそ」

 さんごが申し訳なさそうに応える。

「……無理強いしてしまったのは、確か」

 みのりが続く。

「そうだよね。……ごめんなさい」

 まなつが頭を下げる。

 みのりとさんごも、後に続いた。

「いや。いいんだ」

 あすかが、悔しそうに俯く。

「でも、勘違いはしてほしくない……」

 あすかは、まるで苦悶するかのように……

「私は、トロピカってなかったわけじゃ、絶対ないんだ……!」

 一同は言葉が出なかった。

「……あすか」

 ローラが、感情の行き場を失くしたあすかを見ている。

 あんなにも頼りになる彼女の今の姿に、困惑しているのかもしれない。

 もちろん、それはローラに限ったことではなかった。

 部室には、依然、降り続いている雨音が静かに響き渡った――

「……」

 先生が、暗い表情のまなつたちを見ながら、静かに微笑んだ。

 先生にとっては、自分にも覚えがある、どこか懐かしい光景に思えたのかもしれない……

「……ねえ、みんな」

 先生の言葉に、一同は曇った表情のまま振り向いた。

 それから、何気ない笑顔で、先生は、誰も予想だにしなかった質問をした――

「昨日の晩ご飯、なに食べた?」

 一同は唖然……となった。

 先生は明るい調子で、

「私はね、こーんなにおっきなハンバーガー。最近できたマリンモールのお店なんだけど……、お肉がもう、こんのくらい厚くて……。食べたら肉汁が、もう、ぶわーっ、て……!」

 一同は、呆然と聞いている……

 それから、先生は、晴れやかな笑顔を浮かべた。

「最高にトロピカっちゃった」

 まなつが、ハッとなった。

「……みんなは?」

 先生が、一同に問いかけた。

 沈黙が続く……

 だが、まなつから、その言葉は勝手に漏れた。

「……私は、ハンバーグ」

「……まなつ?」

 不可解にローラが聞いた。

「……私の、……手作りで……!」

 まなつが、瞳にきらめきを宿しながら、前を向き始めた。

「そしたら、お母さんが、『おいしい』って笑ってくれて、めっちゃトロピカりました……!」

 まなつが、あすかを見て、「ひひっ」と無邪気にはにかんだ。

 困ったように、あすかはまなつを見ている。

 それを見て、笑みをこぼしたさんごも……

「私は、お母さんが作ってくれた生姜焼き。いつもはお店が忙しくて、あまり一緒には食べれないんだけど……、昨日はすっごくうれしくて、私、トロピカってた!」

「いいね~、生姜焼き! みのりん先輩はっ?」

 みのり、ちょっと驚くが、

「私は、母に代わって炊事を……」

「へえ~!」

 みのり、微笑みを浮かべて、

「ああやって、キッチンに……、誰かのために立つっていう感覚が、新鮮だった」

「つまり、それって……?」

 みのり、少し考えて、

「……『トロピカってた』」

「やったあー!」

 あすかが思わずツッコんだ。

「おい、そんなんでいいのか……!」

「いいんだよっ!!」

「……!」

 まなつの有無を言わせぬ笑顔に、あすかの硬い表情が一気にほころんだ。

「みのりん先輩はなにを作ったんですか?」

 さんごが尋ねる。

「えっと……、シソの葉に、豆乳、レバーと、ブルーチーズを……」

「うわあぁ……」

「味は気にしないんだな、お前は……」

「親は、『食べれなくはない』、って」

「食べれなくは、って……」

「うげええっ……」

「ええっ!? やだ、まなつっ!?」

「なんか、いつぞやの記憶が……」

「お、お水飲む……?」

「外の空気吸う?」

「や、やめろ! 外は空気どころか、嵐だぞ!」

「そっか……」

 まなつが、さんごの水筒の水を勢いよく飲み干した。

 ぷはー、と生き返ったように息を吐く……

 クスクス……

 先生の笑い声が聞こえてくる。

「ふふ、ごめんなさい。つい……」

 先生は、まなつたちをまっすぐに見つめている。

「いつも通りのあなたたち、とってもステキよ?」

「……!」

 あすかが、ハッとなった。

 まなつは、満点の笑みを浮かべて、

「……はいっ!!」

「……」

 呆然としているあすかに、

「あすか先輩」

 まなつが、神妙に目の前に立つ。

 そして、

「ごめんなさい」

 頭を下げる。

「あすか先輩の気持ち、考えませんでした」

「……まなつ」

「……私たちも」

 みのりとさんごも、

「ごめんなさい」

 傍で見ているローラも、

「……あすか」

 慣れていなそうに、だがしっかりと……

「……ごめんね?」

 あすか、4人を見ながら、

「……みんな」

 だが、やがて屈託のない笑みを浮かべて、

「いいんだ」

 まなつたちの表情が、たちまち晴れてくる。

「あすか先輩ぃ~」

 まなつがうるうると目を光らせる。

「な……、泣くことないだろ!」

「だって……、すごく良い顔してるう……」

「ど、どういう意味だっ!」

 さんごから笑いが漏れる。

 やがて、室内は笑いに包まれた。

 ローラは、まなつたちを見ながら、どこか寂しげに、でも嬉しそうに微笑んだ。

 先生は、席に座りながら、優しく一同を見つめている。

「くるるーん」

 くるるんが、机上のアクアポットのシャッターを押した。

 カシャッ。

 シャッターが、まるで辺りを包み込むかのように、静かに音を立てた――

 

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