クラスメイトKがドジっ娘の世界にて大暴れ!? 作:ちびっこ&ひばりの
今、私は当てもなく校内の廊下を歩き回っている。
事の発端を話すと、数分前のこと。
雲雀さんが教室を去って行った後、室内はしばらく葬式のような冷ややかな静けさを保っていた。私もそんな空気に圧されて、勉強になかなか身が入らないでいたところに、突如として場の空気に似合わない軽やかな機会音が鳴り響いた。
音のした方に振り返ってみると、スマホの画面を見て血相を変えている新垣君の姿があった。
愕然としたように青く、それでいて激昂したように途中から血眼になった彼は、刹那風も追い抜く速さで教室から飛び出して行った。
さすがはサッカー部の期待の星、なんて素早い動きなんだろう。なんて感心している場合じゃなくて、あの人どこ行く気だ!?
場所も告げずに出て行った彼に習うようにドアへと近づいて廊下の様子を窺ってみるけど、すでに彼の姿はどこにもなかった。
先ほど雲雀さんにサボらないよう警告されたばかりというのに、あんなにも取り乱して、一体どうたんだろう?
さっきスマホの画面を見て血相を変えていたことから、恐らくその中の"何か"が要因で、新垣君はあそこまで顔色を豹変させたんだろう。果たして何を見たのか…… 気になる。
それに、先ほどから背中に突き刺さってくる責任を押し付けるような視線が居た堪れず、気づけばそのままドアを閉めて、こうして彼を探しにやって来ていたのでした。
でも、さっきから探しても探しても、新垣君の姿はどこにもない。補習中ということで、廊下にも人の影はどこにも見当たらない。なぜか急に不安になってくる。
もしかして、さっきのは急用で帰っちゃったのかな?
その思考に至ると、確認のために一階のエントランスへと向かって靴箱を確かめた。新垣君の靴箱を調べると、そこには彼の靴がきちんと収められていた。
予想が掠りともしなかったので、思わずその場で脱力してしまった。期待を裏切られたとは、まさにこのことかもしれない。……違うか。
倦怠感が一気に襲って来て、休息も兼ねて靴箱にそっと背を預け、ぼんやりと思考に耽る。
私は一体何をしているんだろう。当てもなく歩き回って、新垣君を探し出すことなんて無謀に近いことなのに…… 本当に自分が馬鹿すぎて嫌になる。おまけにドジで、楽しみにしていたゴールデンウィークも補習なんかに呆気なく潰されて、こんなに不幸の連続ばっかりな自分が本当嫌になる。
でも、雲雀さんが言った通り、もっと頑張って勉強していたら、今頃は私も古里に帰っていたんだよね。これは所謂自業自得なんだろう。テスト前日の夜に、我が家のポチがまた脱走して夜間を探し回るハメになんてことにならなけば、赤点は免れたハズなのに……!
後悔なんて所詮後の祭りだけど、やっぱりどうしても帰りたかったんだ。二日前に見送った家族の帰省を心待ちにした笑顔が、今も脳裏にこびりついて離れてくれない。
思い悩んだ挙句に、私は自分の靴箱の前に立った。考えることはひとつ、帰ること。今から荷造りをして、家族の後を追うことはさすがにしない。けど、補習なんてもうやってられなかった。
ゴールデンウィークを丸々使って補習なんて、理不尽すぎる。こんな理不尽な体質を持って生まれてきて理不尽続きの人生に、中学に上がってからは理不尽の塊とも言える人に散々に理不尽に付き合わされて、思えば私の周りって理不尽だらけじゃないの。もう我慢の限界だった。
見つからないうちにここを出ようと、靴箱にそっと手を伸ばす。鞄とか教室に置いてきちゃったけど、ゴールデンウィーク明けにはまた登校してくるんだし、どうでもいいように思えた。
僅かな緊張が身体に走って、この行為への罪悪感からかなかなか靴箱の扉を開けられないでいると、ふと声がかかった。
「何してるの?」
「うっひゃあああ!?」
決心して、ちょうど開けようとしたところにそんな声がかかったのもだから、速攻でまた扉を閉めて代わりに口から奇声が漏れた。
「…………何?」
「や、やぁ、雲雀さん、どもー」
「やけに白々しくキャラが変わっているけど」
作り笑顔でにこやかに挨拶したつもりだったんだけど、雲雀さんには効かなかったみたい。
「こんなところで、何していたんだい?」
急所を的確に突かれてしまう。どうしてこの人はこんなにも相手の弱みを握ることに長けているんだろう。
「い、いいえ、別に……… あ、新垣君を探しに来たんです」
テストの時以上に思考を回して、また白々しい言い訳を吐いてしまった。それに、雲雀さんが新垣君に面識があるのかも怪しいのに、彼の名前を出してよかったのか。最悪、補習を抜け出したってことで咬み殺されるかもしれない。ていうか、片手にすでにトンファー常備ですか。
彼の手の中の黒光りする悪魔に視線を奪われていると、その悪魔を従える大魔王様の形容詞が似合うところの雲雀さんが淡々と言った。
「彼なら二年の教室にいたよ」
「……え?二年生の教室に?」
意外にも新垣君と面識があったんだ、と内心で驚く一方で、なぜ二年生の教室に彼が突っ込んで行ったのかさらに疑問が湧いた。
けど、雲雀さんも知らないのか、そのことには答えてはくれなかった。
「それより、君も早く教室に戻りなよ。さもないと、補習を怠ったとみなして咬み殺すよ」
途端に黒光りする悪魔が私の眼前に掲げられる。私は彼の命令に潔く頷くと、すぐに教室へと踵を返そうとする。あの悪魔の前では何も言えない。この理不尽に付き合うしか生きる術はなくて、私は泣く泣く彼の横を通り過ぎようとした。
しかしその刹那、僅かにある段差に足を取られる。
「へぶしゅっ!」
転倒かと思いきや、前に立っていた雲雀さんの体がクッションになってくれたのでセーフだった。でも、顔をぶつけた際にまた変な声が出てしまった。ああ、恥ずかしくて顔上げらんない。
「…………またか。ねぇ、平気なの?」
今ボソッとまたかって言った。この人またかって言ったよ。なんかもう慣れてきました風な感じで言いましたよ、この人。こちとらこの理不尽な体質とはもっと長い付き合いなんですよ。
この体質と付き合ってきた過去をふと思い出してみて、なんか泣けてきた。もうこうなったらヤケだ。彼のベストに泣いてベタベタな顔擦り付けてやる。ティッシュ感覚で鼻かんでやる。あとで咬み殺されようがもう知ったこっちゃない。
先ほどクッションになってくれた彼の胸の中にもう一度顔を埋めて、肌触りのいい彼のベストに私の理不尽でベタベタな涙を擦り付けてやろうとした。
その時、私はひとつ気がついたことがあった。
微かにだけど、顔を埋めたことで彼の心臓の音が聞こえてくる。微かに脈打つのが速い、彼の鼓動の音―――……。
「……ねぇ」
不覚だった。僅かに熱っぽいような声に、耳がとろけそうだった。
頭上からした声に、反応が遅れながらも顔を上げると、案の定というか、雲雀さんが私を澄んだ漆黒の瞳でじっと見下ろしていた。
改めて間近で見ると綺麗だと思い知らされる彼の魅力に、少し酔ってしまったのか、いきなりのことで身動きが取れなくなる。
その瞳に吸い寄せられるように、しばらくは音もなく、気づけばお互いに見つめ合っていた。
目線より高い位置にある彼の瞳に、魅了されてしまった自分の姿が映る。こんな私を見られているんだと少し恥ずかしくなる。けど、なぜか視線は逸らせられない。
いつもは恐いのに、こんな時はそれを微塵も感じさせない妖艶な雲雀さんの魅力が、私を惹きつけて離さないんだ。
どれくらい時間が経ったんだろう。実際には数分も経っていないのかもしれない。
「…………もう、離れなよ」
その一言で、たちまちハッと我に返る。まるで冷水を頭からぶっかけられたかのように、意識がキンキンとはっきりしていた。
ようやく私は、今の現状を確認した。そして、私は自己最高の機敏な動作で後退り、彼との間合いを取った。
………私、さっき何を考えていた?一体何やってたんだろう?
受け入れられない自身の行動に頭を抱えていると、彼がひとつ溜め息を吐いた。
「君は…… 僕の前では本当によく転ぶんだね」
半ば呆れたような口振りで、この場には似合わないことを彼が言った。この場を取り繕っているのか、本心でそう言っているのか、私には図りかねた。
そういえば、彼にはまだ言い忘れていたことがある。
「あ、あのっ、ありがとうございます」
口はあれだけど、転びそうになった私を助けてくれたのは彼の善意だろう。そうであってほしい。だから彼に素直にお礼を言った。
「………これに懲りたら、その体質のことを考慮して軽率な行動は慎むことだね」
素っ気なく言い捨てて、雲雀さんは私に背を向けた。
その背中に向かって、私は思いきって問いかける。
「ひとつ、聞いていいですか?」
「………何?」
「その、本当は知ってて、心配してくれたんですか?」
僅かに速い胸の鼓動も、軽く肩でしていた息も、乱れた黒髪も、クラスの人から私が新垣君を探しに行ったことを聞いて、態々探しに来てくれたのかなって、少し自惚れてみる。
雲雀さんは、横目に私を見ると、溜め息と共に呟いた。
「当たり前でしょ」
「へっ……?」
言い淀むことなく彼の口から漏れた言葉に、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
そして、続け様に彼はこう言った。
「君のおかげで、月にいくらの修理費がかかると思っているんだい。他の委員会から巻き上げるのに毎回一苦労だよ」
「――って、校舎かよッ!?」
私から校舎を守るのにそんなに必死だったんですか、そんなに校舎が大事ですか。少しでもカッコいいとか思った自分がドアホでしたよ!!
彼に幻滅して、さらに脱力感が増した気がする。この人はやっぱり噂通りの並盛を愛する極悪非道風紀委員長だ。校舎愛しているなら修理費ぐらい自腹負担しろよ。………とすると、私につけが回ってくるな。よし、口出ししないでおこう。
口を閉じた私を気にすることなく、雲雀さんはふと廊下の突き当たりの角へと視線を投げた。
「……さっきからこそこそ隠れている君、出てきなよ」
最初、彼が何を言っているのか全然解らなかった。
その時、物陰からスッと誰かが出てくる。
雲雀さんと同じ黒髪の、青いリボンタイを付けた女子生徒が立っていた。初めて見る顔だった。私とそう年も変わらないように見えるけど、リボンが青ということで恐らくは先輩なんだろう。
あの距離で気配に気づいていたとか、雲雀さんやっぱりどんだけ……… ていうか、あの人いつからあそこにいたの…?
瞬間羞恥心が体を一気に駆け抜けるけど、その時彼女が雲雀さんに向かってこう言い放った。
「た、誕生日おめでとう」
彼女がそう言って、誰も何も言わずに沈黙が場を支配する。いや待って、雲雀さんは言われている本人なんですから、何か反応してあげたらどうですか?
雲雀さんから反応はあった。やや、小首を傾げた。………何、この人。自分の誕生日も覚えていないんですか。それとも彼女が言っていることが、そもそもデタラメなのかもしれない。
「あの、今日は雲雀さんの誕生日、なんですか……?」
二人共が一向に喋らないので、仕方なく私が入っていく。会話に全く関係ない人だけど。
彼女から反応はない。ふと雲雀さんを見てみると、彼の方もこっちを見てきたので自然と目が合った。と、ときめいたりなんかしてないからっ!
「誕生日…… そう、だったっけ」
「いや、私を見て言わないでくださいよ……」
雲雀さんの個人情報なんて、私が知るワケがない。逆に他人に自分の誕生日を聞く雲雀さんもどうかと思う。
私が半ば呆れていると、今度はどこからかケーキが降ってきた。………ケーキ?
「ちゃおッス」
ケーキが喋った!?内心で叫ぶと共に、ケーキを観察してみると、それはただのケーキではなかった。何せ、蝋燭が刺ってある。これはバースデーケーキだ。
「ヒバリ、今日は誕生日なんだろ?」
「そういえば…… そうだね」
バースデーケーキがまた喋った。二回目なので然程驚かないが、バースデーケーキからの問いにも淡々と受け答えしている雲雀さんがなんかすごい。
そして、本人の肯定もあって、今日が雲雀さんの誕生日であることを私は知ったのでした。
話は淡々と進んで、雲雀さんの誕生日会を開くことに決まった。あの群れない雲雀さんが了承したなんて、にわかには信じ難いけど、ところで雲雀さんは今日で何歳になるんだろう?よくよく考えてみれば、私は彼の歳も学年も何ひとつ知らないのだ。この機会に、ぜひ彼のことを知っていきたいと思う。
「もし僕が気に入らなければ、咬み殺す」
が、その一言で心機一転、どん底に突き落とされたかのような気分だった。
彼に気に入ってもらえなかったら咬み殺される地獄の誕生日会なんて……… まだ補習の方が何倍もマシだった。どうしてあの時もっと粘らなかったんだ、そう過去の自分を叱咤したって後の祭りで、気がつけばその場には私だけがポツリと佇んでいた。