クラスメイトKがドジっ娘の世界にて大暴れ!? 作:ちびっこ&ひばりの
ぼんやりと、故郷の懐かしい風景が浮かぶ。
小さいながらも、自然の緑に溢れて、里のみんなの活気に満ち溢れている。そこは私の大好きな居場所だった。
本当は、引っ越すなんて嫌だった。お母さんからそのことを告げられた時は、誰よりも頭を振ってわがままを言った。
だってそれぐらい、あの町が大好きだったから。
中学でも、仲のいい友達と新しい学校生活を送って、勉強や部活や恋、いろんなことへの淡い期待に胸を膨らませていた。
なのに、神様は意地悪だ。私の期待を、こんな形で見事に裏切ったのだから。
でも、私ももう小学校を卒業してまたひとつ大人になったんだから、わがままなんて言ってられない。私の勝手な言葉で、親に迷惑をかけちゃいけないんだ。
そう思ったから、抵抗することを諦めて、この現実を受け入れることにしたんだ。
だけど、本心は今でもずっと恋しがっている。心の奥底に、一時だって離れられない未練の思い。
帰りたい、帰りたい、またあの頃の幸せを感じたい。そう何度、胸の中に感情を縛り付けたことだろう。
今までずっとその気持ちを我慢してきたんだよ。ゴールデンウィークには帰ろうねって、約束していたから、それまでずっとこの日を待ち望んでいたんだよ。
でも、現実はいつも冷酷で、私をひとりぼっちにさせる。
ねぇ、神様。どうしてですか?
もう、帰りたいよ――――…………。
ふと、頬を伝った冷たい感触と温かい何かの温もりに、意識を取り戻す。
薄っすらと視界に見えたのは、もう随分見慣れた保健室の天井だった。
気力もなくぼんやりとそれを眺めていたら、どこからか耳慣れた人の声がした。
「起きたの?」
はっきりしてきた意識の中で声の方向に振り向くと、雲雀さんがこちらを覗き込んでいた。
気のせいかな。雲雀さんの瞳が、なんだか少し物悲しげに見えるのは………。
「雲雀さん……… おはようございます」
私は雲雀さんにそう挨拶をして、ゆっくりと体をベッドから起き上がらせる。その間にも、雲雀さんが言葉を返してくることはなかった。
「………? そういえば、どうして保健室にいて……?」
雲雀さんがここにいることも、自分がベッドの上で横になっていることにも、今更ながらなんでだろうと首を傾げる。
少し考えてみて、確か雲雀さんの誕生会を開いたことを思い出した。春奈ちゃんが司会ってだけで嫌な予感はしていたけれど、みんな命知らずで想像以上にカオスだったよ。
まぁ、そのことについては後でいいとして、その後は知らない女の子からディーノさんと一緒に舞台に上がってほしいって頼まれて、生贄に捧げられて、テンパって舞台から落ちちゃって………。
全てを思い出して、カッと目が覚めると共に絶望感に苛まれる。
まさか初対面の子から利用されるとは思わなかったんだもん……。私も雲雀さんに何をプレゼントしていいか思いつかなかったから、ディーノさんも一緒だしOKしたのに、なんか酷いよ。なんで近頃こんなのばっかなんだろ………。
「またドジを踏んで舞台から落ちて、そのまま気を失ったんだよ」
私の呟きを聞いていた雲雀さんが、そう無難に答えてくれた。
確かに途中で気を失っちゃったけど、少しだけならまだ覚えている。私のせいで飾りや料理がめちゃくちゃになっちゃって、謝りたいけど体が動かなくて…… そんな時、雲雀さんが――……。
「あの、雲雀さん…… ここまで態々運んでもらって、ありがとうございます」
雲雀さんに向かってそう誠意を込めて頭を下げたら、上からは溜め息が降ってきた。
「礼を言うくらいなら、いい加減その体質をどうにかしてほしいね」
ごもっともな彼の意見に、思わず最初の言葉に詰まってしまう。
「あはは……… ごめんなさい……。また、迷惑かけちゃって」
「………………」
いつも雲雀さんに迷惑ばっかりかけて、こんな私だから、神様も意地悪をしたのかな。
周りの人たちを困らせてばかりで、こんな私はいらないのかもしれない。こんな私はいない方が、みんなも―――
悲しい思考ばっかり働かせていると、また雲雀さんが呆れたように息を吐いた。つい、ビクッと体を強張らせてしまう。
「言ったそばから、落ち込むんじゃないよ。前を向かないから、またつまずいたりするんだよ」
そう言って、私の顎を掬って顔を強引に持ち上げる。
いきなりのことでびっくりして、顔を上げた途端にぶつかった彼の綺麗な瞳に、不意に胸が高鳴る。
「っ…… ひ、雲雀さん……?」
たぶん、真っ赤な顔を見られまくりなんだろう。恥ずかしさで死にたい。今なら咬み殺されても本望かも。………やっぱりやめておこうかな。
案の定、雲雀さんにはクスリと小癪に笑われ、余計に熱っ気がました気がする。雲雀さんも雲雀さんだけど、今日の私もなんだかおかしいよ。
私の顎からスッと手を離して、にわかにトマトになった私の姿を、ベッドの隣に佇んで見ていた雲雀さんは何を思ったのか、不意打ちにポツンと呟いた。
「………そんなに、帰りたかったのかい?」
スッと細められた視線が、まるで私の心の奥底を探るように、今まで閉じ込めて鎖を巻きつけていたそれを外そうとするように、私へと絡みついてくる。
どうして、雲雀さんがそのことを――………?
気を緩めないようにキュッと唇を噛んでだんまりしている私を、雲雀さんは上からただじっと見据えている。その漆黒の瞳がどんな目で私を見つめているのか、怖くて視線は合わせられない。
「君が補習を拒んだ理由も、そうだったよね」
「………………」
「ねぇ、ドジっ娘」
普段と変わらない口調だけど、私をそう呼ぶ声が、微かに優しい声音に聞こえた。
ベッドが微かに軋んで、すると私の頭に雲雀さんの大きな手が被さる。
雲雀さんの行動には多少驚いたけれど、温かい手がなんだか安心できた。
「並盛は、君の目には殺風景なものに見えていたようだね」
えっ…… と内心で零す。雲雀さんには、故郷を懐かしむ私が並盛を好きじゃない奴だとと思われたのだろうか。それはつまり、並盛を誰よりも愛する雲雀さんとは対立する者、敵=咬み殺される…!?
密かに迫る身の危機に、どんどん血の気が引いていくけど、雲雀さんは私に牙を向けることなく、静かな口調で、言い聞かすように語っていく。
「でもね、たとえ君の目には白紙の風景にしか見えなくても、ここが今の君の居場所だということはどうにも覆らない。それは、君が一番分かっていて、覚悟していることだよ」
咬み殺すどころか、むしろ優しく頭を撫でてくれる。そんな普段とは似つかない雲雀さんの行動に、多少動揺したけれど、内心では嬉しかった。
雲雀さんの温かい手――…… さっき頬に感じた温もりと似ているな………。
目を覚ます前に感じた温もりを思い出して、なんだか無性に恋しくなった。
どうしたんだろう。今日の私、どうしてこんなにも情けない姿ばっかり晒してるんだろう。いつもなら迷惑かけないように我慢しようって、なのに…… なんでか止まらないよ――………。
「――……前に、君の弟にも言ったけど、泣いたってどうにもならない」
雲雀さんが告げた時、彼の手がふと私の目に溜まっていたものを掬い取ってくれた。
あ…… この感覚、さっきと同じだ。雲雀さんの優しい温もりが、私のぽっかり穴の開いた心を癒してくれる。
「誰だっていつかは、どんなに大切に思っているものでも、時に離れないとならない。それはきっと
依然、私の頬から手を離さずに見つめ返してくる彼は、その瞳に言葉通りの不安な色を宿して、私を見据える。
「もう少し、解ってあげればよかった。君の、そんな顔を見るくらいなら――……」
何とも言えない薄笑いを浮かべて、雲雀さんが目を伏せた。同時に、私の頬から温もりが離れて、ふと物足りなさが内側に募る。
無口で無愛想な彼からは想像もしなかった、私に対する気遣いの言葉。今の私は雲雀さんにここまで心配をかけるくらい、情けない顔をしているんだろうか。本当に、雲雀さんには迷惑かけてばっかりで申し訳ない。
でも、こんな時に思うのも不謹慎だけど、少しだけ嬉しかった。だって、改めて彼との距離を近くに感じられたから。以前の頃なら、きっと雲雀さんはこんなに思い悩む私を心配なんてしてくれなかっただろう。
そういう意味では、少しは雲雀さんとの仲も縮まってきたってことだよね――?
「君の泣く姿は、あまり見たくない。なぜなのかは、僕にもよく分からないけれど。だから、笑っていなよ。……でないと、咬み殺すよ」
物悲しそうに伏せられていた顔は、いつの間にか普段の調子に戻っていて、いつもの脅し文句を妖しい微笑みと共に決めた。
咬み殺されるのは嫌だけど、雲雀さんなりに私に同情して、励ましてくれたのかな――?
ふと、雲雀さんの顔を見て、表情が崩れる。
「………何、人の顔見て笑ってるの」
「だって、雲雀さんが笑えって言ったんじゃないですか」
「………………」
ムスッとした表情で、彼からは無言が返ってくる。拗ねてしまったみたい。途端に彼がベッドから立ち上がってしまう。
「どこ行くんですか?」
気になって声をかけたら、返ってきたのは案の定機嫌の悪い声音だった。
「どこに行こうが、僕の勝手でしょ。どうして態々君に言わないといけないの」
「あー…… 怒っちゃいましたか…?」
「別に」
とか言いつつ、放つ黒いオーラが半端ないです。結構キレちゃってますね、コレは。まだ咬み殺されてないだけマシなのかなぁー……。
「あ、あのー、雲雀さ…… って、わッ!?」
立ち去ろうとする背中に声をかけようとしたところで、バランスを崩してベッドから落ちそうになった。
「はぁ……… 見ていないと本当に君は危なっかしいよね」
「ッ〜〜…………」
落ちる寸前で雲雀さんに抱き留められて、至近距離と間近で聞こえる声に、返事なんてまともにできなかった。だだだって、耳に吐息が当たるくらいちち近いッ……!
連鎖反応というか、下駄箱での一端やお姫様抱っこのことを思い出してしまって、余計に心臓がうるさい。
改めて、私はこの時、雲雀さんに男の人としての魅力を感じたんだと思う。
「また君にドジを踏まれても困るから、やっぱり付いていてあげるよ」
溜め息を大仰に吐いて、なんだかんだ言いながらもそばにいてくれるらしい。本音はまだ少し寂しかったから、誰かにそばにいてほしかった。だから雲雀さんの言葉に、自然に笑顔が零れる。
古里も大切だけど、並盛に来て雲雀さんと出会えて、本当によかったって、今なら思えるよ。
雲雀さんに出会っていなければ、ずっと故郷を恋しがって、憂鬱な日々を過ごしていたと思う。でも雲雀さんが、バイオレンスながらも私にいろんなことを教えてくれた。だから―――
「――ありがとうございます」
だから、あなたには心から感謝しています。
特に返事は返ってこなかったけど、小さな微笑みを湛えて、雲雀さんはベッドに座り直した。どうやら近くには椅子はおいていないようで、不意に心臓が一際高鳴る。いや、だってかなり近いから……… 私、なんか意識しすぎかな?
なんて内心でボソボソ独り言を呟いていたら、隣の雲雀さんからいきなりすぎるこんな発言をいただいた。
「それに、君は僕のものだからね。所有物のそばにいてあげるのは、当然のことだよ」
クイっと顎を掬われて、視線を無理矢理奪われた。
視界に広がるのは、カーテンに囲まれた白い世界に、眩く映る雲雀さんの姿。口元に妖しい笑みを残して、こちらをじっと見据えている。
「え、なっ…… 雲雀、さん………?」
「君は僕にプレゼントされたんだよ。だから、君をどうしようが構わないんでしょ。君を咬み殺そうが、ここで押し倒そうが……」
「!?」
「冗談だよ」
冗談…… あなたが言ったらなんだか冗談に聞こえませんよ……。
ただ私の慌てる顔が見たかっただけなのか、私で存分に遊んだ後、雲雀さんはすぐに顎から手を離してくれた。……少し物寂しさが残るのは、気のせいだ。私にM属性が備わっているなんて、考えたくもない。
「ああ、でも……」
チュ…… と、額に何か生温かいものが降り注ぐ。
「おまじない、かけといてあげたから。少し野暮用に行ってくるけど、僕が戻ってくるまでそこで大人しく待っているんだよ」
悪戯猫のように深い笑みを浮かべて、雲雀さんは私にそう言い残すと保健室を離れて行った。
お、おまじないって、そんなキャラでしたか…?いや、そんなことよりも、もっと重要視しなければいけないことがあるハズで………。
思考の先を続けようにも、茹蛸のように真っ赤に火照った頭ではそれも叶わない。
結局、彼に言われた通りここで大人しく悶えているしかなかったのでした。