同日・正午――竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎
補給船パランド出港の報告を受けた独島警備隊宿舎では大きな歓声が上がり、宿舎内にいたジュンソとドハも補給船の寄港を今かと待ちわびていた。
「ついに待ちに待った日が来たな! 新鮮な果物に野菜……それと肉だ、肉!! それにお菓子に飲み物……あと有るなら酒も!! 全部待ち遠しいぜ!!」
「ドハは食い物ばっかだな! 替えの下着や洗剤とか重要な生活用品もあるだろう! まったく……。」
2人の会話を聞いていた周りの隊員達はどっと笑いだす……あの転移の日以来、隊員達に笑顔が戻っていた……。
その頃、独島警備隊宿舎内の無線室にて業務を行っていた通信担当のチョン・イドゥンは、いつもオープンにしている国際VHF無線ch16から無線信号が入っている事に気が付いた。
「………メ……デイ…… メイデイ! メイデイ!!! こちらは大韓民国公船パランド! パランド! パラ………」
「え!? メイデイって……まさか救難信号!? おぃ!パランドってまさか!!!」
初めて聞く救難信号にイドゥンは驚きの声を上げるが、さらにその船名を聞き驚愕し慌てて無線を取る。
「こ・こちら慶尚北道警察庁・独島警備隊! 救難信号を発信しているのはパランド号か! 応答せよ!!」
「………ざ……どく…………あ……船の下に何……船体が壊さ……浸水している………」
パランドから無線を送信している男の声の奥には、バキバキと船体が壊れていく音と他の船員と思われる悲鳴が聞こえてくる。
「………が……てん……操舵室まで浸水………何だあれは!! ………か……怪物! 怪物だ!!! た…助け………………。」
「こちら独島警備隊! パランド号! 応答せよ! 応答せよ!!」
「……………。」
船体が破壊されていると思われる大きな音と共にひときわ乗員の大きな叫び声が聞こえた後、パランドからの通信はプツリと途絶えてしまう。
イドゥンは何度も呼びかけるもパランドからの応答は無かった……。
同時刻――隠岐諸島から西北西、約25kmの上空……日本国海上自衛隊第3航空隊所属・P-3C哨戒機
パランドからの救難信号は遠くから監視活動を行っていた海上自衛隊のP-3C哨戒機も受信していた。
P-3C哨戒機はパランドの無線が途絶えた竹島と隠岐諸島のおおよそ中間の海域へと全速で飛行を開始する。
「救難無線は最初の呼びかけ以外、全て韓国語で行われています……ただ最後に聞きなれない言葉……『クェムル』と言う言葉の意味が解らなくて……。」
P-3C哨戒機にて機上航法員と機上通信員を兼任し韓国語にも通じていた塚本1曹は無線の内容を戦術航空士である向井2尉に報告する。
「そうか、しかし事故の詳しい内容や現在の位置も伝えずに無線が途切れるとは……一体、何が起こったんだ?」
向井2尉は首を傾げながらも機体の横側に設置された丸窓から外を眺めた……P-3Cは高度を下げ、約500m程の高度を維持しながら飛行を続けていた……やがて機体の進行方向側の海に何か白いものが浮いているのを機長が確認した。
「向井2尉、11時方向に白い残骸の様なものと、油が浮いているのを確認…………何だ、アレは!?」
機長の報告を聞き、向井2尉は再び丸窓に顔を寄せ外を見降ろした……すると海上にはパランドと思われる無数の船の残骸と積み荷、そして船から漏れた燃料である油が浮かんでいるのを確認するが、かろうじて残っている船の船首部分に何か生き物の触手めいた巨大なモノが絡みついている事に気が付き、声を上げた!
「何だコイツは!! おい、カメラ撮っているか!! 40m……いや、もっとデカいぞ、これは怪物だ!!!!」
同じく窓から海の惨状を見ていた塚本1曹は向井2尉の言葉を聞いて思い出した。
「怪物……? クェムル!? 解った!! クェムルって韓国語で『 怪物 』……つまりコイツの事です!!! 」
「なんて事だ……信じられん! これが異世界の海か……。」
向井2尉はこの世界が地球と全く異なる未知の危険に満ちた世界で在る事を思い知らされた……。
その後、怪物は海へと潜り姿が見えなくなった……しばらくの間、P-3Cは上空から生存者がいないか捜索をしたが、生存者はおろか遺体すら発見できなかった為、厚木基地へと帰還した。
協同報道社・正午のニュース――韓国の輸送船、消息を絶つ
第八管区海上保安庁(舞鶴市)によると、韓国船籍の輸送船「パランド」が18日正午ごろ、隠岐諸島の北北西、約50kmの海域で遭難信号を発した後、行方が分からなくなっているとの発表がありました。
現在、海上保安庁と海上自衛隊にて、海と空から捜索を行っていますが、防衛省によると捜索中の航空機が隠岐諸島沖の海上にて、船の残骸らしきものと油が浮いているのを確認したとの報告があったことを明らかにしました。
現場海域は晴天で風と波も共に穏やかだったということで、現在も引き続き捜索が行われているとのことです。
同日・夕刻――日本国東京都千代田区紀尾井町・ホテルネオトーキョー
クワ・トイネ公国使節団の一員であるヤゴウは日本国により用意されたホテルの高層階・カイザースイートルームのソファーに腰を掛け本日、赤坂迎賓館にて行われた日本、クワ・トイネ実務者協議の内容を振り返っていた……。
農作物の輸出を条件に日本より提示された破格とも言える鉄道・港湾と言った様々な施設の提供……これらは全て、今の我々には未知かつ超越した技術の元で作られた物であり、これからのクワ・トイネを根底から変えてしまう程の代物で有る事は間違えない。
ソファーから立ち上がったヤゴウは窓の景色を見下ろす……夕闇が迫った東京の空、巨大な建物と自動車と呼ばれる鉄の馬車からの無数の灯りはまるで星々が地上に降りてきたかの様に煌びやかに輝く幻想的な光景が写っていた……。
ヤゴウはいつかクワ・トイネの夜もこの様になるのであろうかと思いを馳せていた。
「失礼しますヤゴウ様、外務省の田中様と他3名の方がお目見えになられています。」
ホテルのドアマンより、ここまで使節団を案内してくれた外務省の田中が来たという事で、ハンキを始め他の使節団員も集まってきた。
入口には田中を始め、田中と似た服を着た男性が一人、その奥に濃い緑の制服を着た2人の男性が立っていた。
「お休みのところ申し訳ございません、確認しなければならない事案が発生しまして……急遽こちらに来た次第です、こちらは我が国の行政を補佐する内閣府の中田参事官、奥の2人は防衛省の幹部、三津木三佐と山内三佐です。」
田中の紹介により、隣にいた白髪混じりでオールバックの男性が話を始める。
「ご紹介に上がりました内閣府参事官の中田です、本日の昼頃に我が国の本土から北西に約100km程離れた海域で一隻の船が消息を絶つ事件が発生しまして……山内三佐、例の写真を!」
中田の後ろにいた体格の良い制服を着た男が封筒から数枚の紙を出して使節団に渡した。
「これは……?」
「船が消息を絶ったと思われる海域の上空……空から撮影したものです!」
「撮影……? なんと! 日本では紙に魔写を写せるのか!?」
ハンキを始め使節団の面々が驚きの声を上げる……中田は問題はそこでは無いと言わんばかりに話を進める。
「魔写がどの様なモノかは分かりませんが、そこに写っている白い物は消息を絶った船の残骸です、そして問題なのはその隣にいる赤黒い巨大な物……撮影した隊員の報告では推定40m以上の大きさだったと……これが何かを知りたくてこちらに来た次第です!」
「これは……海魔!? ハンキ将軍! クラーケンですよコレ!!」
写真を見た使節団の一人が声を上げる!
「バカな!? 南方海域か北のグラメウス海域ならともかくこの海域にクラーケンだと!!」
ハンキの言葉に三津木と山内は互いの顔を見合わせた、やはりこの世界で知られている生物だったかと……。
「その海魔と呼ばれている生物について詳しくお話を頂けたい!」
ハンキはこの世界の脅威の一つで有る海魔について話を始めた……それを聞いた中田達4人は、自分達はとんでもない世界にやって来た事を知らされるのであった……。
同日・夜――日本国東京都千代田区永田町・公用車車内
明日もクワ・トイネ使節団の案内を行う田中と別れ、中田参事官と三津木・山内の3人は公用車に乗って首相官邸へと向かっていた。
使節団のハンキ将軍が語った海魔……クラーケンについては以下の通りであった。
クラーケンは全長約100m、大きい物では150mを超える、外見は地球に生息していたイカに似た海魔と呼ばれている生物で有る事。
主に南方海域・グラメウス海域と呼ばれる極北の海域に生息し、その強力な腕と触腕(しょくわん)を使って大型の船であっても躊躇無く襲ってくる為、この地域に他の国が進出出来ない原因の一つとなっている……今回のクラーケンは海流に乗っていずれかの海域から流れて来たのではないかとの推測らしい。
知られている限りで、最後にクラーケンが確認されたのは、約四半世紀前にクワ・トイネ公国が有るロデニウス大陸から西方に2万km以上離れたムーと呼ばれる国の客船がクラーケンに襲撃されたが、その時は同じムーの海軍により撃退されたとの事らしい。
以上の報告を持ってこれから緊急の会合を行わなければならない中田参事官と三津木はゲンナリとした表情であった……。
「また緊急の会合とは……しかし、今回は7人の行方不明者が出ている上に明日の国会でも追及される以上やらない訳には……。」
中田参事官と三津木はため息をつく。
「しかし、今回は韓国の島への補給は失敗した事になっています……もう、あの化け物を放置して船を行かせない様にしたら良いのでは?」
「それは駄目だな……この食糧難が叫ばれている中、漁船の操業を止める訳にはいかん! しかし、あの化け物を何とかしないといかんのか……。」
山内の発言に中田参事官が答える……だが、クラーケンが出没した海域の漁船の操業を早急に止めないとまた被害が出てしまう、これも会合の議題になるのかと思い、少し苦い表情を浮かべた……。
この後、首相官邸に到着した3人の内、山内は任務を再開すべく私服に着替えたのち人知れず夜の東京へと消えていった……。
そして、中田参事官と三津木ら幹部たちを招集し行われた緊急会合は夜通し行われ、その中で竹島・隠岐諸島海域付近での漁船の操業停止とクラーケンを有害鳥獣指定して海上保安庁・海上自衛隊に駆除依頼を行うことが決定された。
続く
第5話にて、クワ・トイネ公国使節団、海魔クラーケンが登場し、ようやく日本国召喚らしくなってきました。
作中の山内は、鳥取県境港市→航空自衛隊・美保基地から輸送機搭乗→埼玉県・航空自衛隊・入間基地→公共交通機関で東京入りと言うルートを使って短時間で移動しています。