原作とは少し異なる点があるとは思いますが、
暖かい目で見てくださると、幸いです。
それでは、ゆっくりしていってね♪
KAGUYA
~永遠亭 地下霊安室
金属の引き出しが無数にある。其の一つ一つには、或いは病に耐えられず、或いは自然と寿命を
終えた、各々の者の身体がある。
其の扉は堅く閉ざされ、誰も其の眠りを邪魔する事は出来ない。
私は其の部屋の片隅で膝を抱えていた。瞼も腫れ、此以上の涙を拒むかの様に痛む。でも、私にはもう、流せる涙もない。
外の廊下で何者かが金属の床を踏み鳴らす足音…刹那に途切れた恐怖の悲鳴…泣き、騒ぎ、討論
していた者の声も、もうとっくの昔の様に思えるし、さっきの様にも思えた。
そもそも時を終えた者が集う此の部屋では、永遠、須臾も意味をなさないのでは?……と思う。
私は床から立ち上がり、部屋の中央に特別に設けられたベッドに近付いた。
其処に宿敵が眠っていた。身体は、戦いで付いた汚れが掃われ、服装も整えられて奇麗だった。
其のまま動きだしても良い程だ。口に咥えさせている火の消えた煙草からは、線香の様に
微かに煙を上げていた。
其の顔を見ながら私はベッドの近くにあった椅子に腰を下ろした。そして自分の左の掌を拡げ、
本来なら妹紅の顔に落ちる筈だった煙草の灰を見下ろした。
『……戻って来てやる……絶対にな……』
私にかけていた彼女の言葉を思い出す。
此の異変が始まる前までは、遠い昔からの因縁の相手としてずっと戦い続けていた。其の相手が
突然いなくなった。でも私は清々しなかった。心にぽっかりと穴が開いてしまっている。
月にいた頃…人の感情が無い時には、そんな事は無かった筈…すっかり此処に感化されて
いるのね……
其でも……私はまだ熱を持つ灰を強く握りしめた。
「御愁傷様ですね……姫様」
突然入口の扉の向こう側から声が聞こえた。
「!?」
私は椅子から立ち上がり、扉を見遣る。
「誰…?」
姫様…と呼ばれたが、永琳の声では無かった。明らかに違う。
てゐでもない、慧音でもない。他の兎達の声でも無い。
「誰なの……!?」
扉の向こうで一瞬静かになる。
そして……
「今回の異変の元凶が……『私』だと言ったら?」
「!!!」
冗談かと思った。でもそうには聞こえなかった。
マリスの様に他者と他者と組み合わせた、不協和音でも無い。
只の、自然な少女の声だ。
「マリスだっけ……貴方の医者は何とも好都合な名前を付けてくれた…」
私は身体も扉の方に向け、睨み付けた。
「……御蔭で人形遣いの陰に居る、私の存在を隠す事が出来た」
此の厳重な金属の扉は、ロックがかかっている。指紋による認証だ。
中からも外からも可能だけど、私か永琳の指紋でないと開かない様になっている。
床との間に隙間もなくきっちりと扉が嵌る。マリスが侵入出来るのは不可能と言っても良い。
でも、念には念を入れた方が良さそうだった。
「で、調子はどう……『私』に精力を削られ、昏睡状態に陥っている其の娘は?」
突然話の旨が変わった。思わずベッドを見下ろした。
「因みにどんなに厳重に管理していても、今の『私』には無意味……何時でも攫う事が
出来るのよ」
其の言葉を聞いた私は愕然とした。此の状況からどうやって攫うつもりなの……?
姿形が見えない以上、其の方法も予想が付かない。
私は音を立てない様に、急いで扉からベッドを隠す様に立ち塞がった。
「…と言いたい所だけど、もう不死の力は必要無くなったの。身体は要らないから心配は不要よ」
まるで私が対策をとっていた事を察しているかの様に言葉をかけられた。
「貴方は……此ほどの事をしても、何とも思わないの!?」
「何とも」
一瞬だった。何の迷いすらもない返事だった。
「寧ろ、清々しますね……当然の報いと言っても良いかな…」
私は椅子を蹴り飛ばした。椅子は音を立てながら後ろに倒れた。
「じゃあ何で……こんな事をしたの?」
「フフフ…『私』達に怯え、怒る……普段見られない者達の姿は、本当に面白い……」
言葉使いが定まってない。完全に正気を失っている様にも聞こえる。
「…幻想郷を、改変する為に決まっているじゃない」
「!病気で……!?」
「……貴方も、判っている筈……月と比べてどれ程、此処の住民と言う存在が
落ちぶれているのかを……」
冷たい扉の向こうから、淡々と声は続けた。
「現実から逃げて来た者の溜まり場と言われている此処が、どれ程の得体の入れない混沌に
満ちているか……私は不安で仕方ないです」
「其に自分を何も理解出来ていない。何をしたかさえも……創設者の賢者達には残念だが、此処は失敗作と言っても過言ではない……私は改めて思い知った」
「だから私がそんな不安の要素を取り除いて、もっと良い幻想教を創る。全ての
生命を『私』で一新する……そう………」
「新たな創設者になる、私が全てを決める……そしていずれ、此処とは別の幻想郷…
其の全てにも、『私』による改変をもたらす……」
私は唖然とした。
……誰なの……こんなふざけている事を言っている輩は……!?
其の顔を見たいわ……見て、其の持ち主を討ち滅ぼしたい……!!
私は扉の前まで近付き、近くにあった機械の液晶に右の掌を押し当てて指紋を認証した。
「……私の素顔を見ようと言うの…?あんまり急ぐと、御身体に障るわよ?」
次に私は船の操舵輪の様な取っ手を掴む。熱で左の掌に癒着した灰が、金属と擦れて嫌な音
を出した。
「……私がどうしてわざわざ貴方に此の事を告げているか……其の意味は判っているの?」
私は其のまま取っ手に力を込め、回し始めた。
「…龍宮の使いを追っている彼女達に、伝言を頼みに来たのよ」
一心に回し続けている間にも話しかけてくる。扉に近付いたからか、声も大分近くに聞こえた。
「……人形使いの家に来いと伝えろ。魔法使いを攫った龍宮の使いも其処に待機させている。
そして其処で、私も姿を見せると……」
最後まで回し終えたのか取っ手が動かなくなった。
今度は取っ手を肩や腕を使って押し始める。
「もう隠れはしない。情けも無用だ。其に一新するのだから、最期に…というのもあるけど……」
扉が床を擦り、軋みながらゆっくりと前に開き、僅かな隙間を作った。
「私は……其の娘は諦めようとも………」
声がすぐ傍から聞こえる。私は取っ手から手を離し、素早く其の間をくぐり抜けて
廊下に出た。
「……幻想郷ハ諦メナイ」
だけど、廊下には既に誰もいなかった。
「!?………」
素早く左右を見渡すが薄暗く、長い廊下には人影すらもなかった。気配も完全に消えていた。
こんなに身も隠せない、長い廊下でどうやって……?
其の時、
「姫様ぁ!!」
上の階に続く階段がある方から、誰かが此方に必死に走って来た。
「!てゐ!」
鈴仙がいない今、永琳の手伝いを代わりに必死にこなしている苦労兎だった。
暗くても判るほどに顔を真っ青にして駆けてくる。其を見た私は、直ぐに只事ではない事を
予感した。
私の前まで来た彼女は突然転び、地面に倒れた。
「へぇ…へぇ……ひ…姫様…!御無事ですか……!?」
「何があったの……?教えて頂戴!」
私は直ぐに立ち上がって姿勢を正す彼女に問い詰めた。てゐは言いにくそうに視線を
逸らしていたが、思い切った様に私を見て言った。
「カタルシスルームに搬送した患者が……突然、爆発的な変異を…起こしました……!」
「!変異を…!?」
まさかの事だった。マリスの浸食を食い止める為に作った診療室で、変異が起きてしまうとは
思わなかった。
永琳にとっても、きっと予想外の出来事だっただろう。
「…私達が…医療器具を取りに行っている間を…突かれてしまいました…そして……」
「知っているわ」
私は声と同じ事を簡潔にして言った。
「其の患者は龍宮の使いで、魔理沙を誘拐して此処から脱走した。其を霊夢達が追っている
…そうでしょう?」
「!ど、どうして姫様が…其を……!?」
てゐが吃驚しているが、説明している時間は無い。
「其より、他の患者への被害は!?」
「!は……其は無い様ですが…緊急事態のアナウンスを聞いて、皆…混乱しています……
現在、師匠達が必死で指示を……!」
まるで自分のせいで永遠亭が倒壊していると言わんばかりで、いつも悪戯をしている時
の顔とは大違いだった。
鈴仙が『孤毒』の恐らく最初の犠牲になった場面に居合わせ、無毒ではあるものの一時期マリスに浸食された彼女にとって、実は一番マリスの恐さを理解しているのかもしれない。
でも、そう話してくれている間も私は、先程に聞いた声の主の事が頭をよぎっていた。
其処で、私は言った。
「てゐ……直ぐに永琳に話したい事があるの」
「!し、師匠にですウサか……?」
私はてゐに一歩近づいた。
「私も後から手伝いに行くわ。大事な事だから、必ず伝えて貰える?」
「!~か、かしこまりました…!」
てゐは慌てて一礼をして再び廊下を走りだし、階段を昇っていった。
其を見送った私は扉の方に振り返った。
出た時と同じで少し開いている。其処から中を覗いた。
「……仇の貴方も…戻ってくる其の時を見届けなくてはいけない……でも……
戻って来る為の、場所も守らなくてならないわ……」
骸に囲まれて横たわる部屋で唯一、死の概念から外れた彼女。
其の横顔は、眠っているかの様に静かだった。
「…本当の仇を必ず討ってあげる……待ってるのよ…妹紅」
私はそう言い、ゆっくりと扉を押した。
大きく冷たい扉は音も立てずに動き、静かに閉まっていった。
如何でしたか?
霊夢の勘は見事に的中していました。問題は誰かという事ですが……
次回からは、新章です。
マリスとの戦いもますます激化していきます。
其では、次回もゆっくりしていってね♪