漆黒のウマ娘と孤児院のお兄様(トレーナー) 作:ライスのお兄様(自称)
本当は身内にみせて終わる予定だった作品ですが、実際にデータを取らないといけなくなったので投稿致しました。
良ければ、感想をいただけると嬉しいな〜と。
前編 ウマ娘。
ウマ娘。それは、ヒトの形をしていながらもヒトとは違う一種の神秘とも呼べる進化の上に生まれた生物だ。
頭の上には特徴的な耳と、尾骶骨から尻尾が生えている。これだけだと姿形が変わったヒトと大差ないのだが、決定的な違いとして、驚異的な身体能力が挙げられる。
ウマ娘は時速六十キロを超えるスピードで走り、自転車と並走するのは余裕だ。そしてウマ娘たちは走ることに意味を見出すと言われている。
日本ウマ娘トレーニングセンター。訳してトレセン学園は、そんなウマ娘たちを育成する専門の教養施設だ。全国各地から選りすぐりのエリートウマ娘たちが集い、切磋琢磨している。この学園には多くの最新設備や補助システムが充実しており、その生徒数は有に二千人を超えると言われている。
その生徒数全てを収め切れる学寮と、トレセン学園関係者の全てを収めれる専用寮がある。そしてその上で巨大プール、芝やダート、ウッドチップ、坂路のコースがそれぞれ完備されたトラックもある。極め付けにはカフェテリアやジム室、ダンススタジオなどの設備も完備されており、もはや完璧とも呼べる設備が揃っている。
つまり、トレセン学園とは、走ることに意味を見出すウマ娘たちにとってはその実力を図ることの出来るうってつけの施設というわけだ。
そんなウマ娘たちを支えるのが
トレーナーにはヒトが選ばれる。そのためにはウマ娘に対する深い専門知識、ウマ娘を支える気概を持つ強い意志が必要だ。
しかし、今現在ではトレーナーの絶対数の少なさが問題となっており、トレーナーを輩出している名家の数も限られてきている。現在、秋川家が主体となって
以上のことから、今現在ウマ娘業界に足りないものは二つあると考えられる。それは『絶対的な記録を持つウマ娘』と『そのウマ娘を支える手腕をもつトレーナー』だろう。それがいなければこの業界に未来はないだろう。
〜出典:“ウマ娘業界の誕生と今後”と書かれた古ぼけた本より〜
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街にある図書館でふと目についた本を半ば衝動的に借りて、家の中で読み耽っていた。ウマ娘についての古い書籍。殆どが既出の情報だったが、振り返るには丁度いいだろうと考え、ずっと文字を見つめていた。というか暇だったので流し見していただけなのだが。
「おっと、もうそろそろ時間だな」
時計を見ると既に時間は七時を過ぎており、そろそろ家を出ないと間に合わなくなるだろう。正直、早めに出ておかないと心配な性格なので少し早めなこの時間に出ることにした。
これからが本番。俺が追い求めてきた職業への第一歩をしくじるわけにはいかない。多少ワクワクしていたのだろう。少し駆け足気味に玄関を飛び出した。
外に出ると僅かに差す陽光が瞼を焼く。まだまだ夏本番とは言い難いし、時間が時間なので熱いわけではないが、眩しいものは眩しいのだ。
ここから外に出ればしばらくの間はこの部屋に戻ることはないだろう。それを知っているからこそ、こうしたボロアパートを安い値段で借りていたのだが。
今から行く場所は先程読んでいた本にも少し載っていたあの場所、トレセン学園だ。だからこそ、地方出身の人間でも試験を受けるまでは東京の一部屋を借りておく。そうしてもしも合格したのならば下準備を行ってから寮入りすればいい。そして合格できなければ普通に地元へと帰れば良い。そう言った面では、すぐに合否発表が出ることは良い点といえた。
途中でバスを捕まえ、若干の眠気に耐えること約数十分。
「やっぱりデケェ……試験の時は緊張してたからよく見てなかったけど、こうしてみるとデカすぎだろ」
デカい、とはいったものの、建物自体はそんなに大きくはない……まぁ、従来の学校からすれば規格外なのだが、それを補うほどにこの学園は横にデカい。
ウマ娘専用の多種多様な設備が所狭しと集まっているからか、トレセン学園は一種の街と呼べるほどには大きい。
「えっと、これってそのまま入っていいんだっけか?」
今年新しく入るトレーナーは俺含めて十数人程度。入試時点だと確か数百人はいたのだが、やはり中央トレセン学園の門は狭いということだろう。だが、そうして苦労した末にトレーナーになったとしても、その厳しさに直ぐに辞めてしまうことも少なくない。今までの知識を必要とされた試験が一次試験だとすれば、これからが二次試験。どれだけ長く、そして印象に残るトレーナーであれるのか、ということだ。
「……上等だ。アイツらのためにも、ここで活躍しないと、だな」
脳裏に浮かぶのは世話になった孤児院と、そこに住んでいる子供たち。トレーナーとして稼いで、少しでも楽をさせてあげたい。それに、俺が直接伝えることは出来ないけれども、だからこそトレーナーとして彼ら彼女らに夢を見せてあげたい、そう思う。
「よっし! 気合い入れていくか!」
拳を強く握り、これから始まる生活に不安と期待を込めて、俺はトレセン学園の本校舎のある門へと足を運んだ。
「んーっと確かここは……右だったか」
この道路をまたいだ右に本校舎があり、左には学生寮などが建ち並んでいる。今回は本校舎の方へと向かう。するとその正門前に、一人の女性がいた。
「あれ? 神木さん?」
「……あ、おはようございます。たづなさん」
「えぇ、おはようございます」
穏やかな笑顔で挨拶をするのはこの学園の理事長秘書であるたづなさんだ。何時も深緑色の制服と同色の帽子を身にまとっているのである意味インパクトが強い方である。
「早いですね、まだ四十分前ですよ?」
「いやぁ、こういう時間ごとは早めにつかないと気が済まないタチでして……迷惑でしたかね?」
早すぎて逆に迷惑ということもあるのでそこら辺も心配気味だったのだが、そんなことはなく、快く入れてくれた。
もう学生のほとんどが各々の教室に行っていると思うのだが、たづなさん曰く、まだ登校していない生徒がいるのでここで待っているという。学寮は目の前にあるのだから遅刻なんてしないと思うのだが……多分寮以外から登校している生徒なのだろうと予測し、たづなさんの隣を抜けていった。
本校舎へと向かう道は一直線。案内板などはあるが、ほとんど真正面に学園があるので迷うことはない。そうして綺麗に舗装された道を歩いていく。
今の時間帯はウマ娘達は一般授業を行っているだろう。ウマ娘といえど、社会に出るものとしては一般教養を抑える必要がある。だからこそ、放課後までは普通の学校のように勉強に勤しむ学生の姿が見れる。そこからはウマ娘として、本気で走りに向き合う彼女たちが見れるのだろう。
今はこの広がる視界の中にウマ娘の姿は無い。だが、ここに積み重ねてきた歴史の重さというのははっきりと分かる。この学園が創られてから百五十年が経つのだという。その間、この学園の中で様々なドラマが繰り広げられたのだろうと思うと、この重みも納得のものだった。
「うん、やっぱり早すぎたか」
本校舎の前に来たはいいが、やっぱり人っ子一人おらず、ひたすら静寂が支配していた。
腕時計を確認すると時刻は七時四十分を回った頃。集合時間が八時十分だということを考えると普通に早すぎた。あれだな、遠足が楽しみすぎて早く出過ぎて結局一人で待つ時間が長くなるやつだな。だいたい心配になって早く出ちゃうんだけども、あれって俺だけ?
「んじゃあ、暫く待つか」
どうせすることも無いので、手持ちのバックから単行本を取り出して手頃なベンチに座って読み出す。とはいえ、この本も図書館から適当に拝借してきたのでどんな本なのか分からないのだが。
「“ゴルシ様直伝! セパボラアピの秘伝!”……セパボラアピって、なんだ?」
やばい本を見つけてしまったのかもしれない。この本借りた時ちょうど急いでたから今の今まで題名すらも確認してなかったな。確かに借りた時の司書さんの顔が引き攣ってたのはこの本のせいか、いや確かに意味分からん本だよなこれ。てか誰だよゴルシちゃん、表紙にめっちゃ笑顔のウマ娘がピスピースしてるからこの子かもしれない。
「セパボラアピって、スポーツなのか……しかもサッカーに似てると」
セパボラアピについて簡単に説明すると、インドネシア発祥のサッカーの一種だという。何でも、水分を抜いたココナッツに灯油を数日浸して試合直前に燃やしてするサッカーらしい。
「え、裸足でやるのかよ、これ」
火の球を裸足で蹴るサッカーとか……えぇ。いやまぁ、インドネシアのことを悪くいうつもりは無いんだけども、だいぶクレイジーなスポーツだった。後は試合前一ヶ月断食とか色々あったし、いやこれすげぇわ。
……と、新たなスポーツに正直ワクワク気味だったのだが、正門側、つまり俺が先程通った道の方向から足跡が聞こえたのでそちらの方に視線を向けると、そこに居たのはたづなさん……では無く、一人のウマ娘だった。
黒く長い髪と、萎れている長い耳、頭の上にはちょこんと黒いシルクハットのようなものが乗っけられており、体格も小さい。しっぽや耳がペタンとなっているってことは落ち込んでいるのだろう。
ウマ娘の感情を読み取るのは意外と簡単で、その長い耳やしっぽ感情を敏感に表している。喜んでいたらしっぽが揺れ動き、元気とかだったら耳が元気にピコンと立っている。犬かな?
「あれ……? あなたは?」
そうしてまじまじと観察していたのがバレたのか、下げていた視線を上にあげて俺の存在を把握した。本来ウマ娘の聴覚も人以上なのだが、それでも気づかないほど悩んでいたのだろうか。とにかく、自分が何者なのかを告げようと口を開いた瞬間。
「あぁあの、ごめんなさいごめんなさいぃ! これには理由があって……あのあの……」
「え?」
唐突に謝りだした黒髪の少女に、つい思考が止まってしまう。いきなり謝られても、こちらとしては何もされていないので謝られる筋合いが無いのだが……
「お、おーい。大丈夫か? 別に俺怒ってないぞー?」
「ふぇ……? ほんとに?」
「うん。別に何もされた訳じゃないしな。というかなんでそんなに謝るのかが不思議なくらい」
ぽかんと口を開いた状態で固まってしまった。いや、どうすりゃ良かったのだろうか。多分何も言わなかったら誤解したまんまだったし、だったらまぁこの方が良かったのだろうか?
色々考えたけども、とにかくこの子も生徒ということは急いだ方がいいだろう。あと数分もすれば最初の授業が始まってしまう。
「おーい。そろそろ授業始まっちゃうけど、大丈夫?」
「え……? あ、そうだった! ごめんなさいトレーナーさん? 私行くね!」
「お、おーう……」
バビューン、と謎の効果音と共に消え去って行った黒髪のウマ娘。弱気な雰囲気を醸し出してはいたが、彼女の瞳には色があった。その色は何かをしたい、何か成し遂げたいことがあると言う確固たる意思が見えた。
「ここに来て正解だったかな?」
多分ここにいるみんなが、その色を持っているんだと思うと、やっぱりワクワクしてたまらなくなる。今にも駆け出しそうにはなるが、ここではしゃいでいる大人の姿を見ればウマ娘たちに悪影響を与えかねない。
抑えてたとしても少ししたらはしゃぎ出しそうだったのだが、再び向こうの方から足音が聞こえた。一旦落ち着いてから、視線を向けるとそこにはたづなさんの姿があった。
「あ、神木さん。ライスシャワーさんを見かけませんでしたか? 長くて綺麗な黒髪の、大人しい子なんですが……」
「あの子、ライスシャワーって言うんですね。その子なら急いだ様子で校舎内に入っていきましたよ。多分もう教室に着いてるかと」
「そうですか……間に合ったようでよかったです」
そうたづなさんが安心したように告げるのと同時に授業開始のベルが鳴った。ライスシャワーという子も一応間に合いはしただろうが、ホームルームに出てないので多分遅刻扱いになっていることだろう。まぁ、そこら辺は一応授業に間に合ったのでギリセーフよりのアウトと言ったところだろう。
「えっと、私の方も朝の仕事が終わったので先に理事長室へと戻らせていただきますね。もう少ししたら先輩トレーナーさんが来ますので、それまで待機していてくださいね」
「分かりました」
こちらを向いて深く頭を下げたたづなさん。こちらも下げて、たづなさんは先程ライスシャワーが向かった本校者の中へと消えていった。
「……さて、セパボラアピの続きを見ようじゃないか」
何だか見るのが楽しくなったことに若干の敗北感を覚えながら、分かりやすく説明されているセパボラアピについての知識を深めることとした。時折ゴルシちゃんのあどばいす! という項目で色んな豆知識があるのだが、なんかその言葉遣いが独特で理解に時間がかかった。
というか、その理解にほとんど時間を費やしたせいで気づけば三十分ぐらい経ってた。恐るべし、ゴルシちゃん。
「……ん」
視線を上げると、既に何人かのトレーナーが集まっており、各々の集団になって話をしたりしているのだが、俺はぼっちで一人寂しく端の方で本を読んでいる。
まぁ、別にいいんだけども。っていうか、試験結果でて初対面してからまだ数日しか経ってないよな? なんでそんなに仲良くなってるの? 俺に内緒で合格祝いにでも言ったのか……? まぁ、全然寂しくないけどね! 俺には孤児院の子供たちがいるもんね!
……はい、なんかガキっぽいのでやめときます。特に気にはしていないので適当な時間を見て立ち上がり、先輩トレーナーが現れるのを待つことにした。
関係ないのだが、先輩と聞くとどうしてもマイナスなイメージが浮かぶのは何故だろうか。
多分俺の学生時代のあれこれが原因だとは思うのだが、パシリとかお使いとか頼まれ事とか、あれこれ全部同じ意味じゃね? 言い方変えただけだよな、あの時の俺はなんでそれに従ってたのやら……先輩だからですね分かりたくありませんでした。
「……全員いるようだな」
っと、くだらないことを考えて暇を潰していたらふとそんな男性の声が聞こえたのでそちらの方へと視線をよこす。大体想像はつくが、恐らく先輩トレーナーだろう。
ほかの新人トレーナー達も声のした方を向いている。先輩トレーナーはそれっきり口を開くことなく、ゆっくりと背中を見せて歩き出した。全く話さないのは彼がシャイなのかは知らないが、とにかく俺たちはついていくことにした。
「……ここが本校舎だ。既に試験の際に入っていたと思うが、トレーナーとしてここに来ることはほぼ無い」
概要だけサクッと述べたらすぐに歩き出すので詳しく見ることなく次へと移る。まぁ次来た時にでも見る事は出来るし、そん時にでもまた来るとしよう。
それから俺たちは無愛想な先輩トレーナーに半ば引っ張られるようにしてトレセン学園の地理を頭に入れていった。基本的な学校の設備から、トレーナーとしての活動場所となるトラックやダンススタジオなどなどの設備を流れるように紹介された。
「……何か、急いでるのかね?」
小さく口に出してはみたものの、正直そういった風には見えなかった。普通に淡々と作業をしている感じなので多分こういう性格の人なんだろうと勝手に納得づけることとした。が、俺の声が聞こえていたのか、近くにいた新人トレーナーが話しかけてきた。
「なるほど、私たちを試している。とかですかね?」
「……ん? あぁ。そうかも、な」
いきなり過ぎてつい肯定する形で返答してしまった。いやだっていきなり話しかけられたらビックリするでしょ? しかも脈絡なく話してくるから俺に話しかけてきたのか一瞬分からなかったし、相手はこちらを見ていたから判断には困らなかったけども。
「流石はかのトレセン学園……! 今この瞬間にも、私たちは試されているのですね!」
青みがかった黒髪をまとめているポニーテールを揺らし、目をキラキラさせている一人の女性トレーナー。何か、うん。心酔だとか盲信だとか、そういった目をしている気がする。多分怪しい壺ふっかけたら秒で買ってくれそう。やらないけど。
ただ、件の先輩トレーナーからはそういった試すようなものが一切見られないのだが。
今だって俺たちの話し声が聞こえたのか、こちらを見て首傾げてたし。なにあのキョトンとした表情。お茶目かよ、ギャップ萌えかよ。
「そ、そうか……色々考えてる所悪いが、みんなも先に行ってるし、俺らも行かないと」
「……はっ! そうですね、失礼しました。ついつい盛り上がっちゃいまして」
面目ない、といったふうに謝ってくるので気にしないでいい、という旨を話す。そうしているうちに距離の開いたトレーナーたちとの差を埋めるべく二人揃って足早に歩き出す。
「えっと、桐生院さん」
俺が隣に向けて話しかけると、先程の女性トレーナーはなぜ、と疑問符を浮かべていた。あっと、確かに見知らぬ男から急に名前呼ばれたら驚くよな。ちょっと配慮が足りなかった。
「あれ、私たちって顔見知りでしたっけ?」
「あぁいや、多分同期のメンバーはみんな知っていると思いますよ。なんてったってあの桐生院家ですし、試験だと首席だったらしいし」
トレーナーには名家と呼ばれるものがある。その家はトレーナーを育成する機関にも手を貸してくれてはいるが、やはり一番その知識を取り入れているのはその家直属の人間だ。一家伝統の秘伝をその身に余すことなく詰め込み、そしてそれを活用できるほどの柔軟性も持ち合わせている。
桐生院家はその中でも“鋼の意思”という消して折れることの無い意志の強さというのを秘伝としており、代々受け継がせているという。今桐生院さんが手にしている本こそが、桐生院家の秘伝書なのかもしれない。
──秘伝書にしては、何かずぼらな保管環境だと思うんだが。
直で手にしているし、なんか宝物ですと言わんばかりに両手で抱えているので、なんか大事なものなんだろうなと見てわかる。もうちっとさ、自室の金庫に入れるとか無かったんだろうか。
「……それにしては、あなたはびっくりしないんですね」
「いや? 普通に驚いてるけど、流石にあんな風に避けられてたらね……目に付くというか、放っておけないというか……」
先輩トレーナーが来る待ち時間、十数人の今年勤務するトレーナーがいた。その中で数人のグループとか俺みたいに一人でいた奴もいたのだが、その中で桐生院さんは目に見えて避けられてたというか、腫れ物扱いだったというか。それは新人トレーナー達の才能による劣等感か、はたまた気に食わないという感情か。
ただそうして孤立して悲しそうに顔を伏せている人を見ると、どうしても孤児院の面々が思い出された。本来孤児院に来る子供に孤立していない子供はいない。
両親の有無に関わらず、既に亡くなっただとか、捨てられただとか、様々な子供が孤児院には集まる。だからだろうか、そういった桐生院さんのその顔が、俺にとっては見慣れた子供たちの最初の姿を幻視させた。
「……ふふっ」
くすっと、抑えられた笑い声が隣から聞こえた。いやまぁ、いい歳した男がそんなこと言ったら確かに笑われても仕方ないかもしれないけども……、なんか恥ずかしくなってきた。
「あー、すいません。余計なお世話ってやつですよね。どうしても気になる性分でして」
「いえいえ、むしろありがたいですよ。私こんなんですから、トレーナーからは桐生院家の一人娘として見られるので……だから、嬉しいです」
「……なら、良かったです。ただ、次からは気をつけます。まぁ、そう思ってしまっても、余計な口挟むかもしれませんけど」
その言葉に再び笑顔を見せた桐生院さん。そのことがやけに恥ずかしくて、何となく顔を背けてしまったのが悪かったのか、また笑っていた。ふっつうに羞恥であれだったが、その笑いは蔑む色はなかったのでこちらとしてもただただ死ぬほど恥ずかしがるだけで済んだ。軽症なのか?
その後は真剣に学園内の施設を頭に詰め込むのに忙しくてあまり話す事は無かったが、最後にまた機会があれば色々話しましょうと挨拶を交わして、トレセン学園の一日目は終わった。
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さて、トレーナーには専用の寮が存在している。トレーナーだけではなくウマ娘にも寮はあるのだが、両方に言えるのはほとんどのウマ娘・トレーナーはこの寮を居住区にして生活を行っているということだ。
一種の鎖国みたいな感じだと思ったが、単純にアクセスしやすいのと、トレーナーという職業上どうしてもウマ娘にもしものことがあってはいけない、というちびっこ理事長の配慮から生まれたルールだった。ちなみに、ちびっこ理事長というのは俺が名付けたあだ名で、新人トレーナーへの面談の際、理事長殿に言ったところ。
『憤怒ッ! ちびっ子などと言うでない! ……頭を撫でるなー!(にゃー)』
と怒られてしまった。頭の上にいる猫ごと撫でていたが、猫には好評だったのでまたやろうと思う。この調子で行くと俺解雇されそう。でもあんな小さい子が頑張ってるんだからご褒美のひとつでもあった方がいいよな……次からは飴を持ってこよう。というか常備していてもいいかもな。
「話が逸れた」
「おっ、喋った」
……自室なのでいきなりこう言ったとしても誰も返事は返さない。何が言いたいのかというと、この学園には寮があって、そこで半共同生活みたいな感じのことをしているってことだ。トレーナーは母数が少ないので一人一部屋で足りるが、ウマ娘たちは二人一部屋で生活しているのだという。
だからなんだと言われれば特になんでもないのだが。暇だったからこうして学園パンフレットを見て、そう言えばこの寮はどんなとこだったかなと思い返していただけだ……そうだ、そうなのだ。
……決して、部屋の中で俺の帰りを待っていた俺の知り合いの幻覚を見てしまったからではない。決して、決して。
「……いつまでボケーッとしてんだよ、ジュン」
「ついに幻聴まで……そろそろ病院に行った方がいいかもな」
「あれ、俺ってこの世にいない人間だったっけ?」
──茶番はここまでにして、ちゃんと現実を見よう。父にも言われたからな。『現実と通帳額からは逃げちゃダメだ。気づけばどちらも無くなってるもんだからな』って。そんな意味わからんこと言うから母に勝手にお金使われるんだよ、とは、口が裂けても言わなかった俺っていい息子。
「で、お前ってここに勤務してたのかよ」
「お前じゃなくてユウちゃん──」
「殺すぞ?」
「わぁこわい。まぁ、そゆこと。トレーナー界では少し有名なんだけどな」
なんか抜かしやがっているが、残念ながらこいつは俺の知り合いで、高校時代の親友と呼べる存在だった。誠に遺憾である。トレーナーだとしてもなぜここに来たのだろうか。というかなんで俺の部屋知ってんだよストーカーかよ。
「なんでって、たづなさんから聞いたんだよ。お前がここに勤務ふることになったって」
「たづなさんか……って言うかナチュラルに心を読むな」
久しぶりに再開した悪友についつい口調が荒くなっているのを感じる。ちょっと落ち着いた方が良さそうだな。軽く深呼吸して再びヤツ……作守祐の方を見やる。相変わらず、そのチャラチャラした茶髪はやめていないようだった。というか全然変わってない。
「……はぁ、んで。何の用だよ」
「いや、普通に挨拶しに来ただけだって」
じゃあ帰れ、と言いかけた口を閉じる。そういや俺の方が聞きたいことがあったんだった。唐突のインパクトのせいで忘れてた。
「んで? お前あの三年の間何してたんだよ」
「……何って、トレーナー試験受けるための準備だよ」
「ふぅん? 作守家といや、トレーナーの名家で有名だけどな。三年前に一家ごと炎に飲まれたって聞いたんだが?」
「……」
ユウのその表情は驚いているのか、なんで俺がそれを知っているのかと言いたげな顔していた。なんかムカつくな、三年前に急にいなくなって、家に行ったら燃えてなくなってんだ。色々調べるに決まってんだろうに。
「……まぁ、お前のことだからまた隠し事でもあるんだろうよ。言いたくないならいいし、俺も他人に言うつもりもない。ただ……」
「ただ……?」
少し含みのある言い方にユウの視線は自然とこちらに向かれる。
「今の俺は疲れてるからなー。休む時間が遅れたら寝不足でうっかり言っちゃうかもなー」
「……演技下手かよ」
いいだろ別に。孤児院の奴らはこんなんでも喜んでくれんだから。まぁでもこれで俺の意思は伝えた。もとより広めるつもりもないし、そもそもトレーナーの名家と言っても有名どころではないしそこまで詳しく知っている人は少ない……はず。
「……うっせ」
「じゃあ俺はここで失礼しよっかなっと。色々バラされちゃ、世話ないしな」
「そうしろそうしろ。そして二度と俺の前に姿を現すな」
「えーこわい。三年もかけて俺の行方探してくれた人のセリフとはおもえなーい」
そう言われると返答に困る。確かに俺は唐突にいなくなったコイツの捜索に二年と少し使った。人脈やら色んな力を借りてやったが、結局見つかることも無く、今こうして目の前でふっつうに生きてた。なんかムカつくんで辛辣に当たってるだけだ。なんか空回り感あって恥ずかしいんだよ、いい加減にしろ。
「……心配だったんだから仕方ないだろ」
「ツンデレー」
「殺す」
人を傷つける時にはシンプルに、そして鋭い一撃を与える。父が口酸っぱく言っていたことだ。それもそのはず、当の本人はよくその一撃に沈んでいた。勿論放ったのは母であった。母は強しってやつだ。
「おーこわいこわい。怖いんで先に失礼するとしよう! ではまた!」
「……あらしかよ、あいつ」
これは災害の方の嵐と荒らされるという意味の荒らしの二つの意味を持つ激オモロギャグなのだが……疲れてんな俺、まったくおもしろくねぇじゃねぇか。
「……さっさと寝よ」
そこからの記憶は正直曖昧で、寝具の準備とか夕食とか諸々済ませた後に寝たということだけは覚えていた。
「一日で味わう疲労感じゃない気がするのは俺だけだろうか?」
安心して欲しい。多分これからもっと忙しくなるんじゃないかと、心の中の俺が諦めたように呟いた気がした。あれ、未来人かな? 俺もその未来しか見えないわ。
※ここから先、今作にある作者の学校課題というタグについての解説です。興味無い方は飛ばしていただいて結構です。
この度学校課題で【自分の好きなことを探究する】というものが出たのでテーマを設定して、この小説を各決心を致しました。
テーマは【心を動かす文を書く】です。感想をいただければレポートも進むので感想ください(切実)というかレポートのことを抜きにしても感想をくれたら嬉しいです。
人間だもの、承認欲求あるもん!
……はい。という訳で、第一話でした。